番外編 カンナギの過去『孤独のスケッチ』 第2話
通夜祭も葬場祭も人で
ただ、これらの儀礼に「参列したくない」と両親にごねたことはしっかり記憶している。通夜祭にしても葬場祭にしても、僕にとっては祖父を「死者」として正式に認定し、そのことを受け入れさせるための過程・儀式に思えて仕方がなかったのだ。
もちろん、祖父が亡くなったということがわからない年齢ではない。むしろわかっているからこそ――「生者」と「死者」という、越えられない境界線を引かれてしまうことに、僕は抗いたかったのだと思う。
まだ話したいことがたくさんあって、教えて欲しいこともたくさんあって、一緒に行ってみたいところだって……僕と祖父の「これから」はまだまだ続くはずだったのに。
僕にとって祖父は、偲ぶべき対象でも、悼むべき対象でもなく、これから長い時を共に過ごしていく、かけがえのない相手だったのだ。
「こんな時にまで侑はおかしなことを言って……いい加減にしてくれ! お前の育て方が悪いから――」
「ごめんなさい……! もう、どうしてこんな扱いづらい子に……」
僕は祖父だけでなく、両親のことも大好きだ。そう、こんな僕を一生懸命育ててくれている優しい両親。優しいけれど、僕が「おかしな」ことを言うと、父は怒り出し、母を責める。ふたりを困らせるのは僕の本意ではなかったが、祖父を亡くして大きなショックを受けた僕は「つい」本心を言ってしまったのだ。普段はできるだけ「僕」を出さないようにしていたのに。
結局、僕はすぐに父と母に謝って、式に参列した。……矛盾してるかもしれないけれど、僕は決して祖父の最期に立ち会いたくないわけではなかったから。
神葬祭(神道における葬儀を神葬祭と言うんだ)を終えてからの僕は、しばらく学校を休み、自室に閉じこもってずっと泣いていた。お腹が空いているはずなのに、食事もほとんど喉を通らなくなった。喪失感は日に日に強くなる一方で、何日経っても何もする気が起きず、泣くことしかできない毎日を過ごした。
僕は心の中で、自分に言い聞かせるように何度も「大丈夫」と唱えた。でも、僕は全然「大丈夫」じゃなかった。おじいちゃんが言ってくれる「大丈夫」じゃなければ意味がないんだと、さらに悲しくなって、また泣いた。
僕のあまりの
**********
――気がつくと真っ暗闇の中に僕は居た。
音も、気配も、「なにもない」場所。そこに僕はひとり立っていた。
辺り一面真っ暗で、すべての知覚を遮断されているかのような空間。
恐怖で身動きがとれずにいると、前から人影が近づいてきた。
人影は、亡くなったはずの祖父だった。
(おじいちゃん! どうして?! ここは一体…?!)
「ごめんごめん、侑。待たせたね。さぁ行こうか。おじいちゃんと手をつなごう」
そう言うと祖父は僕の手をやさしく握って、暗闇のなかをゆっくり歩き始めた。
すると、さっきは何も見えなかったのに、左右の足元の位置に見たことのない――かろうじて
餓鬼のような何者かは、僕の手を引いて歩き続ける祖父に向かって、「助けて助けて」と手を伸ばす。その声はざらつき、
動揺しきりの僕に反して、祖父は「ああ、すまないね。あとでちゃんと戻って来るから。先にわたしの大事な孫を送ってくるよ」と実に落ち着き払った様子で答えた。
祖父は怖くないのだろうか、それとも、僕とは違うかたちで「彼ら」が見えているのだろうか。訊いてみたかったけれど、なぜか僕の声は出ないままで祖父に話しかけることは叶わず、ひたすら無言で歩き続けた。
どれくらい歩き続けただろう。相変わらず何もない暗闇が続くのかと思われたそのとき、突然、木製の細長い吊り橋が現れた。もちろん、周囲は依然として真っ暗闇なので吊り橋が暗闇のなかで浮いているような格好だ。ここが「高所」なのかはさっぱりわからないものの、落ちたら取り返しがつかないであろうことは嫌でも直感した。
「よし、ここまで来たらあともう少しだ。おじいちゃんの手を絶対に離さないでいるんだよ。一緒に渡ろう」
近くで見る吊り橋は思った以上に幅が狭く、木が腐っているのか今にも崩れ落ちそうなくらいボロボロで、ひとりであれば足を置くことすら
お互い
吊り橋を渡っている間、僕はなんとか声を出そうと何度も口を開けてお腹に力を入れてみたけれど、出るのは吐く息ばかりで声が出そうな気配は全くなかった。祖父もまた語りかけてくることはなく、ひたすら橋の上を歩いた。
橋を渡りきる直前、手を繋いだままの祖父が空いた方の右手で僕の頭を撫でてくれた。
「侑、よく頑張ったね。もう大丈夫」
とうとう
「おじいちゃんは、侑と出逢えてほんとうに幸せだった。ありがとう。侑、侑は絶対に大丈夫だから。何も心配しなくていいんだよ。ほら、泣かないで。いつも見守っているからね。そうだ、おじいちゃんからの手紙、忘れずに読んでね」
そう言って、祖父は僕を両脇から抱え、橋の向こう側へ降ろすべくそっと持ち上げた。
「いやだ、いやだ!」
僕はなりふり構わず、駄々っ子のように手足をばたつかせた――が、抵抗も
「――おじいちゃん!!!!!!」
声にならない声で、喉が潰れても構わないとばかりに叫ぶ。
喉を通過するわずかな振動を感じ取ったそのとき、僕は「わぁっ」という自らの声で目を覚ました。
大量に汗が
――いいや、夢だけど、夢じゃない。僕は一人首を横に振って結論づけた。あの真っ暗闇の場所、そして、おそらくは亡者と思われる餓鬼のような姿をした者たち、夢にしては記憶や想像の域を超えている。
なにより、僕の右手にはしっかり祖父の手の感触が残っているのだ。
思い出して、また目に涙が浮かぶ。乾いた涙の跡を、再び熱い雫が濡らしていく。
(そうだ…! おじいちゃんの手紙……!!!)
僕は泣きじゃくりながら急いで祖父の部屋に駆け込み、勢いに任せて文机の一番上の引き出しを開けた。
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