エピソード6

問6 一度だけのわがまま

 彼女が優秀だってのは分かっていた。

 だってずっとそばで見てきたんだから。


「予想はしてたんだけど、遠いところに行くことになったの」


 彼女がそう言ったとき、やっぱりな、とそう思った。


「それってどこ?」

「遠いところ。たぶんココには戻れないと思う」


 僕が彼女に惹かれた理由はいくらでも思いつく。

 だけど彼女が僕のどこに惹かれたのかは、僕にとっていまだに謎だ。


 ただこれだけはハッキリ理解していた。

 ここで彼女の手を離してしまったら、僕たちの縁はそれまでだということ。


「そっか……遠距離恋愛ってことか。でも連絡手段はいくらでもある。僕はここで待ってるよ。ここでずっと君を待ってる」


 と、彼女はここで大きく息を吐いた。


「ううん、そういう意味じゃないの。このまま離れ離れのままはあなたのためにも、あたしのためにもならない」

「どういうことなんだい? 待つのもダメなのかい?」

「あたしは関川君に来て欲しい。でもあなたにはここでの生活や仕事があることも分かってる」


 僕はすぐに返答できない。

 失うものは少なくないのだ。


「ねぇ、一度だけわがままを言わせて。ここでの全部を捨てて、あたしと一緒に来て。これが、大切な分かれ道なのよ」


 彼女は僕を見つめ、それからゆっくりと手を伸ばしてくる。


 僕は……

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