第29話 冬の始まりの続き

 居酒屋で舞子が4杯目のビールを注文した時、イチはまだ2杯目を飲み始めたばかりだった。舞子は酒に強い。表情一つ変えずに飲んでいる。イチは注文した料理がくるたびに舞子の皿にとりわけ渡していく。

 「カズくんは、優しいね」

 「どこが?」

 「さっきも荷物持ってくれたし、今もとりわけてる」

 「癖かも。あの家では料理をわけないと全部食べられちゃうから」

 「でも、これをやられると彼女は嬉しいと思うよ」

 「この前、振られちゃったんだ」

 話の流れで舞子には自然と言えた。

 「ごめん」

 「ううん。大丈夫」

 「恋愛って難しいよね」

 「振られそうなのにどうしていいのか分からなくて、結局何も出来なかった。どうすればよかったのか今も分からなくて」

 「それは答えがないから悩まないで。ああすればよかったって思っても、実際やったところで結果は永遠にわからないから。相手の想いがどこまで自分にあったのか、今までを一つ一つ遡っても分からない」

 舞子の暗い表情を見て、イチは舞子は悲しい別れを経たのだとわかった。

 「舞ちゃん、愚痴聞くよ」

 「じゃあさ、今度御徒町に行くの付き合ってよ」

 「いいけど、何で御徒町?」

 「貰った貴金属売って、そのお金をパーッと使おう!」

 「御徒町で売れるの?」

 「イニシャルが入ってる指輪とかブレスレットは溶かして銀や金の屑として売る。ものに罪はないってわかっていてもムカつく。一人で行ってお店の人に元カレからのプレゼントを処分しているって思われるのもムカつく。あいつを思い出しただけでムカつく!」

 女は強い……

 ビールを飲みながら全くのシラフで捲し立てる舞子をイチは呆然と見ていた。

 怒りはパワーだ。

 また今度誰かを好きになり付き合えることになって、会えない日が続いたり不安に思うことがあったら相手の気持ちをちゃんと聞こう。そして自分の気持ちも伝えようと思う。自分が後悔しないために。それで振られたとしても、今のようなモヤッとした気分ではないはずだ。イチは舞子を見て、失恋の痛みが増すかもしれないがその方がまだマシだと思えた。


 「レイが羨ましい」

 「何で?」

 「自分にピッタリの人と出会って、遠回りしたけど付き合ってる。二人はまるで……ハデスとペルセポネ」

 舞子は笑って続きが言えなかった。イチは舞子はヨンが好きなのかと一瞬思って驚いたが、そうではないらしい。

 「ハデスとペルセポネって何?」

 「二人に言ったら殺されるから言わないようにね」

 舞子は笑い続けて教えてくれなかった。



 結局、イチは舞子を家まで送ってから家に帰った。舞子と話せて心が少し軽くなっていた。



 家に帰ると三人がリビングで寛いでいた。ニイは本を読んでいて、レイはミータの猫やぐらを作っている。ヨンは海外サッカーを見ていた。

 「お帰りー、ご飯は?」レイが声をかける。

 「舞ちゃんにご馳走になった」

 「サシで?珍しい。俺の妹は元気だったか?」ニイが本から顔を上げた。

 「うん。スーツ姿を初めて見たけどめっちゃ綺麗だった!」

 「そうだろうな。彼女に見られたら嫉妬されるぞ」

 「振られたから平気」

 ヨンが何気なく言った言葉にイチはサラリと答えた。

 「何で?!」ニイが驚く。

 「最近デートしてなかったからそんな気がしてた。愚痴聞いてあげるよ」

 レイが座るように自分の隣の床を2回叩く。

 「大丈夫。舞ちゃんに話したから。で、思ったんだけど、俺の知ってる女の人はみんな繊細なのに豪快。それで弱くて強い。お風呂入ってくる」


 イチが行った後、残された三人は顔を見合わせる。

 「突っ込みどころが満載なんだが」ヨンが呟く。

 「イチの知ってる女の人って私?」

 「間違いなく、レイと舞のことだろうな」ヨンが律儀に答えた。

 「舞は何を言ったんだ?」ニイは本を閉じた。

 しばらく無言だったが、レイが言った。

 「イチが舞ちゃんの言葉に救われたんだったらそれでいいか」

 「でたな。豪快大魔神」ニイがすかさず言った。




 






 

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