第15話 テ、テレビですと!?①

 びしょ濡れになってきくの湯に辿り着いた私たちは、ブラウスを肌に張り付けたまま脱衣所に入った。こういう時銭湯が活動場所だと便利だな、なんて考えながらビショビショになった制服を脱いで籐籠に入れた。

 目的は体を温めることだったので、かけ湯をして体を洗ったらすぐ湯船に浸かった。雨の中走ってきて冷え切った体には、少し熱めのお湯も心地が良かった。

 三人で肩まで湯に浸かって、ボケーっとお風呂を楽しんでいると、ガラガラと曇りガラスの戸が開いて見慣れたシルエットが入ってきた。


「香澄ちゃん!」


 桜の声が浴場に木霊した。浴場に入ってきたのは紛れもなく香澄ちゃんだった。


「あれ、三人ともお風呂にいたんだ」


 エコーのかかった声で香澄ちゃんが言う。彼女の声を聞いたのも久しぶりかもしれない。


「そうなの。雨に打たれちゃってさ」

「雨? 外にいたの?」


 香澄ちゃんの部活を見に行ったんだよ。え、そうなの。なんて会話を交わして、久しぶりに四人でお風呂に入った。数週間ぶりの四人でのお風呂は暖かかった。

 数十分ほど湯船に浸かって私たちはお風呂から出た。

 私たちはダイニングに移動して、ハンガーを借りて制服を吊るした。私は偶然にも体操服を持ってたのでそれを着て、私よりも華奢なリオンちゃんは桜の服を借りていた。香澄ちゃんだけが制服姿だった。


「なんか、久しぶりだね」


 香澄ちゃんが言った。


「ごめんね、なかなかこっち来れなくて」

「ううん。陸上も大事だもん」


 桜ちゃんは自分に言い聞かせるように呟いた。もしかしたら香澄ちゃんが来なくなって一番寂しがっているのは、桜だったかもしれない。

 香澄ちゃんが気まずそうな表情をする中、ダイニングには沈黙が降りた。

 そんな沈黙を引き裂いたのは、電話のベルの音だった。四人全員がビクリと肩を跳ねさせて、入り口近くに置いてあった電話の方を見た。


「もしもし」


 桜が電話に出た。


「はい。えっ、はい――」


 電話からは離れていたので内容は聞き取れないが、桜の表情はドンドン険しくなって言った。


「母に代わりますね」


 そう言って桜は保留ボタンを押して部屋から出て行ってしまった。部屋の中は電話から流れる電子音のクラシックだけがやけにうるさく響いていた。

 パタパタと足音が聞こえてきて、部屋に戻って来たのは桜のお母さんだけだった。桜は空になってしまった番頭台にいるみたいだ。私たちは部屋に入ってきて電話を取った桜のお母さんに会釈して、彼女の話す声を聞き流していた。

 桜のお母さんは数分話して、受話器を置いた。何やらメモした紙を見て私たちに目を移した。


「ゆいちゃん、ちょっと桜を呼んできてくれないかしら」

「わ、分かりました」


 話の見えない私は戸惑いながら部屋を出た。

 部屋を出てすぐ右を曲がったら、きくの湯に繋がったドアがある。それを開けて、番頭台のところにいる桜を呼ぶ。


「桜、お母さんが呼んでるよ」


 私が言うと、番頭台にちょこんと座った桜は、番頭台から勢いよく飛び降りてスタタと駆け寄って来た。


「なんかあったの?」


 私は桜に尋ねた。


「なんか、テレビ局が取材させて欲しいって……」

「テレビ局!?」


 桜の言葉に私は驚かざるを得なかった。


「なんで?」


 会話をしながら細い廊下を歩く。


「私のブログ見た人がいたっぽい。朝のニュース番組で取り上げるとかどうとか」

「どこの局?」

「エーエヌテレビ」

「え、エーエヌ……」


 エーエヌテレビと言えば、地上波でも最も大きいと言っても過言ではないテレビ会社だ。そんなところから取材のオファーが来るなんて、桜のブログは思ったよりも拡散されて有名になっているらしかった。

 ダイニングに戻って来た。ドアを開けるとリオンちゃんと香澄ちゃんがポカンとした顔でこちらを見ていた。


「桜、ブログって何かしら。私知らないのだけど」


 桜のお母さんが桜の方を向いて言った。


「湯けむり部のブログだよ」

「ネットで有名になってるから取材させてほしいってどういうこと?」


 桜のお母さんの声はいつも通り柔らかかったが、桜を見つめるその視線は凍てついていた。桜、お母さんにブログのこと言ってなかったんだ……。


「ねぇ、どうしたの……?」


 隣にいた香澄ちゃんが私の袖を引いてきた。リオンちゃんも顔を近づけて話を聞こうとする。


「どうやらブログの評判がテレビ局まで回って、取材させてほしいって依頼が来たっぽい」

「えっ、テレビ!?」


 小さく驚きの声を上げたのはリオンちゃんだった。


「不用意にネットに写真を上げるなんて……」


 そんな桜のお母さんの言葉が聞こえて来た。


「はぁ、桜は後でお説教ね」


 桜のお母さんはため息をついて桜を睨んだ。美人なだけに途轍もなく恐ろしかった。


「テレビで取材されるって話は……、聞いたみたいね」


 こちらに顔を向けた桜のお母さんに、ウンウンと首を振った。お母さんの奥で桜はションボリと肩を落としていた。


「ゆいちゃん達にも出演して欲しいって言われたのだけれど、親御さんに許可取れるかしら? 私からも説明するわ」

「えっ、私たちも!?」


 予想外の発言に言葉を失ってしまう。私がテレビに出るなんて。なんてこったい。


「ゆいちゃん、香澄ちゃん、リオンちゃん」


 桜のお母さんの目が私たちを射抜いた。


「写真をネットに簡単に上げるのはどうかと思うわ。まだ良い方に向かってるかもしれないけど、これからどうなるか分からないのだからこれ以上不用意に載せるのはやめておきなさい」


 優しい声でそう言われた。が、その目は有無を言わせぬ圧力があった。


「「「はい……」」」


 私たち三人は声を揃えて小さくなった。

 それから桜のお母さんにテレビの取材について、詳しく話を聞いた。どうやら明日の放課後に数人のスタッフが来て打合せなんかをして、明後日の土曜日にカメラとリポーターが来るらしい。


「いきなり撮影ってわけじゃないんだね」


 桜のお母さんの説明を聞いた香澄ちゃんがそんな声を上げた。


「ロケハンってやつですね」

「ろけはん?」


 リオンちゃんの謎の言葉に、私たち三人は疑問符を浮かべた。


「要は下見です。いきなり本番でトチるわけにはいかないから」

「へぇー」


 流石はアイドル志望。テレビのことは詳しいみたいだ。


「私たち、テレビ出るんだね」

「夢じゃないかな」

「つねってあげようか?」

「痛い痛い痛い!」


 桜とリオンちゃんじゃれ合っている。香澄ちゃんの方を見るとどこか悲しそうな顔をしていた。


「香澄ちゃん、どうしたの?」


 私は香澄ちゃんに話しかけてみる。


「ん、いやさ、なんかあの二人仲良くなってるなぁ、って」


 そう言われて私も二人を見た。確かに香澄ちゃんが最後に見たときよりは仲良くなってるのかもしれないが、ずっと一緒にいた私はよく分からなかった。


「リオンちゃんの敬語も消えてるし……。私にはまだ敬語なのに……」


 言われてみれば、さっきのロケハンの説明のときも敬語だった。


「私が陸上やってる間に……。ぐぬぬ」


 香澄ちゃんは嫉妬の目を桜に向ける。桜とリオンちゃんはその視線に気付く様子もなく、ワイワイと話していた。


「おりゃああ」

「わぁっ! もー香澄ちゃん何ぃー!」


 香澄ちゃんが楽しそうに話す二人に突っ込んで行って、私は取り残されてしまった。


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