152 標23話 魔のソーラーシフト計画ですわ 9


 グローリアベル一行いっこうは貴族邸区画の大通り中央を闊歩します。

 騎士団長を引き連れ貴族令嬢を含めた王子殿下一行いっこうが徒歩で移動するなど悪目立ちするのではないかと危惧したグローリアベルですが、バンセーは思いの外機転に飛んでいました。

 自ら案内役を引き受けると行く道の観光案内を行ないます。

 グローリアベルはこれに調子を合わせて物見遊山の田舎令嬢を演じます。

 オスカーとアルフィンは前衛後衛の護衛を勤めて道中の屋敷、物陰に目を走らせます。

 ユリーシャはあるじの後ろをしずしずとメイドらしく付き従います。

 時折出会う貴族邸の正門、裏門、通用門の番人たちは一行いっこうの面子を見て取るとたたずまいを正します。

 バンセーはそれに手を上げて応えます。

 そんな王子殿下に遊覧観光客役になりきったグローリアベルが訊ねます。


「殿下。これから訪ねるオリビア様とはどのような方ですか?」

「ん?グローリアベル殿はご存じないか?オリビアとはさきの神、オリビア八世だ」

さきの神。オリビア様とは先代聖女様の事ですか」

「そうだ」


 聖女のことを神と呼ぶ日輪正教の習慣にグローリアベルは未だなじめません。

 ですが後ろに従うユリーシャを見るとどこ吹く風です。

 たぶん聖女自身であったオーロラ姫にとってはにまにまする待遇だったんだろなー、とか憶測します。


「ではわたし達の動向がナリアムカラ様に筒抜けある事は間違いなさそうですね」

「うむ。そこの所はどうなんだ?教えてくれないかオスカー」

「オリビア様にお会いになれば分かります」

「これだー」


 人目があるので軽い乗りで会話、ジェスチャーしていますがその内容は深刻です。

 ただしバンセー自身は友人であるオスカーの態度対応から希望はあると判断しています。


「ベル様。先代聖女様が当代聖女様に寄り添うのは当然です!日輪正教は信仰心無き者が聖女になるのは不可能なんですよ!」

「そなの?」

「はい!アダムとイブの審判は絶対だとメッセージ様が言われていたそうです!」

「ほう、ユリーシャ殿。システムの事まで知っているとは博識だな」

「はい!何故なら私は白光聖女様の末裔ですから!」

「見直したわユリーシャ。そんでアダムとイブのシステムって、何?」

「知りません!」

「へ?」

「知っているのは名前だけです!オーロラ姫もメッセージ様からそこまで詳しくは聞きませんでした!」

「あそ」


 森の出口から徒歩三十分。

 一行いっこうは一つの正門前に着きました。

 オスカーやバンセーの姿を確認したのか、巨大な鉄門が開きます。


「グローリアベル様、着きました。この屋敷でオリビア様がお待ちです」

「オスカー。ここはお前の別邸ではないか」

「さすがに聖殿でお会いするわけにもいかないでしょうとの判断です」

「うむ。そうだな」


 執事長の案内で通された広間には先客がいました。

 年の頃は六十歳前後の小柄で細い老婦人です。

 グローリアベルはウエルス流で、ユリーシャはルゴサワールド風にスカートを摘みます。

 老婦人は五人の姿を認めると座ったままで席へと促します。


「よく来ましたね。わたくし日巫女ひみこを勤めておりますオリビアです」

「お招きくださり感謝を存じますオリビア様。ウエルス王国フレイヤデイ侯爵第一女グローリアベル・オブ・アルベリッヒと申します。共の者はユリーシャ・オブ・マイスタージンガー=グレアリムス。白光聖女の末裔になります」

「二人ともお疲れでしょう。先に身内へ小言を言いたく思いますので自由にくつろいでいなさいね」

「はい。ご存分に」


 優しい目をしたオリビアでしたがグローリアベルへの挨拶を終えるとバンセー、オスカーの二人に目を向けます。

 すでにその目は笑っていません。

 アルフィンはそっと視線をはずしています。


「貴方達。話を聞けばお客様たちを馬にも乗せずにここまで来られたそうですね」

「申し訳ございません。人目を避ける必要がありましたので力不足となりました」

「オリビア、オスカーを許してやってくれ。こいつも悪気があった訳ではない」

「貴方も同罪ですバンセー。ご婦人が三人もられるのですから馬の準備をするのは貴方の仕事です」

「待たれよ、オリビア様。私はこの国の宮廷魔導師だ。数に入れられては困る」

「お黙りなさいアルフィン。その考え方が殿方の増長を許し、ほかのご婦人方に迷惑がかかると知りなさい!」


 グローリアベルの目にはアルフィンが受けたのはとばっちりに見えます。

 ですがバンセーはあるじ、オスカーは彼女の同僚です。

 かばわない訳にはいかない、つらい立場があるのでしょうと考えます。

 そんな彼女にメイドが声を掛けます。


「ベル様。公王国は男系優位と聞いていたんですけど……」

「んと、そのとりよユリーシャ。つまり先代聖女様って事は現皇太后みたいなものよ」

「……それで正しい」

「バンセー殿下!お話はまだ終わっておりませんよ!」


 その一言が身の破滅。

 お説教はバンセー一人に集まり始めます。

 オスカーとアルフィンは床を見ています。

 すでにかばうすべはないのでしょう。

 室内に控える騎士とメイドたちは空気と化す努力をしています。


「お待たせしましたね」

「いいえ、十分に楽しめました」

「元気そうね、それは良かったわ。ところで早速ご賞味頂いたわたくしたちのライディーンはいかがだったかしら」

「ユリーシャ、オリビア様がご質問よ。お答えしなさい」

「えっ?私ですか?」


 ルゴサワールドのかんライディーン。

 それは秀でた甘さで他国にも有名なスイです。

 ウエルス王国を始め、このトンデン半島一帯では暑い夏をしのぐ水分補給の一手としてスイカが食べられています。

 このため他国のスイカは薄い赤色の果肉であり、甘味はほとんどありません。

 ですがライディーンと呼ばれるルゴサワールドのスイカは違います。

 果肉の色は濃い赤であり、蜂蜜を溶いた水のように鮮烈な甘さが評判を呼んでいます。

 そして最大の違いはその大きさです。

 直径にして二倍、体積で言うと八倍の大きさを誇っています。

 ウエルス王国の平民であるユリーシャには、簡単どころか苦労をしても食べられるものではありません。

 彼女は生まれて始めてこの甘いスイカを食べていました。


「んーと、このスイ、とっても甘いです!中身がもの凄く真っ赤だって言うのもあるんですが、こんなに甘いスイがかの有名なルゴサワールドのライディーン。感銘を受けました!」

「ありがとうね。ではグローリアベル。次は貴女の番よ」

「わたしですか?」

「ええ」

「そうですねー」


 ユリーシャに答えさせてお茶を濁そうとしたグローリアベルですが、逃げることはできませんでした。

 馬鹿を演じて探りますか。

 値踏みする目に真っ向から対峙します。


「ルゴサワールドでかんぴょうが栽培されている事は知りませんでした」

「えーと、ベル様?ライディーンはかんぴょうではなくてスイですよ?」

「そね。スイね」


 戸惑うユリーシャへ説明する振りをして、オリビアの様子を伺います。

 先代聖女はかんぴょうの意味を理解したように見えます。

 属間交配で未成熟胚芽の形成かー。ビンゴみたいね。てと、三元交配?誰よ、それ、始めたのー。


「アキアジと言う魚には時としてケイジと呼ばれる固体が混じっています。浜に戻ってきて網にかかるアキアジは繁殖期の成魚。これに対してケイジとは生育途中の若魚です。これらの違いを端的に述べるなら婚姻色の浮いた成魚は卵や白子に栄養を奪われて味が落ちます。しかしながら未成魚である若魚のケイジは旨味のもとである栄養を豊富に身に着けています。

 アキアジは美味しい魚ですが、ケイジは同じアキアジでありながら別格の旨味を持って船から水揚げされます。ここに出されているライディーンはケイジ同様に特別の甘味を持っています。ほかのスイは種に養分を取られているけれどもこれらは種に養分を取られていない。それこそがこの甘さの理由です。

 この説明ならユリーシャにも理解できるしょ?」


 グローリアベルは産卵期の鮭に混ざって回遊してくる卵や白子を抱いていない鮭の美味しさを説明することでルゴサワールドのスイカの美味しさの秘密を暴きます。

 トキシラズはケイジと同じく繁殖期外の若鮭で脂が多く乗っていますが、産卵期である晩秋以外でれた鮭です。

 夏の魚よりも冬の魚のほうが脂が乗っていて美味しいのですからトキシラズよりもケイジが美味しい事になります。

 ですが、当のユリーシャはキョトンとしています。

 その理由は彼女の次の言葉で判明します。


「ベル様。ケイジってなんですか?」

「へ?知らない?」


 内陸部にあるウエルス王国民にとって鮭は最も親しみのある海の魚です。

 ですからユリーシャがケイジを知らないとか、グローリアベルは考えてもいませんでした。


「アキアジって海の魚ですよね。私はフレイヤデイの農民の娘ですよ?」

「あのー。殿下はご存知ですか?」

「安心なさいグローリアベル。公王国は海の国です」

「ありがとうございます、オリビア様」


 自分の説明は他人から見て意味不明だったの?

 グローリアベルは恐る恐るバンセーに問います。

 助け舟は横から来ました。

 オリビアは彼女の言葉を理解できていると断言します。

 試しにバンセー、アルフィン、オスカーの顔を見回すと三人も理解できているようです。

 侯爵令嬢は胸をなでおろします。


「時に、一つ訊ねても良いですか?」

「はい」

「ケイジが美味しい理由は分かりました。しかしこのライディーンには種がありますね。貴女の主張は的外れではありませんか?」

「ご覧くださいオリビア様。このスイの種はすべて白い種、中身の無いしいなです。ですからこのスイは種に養分を取られていないからほかスイよりも甘いのです」


 オリビアは自分の前に置かれたライディーンの切り口を見ます。

 その赤い三角錐に散らばった種は全て白いものです。

 黒い種は一つも見当たりません。

 先代聖女はライディーンの甘い理由を理論的に始めて理解しました。

 そして考えます。

 相手に説明できるのは本人が正しく理解できている証拠ですね。


「なるほど。貴女は博識のようですグローリアベル。褒美としてこのライディーンの種を望みますか?」

「いいえ。許されるなら別のスイの種を望みます」

「別のスイですか?」

「はい」

「聞くだけは聞きましょう。どのスイの種を望みます?」

「では。このライディーンの二親ふたおやの種を」


 けれども彼女は門外不出の種をもらえるとは思ってもいません。

 ルゴサワールドのライディーンは、飛び切り大きくて甘い!

 だけどそんなスイが品種維持されている訳ないじゃない。

 飛び切り大きいスイと飛び切り甘いスイ

 日輪正教は花粉親と種子親を理解していると見て間違いないわね。

 これを確かめるための打診です。

 ですが話は別方向へと進みます。


二親ふたおやですか……。貴女のその知識の源にジュエリアとセイラはいますか?」

「オリビア様。何故なぜここでジュエリアの名前が出るのでしょうか?」

「なるほど、ジュエリアですね。

 それは神がソラをウエルスに落とすとお決めになった理由がその二人の存在だからです」


 ジュエリアとセイラがいるから。

 これはバンセーの口からも耳にした言葉です。

 ですがグローリアベルには分かりません。

 それは彼女にとって自分自身の話と同様のレベルだったから軽く考えてしまっていたのです。


「詳しくお聞かせ頂いても良いでしょうか?」

「それを聞くために危険を顧みずここまで来られたのでしょう?構いませんよ。

 第一に神はわたくしたち日輪正教と公王国を巻き込まずに自分お一人で全ての片を付けようとされている節があります。周りの者達が動いているのは、そのお立場ゆえに自由に動けないからだと理解してもらうと早いのではないでしょうか?」

「では今回の暴挙が起きたそもそもの理由は何故なぜなのですか?」

「暴挙。わたくしたち信徒の前でその言葉は感心しませんね。ですが迷惑を掛けているのはこちら側という意識は持ち合わせております。ここは捨て置きましょう」

「感謝を覚えます」


 グローリアベルは立ち上がるとスカートを摘んで膝を折ります。

 相手の着席を待ってオリビアは話を続けます。


「まずわたくしたちは貴女方の敵ではありません。ただし日輪正教は神の御意思を最優先します。命じられなくても素振りがあるだけで敵として寝返る事は当然有り得ます。貴女にとっては残念でしょうが、日輪正教とルゴサワールド公王国は同一と考えて支障はありません」

「今は頼りたく考えます」

「次に神の真意は測りかねます。概要で述べるなら族王会議の魔族から人間種を守るために力を示す必要がある。公王陛下、バンセー殿下並びに多くに重鎮から神に近い者との判断を受けたジュエリアとセイラの祖国を焼き尽くすだけの力を見せ付ければ族王会議の魔族を納得させられる。これがそもそもの発端なのですが、では何故なにゆえにバオラ十三世を謀殺したのでしょう?これが分かりません」

「謀殺?父であるバオラ十三世を殺したのですか?理由は、理由はなんだって言うの!」


 ふいにグローリアベルの言葉が荒れます。

 ユリーシャはあわてて彼女のすぐ背後に回ります。


「分かりません」

「分からない?娘が父を殺してその理由を誰も知らないとでも言うんですか!」

「グローリアベル殿!控えよ!」「ベル様!どこの国でもあるお貴族様のお家騒動です!」

「お家騒動?そう……、そうよね。ただのお家騒動よね」

「そうです。ただのお家騒動です」


 なおも荒れた言葉を使うグローリアベルの前にバンセーが立ちます。

 背後からはソファーの背もたれ越しにユリーシャが抱きしめます。

 自分の息遣いが荒いことに気付いたグローリアベルは呼吸を整えます。


(まいったー。わたしの頭ん中、かなりユーコ化してるわね)


 悲しい話ですが親殺し、兄弟殺しなどは貴族家ではたまにあります。

 フレイヤデイの令嬢であるグローリアベルにとっては普通のことです。

 ですが彼女に記憶と知識を分け与えたルーンジュエリアにとっては違います。

 家族は愛するものです。

 そしてそれに危害を加えるものは憎むべきものです。


 ですがこの時、グローリアベルは気が付いていませんでした。

 もしもナリアムカラの父親殺しをルーンジュエリアが知ったらどうなるか?をです。


「ご無礼を働きました。お詫びいたしますオリビア様」

「構いませんグローリアベル。フレイヤデイ侯爵はご令嬢に愛されている様でうらやましいわね」

「恐縮です」


 グローリアベルが落ち着きを取り戻したのを見てオリビアは話を再開します。


「では、神の御意思でしたね。

 わたくしもかつては神として太陽の杖ビッグファイヤを手にした者です。しかし今の神の御意思はまったく分かりません」

「太陽の杖?」

「ああ、ベル様。ナリアムカラ様がお持ちの大きな錫杖です」

「グローリアベル殿。初代の神が聖女の権威を知らしめるために作った物だ」

「ああ、あれ」

「ふふふ、聖女の権威ですか。殿下もその話を信じておられるのですね」

「ん?違うのか?オリビア」

「建国の盾と呼ばれた初代の神はその魔法術の威力の強大さゆえに民草からビッグファイヤとも呼ばれ、称えられたそうです。ですが神はこれを恥ずかしがり、杖を作って『これがビッグファイヤです!』と主張されたとか。これはダークライトの言葉ですから間違いないでしょう」

「え?ダークライトって、まだ生きているんですか?」

「生きていますよ。ダークライトが死ぬ訳ありませんでしょう」

「ユリーシャ。ダークライトって?」

「バオラ一世の従者です」

「バオラ一世の従者?長生きねー」

「私もビックリです」


 グローリアベルはエルフであるアルフィンに目を向けます。

 ヴァンパイアであるファイヤースターターの姿を思い出します。

 この世界では八百年前の人間が生きていたとしても単なる長生きで済む話です。

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