第40話 摘発
三人の背後にはギルバートが立っていた。町全体の時を止めたため、領主の屋敷も効果範囲に入っていたはずだが、ギルバートには効かなかったようだ。
「関係ない者を巻き込むな」
「すみません。数が多いので加減が分からず」
「ギルバート様、なぜここへ?」
ダリオは苦笑いをしている。王子がほいほい現場に出てくるなど、正常な神経を持ち合わせている者なら避けたい状況だろう。
「突然自分以外が止まったから、リディの仕業だろうと。それにしても、よくこんなに集まったもんだな」
「本当に」
「とりあえず客は全員、牢へ送れば良いか」
ギルバートが魔法陣を描くと、客が全員消えた。どこかへ送られたのだろう。縛る必要がなくなって助かった。魔法で縛るにしても、これだけ人数がいれば時間がかかる。その手間が省けた分、時間に余裕ができた。
「保管庫と運営陣を押さえるか。リディ、時間停止はどれくらい持つ?」
「最低でも三十分は持つと思いますけど」
「それなら急ぐ必要はないな」
ギルバートはずんずんと舞台へ向かっていく。三人もそれに続く。ギルバートは舞台上で立ったまま止まっている司会者のところまで行くと、司会者に魔法をかけた。手を挙げた状態で止まっていた司会者は、手をだらりと下ろした。目は焦点が定まっておらず、操られていることが分かる。
「商品の保管庫と、お前の主のところまで案内しろ」
ギルバートに命じられ、司会者はゆらゆらと歩き出した。夢遊病患者のようだった。舞台の脇には、出品されるはずだった商品が並べられていた。それらを全て、ギルバートは魔法でどこかへ送ってしまった。また、道中で止まっているスタッフたちもギルバートの手により、どこかへ送られてしまう。司会者は歩き続け、控室のような部屋に着いた。奥には、カーテンで仕切られ、部屋が続いているようだ。おそらく商品庫だろう。
「主はこいつか?」
ギルバートがソファに座る男を指さすと、司会者は頷いた。
「うわ」
シリルと共にカーテンの向こうを確認しに行ったダリオが声を上げる。リディはカーテンの向こうを覗き込む。すぐにダリオの反応の意味が分かった。
「随分と趣味の悪い」
リディは顔を顰めて呟く。
「どうした?」
ギルバートが二人の方に近づきながら尋ね、二人が見たものを目にすると、眉間に皺を寄せた。カーテンの奥には、檻がいくつもあった。全ての檻に、異国の子どもが一人か二人ずつ入っている。美しい容姿の子ども、珍しい髪色、瞳の色の子ども、魔力の強い子ども。
「人身売買か」
ギルバートは唸るように言う。憤っているのが分かった。いつもの不機嫌でやる気のなさそうな表情とは違い、鋭い目をしている。
「保護してやってくれ」
そう言うと、ギルバートは主催者の方へ戻った。リディは子どもたちの時間停止魔法を解いた。子どもが苦手なため、保護はダリオとシリルに任せ、ギルバートの方についていった。ギルバートは主催者の魔法を解いていた。主催者は目だけを動かし、ギルバート、リディを順に見ると、またギルバートに視線を戻した。
「だ、誰だお前ら!何故ここに」
主催者は状況が理解できず、喚き散らす。ギルバートの魔法で動くことはできないらしい。
「ウィデリアンド王国王太子ギルバートだ」
ギルバートは主催者を見下ろして言う。その声は、氷のように冷たかった。主催者は恐怖に目を見開き、言葉を失っているようだ
「あの子どもたちは他国から連れ去ってきたのか?」
「まさか、そんな。正当な取引のもと……う、あ゛あああ」
主催者は突然苦しみ始める。リディは子どもの目に触れぬよう、カーテンを閉めた。
「子どもを商品とするなど、許されると思っているのか」
「う゛ぅ……」
主催者の身体はミシミシと音を立て、かなり痛そうな方向にねじ曲がっていく。
「で、んか……どうか、お赦し、……あ゛ああああ」
主催者はより一層苦しそうに叫び声を上げると、パタリと床に倒れた。これには、さすがにリディも血の気が引いた。
「え、ころ……」
「気絶してるだけだ。ダリオ、シリル」
ギルバートはカーテンの向こうに呼びかけた。
「はい」
「俺はリディと領主の屋敷に戻る。お前たちは、子どもたちを連れてコカ城へ行け。子どもたちを衛兵に預けたら、領主の屋敷へ」
「承知しました」
ギルバートは、用無しとなった司会者をどこかへ送ると、床に倒れている主催者の髪の毛を掴んだ。
「行くぞ」
ギルバートはそう言うと、主催者を持ったまま消えた。リディも領主の屋敷へ移動した。
ギルバートの言う通り、領主の屋敷に集まった者も皆、人形のように動きを止めていた。ギルバートはオークションの主催者を引き摺り、領主の前で止まった。
「魔法を解け」
リディは時間停止魔法を解いた。すると、何事もなかったかのように、周りが動き出した。ギルバートは、領主の足元に主催者を投げつけるように落とした。領主は足元に転がされた男を見下ろし、ギルバートの顔を見た。状況の理解が追いついていないようで、しばらくの間固まっていた。
「闇オークションの方は、客も含め、全員捕らえた」
「殿下、何を仰っているのでしょう……?」
領主は微笑みを崩さぬよう努力しているようだったが、口元はピクピクと痙攣しているし、顔は真っ青だった。
「とぼけても無駄だ。貴様の悪事は全てバレている」
「本当に、何を……」
「横領や違法物品の取引だけならまだしも、子どもまで商品にするとは、見下げ果てた奴らだ。そして、それを黙認していた貴様も同罪とする」
領主は逃げようと走り出した。ギルバートが領主を睨むと、領主は何かに激突されたように吹っ飛び、壁にぶつかって、そのまま床に落ちた。貴婦人たちが悲鳴をあげる。ほとんどの者が、何事か理解していない様子だったが、数名が扉の方へ駆けて行った。仄暗い事情を持っているのだろう。
リディは魔法で全ての扉や窓を閉めた。少しの間呆けていたテオドアは、扉の方へ移動し、次々と男たちを拘束していった。ダリオとシリルも到着し、テオドアの手伝いを始めたため、リディはギルバートの方に戻った。
ギルバートは、魔法陣を描いていた。一昨日、酒場での事件後にダリオが使っていたのと同じ魔法陣だ。
「王太子ギルバートだ。例の件が片付いた。そちらにいる関係者の身柄も拘束しろ」
「お手を煩わせてしまい、申し訳ございませんでした。こちらもすでに捕らえております」
「そうか。新たに人身売買が確認された。子どもたちをコカ城で保護している。引き取りを頼む。領主だった男と、オークション主催者を送る」
「承知いたしました」
ギルバートは魔法陣を主催者と領主だった男の方へ飛ばすと、二人とも消えてしまった。ギルバートはため息をつき、近くにあった椅子に座った。あんなに大量の人や物を魔法で移送したのだ。かなり疲れているだろう。
「大丈夫ですか?」
「問題ない」
「あんなに感情的になるなんて珍しいですね。子ども好きなんですか?」
「……他人を人とも思わない者が嫌いなだけだ」
「そうですか」
すぐにテオドアたちの方も片付き、リディたちは城へ戻った。
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