33話「薬師の仕事の再開と第二回ダンジョン攻略みたい」
翌日、食堂で朝食を食べ終えた頃合いを見計らうかのようなタイミングで姫たちに来客があった。話を聞くと来客は商業ギルドの職員のようで、ギルドマスターから呼び出しがあったとのことであった。
すぐに商業ギルドに向かうと応接室に通され、しばらくして中年の女性が入室してきた。姫が座っているソファーの対面に彼女が座ると、自己紹介し始めた。
「初めまして、私はこのサラセウムにある商業ギルドのギルドマスターでネルネといいます」
「姫です。それで、今回のご用向きはどういった内容ですか?」
「そんな堅苦しい言葉を使わなくても大丈夫よ。いつも通りの喋り方の方があなたも楽でしょ?」
「そう、じゃあお言葉に甘えて。なんの用なのよ?」
「そうね、まずはポーションの件なのだけど……」
簡単な自己紹介を終えると、ネルネは早速用向きを話し始めた。その用向きとは、以前のギルドで納品していたポーションをサラセウムの商業ギルドにも納品して欲しいというものであった。
用件を聞いた姫はしばらく考えるような仕草をしたあと、勿体付けるように話し出す。
「あたしとしては、この街にはダンジョン攻略にやってきているから余計な仕事を抱えたくないのよね」
「その分報酬は上乗せさせてもらうわ。そうね、前のギルドに納品していた金額の1.5倍でどうかしら?」
姫が今まで作ったポーションは下級ポーション・下級解毒ポーション・下級治癒麻痺ポーションの三つだ。
アラリスの街での売値がそれぞれ350・550・700ゼノとなっており、リムの街の商業ギルドにはその倍額の値段で納品していた。
つまりネルネはリムの街のギルドで納品していた金額のさらに1.5倍の値段である1050・1650・2100ゼノという金額で買い取ることを提案してきたのである。
「そんなに高い値段で買い取って採算は取れるの?」
「その点は心配ないわ」
ネルネの提示した売値に疑問を持った姫が問い掛けると、ネルネは何でもないことのように返答する。
彼女の話によると、サラセウムの都市にはポーションを調合する薬師自体が少なく薬の納品数もかなり少ない。それとは反比例するかのようにポーションの需要は高く、相場の数倍の値段にまで高騰してしまっているのが現状らしい。
だからこそ、ネルネの提示した金額で仮に買い取りその利益を上乗せした金額で販売したとしても、ちゃんとした利益が出るとのことだった。
「事情はわかったわ。でもできればダンジョン攻略を優先したいんだけど?」
「それについては問題ないわ。もちろん調合に使うポーションの素材もこっち持ちよ」
納品の納期はなく、尚且つ調合に使う素材も商業ギルドで用意するという好条件に断る理由がなく、姫はその条件でサラセウムでもポーションの納品をすることになった。
( ̄д ̄)( ̄д ̄)( ̄д ̄)( ̄д ̄)( ̄д ̄)
ポーションの納品についての話が纏まると、姫たちはその足でダンジョンへと向かった。
あのあとネルネの口から姫の料理についての追及があったが、ダンジョン攻略で忙しいということとネルネ自身が持っている情報が少なかったことが功を奏し、料理についてはうやむやにすることで誤魔化した。
冒険者のランクが☆2になったことで15階層までの攻略が可能となり、姫たちはさっそく前回の続きである6階層からの攻略を開始する。
転移の魔法陣で6階層にやってくると、雰囲気が少し変化していた。具体的には今までのダンジョンの壁はどこにでもある岩をくり抜いた洞窟だったため灰色に近い色をしていたのだが、6階層からは薄い青色に変化している。
出現するモンスターも5階層以前に出現するモンスターも含まれてはいたが、初見の敵も数多く確認できた。
6階層以降に登場するモンスターは、今まで登場した一角ウサギやスモールファングボアなどの他に、蛇型のモンスターであるバイトスネークやゴブリンやコボルトなどの上位種と見受けられるゴブリンリーダーやコボルトリーダー、蝙蝠型のモンスターであるソナーバットやスライムの上位種ヒュージスライムといったモンスターたちがある一定の群れを形成して行動していた。
低階層よりも強力なモンスターたちが群れを成し行動しているため、以前よりも難易度が格段に上がっているのだが……。
「とりゃあっ!」
「邪魔するニャ!」
「……《アクアバレット》」
ミルダとミャームの勢いは止まるどころか、モンスターに歯ごたえが出てきたことが二人の闘争心に火をつける結果となり、以前にも増して奴隷無双が苛烈を極めていた。
モンスターたちはこちらを視認するとすぐさま戦闘態勢に入るのだが、次の瞬間にはミルダの攻撃で頭を潰されるかミャームの攻撃で首を斬り取られるかの二択で打ち倒されていく。
そんな状況の中、姫自身も頑張って魔法で援護したりモンスター単体を魔法でちまちまと討ち取っていくのだが、二人の討伐速度が速いためまたしてもモンスターからドロップしたアイテムを回収する係に成り下がってしまっていた。
結局二人の進撃が止まったのは、10階層のボスの部屋がある扉を発見した時であった。二人とも自分たちが主人である姫に雑事をさせていたことを反省しており、次こそは自重すると口にしていた。
そんなこんなで、前回と同様に短時間でボスの部屋まで到達することができた姫たちはボスの前に少し早めの昼食を食べ、少し休憩したのちにボスへと挑むことになった。
「二人とも、今回こそはあたしたちの連携を確認する練習をするから、暴走しないようにね」
「……承知しました」
「……わかったニャ」
準備が整い、ミルダとミャームに釘も刺したことを確認した姫は、前回同様人が使うには大きすぎる扉を開ける。
扉の先は5階層のボス部屋と同じくらいの空間が広がっており、出口手前に三十匹程度のモンスターの群れがたむろしている。モンスターの種類はオークという醜い豚の顔を持つモンスターで、ボスはオークリーダーという群れを束ねる長のようだ。
姫たちが侵入してきたことを視認したオークリーダーは、部下のオークに指示を出し一定の間隔を開けながらこちらに向かってきた。それを見た姫が二人に指示を出す。
「ミルダは前衛で相手の注意を引き付けて、ミャームはミルダの死角から襲ってくるオークを排除して」
「承知」
「了解ニャ」
姫の指示に従い、ミルダがオークの群れへと突っ込んだ。二メートルはあろうかというオークの巨体の突進に力負けすることなく、寧ろ力で圧倒するミルダ。その動きに合わせるようにミャームが遊撃の役割を果たし、瞬く間にオークの群れが減っていく。
姫もただ傍観するだけでなく、オークの動きを妨害したり範囲系の魔法で複数のオークを殲滅していく。
彼女たちの連携は知性の低いただのモンスター程度の連携では歯が立たず、気付けばオークの群れはオークリーダーを残すのみとなっていた。
(……それにしても、二人がここまで強かったのは嬉しい誤算だったわね)
ミルダとミャームの戦闘力の高さに驚愕と喜びの感想を内心で考えていると、オークリーダーが咆哮を上げながらこちらに向かってくる姿が見えた。
「ミルダ。奴の突進を正面から受けず受け流して、ミャームはその隙を突いて攻撃よ」
姫の指示を聞いた二人が頷いて反応し、すぐに実行に移す。オークリーダーの突進を受け流そうとしたミルダであったが、三メートル弱もの巨体から繰り出される突進は凄まじく、突進の力を受け流し損ねたミルダの体が宙に舞う。
しかし、自分が吹き飛ばされることを直感的に感じ取ったミルダは、宙に舞う体を制御しダメージを回避することに成功する。
一方のミャームは、オークリーダーの注意がミルダに向いていることを確認すると、天性の身体能力を活かし二メートル半もの高さを跳躍する。彼女の持つ短剣がオークリーダーの首筋に突き立てられ、その首からどす黒い血が迸った。
「ブモオオオオオオ」
オークリーダーの苦痛の悲鳴が響き渡る中、姫は止めの一撃を加えるべく最大火力の魔法を放とうとしていた。
「二人とも下がりなさい! これで終わりよ《バーストフレア》!!」
姫の言葉に反応した二人が、オークリーダーから距離を取る。魔法の効果範囲外に二人が避難したのを確認した姫が、自身の持つ魔法の中でも最大の火力を持つ魔法を放つ。
彼女の手から放たれた炎の奔流は、瞬く間にオークリーダーを包み込みその身を焼き焦がしていく。辺りに肉の焼ける臭いが漂う中、次第に炎の勢いが衰えていきあとに残ったのは黒焦げに焼かれたオークリーダーの体だけであった。
そして、姫の魔法が完全に消失するとオークリーダーの体が光の粒子となっていき、ドロップアイテムの魔石と討伐証明のオークの睾丸が残るだけとなった。
「ふう、これで10階層のボスは攻略完了ね。二人ともお疲れ様」
「さすが主です。最後の一撃お見事でした」
「今日もたくさん運動したから満足ニャ」
それからオークの残したドロップアイテムをミルダとミャームが回収すると、ボス部屋の先に設置されていた魔法陣を使い地上へと帰還した。
今回のダンジョン攻略は前回よりも少し時間が掛かっていたが、それでも半日で5階層も攻略してしまうのは異常と言えるべきものである。
地上に戻った姫たちは、ドロップアイテムを換金しようとしたのだが、その異常なまでの攻略スピードに驚かれてしまい一時冒険者ギルドが騒然となったものの、なんとか換金を終え宿へと戻った。
今回の換金額の合計は17600ゼノとなっており、その内の3%である528ゼノをミルダとミャームのそれぞれに渡そうとしたのだが、金額が多すぎると言って一度受け取りを拒否した。
「いいから受け取りなさい! 命令よ」
「……わかりました」
「……わかったニャ」
という具合に渋々な態度であったが、なんとか二人に受け取ってもらえた。
その後、商業ギルドから職員が尋ねてきてポーションの材料を渡してきたので、寝る前に少しだけポーションを調合しその日は眠りに就いた。
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