第40話 元旦の続き
夕方、ヨンと入れ替わるようにイチが帰ってきた。
「お帰り。楽しかった?」
レイはミータを抱いたままイチを出迎える。
「ただいま。明けましておめでとう」
そう言ってイチはレイにハグをした。イチからハグをしてくるなんて珍しい。
「酔ってる?」
レイはイチの顔を確認する。
「ううん。お正月だから。ヨンは?」
「実家の食事会」
「今年は元旦にやるんだ。昨日風呂に入ってないから風呂に入ってくる」
慌ただしく動くイチをミータが獲物を狙うかのように瞳孔を開いた瞳が追っていた。彼女に振られたというのに、吹っ切れたようでイチが明るい。振られる前の方がよっぽど暗かった。一体なにがあったのだろうかとレイは首を傾げた。
ヨンが約束の午後6時に実家に着くと一階の和室に料理が並んでいた。
「喪中だから新年の挨拶はなしだ。無病息災」
そのオヤジの言葉が乾杯の合図になり、皆でビールを飲み干した。
ヨンは慌ててレイに持たされた焼き豚と野菜のマリネを出す。兄が喜んで真っ先に食べた。弟は今年は両親がいるせいで調子が狂うと文句を言っている。
「レイとイチも連れてくれば良かったのに」母さんが全員のグラスにビールを注ぎ足しながら言った。
「遠慮したんだろう」ヨンが答える。
「翔、そのひげはどうした。色気づいたか?」オヤジがからかってきた。
「休みだから。剃るのが面倒で」
ヨンはひげが薄いから日頃でも三日に一回しかひげを剃らない。面倒は理由にならないなと思ったが、レイがカッコいいと言ったから、レイに触ってもらいたいから、とは言えない。
「ますます怖い」弟が小声で言った。
「そろそろ帰るから」
食い物がなくなったタイミングでヨンは言った。
「たまには泊まったらどうだ?」
「そうよ。今日は泊まっていったら?」
両親そろって大事なことを忘れているらいしいとヨンは溜息をつく。
「そもそも俺が寝る部屋がないだろう。どこで寝るんだよ」
ヨンは小学生まで兄と同じ部屋で兄が中学生になると今度は弟と同じ部屋になった。大学生になった時、同じ大学生だからと又、兄と同じ部屋にさせられそうになった。真ん中の俺が兄と弟の部屋を行ったり来たりしているようだった。それが嫌で大学入学と同時に家を出たのだ。
「ここで寝ればいいじゃない」母さんは能天気だ。
「この部屋であと何時間飲むつもりか知らないけど、俺が寝るとなると片付けは今日中にしないといけないだろうな」
我が家は全員酒飲みだ。おかずがなくなっても飲み続けるだろう。
「こいつの部屋で寝ればいいじゃないか」オヤジは弟を顎で示した。
「冗談じゃない」弟が悲鳴に近い声を出す。珍しく弟と意見があった。
「このクソ寒い日に何が悲しくてフローリングに布団を引いて寝ないといけない」
両親は状況を認識した。いつまで覚えているかはわからないが。俺に申し訳ないと思ったのか、オヤジは酒を持たせてくれた。
レイとイチは久しぶりに二人きりの夕食だった。
イチがお雑煮が食べたいというので作って出してやると「これを食べないと新年を迎えたって気にならない」と大人びた感じで言うので笑ってしまった。
人の味覚は三歳で決まると聞いたことがあるが、必ずしもそうではないらしい。
祖母が亡くなってからは贅沢ができなかったせいで外食が少なかった。イチはレイの作ったものを食べてきたのだ。嫌でもこの味覚になるだろう。
食後に伊勢神宮の写真を見ながら、イチから話を聞いているとヨンが帰って来た。
「帰ってきたか。おめでとうさん」
ヨンがレジ袋を下げリビングに入ってきた。
「ただいま。今年もよろしくお願いします……」
イチはヨンを見て固まってしまった。
「戦利品だ。明日皆で飲もう」
ヨンは戦利品のウイスキーをレジ袋から出した。
「ヨン、似合ってるけど……帰ってくる道の途中で職質されなかった?」
ヨンは俺の無精ひげはレイ以外の人間には評判が悪いなと苦笑した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます