第68話 魔人レイ

 突如、魔人としての本性を表したレイに観客達は動揺していた。


『い、一体、どういう事なんでしょうか。レイ選手は一体……』


 実況をしている女性も、レイが放つ負のオーラに委縮していた。恐怖を感じているようだった。


 その同様が混乱になり、恐慌(パニック)になるまで差ほどの時間を必要しない。


「逃げるんだ! こいつは人間じゃない! 魔族——魔人だ!」


 ソルは叫ぶ。何となくやばいと思った観客の一人がいち早く逃げ出す。その後は雪崩のように逃げ出した。極めて危険な状態になる。魔人に殺されなくとも、人込みが崩れると人間は圧迫死する可能性があるのだ。


 戦士ならともかく、一般市民など脆弱な存在であった。大抵の人間とは脆いのだ。


「うわああああああああああああ! 逃げろ! 魔人だ!」


「お、押すなって!」


「に、逃げないと、逃げないと殺されるっ!」


 観客達はパニックになっていた。我先にと逃げ出そうとして、出入口付近は大変な混雑になった。人が詰まってそもそも出る事ができない。

 

 冷静さを欠いた避難では怪我人は愚か、死者まで出てしまいかねない。


『お、落ち着いてください! 避難は落ち着いて! き、危険です! 冷静になって避難を!』


「へえ……楽しそうだね。死人の一人でも出たら、もっと楽しくなるだろうなぁ」


 レイは手に魔力を込める。MPを必要とする魔法スキルというよりは、魔人からすれば吐息のようなものだろう。竜で言うところの息吹(ブレス)のようなものだ。魔人のような強力な存在ともなると、何気ない行動一つで人間にとっては致命傷になりかねない。


 魔人レイは暗黒のエネルギー弾を観客席に投げつける。その一撃ひとつで数十名の死者が出る事は確実だった。


「はあああああああああああああ!」


 ソルはその塊を斬り裂く。魔法剣『アルテマブレイド』。『無属性破壊魔法(アルテマ)』を付与(エンチャント)した魔法剣はあらゆる物質を灰燼と化す、驚異の剣になりえた。それは物質に限らず、暗黒弾のような非物質すら消し去る事ができた。


「僕の邪魔をするなんて、不届きな人間だよ。ソル・ユグドラシル! まずは君を殺そう! その上で聖剣レーヴァテインを奪い取ろう。その後、ゆっくりとこの国、フレースヴェルグを滅ぼしてやるよ」


「……そんな事させるかよ」


「ソル!」


 クレアがソルの下までやってくる。


「クレア……」


「我もいるぞ……もはや茶番は終わりのようだからな」


「バハムート……」


「……へぇ……竜王バハムートか。本当に存在していたんだね。竜達の王。ソル・ユグドラシル。君はそんな存在まで従えていたのか。道理で君はどれだけの強さを手に入れているわけだ」


「……我の事を知っているか。貴様、やはり普通の人間ではないと思っていたが、魔族だったとはな。あまりに予想通り過ぎて、大した驚きがないな」


 バハムートは鼻で笑う。


「それより、貴様、何が目的で人の地に踏み入った?」


「危険因子を取り除く為、それと人間の世界の様子を見るつもりだったのさ。我等が魔族の王、魔王サタン様が近々天界に攻め込むつもりなんだよ。天使族を滅ぼすつもりなんだ……それでその後は、とりあえずは脆弱な人間を滅ぼすつもりなんだよ、我等の魔王サタン様は。だけど、少々、予定が狂いそうだ。だが、そういう危険因子を発見できただけでも十分に収穫だろう。クックック」


 魔人レイは薄気味悪く笑う。


「……何なのよ、この人」


 クレアは呆気に取られている。


「今日は挨拶代わりだ。本気では闘わないよ。今回はね」


「逃げるのか?」


「逃げるんじゃない。人聞きが悪いな。逃がしてあげるんだよ。つまらないお土産だけど、受け取ってくれよ。冥府(ハーデス)からの贈り物さ」


 魔人レイは召喚魔法(サモン)を発動する。冥府の門が開かれる。


『『『ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』』』


 地獄の底から湧き上がってくるような、呪詛のような声が響き渡ってきた。


 現れたのは数十体の上位デーモンだ。恐ろしい形相をした化け物だらけである。数が多い上にレベルも低くない。どれもがLV60~70程度。並の人間では相手にならない代物だ。


「……クレア」


「ソル……」


「こいつを使え」


「え?」


 ソルは飾られていた聖剣レーヴァテインを引き抜き、クレアに投げ渡した。


「いいの? ……ソル。この聖剣は剣神武闘会の優勝賞品。本来ならあなたが貰えるもののはずなのに……」


「いいさ。きっとその剣は俺が使うより、クレアが使う方が相応しい」


「そうね……ありがとう、ソル」


 クレアは聖剣レーヴァテインを構えた。聖剣レーヴァテインは炎属性の聖剣だ。固有スキル『煉獄の加護』を持ったクレアの方が、きっとその真価を発揮できる。聖剣レーヴァテインの炎はクレアが持つことでより一層激しく燃え盛る事であろう。


 こうして剣神武闘会の決勝は中断された。そして闘技場(コロシアム)内は大混乱に陥る。その事態を引き起こした魔人レイは突如その姿を消した。


 ソル達はさらには突如として現れた上位デーモンとの応戦を強いられる事となる。

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