答4 特別

 僕は彼女の性格はよく分かっている。

 下手に誤魔化せば、彼女を余計に怒らせてしまう。

 僕は正直に覚えていないことを謝った。


「フフ。そう、覚えていないのね? あなたらしいといえば、あなたらしいのかしら?」


 彼女はいたずらっぽく笑い、もう一言付け加えた。


「今日のデートが終わるまでに思い出してね?」


 僕は彼女が怒っていないことをホッとしつつも、プレッシャーをかけられてしまった。

 もし思い出せなかったらどうなってしまうのだろう?


 背中に冷たい汗が流れるのを感じながら、僕たちは予定通りランチへと向かった。


 予約していたフレンチレストランに入ると、僕たちは程よく冷えたロゼで乾杯をした。

 ランチとしては値は張るが、今日という特別な日だからこそ、この店を予約していたのだ。


 あれ?

 予約した時の僕は、どうして今日が特別な日だと知っていたのだろう?


 僕が考えを巡らそうとした時、フランスブルゴーニュの郷土料理の定番前菜、ジャンボンペルシエが出された。

 これは、ハムとパセリのゼリー寄せであるが、ブルゴーニュの辛口白、シャルドネが良く合う。

 出されたグラスワイン村名クラスのボーヌ・白も、冷やされ過ぎていなくて絶妙だ。


 僕は思わず笑みがこぼれた。


「どうしたの?」


 彼女は首を傾げて不思議そうに僕を見ている。

 僕は特別な記念日の理由が分かったことを話した。


 全ての答えがここにあったのだ。


 今日は、僕たちが初めて出会った日だった。

 

 僕が漠然とワインの仕事をしようとフランスに旅立ち、ワインの買付に来ていた彼女とボーヌの街で出会ったのだ。


「うふふ。簡単すぎたようね? 正解よ」


 彼女は妖艶に笑い、僕を見つめていた。


 ああ、何て眩しい笑顔なんだ。

 僕は間違いなく、君のことを……

 

☆☆☆ 


 ここで余は目が覚めた。


「……フッ。今更、このような夢を見るとは。見たこともない相手だったが、余はかつて生きていたあの世界が恋しいのだろうか?」


 余は玉座の上でうたた寝をしていたようだ。

 一人、自嘲気味に笑うと側近である元魔王がやって来て余の前に跪いた。


「ご報告があります、陛下。人間どもがまた反乱をしております」

「……そうか。お前たちの好きに鎮圧してくるがよい」

「御意!」


 元魔王は跪いたまま姿を消した。

 余はまた一人になり、虚空に目をやって大きなため息をついた。


 余は苦汁をなめさせられたあの日、好きに生きると心に誓った。

 誰も信用できなくなった余は、一人で旅に出た。

 色々とあったが、退屈だけはしなかった。

 ある時、先程の元魔王が現れ、世界の半分をやるから味方にならないかと誘ってきた。


 余は元魔王の味方になり、人間の国を滅ぼし支配した。

 しかし、元魔王は余をだまし討ちしようとしてきた。

 

 が、初めから信用していなかった余は元魔王を返り討ちにして、気まぐれに命を助けたら自ら進んで配下になった。

 こうして世界の全てを手に入れた余は、大魔王せきかわと呼ばれることになった。


「だが、虚しい」


 余が真に望んでいることは何だったのか?

 自問自答を繰り返していたが、よく分からなかった。

 そして、新たな疑問に心が囚われた。


 あの夢は、願望だったのだろうか?

 それとも、別世界に生きる自分の姿なのだろうか?

 それとも、まだ見ぬ未来だろうか?

 

 答えはいつまでも出なかったが、相手の女性だけは心の中に残っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る