第20話 感情の起伏

 レイは数日前からイチが何か言いたいことがあることを感じ取っていた。待つのは苦手だ。イチに問い詰めたい気持ちを押さえるのに苦労する。彼女ができたし一人暮らしがしたいのだろかと思ったが、大学院に行きたいのだと直ぐにわかった。専攻的に大学院まで行くと思っていたから少し拍子抜けしたが、ちゃんと話してくれて嬉しかった。

 子供の頃からイチはやりたいことを遠慮する癖がある。その理由はわかるが本当の姉弟にはなれないのかとレイは寂しかった。家族なんだから遠慮しないでほしかった。だから自分のやりたいことを我慢しなかったことも嬉しかった。


 レイは気分良くイチを駅まで見送った。

 会社に戻る途中、ヨンが通りの反対側を歩いているのに気付いた。見ると女性と一緒だ。ベージュのワンピースを着た女性がヨンを見上げ、にこやかに話しかけている。なぜかレイは咄嗟に人ごみに隠れてしまった。

 そして、さっきまでの幸せな気分から一転、どん底に落ち込んだ。


 会社に戻っても、仕事が終わり家に帰っても気分は落ちたままだった。

 でも、どんなに気分が落ちていてもミータがいるとやるべきことがある。それに最初にお風呂に入らないと、次に入るタイミングが非常に難しい。長年一緒に住んでいるとは いえ男と男の間に風呂に入るのは、さすがのレイでも落ち着かない。

 いつものようにミータの世話が終わるとすぐに風呂入った。

 食欲がなくミータを抱いて早々にベッドに潜り込む。ミータを抱きしめるとレイの頬を二回舐め顎を軽く噛んで逃げて行った。

 ミータにまで振られてしまった。


 

 大人になると恋人ができたことをわざわざ報告することはない。一緒に住んでいると言わなくても言動でわかってしまうだけだ。

 ニイは半月ほど前に彼女と別れたようだ。その後は合コンに参加したりとフリーを謳歌していたが、今は忘れられない人に片思い中だ。

 レイはちょうど一年前恋人と別れた。彼は大学のゼミの先輩で会社の研修の帰りに偶然再会した。猛アプローチを受け付き合い始めたが、レイの生活においてイチが大学生になっていても、優先順位はイチだった。別れを決定的なものにしたのはイチではなくニイの存在だった。デートで入った喫茶店でニイと鉢合わせをした時、ニイとレイが「兄のような存在」と言ってもニイが女性と一緒にいたにも関わらず彼は嫉妬心を隠さなかった。私の事情は簡単にしか話しておらず一緒に住んでる人がいることは言っていたが、その一人がニイだとは言えなかった。ニイと会ってから束縛や詮索が多くなりレイは耐えられず別れた。

 ヨンは恋人ができてもさほど生活が変わらないため、いつの間にか彼女がいて、いつの間にか別れている感じだ。付き合い始めは不明だがレイが彼と別れた時期の前後にヨンも彼女と別れたようだった。

 レイはヨンも自分と同じで恋人はいないものだと思っていた。

 

 寝て起きたら明日にはショックも和らいでいるだろうか。想像通り彼女だろうか。

 ヨンの顔が見えなかったので、二人の雰囲気がどんなだったかが分からない。気になるが二人の関係をヨンに聞く勇気もなかった。


 布団を頭からかぶり丸くなると涙が出た。

 今、ヨンに付き合っている人はいないと思っていた。付き合っている人がいるなんて考えもしなかった。

 

 「好きだったんだ」


 今日だけ泣こう。そう心に決めたら自分でも驚くほど涙だ出た。友人としてではなく男として好きだったのだ。ふざけて、自分の気持ちに気付かないフリをしていただけだ。この関係が崩れるのが怖くて。

 ふと、レイは思う。好きだと確信してたら告白しただろうか。振られた時の気まずさを考えたらできなかった。結果は今と変わらないじゃないか。

 おかしいのに泣けた。

 

 幸い、うちの男どもは全員帰りが遅かった。レイが満足するほど泣いて疲れて寝た後に帰って来たようだった。


 次の日、レイは全くいつもと変わらない様子に戻っていた。心は重いままだったが誰からも泣いたことは気付かれなかった。




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