116 標18話 ルーン対ユリーシャ対グローリアですわ 10
発動を続ける無限収納魔法に守られながら、ルーンジュエリアは独り言をこぼします。
「あー、ジュエリアは無力ですわ……」
対騎士団戦どころか国家間戦争で使用されてもおかしくない様な巨大魔法術を次々と使いながらも、その意気は消沈しています。
横から見ると何が不満なのだろうかとでも思う所ですが、お嬢様は自分が置かれた現状に落胆した様子で目を閉じてうつむいています。
相手は伝説の聖女オーロラ姫です。
それに勝てると思う時点でお嬢様の
その間も飛んでくる
お嬢様はうつむいたまま右手を上げます。
「インベントリー。ジュエリアスティック!」
空間収納から取り出したのはスキーのストックの様な握りが両端に付いた一本の棒です。
取り出した物の名前を呼ぶ必要などありませんが、今付近には誰もいません。
お嬢様は格好良く手にした武器の名前を叫びます。
それを右と左から斜めに振り下ろすと
軽くポーズを決めた
「ジュエリアの様な年端もいかない幼い子供に、白光聖女様の様な歴戦の勇者の相手は荷が勝ち過ぎていますわ。今はさっさとバックれますわ」
広域殲滅魔法のつもりで自分が放った数々の魔法術が全く効かないオーロラ姫に恐れをなしたルーンジュエリアは華麗に、逃げ出す道を選択します。
ならばその方法です。
あくまでも周りから見て自分が逃げ出した事を気づかれてはいけません。
飛んでくる
すると良い作戦が浮かびました。
「そうですわ!リア様達の居る場所に移動して合流してしまえば投石は
そうと決まれば転移です。
ルーンジュエリアは空を見上げます。
颯爽と瞬間移動の短縮呪文を詠唱します。
「ワープ!」
そして湖水上空にワープアウトしたお嬢様は目の前に浮かぶ相手を目にしてつぶやきます。
「エリスジューサー……」
「うふふ。お待ちしてございますよ、ルーンジュエリア様」
お嬢様の、ほんの二~三メートル先に待ち構えていたエリスジューサーは構えたエリスボーガンの先をルーンジュエリアに向けながら笑いました。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ルーンジュエリアは中指と人差し指、二本指を立てた右手を胸元に構えます。
次の瞬間エリスジューサーの発射したミサイルアローは撃ち出した本人に向かって飛んでいます。
エリスジューサーは自分に向かって飛んでくるミサイルアローを次の
三
続けざまに撃ち出されるミサイルアローは全て同じ末路を
その攻防が十回も繰り返された
そして上目遣いの笑顔で声を出して笑います。
「うふふ」「グロー・アップ!ルーンジューサー!」
魔石による魔力チャージをしていない状態では、パワード化できてもハイパワード化が難しい理由は簡単です。
これは変身後の姿を、魔力切れを起こして魔力量ゼロの状態で考えます。
このベース状態の時に体を維持している魔力があります。
変身しようとした時にその年齢を維持する為に必要な魔力量を持っていないとパワード化やハイパワード化はできません。
つまり魔法術が使えないパワード化と魔法術も使えるハイパワード化では変身に必要なベース魔力量が異なるのです。
今ルーンジュエリアの前に居るのはエリスジューサーです。
だからお嬢様はルーンジューサーに変身します。
エリスセイラは見かけによらず肉弾派であることをお嬢様は知っていました。
「あらあら、さすがはルーンジュエリア様。ミサイルアローが役に立たないなど世紀末の救世主か覇王でございますか?」
エリスジューサーはボーガンの弓床を振り上げて襲い掛かります。
ルーンジューサーは背中に背負った三足剣シザーズトライアでこれを受けます。
「アウトローキック!」
「オウム返し!」
「ギロチン落とし!」
二人は落下しながら空中で肉弾戦を続けます。
湖水面まで到達すると共にその表面に張る氷に手を突いて受け身をとります。
そして互いに後ろに飛び退いて左右に分かれ、向かい会います。
再び走り寄ると合間見合って剣戟が混ざった格闘戦を始めます。
「あらあら不利にてございますね。わたくしも剣の一振りは
「それは良い考えですわ。セイラの作る特異な
「この
「ふみ。それでは手頃な物を選定しておきますわ」
「心躍るお言葉に感謝を示し、その時をお待ちいたします」
「落胆はさせませんわ」
日常的に腕が抱えている物は肩から先のそれ自体だけです。
それに対して足が支えているのは股関節から上の半身以上の重さです。
それ故に脚の力は腕の力の三倍以上と言われています。
確かに腕は足に比べると自由に動かす事ができます。
しかしそれは足を自由に動かす訓練をしていないだけと言った理由でしかありません。
思いのままに動かせたならば脚は体の中で最強の武器になります。
ルーンジューサーとエリスジューサーは手にする科学の知識からその事を知っています。
だからその体術の鍛錬を欠かした事はありません。
二人が組み合う肉弾戦は四本の脚を互いに打ち合う混戦模様となっています。
ルーンジューサーは首を狙われれば刈られるまいと後ろに
エリスジューサーは横回転でそれをかわすと左手を湖氷に突いて、体を立て直さんとするルーンジューサー目掛けて蹴り回します。
その強さは優劣つかず、意外な事にエリスセイラは効率的な鍛錬で瞬発力を鍛え上げています。
「見事ですわセイラ。ですがジュエ……、私は貴女を越えて行きます」
「あらあらうふふ。そう上手く運ぶでございましょうか?」
「どう言う意味ですか?セイラ」
「はてさて、どう言う意味にてございましょう」
エリスジューサーはボーガンで天を狙います。
放たれたミサイルアローは空の彼方へ消え去ります。
それを見送ったその時にルーンジューサーは気付きました。
左足に、目に見えない何かが巻き付いています。
「くぁあっ‼︎」
突如襲った痛みに声を上げます。
(誰ですの?これはジュエリアの知る攻撃ではありませんわ!)
人間の皮膚は思いの
交流百ボルトなら痺れるだけです。
二百ボルトなら最初の一度は衝撃で吹き飛んでもそのうち慣れてしまいます。
今ルーンジューサーは痺れたのではなく、痛みを感じました。
推測される電圧は千ボルト以上、おそらく千五百か二千ボルト。
ですがこれはおかしな話です。
何故ならこの世界にある電気は雷魔法による数万ボルトです。
静電気による数千ボルトでも今感じた以上の、痛みを越えた衝撃がある筈です。
千ボルトや二千ボルト程度の電位を作る知識を含むのはルーンジュエリアの科学知識だけです。
そうであれば今の攻撃をルーンジュエリアが知らない訳がありません。
「うふふ」
エリスジューサーは含む様に笑います。
「セイラ!これは
「はて?わたくしは教えも打ち合わせも受けておりませぬ故に存じませぬ」
ルーンジューサーは相手の顔を見つめ、エリスジューサーの胸の内を探ります。
(ユリーシャではありませんわ。私以外にも科学を知る者が居ると言うんですの⁉)
湖氷の上でルーンジューサーは周囲を
この付近には彼女の知らない何者かが、最低でも一人います。
あらあらうふふ。
エリスジューサーは得意気な顔で微笑みます。
これにルーンジューサーは八つ当たります。
「笑い声がつまらないですわ。私を追い込む気概を示したのならそれに相応しい声で笑うべきです!」
「相応しいとはどの様な声でございましょう?」
「そこはセイラに任せます。ボーガンを持つ悪役は、普通の笑い声ではいけないと相場が決まっているのですわ」
この意見にエリスジューサーは戸惑います。
ですが提案者はルーンジューサーです。
どんな無体な意見でも賛同して従おうと考えるのがエリスセイラです。
「では、失礼して。オホン」
疑念も疑問も彼女の持ち合わせにはありません。
咳ばらいを一つすると奇怪な声で笑います。
「オヒョーヒョヒョヒョヒョヒョ、ヒョーヒョヒョヒョヒョヒョ」
その声はまさに悪役そのものです。
言い出しっぺのルーンジューサーの方がこの結果に慌てふためきます。
「セイラ!なんなんですの、その異質で怪しげな声は?」
「十七分の六にてございます」
ああ、いたなー。
ルーンジューサーは記憶の片隅からどうでもよい内容を掘り出します。
ですがその心は複雑です。
「割り切れませんわ」
「検算中でございます」
愚にもつかないつまらない冗談を含んだ会話をした事でルーンジューサーの頭は冷えます。
先程の電撃は誰の仕業なのか?まずはこれを確かめなければなりません。
「セイラ。私はお
「もったいないお言葉でございます。なれど思うままにはなりませぬでございましょう。
「助言はこれを喜んで受け取りますわ。セイラがそこまで言う相手。だったら私も援軍を呼びます」
「援軍でございますか?」
ルーンジューサーの言葉にエリスジューサーは首をひねります。
今ここで言う援軍とはルーンジュエリア様と同等の力を持つという意味で捉えて間違いないでございましょう、と考えたからです。
しかし彼女にはそんな人物が思い当たりません。
訊ね様にもルーンジューサーは背中を向けてしまいました。
ですがその答えはすぐに分かります。
詠唱する短縮呪文が、一つの存在を示したからです。
ルーンジューサーは目を閉じてうつむいていました。
その眼がカッと開かれます。
空を見上げ、両腕を掬う様に天にかざして叫びます。
「ジュエリア、起動‼︎」
その声、――呪文詠唱の叫びは遠く離れた湖岸に立つグローリアジューシーの耳にも届きます。
「
グローリアジューシーはまだ見ぬ敵を迎え撃つ為に身構えます。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
勇者たちは数々の修羅場を渡り超えてきた歴戦の戦士です。
だからこそグローリアジューシーが身にまとった緊張の空気を感じ取ります。
「どうした、令嬢!」
「嬢さん!何が起こったんだ!」
ガハマとイドを左手で制して大勇者ノートは迫ります。
「お嬢さん。説明してもらえる時間はあるかい?」
その気迫に押し負ける事無く警戒の視線で周辺を確認したグローリアジューシーは三人の勇者に向き直ります。
そして口を開きます。
語る言葉は三人の勇者に問われた、その答えです。
「問題はこれから起こります。ゴーレムジュエリアが来ます」
「ゴーレムジュエリア?」
「それはゴーレムなのか?」
「教えてくれ。それはどんな相手なんだい?」
グローリアジューシーはゆっくりと、それでいてはっきりと勇者たちに語り掛けます。
何故なら、先程までとは状況が変わってしまったからです。
魔法術を主戦力とするルーンジュエリアが相手なら自分一人の力で色々と対処が可能です。
けれども相手が肉弾戦をメインとするゴーレムジュエリアなら、彼女だけの力では勝てません。
ここは勇者たちの協力が必要です。
「ゴーレムジュエリアはその名の意味する通りゴーレムです。
彼女が恐ろしい理由、それは彼女が製作された理由に由来します。ゴーレムジュエリアはルーンジュエリアの剣術対戦役として製造されました。そのベースとなったオリジナルはルーンジューニ。彼女はルーンジュエリア十二歳相当の技と力を持つ存在です」
「剣術対戦役だと!」
「おいおい。それはゴーレムの話なんだよな?」
「そうです、ゴーレムの話です。ルーンジュエリアでさえ手を焼く、わたしが知る限り最強の剣術、体術、武術の使い手です」
グローリアジューシーは言葉を終わります。
大勇者ノートは自分を見つめる無垢な瞳に語り掛けます。
「それは聞き捨てならないね。これでも僕たちは人間種最強を自負している。そのゴーレムは僕たちを超える使い手なのかい?」
グローリアジューシーは勇者たちを見つめる視線を外しません。
それでいてゆっくりと首を横に振ります。
「いいえ。所詮はベースに十二歳の子供をモデルにしたゴーレムですから、皆様が負けるとは考えていません。わたしの希望はその反対です。
ゴーレムジュエリアにわたしが勝つ事は不可能に近いでしょう。ですからこれからは是非とも皆様のお力をお貸しください」
「判った、嬢さん、
「ガハマもいいかい?」
「是非もない」
「ありがとう存じます、皆様」
打ち合わせが終わってやっとグローリアジューシーの顔に明るい笑みが戻ります。
その笑顔は勇者たちにも笑顔を招き寄せます。
そんな和んだ空気の中で最初にイドが気付きます。
ガハマとノートも付近を見渡します。
何かが四人に迫っています。
「う?」
「なんだ?」
「来る!」
(おーっほっほっほっほっほ)
それの発した笑い声は、四人の疑念を確信に変えます。
グローリアジューシーは太陽を指さします。
「来ます!迎撃の準備を‼︎
ソラ!ソラから来ます‼」
その声に三人はソラへ目を向けます。
「ソラだと!」
「行くぞ!みんな!」
「「おう!」」
(おーっほっほっほっほっほ)
笑い声は近づいています。
三人はその一瞬で複数の攻撃を受けました。
「なんだ!今のは」
「女か?」
「足は無い様だぞ!」
「足なんて飾りです!ルーンジュエリアはそれを分かっています!……足?
まさか‼︎」
グローリアジューシーはソラを見上げます。
傾いてきた日差しの中に小さな何かがあります。
「お逃げください。ロケットキックです‼︎」
超高速で飛行してきた二本の足に蹴られる事でイドは吹き飛び雪原を転がります。
「強い!」
「負ける訳にはいかないな」
「ユーコはどこ?」
グローリアジューシーはゴーレムジュエリアの
いない訳がありません。
どこか近くに隠れているのだろうと考えます。
その頃ルーンジューサーは遠く離れた湖の岸辺に立っていました。
そして勇者たち四人とゴーレムジュエリアの戦いを見守ります。
「ふみ。取り合えずリア様たちの相手はゴーレムジュエリアに任せましょう。私は未知の敵の探索です。
――ふみ‼︎」
不意に右足首に何かが絡みつきました。
その
どこから伸びてきたのだろうと辺りを探ると大きな倒木の影からです。
けれどもそこには誰もいません。
「ありえませんわ。影の中から攻撃しているとでも言うんですの⁉」
ルーンジューサーはその倒木に向かって右手のひらをかざしました。
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