第38話 大晦日
クリスマスが終わると商業施設や会社ビルに飾られていたクリスマスツリーは門松に変わり街は年末年始の装いをみせる。
この家の住人も個々に忙しい。
ニイはクリスマスが終わると早々に休暇をとり買い物や飲みに行ったりとストレス発散をしている。そして例年通り今年も、年末年始は実家で過ごため31日実家に行き、この家には2日の夜に戻って来る。
ヨンは毎年正月2日に実家に行くが夜になると必ず帰って来ていた。家族での食事に参加するだけというスタンスはブレたことがない。
イチは大学生になってからは30日までバイトで大晦日の夜から友達と初詣に行く。だいたい戻って来るのは元旦の夕方だ。
レイは30日、31日とニイの実家に行き、舞子と一緒にニイの母親がお節を作るのを手伝い、それを少しいただくのが恒例になっている。ニイの母親は料理上手でレイはこの行事が好きだ。ばあばを思い出すから。それにニイの母と舞子の様子を見るのも好きだ。二人は姉妹の様に仲が良く、よく笑い、よく揉めている。
大晦日、今年もレイはニイの実家でお節料理を手伝っているとニイがイチを連れて帰ってきた。
あれからニイの元彼女からレイのところには連絡はない。どうなったかヤキモキするが年末にニイの心を乱す必要もないと黙っていることにした。
レイとイチは帰りにヨンの家に顔を出した。毎年ヨンの両親は年末から豊橋の祖母と過ごし元旦に帰って来ていた。今年は喪中で東京にいる。レイはお正月の挨拶を避けて今日イチと挨拶に寄ったのだ。ヨンの兄弟は出かけていなかった。ヨンの両親は久々に夫婦二人きりのお正月に時間を持て余していた。少し話をしてレイとイチは帰路についた。
イチは帰宅すると、今年は友達と伊勢神宮に行くと張り切って出かけてしまった。
ヨンは外出しているようで家にいなかった。
レイはミータと少し遊んで、明日のお雑煮の用意を始める。
レイの祖母はもともと福岡の出身だ。レイは昨晩仕込んでおいたアゴの出汁を味見する。里芋と人参をあらかじめふかして下ごしらえを済ませた。明日の朝はだし汁に醤油を加え、これに椎茸、ほうれん草、かまぼこ、鰤とお餅をいれれば完成だ。
毎年レイは記憶を辿りばあばの福岡風のお雑煮を作っている。
レイがキッチンにいるとヨンが帰ってきた。
「みんなはもう行ったのか」
「うん。イチは今年は伊勢神宮に行くって早く出かけた」
「そう言えば、ここ数年は大晦日と元旦はレイと二人きりだな。今年も恒例行事を始めるか」
ヨンは買ってきた生蕎麦をレイに掲げて見せた。
数年前まではイチも一緒に三人で年越しを迎えていた。大晦日はイチとヨンで夕食を作っていた。失敗したら蕎麦だけでもいいと気楽に始めた。当時ヨンもイチもインスタントラーメンぐらいしか作れなかった。今も大して変わらないが蕎麦があるからおかずを1品作ればいいだけだ。
「今年は何を食べさせてくれるのかな?」
レイが背伸びをしながら食器棚の上段から正月に使う食器に手を伸ばした。
「天ぷら。ネットを見ると作れそうな気がする」
レイの後ろからヨンが食器を取ってやる。ヨンはこのまま抱きしめたい衝動を押さえた。
「楽しみだ。出汁があるから天つゆに使って」
レイが急に振り向いたせいで、頭をヨンの胸にぶつけた。レイは小さく「痛っ」と言って背伸びをしてヨンの顎にキスをしてダイニングに行ってしまった。
ヨンは呆気にとられしばらく立ちすくんだが、キッチンから顔をだしレイに文句を言った。
「俺は我慢したのに今のは反則だろう」
「見かけによらず、思考型だよね」
「レイが衝動的すぎるんだ」
「ほら料理に集中して、ケガするよ」
「お前、鬼だな」ヨンは真顔で言った。
食後、ソファーに座り、取り留めのない会話をしていると遠くから除夜の鐘が聞こえてきた。夜中1時近くなって、二人はようやく寝た。いつもと変わらない大晦日だった。
ただ一つ違ったのは、それぞれの部屋で寝ていたのが今年はレイの部屋で一緒に眠りについたことだけだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます