159 標24話 夜中の夜明けですわ 5
「んーとだなー。依頼料が高すぎるんだよ。よほど急いでいるか、数が多すぎるか、良く分からんとんでもない奴が居ると想像しているかだな」
「とんでもない奴ですか?」
「ふーん。それで私たちに声を掛けてきたんだ」
「嫌。嬢ちゃん方が居るからこれを取った。これは過剰戦力が必要な依頼だ。過剰だった時はその時だ」
「具体的には?」
「狼三十頭って、今の時期は仔供もいるだろ?いちいち探していられるかよ。そして高額って事は村人たちが相当困っていると考えて間違いない。後は万一の保険だな。これだけ大きな群れだと普通は頭目が只の狼じゃない」
アランの指が依頼書の上からボードを弾きます。
「探してられないって言うのは、わたし達が探せって事かな?」
「いんや。見つけ次第逃がさず殺るって事だ。嬢ちゃん方の腕なら余裕だろ?負んぶに抱っこさせて欲しいかなーと」
「言いますねー。群れの頭がとんでもない奴とは、具体例だとなんでしょ?」
「普通に出てくるのは魔物だな。最悪だと魔物使いの盗賊だ」
「魔物使いの盗賊って、何それ?盗賊が絡んでいるなら被害で判るんじゃないの?」
「かなり昔の実例であるんだよ。緋熊が出たんで退治に行ったら盗賊団に緋熊使いが居たとか。盗賊達は地元の村を襲わなかったんで誰も気が付かなかった。四パーティー全滅って記録が残っている」
「怖い怖い」
ここで例によってルーンジューナの話が飛びます。
脱線とも言います。
狼討伐にはまったく関係がない話ですが、グローリアジューシーはこれに気が付きませんでした。
「んー。なんで緋熊って呼ぶんでしょうね?」
「赤毛だからだろ?」
「狼だと合州王国周辺は深林狼、ウェルシーサイドは深山狼、大平原は草原狼、ここは海岸狼。類似が居るから呼び分けるんですよ。でもここら辺一帯には熊は緋熊しか居ないんですよねー」
「それもそうね」
「これが個体別の赤とか青なら判るんですけど」
「赤や青は意味が違うのか?」
「赤いは明るい、蒼いは暗いって意味なんですよ。つまり色ではなく濃淡。明るい毛の緋熊や暗い毛の緋熊とか、種類ではなくて個体の個性表現でも使いますから」
「確かに緋熊の名前は種類よね?
「魔物か魔獣だろ?」
「あ!」
「なーる!そこそこ賢そうに見えて結構できるわねー」
「お前ら実は馬鹿だろ?その癖、狼の事なんかは詳しいんだな」
「毛皮の産地です」
「ああー。そういう覚え方もあるんだ。で、仕事はどーする?」
「どうしましょ?リア様」
グローリアジューシーは考えます。
後着のサンストラック騎士団は領都ソラにいるとして、どこにいるんだろ。
とりあえずは事前打ち合わせ通りの南西部山中を前提に誰か一人に会えれば良しとして、わたし達は片方がこの三人に同行。もう一人が別行動かな?
それで行けるか?行ける!行くしかないっしょ。
「まずは体験しましょうか、冒険者パーティー・覇龍の剣の信頼度を」
「期待してろよ」
「期待してまーす」
「それではリア様のご了承も頂けましたので、アランさん、よろしくお願いいたします」
「良し!じゃあ、窓口へ行って依頼の受諾契約を結んで来るよ」
「ん!それ、見たいな」
「あー。私も見たいです」
「判った。付いて来い」
「はい」「はーい」
三人は受付カウンターへと進みます。
ボードからはがした依頼書をひらひらさせながらアランが向かった先の受付嬢はエリシアでした。
アランはまるで兵士のように人差し指をこめかみにつける挙手で挨拶します。
「ちーっす」
「アランさん、こんにちは。なんですか?共闘ですか?」
「へへへー。初めての共同作業だよ」
「あー、いいですねー。奥さんに言っちゃいますよ」
「ああ、穏便に頼むよ」
「では受諾誓約書。一銀貨です」
「何。お金取るの?」
保証金の存在にグローリアジューシーは驚きます。
名目は受注参加料ですが、考えてみると未達成で違約料を払うくらいなら雲隠れする冒険者達がいてもおかしくはありません。
ちなみに、形ある物に払うのが代金、形無いものに払うのが料金です。
サービス料はあってもサービス代は存在しません。
「そう言うこった。金儲けって言うよりはいたずら防止の意味合いが強いな」
「ふみ。お金払って仕事を受けるんだから達成率は高くなるって事ですね」
「でもそれだと妨害したい人が仕事を受けたらどうなるの?」
「どうなるんですか?」
「どうなるんだ?」
「どうなるんでしょうね?」
グローリアジューシーの質問をルーンジューナが流して、アランはかわして、エリシアは拾いません。
これにはエリシアに三人のジト目が集中します。
「冗句ですよ。正規の手続きを踏んでいる場合はどうにもできません。考えたら分かると思いますがそういう人はどんな対策をとっても妨害してきます。このやり方だと妨害して来たのが判りやすいという利点があります」
「その時はその時だそうです」
「良し。嬢ちゃん方、こいつを書いてくれ」
話は終わったと、アランが受け取った受諾誓約書を差し出します。
これをルーンジューナはグローリアジューシーに渡します。
「リア様、お願いします」
「判ったわ。ねえ、あなた。代筆、痛!ユーコ、叩くの禁止!」
「代筆は禁止です、リア様」
「うー、ぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつ」
「ぶつぶつ言わないで下さい」
「ぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつ」
受付カウンターの上で受諾誓約書の記入を始めたグローリアジューシーを一瞥して、エリシアはルーンジューナに話し掛けます。
「ところでお二人はそのドレスで駆除に行かれるのですか?」
「え?華やかさが足りないですか?」
「いえ。それは十分です」
「リア様の可愛気が足りませんか?」
「いえ。そちらも十分です」
「ごめんなさい。ユーコの頭は補填できないの」
記入途中でグローリアジューシーも雑談に口を挟みます。
「え?そ、れは。んー。かなり困りますねー」
「おい、エリシア。ちょっと乗り過ぎだぞ」
「すみません。お二人の乗りがいいので。
それでですねー。駆除は森の中に入る訳ですが、そのドレスでは山肌を
「ああ、ドレスの汚れや破れを懸念しているんだー」
「はい、そうです」
「その時のための魔法でしょ?」
「はぁ?」
「いや、だから、そう言う時の為の魔法でしょ?」
「えーと-……。良く、おっしゃっている言葉の意味が分かりません」
「んー。ドレスの汚れや破れを魔法で戻すって意味なんだけど……」
「服に強化魔法を付与すると言う事ですか?」
「いや、洗濯とか作り直しとか」
「エリシア、顔出しは村長の所でいいのか?」
「あ、はい。リア様すみません。えーと――」
一般的に修復魔法は置物や武器、防具に対して使います。
布地のような柔らかい物を魔法術で修復するという発想は不特定大多数の常識として存在しません。
もちろんエリシアも不特定大多数の一人です。
これを横の窓口で見ていたのはシルビアです。
彼女は昨日見た冒険者登録身分証の書き換えについて確かめたく思っています。
(大丈夫。イケる。あの二人なら安全だ)
決死の覚悟でグローリアジューシーにひそひそ声を掛けます。
「リア様リア様」
「ん?」
「シルビアです」
「あー。昨日はありがとね」
ああ、昨日の人か。
美人は得ねー。話し掛けられてもぜんぜん嫌な気がしないやー。
とかグローリアジューシーは考えます。
そして彼女の耳の動きに気が付きます。
猫獣人であるキャットシーの耳が動き回るのは警戒している時です。
どうしたんだろ、などと考えます。
そんなグローリアジューシーにシルビアは小声でささやきます。
「リア様達と私達では魔法のレベルが違いますから、その辺りを考慮して頂けませんか?」
「具体的にはどう言う事を?」
「例えばですねー。昨日、冒険者登録身分証の名前を書き換えましたでしょ」
「え?え?なんの事?」
「ああ言う事をされると非常に困るんですよねー。参考までにどうやったんですか?」
「あー、うーん。まぁ、いいっか」
警戒されているのはわたしかー。
これはグローリアジューシーにでも分かりました。
「冒険者証って本人が無記名の新品を手に取るでしょ?」
「はい」
「その時に金札に書き込まれている魔法呪文を読んだの。あれ、真偽確認用の暗号を書き込んでいるけど、登録情報を使った暗号作成呪文が金札の中に書き込まれているじゃない。あれじゃあダメよ」
「暗号?あれでは駄目ですか?」
「だから、呪文自体を金札に書き込んでいるからダメなの。尤も四つ角に書き込んであった暗号は意味あったけどね。わたしは一個間違えたからユーコに散々罵倒された後五分程お勉強させられたわ。おかげで覚えたけどね」
「では、今付けられているのは間違い有りですか?」
「まさかー。直ぐに書き直したわよ。だから今付けているのは正真正銘の本物よ」
「あのー。それだと偽造品になるのですが……」
「教えてあげる。イカサマはねー。ばれなかったらイカサマじゃないのよ。わたしが如何に偽物だと言い張っても実際のこれは本物よ。精査してみる?」
「……お借りできますか?」
「どぞー」
「ありがとうございます。それでは少々お待ちください」
「うん。待たされるわ」
「主任。支部長の所へ行ってきます」
シルビアは後ろの机の男性に断るとカウンターを出て三階に上がります。
着いた先は大きな扉の前です。
「シルビアです」
「いいぞ」
彼女は三階ノックした後で名前を名乗ります。
入室の許可は男の声でした。
「失礼します。支部長。冒険者証の検査をお願いいたします」
窓を背にした机で構えていたのは筋骨隆々の大男です。
彼はこの冒険者ギルドの支部長、つまりギルドマスターです。
「なんだ?窓口でもできるだろ」
「偽造身分証の疑いがあります」
「シルビア。冒険者登録身分証の偽造ができない事くらい組合に勤めていれば常識だぞ」
「昨日、二人の新人が私の目の前で身分証の書き換えをしました。今しがた内一人から身分証を借り受け持って来ました」
「良く貸してもらえたな」
「金札の四つ角に真偽確認用の暗号があると言うのは本当ですか?」
「それを言っていたのか?」
「はい。金札の中に暗号作成用呪文が書き込まれている時点で偽造対策方法は無いと言っていました」
「貸してみろ」
「どうぞ。こちらです」
ギルドマスター、ギルマスは机の引き出しから取り出した魔道具で冒険者証の真贋判定を始めます。
それは一分ほどで終わります。
「なる……ほど。本物だ。しかし書き込まれている暗号は他に七つある」
「あのー。それは全て暗号作成用呪文が未使用の金札の中に書き込まれているのでしょうか?」
「……そうだ」
『冒険者登録身分証の金札の中に暗号作成用呪文が書き込まれている時点で偽造対策方法は無い』。
その言葉をシルビアの口から耳にしていたギルマスの声は明るくありません。
それでも壁の戸棚から大きめの魔道具を持ち出して冒険者証の真贋判定を再開します。
これも一分ほどで終わります。
「駄目だ。シルビア。これは本物だ。本当に偽物なのか?」
「書き換え品である事には間違いありません。本人もバレなければ本物だと言っていました。自分が嘘を
「なんだ。それではこれが本物だと言うだけじゃないか」
「問題は、私が二枚の書き換え現場を目撃している事です」
ギルマスから見てシルビアの言葉に嘘や間違いは無い様に見えます。
しかし魔道具による真贋判定では本物だという結果が出ています。
「これは本物だ。その前提でこれからの対応を行なう。そうでなければこれまで発行済みの全てが偽物になる」
「判りました。それで対応します。失礼しました」
これは誰にも報告できないな。
ギルマスはこの話を自分で抱え込む事に決めました。
「お待たせしましたー。リア様、これはお返ししますね」
「ども。本物だったでしょ?」
「本物でしたね。本当に偽造品ですか?」
「ハッキリ言うとわたしじゃ見分けられないわ。どうしても知りたかったらユーコに聞いて。ユーコなら対策とかも考え付くんじゃないかな?
だけどユーコは自分で作った魔法には必ず対策を埋め込むから彼女には意味無いけどね」
「ユーコさんに意味が無いんなら今のままでも同じじゃないんですか?」
「そっかー。そうだね」
はははははと笑うグローリアジューシーにシルビアは訊ねます。
「ユーコさんって指名依頼で魔法の講習とかしてくれそうですか?」
「んー。そう言うのは好きかも」
「脈ありですね。その時はお願いします」
「あ!わたし程度でも十分なのか。その気があるなら善処するわ」
二人の会話を楽しむグローリアジューシーにアランの声が届きます。
時刻は朝の七時過ぎ。
出発するようです。
「今から出れば十時には着くな」
「移動はどうするの?」
「馬を借りる」
「え?乗れるの?」
「おいおい。ここはルゴサワールドだぞ」
「取った獲物は村に引き渡すんですよね?」
「そうだ。歩合制ではないが定額の報奨金がもらえるのは手離れが良くて美味しい仕事だ」
ギルドを出た五人が裏の馬屋で待っていると品の良いロマンスグレーの冒険者が現われます。
アランたち三人は彼を並んで出迎えます。
ルーンジューナたちも三人に習って横に並びます。
「どなたですか?」
「鉄壁のドーラン。俺達『覇龍の剣』のリーダーだよ」
「待たせたな。遅れて悪い」
鉄壁のドーランはアラン達を見てそう言いました。
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