第48話 舞子の過去

 土曜朝10時。

 イチが張り切って出かけるのをレイ、ヨン、ニイが呆然と見送った。


 「イチはどこに行くのかな?」レイが呟いた。

 「質問が違う」ニイがコーヒーを飲みながら意味深に言った。

 「あいつは誰と会うんだ?」ヨンが笑った。 

 


 イチは待ち合わせ時間の10分前にJR御徒町駅の改札口にいた。

 「早いね」

 舞子がにこやかに改札口から出てきた。そう言った舞子も約束の5分前だ。

 「舞ちゃん、おはよう」

 イチは舞子に駆け寄った。

 「かわいい」

 その様子に舞子はイチに向かって微笑んだ。


 「御徒町駅のこっち側初めて来たけど、貴金属の買取店が多いんだね」

 イチは初めて踏み込む場所に興味深々だ。

 舞子は予め調べていたようで、高架下からほど近い大きな店構えの1つに入った。

 イチは査定を一緒に聞くのは悪い気がして店内を見て回っていた。普段レイは小さなリングのピアスとばあばのゴールドの結婚指をサイズを直して小指に付けているだけだ。

 こんなにたくさんの装飾品を見るのは初めてだ。イチは値札を見て驚いた。思っていたよりもゼロが多い。でも、こんだけ並んでいると全部偽物のように見える。


 「ほしいのがあったら買ってあげるよ」 

 振り向くと舞子がいた。

 「舞ちゃん、そう言ってあげれなくてごめんね。高すぎて買えないよ!」

 舞子は「もう1軒付き合って」と笑った。


 一つ買い取ってもらえなかったものを取り扱っているお店を紹介してもらったと言って、やって来た店で取り出したものにイチは思わず声を出してしまった。

 「それって……」

 「婚約指輪はダイヤとプラチナと分けるんだって」

 舞子は淡々としていた。ニイやニイの両親は知っているのだろうか。イチは心配そうに舞子を見た。

 「指輪は分解して溶かせば使えるのよ。男はリサイクルできないけどね」

 舞子はイチにウィンクをした。


 「じゃ、厄払いに行こうか」

 持ってきた全ての装飾品を買い取ってもらった舞子はスッキリした様子だが、イチはまだ動揺が収まらない。

 「待って、厄払いできる神社探すから」

 「厄払いって飲みに行くだけだよ。そんな大袈裟な」

 急いでスマホを出したイチを舞子は笑った。


 「カズくんは本当に優しいね」

 イチと舞子は浅草の浅草寺にいた。イチがどうしてもとお願いして舞子を連れて来たのだ。イチは初詣の時よりも熱心に祈った。どうか舞子が幸せになりますようにと。


 今は舞子の思う「厄払い」を浅草ホッピー横丁でしていた。舞子の出した婚約指輪の衝撃で昼間から飲むことを抵抗なく受け入れた。

 むしろ、お酒が飲みたかった。酒を飲みたくなる気持ちが初めてわかった。

 

 「カズくん、余計な心配をかけてごめんね。もう本当に大丈夫だから心配しないように!」

 舞子はそう言って乾杯した。

 事情を知らないと安心しないだとうと、舞子はさらりと話した。


 大阪にいる時の婚約者が浮気をした。婚約者が自分の家に女を連れ込んでいたところに舞子が訪ねてしまい、別れたと言った。大阪にいたくなくて転勤を希望して両親と一緒のタイミングで戻ってきたのだ。

 婚約破棄だ。当然両親もニイもなんとレイもこのことは知っていた。でも誰も詳細な事情までは知らない。



 「何が一番高く買い取ってもらったかわかる?」

 「最後の婚約指輪?」

 「いいや、お土産で貰ったフランスの高級ブランドのペアウォッチ。二つとも私が持って良かった」

 「えー、婚約指輪って価値がないの?」

 「ダイヤの鑑定書があっても安かった」

 「ショックだ」

 「初失恋のカズくんに結婚に対する夢まで壊して、ごめん」

 舞子は笑ってホッピーを飲み干した。その様子にイチはやっと安心できた。

 「舞ちゃん、いつでもどこでも付き合うから……」

 「からの続きは?」そう言いながらお酒のお代わりを注文した。

 「俺が誘った時も付き合ってよ」

 「どこに行きたいの?」

 「この後、甘いもの食べて酔いをさましたい」

 「まだ一杯も飲んでないじゃん」

 「お酒もビギナーなんだよ」

 「かわいいね」

 「男なんだから、かわいいって言わないで」

 舞子の分の水も飲み干したイチを舞子は微笑みながら見ていた。

  

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