第54話 京都旅行
京都のホテルで迎えた土曜日の朝。
ヨンは目を閉じたまま手だけがレイを探して布団の中を彷徨った。
レイがいない。
びっくりして目を開けると、カーテンの隙間から太陽の日差しが漏れる薄暗い中でベッドに背を向けてた人影が見えた。
レイは着替えているところだった。ナイトウェアを躊躇なく大胆に脱いだ。下着だけの後ろ姿は美しかった。
レイは手早くジーンズにセーターを着て電気ポットのスイッチを入れた。
時計を見ると8時だった。
「おはよう。寝坊した。起こしてくれれば良かったのに」
ヨンは身体を起こした。
「おはよう。ゆっくりで大丈夫だよ。死んだように寝てたから起こさなかったの」
それはそうだろうとヨンは思った。出張からの解放感にレイに会えた安心感、それに加えて昨夜はセックスまでしたのだ。爆睡して当然だ。
「確かに昨夜は小さな死を迎えたな」
ヨンは真っ赤になったレイの顔を触り洗面台に向かった。
朝食を食べると、イチに勧められた鞍馬寺に向かった。
山の中にある寺は少し雪が残っていたのでケーブルカーで頂上付近まで行く。そこからも坂道や階段を登っていくとようやく頂上にある本殿にたどり着いた。
本殿でお参りをして外に出ると、広い石畳になっていた。
「ここ、宇宙と繋がっているらしいよ」
レイは説明書を読み、興味津々だ。
「だから六芒星か」
ヨンは石畳に埋め込まられた六芒星とその先の景色を見た。
ここからの見晴らしは素晴らしかった。まさに森の上から地上を見る感覚だ。
「確かに気持ちいいな」
ヨンは深い呼吸をする。レイは足下に広がっている森を凝視していた。
「天狗が出そうな感じの不気味な森だよね。だから今度は森の中を歩けるように雪がない時に来たいね」
「そっちか」
ヨンは思わず笑った。
ヨンとレイは雪の残る山道を歩くのを諦め京都市内に戻った。
駅近辺で遅いお昼食べる。
「どこか行きたいとこあるか?」ヨンがレイに聞いた。
「有名なところだと伏見稲荷大社だけど全部歩くと四時間。私たちだったら三時間ぐらいで行けそうじゃない?」
「伏見稲荷は小高い山だよな。鞍馬で森を歩いて、ここでも登るのか?」
「どう思う?」
レイはいたずらっ子の様な笑みを浮かべた。
「勘弁してくれ」
「そう言うと思った。素敵な日本庭園に行きたいから無鄰菴庭園に行こう」
「手を繋いでゆっくり歩こうか」
ヨンが安堵の溜息をついた。
名園と言われる無鄰菴庭園でのんびりと過ごし、その後夕食は平安神宮に近い蕎麦屋で鴨鍋を食べた。
薄口の醤油だしに野菜を入れ沸騰したところに生の鴨肉を入れる。締めはざる蕎麦を鍋の汁につけて食べた。絶品だった。
「特別な日に鴨肉を食べてる」レイが呟いた。
付き合った日と初の旅行の日かとヨンも直ぐにわかった。
「また来ような」
ヨンは微笑んだ。
ホテルに戻るとさすがにヨンもレイも歩き疲れていた。
大きいバスタブが嬉しかった。交代で風呂に入りベッドに横になると二人とも直ぐ深い眠りについた。
翌朝、ヨンはまたしてもレイが隣にいないことに気付いた。
目を細めて部屋を見るとレイは既に着替えていた。
「何時だ?」
「ごめん、起こしちゃった?7時10分」
「休日の朝、ベッドの中でまったり過ごすのがいいのに、なぜ着替えたんだ?」
「ヨンは寝てて。ここから東寺まで歩けるらしいから……」
「まさか一人で散歩に行く気じゃないよな?それは無謀だ。自分が凄い方向音痴だってわかってるか?戻って来れないぞ」
「そうかな?」
「行きは五重塔を目指せば行けるけど、帰りは無理だな」
「じぁ、もう一度寝る」
ベッドにダイブしてきたレイをヨンはなんとか受け止めた。
「その体力はどこから湧き出るんだか。着替えるから、待ってて」
ヨンは少しレイを抱いていたが、まったり気分には程遠いレイの言動に押され着替え始めた。
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