第39話 闇オークション
視察三日目の夜は、交易で栄えている港町へ来ていた。ギルバートは領主の屋敷で開催される夜会に招待されていた。その間、リディ、ダリオ、シリルの三人は自由時間となったため、町をぶらついていた。
港には大きな商船が何隻も停泊しており、港近くの広場では、商人が商品を並べて一般人相手に商売をしている。商品は国内ではあまり見ないような珍しいものばかりだった。
「お嬢さん、見ていきなよ。南方諸島のアクセサリーだ。美しいだろう。この髪飾りなんて、お嬢さんの髪色によく合うんじゃないか?」
よくもまあ、こんなにすらすらと言葉が出てくるもんだ。商人というものは本当に口先だけで生きているのだろう。
「あいにく、そんな立派なもん着けて行くとこなんかないもんで」
「またまたあ。綺麗な身なりして、王都から来たんだろう?旦那、お嬢さんに何かプレゼントはどうだい?」
商人のターゲットはリディからダリオに移ったらしい。
「悪いな、またにするよ」
ダリオはそう言って露店を通り過ぎた。その後も同じように商人たちが話しかけてきたが、全て無視して広場を抜けた。
「外国から来るもんは豪奢なもんばっかりだな」
「ああ。金持ちの連中が好きそうなもんばっかだ」
ダリオについて歩いていると、いつの間にか人気のない場所に来ていた。
「さて、そろそろ仕事を始めるか」
「仕事?」
「この町では良くないことが起こっている」
「それは、地方管理局の仕事だろう」
「癒着?」
リディとシリルが口々に言うと、ダリオは頷いた。
「ああ。もう領主殿と一部の管理局員が企てた悪事の証拠は出ているわけだが、泳がせていた。今夜、ギルバート様たちが領主殿を足止めしている間に、関係者全員を俺たちが捕らえる」
ダリオが軽く手を叩くと、三人の服装が変わった。シリルとリディははどこぞの貴族風の服装、ダリオは従者風の服装だ。そして、三人とも目元には、仮面が着けられている。
「この町では、怪しげな闇オークションが開催されている。不定期開催らしいが、ある情報筋から仕入れた情報によれば、今日は確実に開催される」
「領主の屋敷に王子が来てるってのに大胆なことだな」
「逆だ。領主の屋敷にお偉いさんを集めてる間にやっちまうんだよ」
リディとシリルはダリオの魔法によって移動した。到着した場所は、つぶれた酒場に見えた。入り口には板が打ち付けられている。ダリオは二人の前に進み出て、板を独特なリズムでノックした。すると、板は消え、代わりにフードを目深に被った男が現れる。
「私はあなた方を存じません」
男は静かに言った。
「こちらもあなたを存じません」
ダリオが当然のように答えると、男は三人を招き入れた。中は、外観からは想像もつかないほど豪華な造りとなっていた。フードを被った男に連れられ、真紅の絨毯のひかれた長い廊下を抜けると、広い劇場のような場所に出た。仮面をつけた人間が大勢いる。
「思ってたより多いな」
ダリオの声が頭の中に入ってきた。確かに、三人でどうこうするには多い人数かもしれない。しかし、それは普通の魔法使いの話だ。
「問題ない」
リディは頭の中で答える。シリルはリディの方を見たが、何も言わなかった。
「お席にお着きください。間も無く開演です」
フードを目深に被った男は、三人にそう言うと消えた。三人は入り口近くの空いている席に座った。すぐに会場は暗くなり、舞台上の一点だけが明るくなった。司会者と思われる男が舞台上に現れ、挨拶をした。この男も仮面を被り、胡散臭く口角を上げている。芝居がかった挨拶が終わると、すぐにオークションが始まる。
仮面をつけた女が台車を舞台中央に運んできた。美しい装飾がなされた立派な箱には、魔法陣が浮かび上がっている。中に入っているものの力を封印しているようだ。
「一品目は、世にも珍しい踊る人形でございます。西方列島に伝わるこの人形、見目麗しく、華麗に舞い、主人の目を楽しませてくれることでしょう。ですが、御用心を。この人形の主人となったものは皆、一月と経たず、痛ましい死を迎えると伝えられております。邪魔なお方への贈り物にいかがでしょうか」
入札が開始されると、次々に声が上がった。かなりの高値がついている。自ら呪われた品を手にしようとする者のことなど、リディには理解できない。
「あれ本物なら、輸入禁止物品リストに載ってるよ。危険物ランクB」
シリルの声が頭に流れてくる。リディは輸入禁止物品やランクなどはよく分からないが、人形が本物らしいことは分かる。箱からはかなり強い、そして禍々しい魔力の気配を感じるのだ。この闇オークションは本当に違法なもののようだ。
「初っ端からなかなかパンチが効いてるな。もうやっちまうか」
「そうだね。まず商品の保管庫を押さえないと」
「そんなことする必要あるか?向こう陣営に、そこまで腕利きの魔法使いはいない。この辺り一帯の時間を止めちまえばいい」
「え?」
「は?」
シリルとダリオは同時に言い、リディを見たが、リディは素早く魔法陣を描き始めていた。
「私に触れろ」
異変に気づいたのか、リディの後ろにフードを目深に被った男が現れたが、遅かった。リディが魔法陣を発動させる直前に、シリルとダリオはリディの肩に触れた。魔法陣は強烈な光を放ち、大きくなりながら劇場の天井を目指して上がっていった。そして、天井を越える。おそらく、町の上空まで上がり、町全体の時間を止めたことだろう。周りの人間は全員動きを止め、それこそ人形のように動かない。舞台上の司会者も例外ではない。
「おいおい、まじかよ」
ダリオは呆気に取られた様子で周りを見渡していた。リディは邪魔な仮面を取る。
「停止範囲を広めにしたから、あまり持たん。客も全員捕まえるなら、さっさと縛った方がーー」
「リディ!」
突然怒鳴られ、リディは振り返った。シリルとダリオも苦い顔をしながら振り返る。そこに立っていたのは予想通りの人物で、シリルは軽くため息をついた。
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