130 標20話 命の妙薬さらさらブラッドですわ 4


「ねえ、リア」

「ん?」

「結局玉葱は体にいいけれども、食べすぎは良くないのよね?」

「そりゃそうよ。さっきも言ったけれども医食は同源。薬のり過ぎは毒であり、毒も少なければ薬になる。香水の原料にヘタレムシの臭いが使われるのと同じよ」


 プレゼンテーションを終えたグローリアベルは質疑応答を始めます。


「硫化アリル……群でいいのかな?アリインもアリシンも硫化化合物である以上は毒だし。特に問題となるのはアリシンの持つ抗菌静菌作用かなー?あ!知ってると思うけど殺菌は菌を殺して数を減らす事。静菌は菌が増えるのを邪魔して数を減らす事ね。

 まあ、胃潰瘍の大敵ピロリ菌や腸内バイ菌の悪玉である大腸菌を殺すのはいいとしてもビフィズス菌や乳酸菌と言った善玉菌を減らすとかって悪いところがあるしさー。そんな強い毒が人体内臓に危害を加えない筈もなく、例えば大切りで食べると玉葱に含まれるアリインはアリイナーゼに出会わないためそのまま吸収されるでしょ?そんな風にアリインが大量に体内吸収されると血管拡張による血圧低下を招き、貧血、めまい、嘔吐を起こす。

 そしてアリシンは胃粘膜や腸粘膜を破壊し、それによって栄養素の吸収がさまたげられた結果ビタミン不足が皮膚炎や口内炎を起こします。更にヘモグロビンを減少させて赤血球を破壊する事で貧血を引き起こします。

 ああ。アリシンは抗菌作用があるから抗生物質的存在だけれども、その効果は細胞壁の破壊よ。タンパク質であるビールスは細胞を持たないから、抗ウイルス薬と抗生物質は全く違うものだと覚えていてね。アリシンも適量なら鉄の吸収を促がして貧血改善するんだから、文字通り『過ぎたるは及ばざるがごとし』よ」

「なら、どうすりゃいいのよ?」

「アリシンは加熱する事で減少するし、加熱してもケルセチンなどの他の栄養素は残ってるわ。ほかの方法だと、羊乳を飲んで胃粘膜を保護する方法もあるわね。

 アリシンが加熱されて生成するスコルジニンは新陳代謝を活発にするし体内栄養素の燃焼が進んでエネルギー生産効率が高まるし。保温や疲労回復をするからそんな感じね」

「おぃ様。試食の準備が整いました」


 ウエルス王国は人間種であるヒューマの国です。

 ですが今は都合よく魔人種であるファイヤースターターが滞在しています。

 グローリアベルはこれ幸いとせいの相談役として参謀に登用していました。


「はい。すぐに参ります。

 チャーリー。試食だって」

「ん。ご相伴にあずかるわ。今日の試食はなーに?」

「はい、ファイヤースターター様。パスタでございます」

「おいしそうね、リア」

「ここ数年はスパゲティゾウムシの被害が少なくて豊作が続いているのよ」


 グローリアベルはファイヤースターターとの会話を続けながら食堂へ移動します。

 昔も今も同じものがあるのと同じ様に、昔と今は違うものもたくさん見受けられます。

 例えば蕎麦粉は蕎麦の実の粉ですが、今の片栗粉はカタクリのでんぷんではなくてジャガイモのでんぷんです。

 現代では小麦粉でうどんを打ちますが、昔うどん粉と言えばうどん草の実の粉でした。

 そして千九百五十年代の英国ではスパゲティの木から収穫されたスパゲティをスイスから輸入していた記録が残っています。

 ウエルス王国フォリキュラリス辺境伯爵領のホロビナイ水海は地球世界のスイスにある湖と同じような気候風土であり、栽培されているスパゲティの木から収穫されるスパゲティは一大名産品となっています。


「うん?この、匂い?」

「どうしました?チャーリー」


 食堂室に入ったファイヤースターターの足が止まります。

 それをグローリアベルは気に掛けます。

 何があったのでしょうか?

 アルカディア種の銀髪少女は自分の席に走り寄ります。

 慌ててメイドが椅子を引きます。

 ファイヤースターターの視線はテーブルに乗った料理に釘付けになっています。


「これ、カレーじゃない!なんでカレーがここにあるのよー!」

「作ったからです」

「作ったって、カレーは伝説の料理なのよ!」

「そうなの?」

「そうよー!」


 グローリアベルは不思議に思います。

 カレーが伝説の料理?

 簡単に言うとカレー粉はミックスド・スパイスです。

 香辛料を混ぜ合わせた物です。

 だからこそお姫様はルーンジュエリアの行なったチートに気が付いていません。


 そもそもカレー粉に秘められた秘密とはなんでしょうか?

 ルーンジュエリアの前世が生きた日本において、一般的にカレーを作る時にはカレールーを使います。

 カレールーの原材料を見ます……獣脂、小麦粉、カレー粉?

 つまりカレールーとは炒めた小麦粉とカレー粉に塩砂糖やブイヨンを入れて味を調え、脂で固めた物です。

 つまりカレー粉さえあればカレーソースは作れる。これがグローリアベルのおちいった大きな間違いです。


 二度目になりますが、カレー粉はミックスド・スパイスです。

 香辛料を混ぜ合わせた物です。

 では、質問です。

 カレー粉に使われている香辛料はなんですか?

 地球世界ですら普通の人は知りません。

 カレーを見たことがない、このファンタジー世界の住人に分かる道理がありません。

 ルーンジュエリアはここで、自分が知る地球世界のカレー粉を顕現してその原材料の表示をチェックしたのです。

 これこそがお嬢様、最大のチートです。


 カレー粉原材料の一例をあげます。

 クミン、コリアンダー、クローブ、コショウ、カルダモン、シナモン、ターメリック、フェンネル、ナツメグ、唐辛子。

 ん?

 有名なものが入っていませんね。

 実はガラムマサラはホットなミックススパイスの意味で、カレーがインド家庭の味である混合香辛料だと考えた時にガラムマサラ=カレー粉の等式が成り立ちます。

 ガラムマサラの原材料一例をあげます。

 クミン、コリアンダー、クローブ、コショウ、カルダモン、シナモン。

 ガラムマサラとはターメリックの入っていないカレー粉だったりします。

 そして日本の場合には原材料表示は多い順です。

 原材料の種類と順番が分かればあとは好みに応じて調合すれば良いだけです。

 ベースが完成したらアレンジも簡単です。

 このファンタジー世界の人々はカレー粉のベースを作ることができなかったのです。


 しかしここでもグローリアベルは大きな見落としをします。

 なぜファイヤースターターはこの世界の誰も見た事がないカレーを匂いだけで言い当てる事ができたのでしょうか?

 さすがのお姫様もここまで当たり前の事には不思議を感じません。

 彼女の長い人生で見たことが有ったのだろうと、納得してしまいました。


「ならカレーライス用のソースができたら食べてみる?」

「カレーライスが、あるの⁉」

「ユーコが試作、追い込み中です」

「食べる!食べます!食べるったら、食べます!」


 二人はテーブルの席に着きます。

 カレースパゲティを二口程食べたファイヤースターターは首をひねります。


「んん?なんか違うな?」

「とろみが薄いうえにコクが足りません。ブイヨンよりもフォンを使ったほうが良いですね」

「そうね。けれどもこれはこれで。リアのとこの料理人は腕がいいわね」

あとで伝えておきます」


 そう答えるグローリアベルは考えます。

 カレーはやっぱりライスよね。


「カレーの試作としてカレーパスタを作らせたけど、同じスパゲティなら玉子掛けの方が好みかな?」

「玉子掛けご飯?」

「カルボナーラよ。家庭料理には手抜きカルボナーラが存在するの」


 スパゲティ・カルボナーラはベーコンで炒めたスパゲティにチーズと玉子を絡めて、塩コショウで味付けします。

 しかし本場イタリアの家庭料理には鍋から上げた熱々スパゲティに塩コショウした溶き玉子を掛けて混ぜあえる簡単調理法が存在します。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 ここはとある岩浜が連なる海岸の漁師町です。

 月は三月だと言うのに空は暗く道端の此処ここ其処そこに山を作っている雪は一向に解け始める気配を見せません。

 風は強く、寒さはきびしく、浜に打ち上げる波濤は岩を打ち洗います。

 時刻はもうすぐなんちゅうと言う頃合いの雪景色の中を一人の男が歩いています。

 彼はなじみの食堂へ入ります。


「よう!めし、頼まあ」

「あら、バロンさんいらっしゃい」

「今日は何がいいんだ?」

「ありきたりだけどカスベのマリネがお勧めだよ。甘酢を効かせてあるから本当にほっぺたが落ちるよ!」

「ああ、あの生の軟骨が旨いんだよな。カスベを大盛でいいかな?」

「いいとも!カスベ!大!一丁!」


 あい、カスベ大一だいいち

 調理場から声が返ります。

 カスベと聞くとエイを思い出す方が多いと思いますが、具体的な食材で言うとエイひれとエンガワです。

 サメと同様に軟骨魚類ですから骨まで食べることができます。

 と言うか、軟骨こそがカスベ最高の可食部です。

 料理を運んできた給仕の女性がバロンに訊ねます。


「そう言やバロンさん。もうそろそろこの町を出ていくのかい?」

「うむ、みなには世話になっているが後一月あとひとつきもすれば雪が解ける。それでまた旅に出るつもりだ」

「人捜しだったっけかい?寂しくなるねえ」

「儂は旅人だ。そこはあきらめてもらおう」


 バロンは食堂の壁越しに遠くの山脈へ目を向けます。

 一度はボルストの町へ踏み込んだ彼でしたが季節は冬、すでに目指すローパーは休眠期に入っているとの話です。

 仕方なく浜へ下って漁の手伝いで日銭を稼ぎ、まだ遠い春の雪解けを待っています。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

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