第29話 謹慎終了

 テオドアの病室へ行くという口実のもと、執務室を脱出してから、一週間ほど経った。ギルバートは相変わらず、魔力封じの魔法を解いてもらえていなかったし、城の中ですら自由に行動させてもらえない。


 書類の山に押しつぶされそうになりながら、さまざまな書類に目を通しては、サインをするという作業を繰り返していた。テオドアの代わりに、つけられている補佐官代理はとてつもなく使えない男だし、上級魔法使いの爺さんに常時見張られていては、息が詰まる。我慢の限界などとうに越していた。


 頬杖をついて、だらしない姿勢で書類を読んでいると、扉がノックされた。ギルバートは何も言わず、書類を読み続けた。しばらくすると、扉が開いた。


「ギル、いるなら返事くらいしなさい」


 扉の向こうにはマティアスが立っている。部屋に入ってこないところを見ると、ギルバートをどこかへ連れて行こうとしているのだろう。


「すみません。気づきませんでした。何か御用ですか」


 ギルバートは書類を読みながら、そっけなく言った。


「いい知らせを持って来たのだが、聞く気がないなら帰るとするか」


 ギルバートはムッとした顔で、書類を置くと立ち上がった。


「少し、歩きながら話そうか」


 そう言って、マティアスは歩き出した。ギルバートは不本意ではあったが、マティアスについていく。


「テオの解毒剤が完成したそうだよ。先ほど投与し、数時間で目を覚ますだろうと」

「そうですか」

「テオは優秀な子だ。しかし、あの子ではお前の勝手な行動を抑止できない。だから、テオをお前の補佐官から外そうかと考えた」


 ギルバートは大して驚かなかった。トイノスの件も、ギルバートを止めることができなかったテオドアが悪いというわけだろう。


「しかし、お前のことだ。誰をつけても一緒だと考え直した。いや、他の者だともっと悪いことになりかねん。だから、テオドアはそのままに、人手を増やすことにした」

「良いのですか?そのような甘い対応で」

「厳しくしてもらいたいのか?この一ヶ月ほどの間、少し違反はあったようだが、お前にしては大人しくしていたからな。この一ヶ月どうだった?」

「最悪でしたね」

「そうだろうね。さすがに懲りただろう。これからは勝手な行動を慎みなさい」

「……」

「返事は?」

「……はい」

「よし、ではまず魔力封じを解いてもらいに行こうか」


 魔力を封じていた上級魔法使いに、魔法を解いてもらい、マティアスの用は済んだのだろうと、ギルバートは何も言わずに病棟へ向かおうとした。


「こら、ギル。まだ話は終わってないよ」


 ギルバートは仕方なく、マティアスの方を見た。


「上級魔法使いを一人、専任でお前の護衛につけようと思う」


 冗談じゃない。ギルバートは反論しようとしたが、それより先にマティアスが続きを言った。ギルバートは、考えられる限りでは一番マシな提案だったため頷いた。




 夜も更け、空は暗くなったが、月明かりが眩しかった。ギルバートは窓枠に腰掛け、病棟の裏にある池に写る月を見ていた。しばらくすると、背後から物音がしたため、ギルバートはテオドアの方を見た。


「やっと起きたか」


 テオドアは上半身を起こすと、ギルバートを見た。


「随分寝てたみたいで悪かったね」


 テオドアは自分の身に何が起きたのか理解しているらしい。説明しなくていいのは、楽で助かる。


「そう思うなら、さっさと戻ってこい」

「ああ、すぐに戻れるはずだ。なんの不具合もない。倒れる前より調子が良いくらいだ」

「一ヶ月も寝てたんだから当たり前だろう」

「寝てたって、ひどいな」


 テオドアは笑っていたが、枕元の小皿に気付いたようで、それを手に取った。


「ギルがこんなにマメだとは知らなかったよ」

「それは俺じゃない。そもそも、俺はお前がここにいる間、ずっと執務室と自室に閉じ込められてたんだ」

「じゃあ誰が?」

「エマだろ」

「ああ、そうか」


 テオドアは少し照れたように、嬉しそうに微笑んだ。


「もう求婚はしたのか?」

「は!?何言って」


 テオドアは顔を赤らめ、かなり動揺しているようだった。手に持っていた小皿の水を溢すくらいに。ギルバートは目を細める。何を恥ずかしがっているのか。そんなに恥ずかしがる方が恥ずかしいだろうに。


「みんな気づいてる。気づいてないのはリディくらいだ」

「別に、そんなんじゃないよ。ただ、僕が少し、その、想ってるだけで、エマの方はそんな気はないと」


 テオドアはゴニョゴニョと言った。夜会などでの様子を見て、女性の扱いは上手いと思っていたが、意外と奥手なようだ。本命にはポンコツになるタイプなのだろうか。本当に残念な奴だ。


「どう見ても、エマもお前のことを好く思ってる。まあ、俺には関係ないから口出しはしないが、お前もそろそろ身を固めたらどうだ。親にせっつかれているだろう」

「それはこっちのセリフだ。僕よりギル、君の方がそろそろ身を固めなければいけないんだよ」

「うちはマティアス兄様が先だ。兄より先に結婚するなど、あってはならんだろう」

「またそうやって逃げる」

「逃げてなどいない。マティアス兄様が妃を迎えれば、俺も考える。物事には順序があるという話だ」

「いいよね。結婚しない兄がいると」

「こういう時だけだ。うるさくて仕方がない。適当な娘と結婚すればいいだけなら、そっちの方がよっぽどいい。お前が寝てる間、散々な目に遭った」


 ギルバートは延々と愚痴を言い、テオドアはそれを笑いながら聞いていた。

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