32話「☆2になったみたい」



 ダンジョンから帰還した姫たちは、その足で冒険者ギルドへと向かった。時刻は夕方になったばかりでその日の依頼の報告のため、冒険者たちが受付カウンターに長蛇の列を作っていた。



 姫たちもそれに倣い最後尾に並ぶ。しばらく列に並び続けていると、ようやく自分たちの番がやってきた。



 担当してくれた受付嬢は、栗色の髪に翡翠色の瞳を持つ少女だった。年の頃は十代中頃とこの世界でいう所の成人したての年代である。



 身長は百五十半ばと小柄ながらも女性として均整の取れた身体つきをしており、胸部は明らかに姫よりも大きいことが窺える。



 自分よりも優れた武器を持っていることに一瞬受付嬢に対し殺意を覚えかけた姫であったが、相手は自分よりも年下であると言い聞かせ辛うじてその殺意を抑え込むことに成功する。



「ようこそ、依頼の報告でしょうか?」


「あら、あなたは確かあたしたちの登録をしてくれた」


「サリーヌです。改めてよろしくお願いします」


「よろしくね。それで用件なんだけど、☆1ランクで攻略可能な階層をクリアしたからそれの報告をしたいのだけど」


「……はい?」



 姫の用件を聞いたサリーヌが怪訝な表情を浮かべる。だが、彼女がそのような態度を取ってしまったのには理由がある。



 毎年冒険者ギルドには冒険者を目指す者が星の数ほどやってくる。その規模は数万人とも数十万人とも言われているが、その中で冒険者として大成する人間は数千人、あるいは数百人程度しかいないとされている。



 ダンジョンがある都市にある冒険者ギルドで新規登録をしたその日に、最下位ランクである☆1が攻略可能な階層を踏破する者などはっきり言って特異な存在なのだ。



 低階層といえど広大な広さを誇るダンジョンを僅か一日で駆け抜け、ボス部屋にまでたどり着き尚且つボスを撃破して戻ってくる事などそれこそ中位冒険者でさえ簡単にはいかないのである。



 それをあろうことか今日登録したばかりのそれも女性のみのパーティーで編成されている姫たちが、五階層までたどり着きボスを攻略したなど何の冗談かと思ってしまうのは至極当然のことなのだ。



「おい、嬢ちゃん。さっきから聞いてりゃ、冗談も大概にしておけよ」



 姫の後ろに並んでいた男性冒険者が、話の内容を聞いて剣呑な雰囲気で話し掛けてきた。彼がそういう態度を取るのも無理な話で、冒険者とは常に死が付きまとう命懸けの職業なのだ。



 そして、上に行くためにはありとあらゆる依頼をこなし、ギルドに認められなければならない。時には死を覚悟して遂行しなければならない依頼もあり、それがもとで死んでしまう冒険者も少なくない。



 その中で努力と研鑽を積み、命懸けの依頼を達成できて初めて上位のランクになれるものなのだ。そして、その資格を得ることができるのは選ばれた人間だけだ。



 そんなサラセウムにあるダンジョンの最初の五階層は、選ばれた人間を選定するための試練であると同時に資格を持たない人間を振るい落とす場所でもある。



 姫に絡んできた男とて冒険者になって数年の時間が経過しているが、最初の五階層にたどり着くことができたのは冒険者ギルドで登録してから数か月以上の月日が掛かっている。



 だというのに、どう見てもか弱い女性である姫が登録したその日に五階層を踏破したというなどと口にすれば誰だって最初から信じる方が無理な話だろう。



「あたしは別に嘘はついてないわよ。五階層まで行ってホブゴブリンを倒してきたわ」


「ふん、その話が本当なら討伐証明の頭部を出してもらおうか」


「討伐証明?」


「それはですね……」



 男の言葉に聞きなれないものがあったので聞き返すと、すぐにサリーヌが説明してくれた。討伐証明とは各モンスター毎に設定されている討伐したことを証明するためのものであり、基本的にはドロップアイテムの魔石がそれに当たる。



 しかし、特定の階層に存在するボスの場合討伐時に必ずドロップするアイテムが存在する。冒険者ギルドはそのアイテムをボスを討伐したことを証明する証としているのである。



 そして、討伐証明のアイテムは基本的に加工品として取り扱われるため、お金を払ったとしても手に入らず、また他のものに譲渡しようとするとどういうわけか光の粒子となって消滅してしまうのだ。



 だからこそ、討伐証明であるドロップアイテムは、その者が実際にボスと戦って入手したということを証明できる十分な証拠となり得るのである。



「ふーん、なるほどね」


「嬢ちゃんが本当にホブゴブリンを倒したっていうのなら、その証拠である【ホブゴブリンの頭部】を出してもらおうじゃねぇか!」


「はいどうぞ。これでいいんだよね? ホブゴブリンの頭部って」


「「え?」」



 まさか本当にホブゴブリンの頭部を持っているとは思っていなかったのか、サリーヌと男性冒険者が素っ頓狂な声を上げる。



 すぐに正気を取り戻したサリーヌが姫からホブゴブリンの頭部を預かると、鑑定作業に入る。しばらくその場に沈黙が漂っていたが、その沈黙がサリーヌの言葉によって破られた。



「間違いありません。本物のホブゴブリンの頭部です」


「ば、馬鹿な! 偽物なんじゃないのか!?」


「冒険者ギルドの職員の名に懸けて、このホブゴブリンの頭部が本物だと断言します」


「どんな手を使ったんだ!?」



 姫が提出した五階層のボスの討伐証明であるホブゴブリンの頭部が本物であるとサリーヌが宣言すると、男性冒険者は姫に食って掛かる。



 登録したばかりの駆け出しである姫たちが、ホブゴブリンを撃破した事実を受け入れられなかったのだろう。何か不正をしたのではないかと詰め寄ってくる。



 しかしながら、不正をしていない姫たちからすればとんだ言いがかりなため、男性冒険者の言葉を否定する。



「ホブゴブリンと戦って手に入れたに決まってるじゃない。それ以外にこのアイテムを手に入れる方法があるっていうの?」


「そ、それは」


「とにかく、五階層のボスの討伐証明であるホブゴブリンの頭部の確認が完了しましたので、今から姫様たちを☆2にランクアップします」


「なっ!?」



 姫の言葉に男性冒険者が反論できずにいると、サリーヌが三人のランクアップの宣言をする。それを聞いた男性冒険者がさらに驚愕の表情を浮かべる。



 さらに男性冒険者がなにか言おうとしてきたが、サリーヌの“これ以上仕事を増やさないでくれ”という非難めいた視線に押し黙る事しかできなかった。



 そんなサリーヌを見て、見た目よりもなかなか場慣れした受付嬢だと姫は感心する。



 ☆2になるための手続きを手短に終え、姫たちは一度宿屋へと戻ることにする。



 宿に戻った姫たちは、一度今回のダンジョン攻略で手に入れた報酬の分配について話し合うため二人に話を振ったのだが、すぐに返ってきた答えは報酬は要らないの一言であった。



「どうして要らないの? 基本こういうのって山分けなんじゃ?」


「それはパーティーメンバーが一般的な冒険者である場合です。アタイもミャームも主の奴隷ですので、基本的に奴隷が得た収入は全て主人のものとなります」


「ミルダの言う通りだニャ」



 ミルダの説明に首を縦に振りながら同意するミャーム。しかし、そんなことを説明されて「はいそうですか」と納得できるほど姫の性根は良くはない。



「それじゃああたしがいない時にお金が必要になった時に困るでしょ? だから二人には報酬は受け取ってもらうから」


「……主がそう言うのでしたら」


「ニャーはどっちでもいいニャ。ご主人の美味いご飯が食べられれば、それで満足ニャ」



 それからいろいろと話し合った結果、ダンジョンで得た金額の3%を二人にそれぞれ支払うということで決着した。



 今回のダンジョン攻略で手に入れたモンスターの魔石や骨などのドロップ品などを換金した合計額は11100ゼノだったため、ミルダとミャームにはそれの3%に相当する330ゼノが報酬として支払われた。



 ちなみにこの合計額は三人編成でのパーティーの報酬としてはかなり多く、一般的な1階層から5階層を攻略したパーティーの報酬額は4000から5000ゼノ程度が相場なことを見ても、姫たちの異常性がよくわかる。



 その後、宿の食堂で食事を済ませダンジョンでの疲れも手伝ってかすぐに眠気がやってきたので、すぐに寝る支度をして就寝することにしたのであった。 

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