085 標15話 エリスセイラ・哀しく美しくですわ 3


 歳幼いながらも男爵令嬢には誇りがあります。

 貴族としての見栄もあります。

 何があろうとも平民ごときに後れを取る事は許せない意地があるのです。

 得意げに笑みを浮かべつつ目の前の相手に語り掛けます。


「トビーはずいぶんとルーンジュエリア様について詳しく、お見受けするものでございます。

 のお方がお生まれになられた時、母君様であられるルージュリアナ様は伯爵家の嫁として伯爵の妻として最初の大任を終えた事に大層愁眉を開かれたそうでございます。して和らぐ心でむすめのお顔を眺められたなら、輝く笑顔より放ち散らす幸せの光に世界が照らされていたとか。これがルーンジュエリア様の個人家名であるハッピーレイの由来だそうでございます。

 ではルーンジュエリア様のお名前であるルーンジュエリアとはいかなる由来によるものでございましょうか?まさか、この程度をご存じないとかとは言われませんでございましょう?」


 あえて軽いジャブを打ちます。

 この程度をこなせない様であるなら自分が手を下す必要はありません。

 しかしトビーはこれを軽くいなします。


「もちろん存じています。ルーンジュエリア様のお名前を有りていに表現するならランジェリーです。

 第一御令嬢であらせられるラララステーラ様を名付ける際にポールフリード閣下は奥方様のご実家であるシューベルランド辺境伯爵家へ配慮をなされました。これに対してルーンジュエリア様の御生母であらせられるルージュリアナ様の後ろ盾はアルハイム男爵家です。これ幸いとポールフリード閣下は御自分お一人で第二御令嬢、つまりルーンジュエリア様の名付けをされようとしました。その最初の案がジュエリアです。

 生まれ出たルーンジュエリア様の愛らしさを喜び讃えジュエリー宝石を語源にジュエリア宝石商の名を考え出されました。命名にご使用されなかったとは言え、実に素晴らしいお名前だと考えます」


 トビーは言い淀む事無く淡々と言葉を紡ぎます。

 この男は知ってございます!

 エリスセイラの胸に警戒心が沸きたちます。


「ですがこれに対して第一夫人グレースジェニア様、第二夫人シルバステラ様が再考を求められました。その理由は二つあります。ジュエリア宝石商の文字が令嬢としてふさわしくないと言うものとジュエリアだけでは貴族の子女としてお名前が短いと言うものです。そこでジュエリー宝石同様に気高い婦女子の必須装飾品であるランジェリーを元に御生母ルージュリアナ様のお名前をもじってルーンジュエリア様と名付けられました。この事は御自分のお名前の由来を訊ねられたルーンジュエリア様にポールフリード閣下が自らご説明されたそうです。

 この由来をルーンジュエリア様は大変気に入られており、聞く者全てに答えられているとか。御息女の意と異なりポールフリード閣下はこれを恥ずかしく思われているのですが、愛娘が御自身の考えられた名前を気に入られている事は父として大変嬉しく喜んでおられる事も事実です」


 何故ジュエリーの代案がランジェリーなのかと言えばウエルス文化においてジュエリーとランジェリーは同じものとされています。

 ネックレスやペンダントをつけた女性は自分をオールヌードではなくセミヌードだと自覚しているのです。


「あらあら、なかなかに詳しくございます。口先だけではないと言う事でございますか?」

「恐れ入ります。では私から質問させていただきます」


 次のターンはトビーです。

 エリスセイラはこぶしを握り、背筋を正して耳を澄ませます。


「ルーンジュエリア様は身に着ける物として青を好まれます。これはいかなる理由でしょうか?お答えください」

「うふふ。これは簡単でございます。

 ルーンジュエリア様がお考えになられた普段着のドレスとしてヨーロピアンクラシックなる物があるそうでございます。そのお考えになられた数点の中で最も知的に感じられるデザインがたまたま青だったそうでございます。故にルーンジュエリア様はご自身のしるししょくとして青を使いになられてございます。

 ここでお間違え頂きたくない事は、のお方ご自身のお好みは赤でありして青ではない事でございます」


 すらすらと戸板に水を流す様に、カメラモニターに映るカンペを読む如くにエリスセイラは詰まることなく答えます。

 これにはトビーも驚きます。

 まるで答えを常日頃から暗唱でもしている様な滑らかさです。


「意外ですね。ヨーロピアンクラシックの事までご存じでしたか。エリスセイラ様の御教養には驚くばかりです」

「現在はルーンジュエリア様の一度ご覧になりたいと言うご希望により、わたくし用に真紅のドレスセット・帽子付きを仕立てている所でございます。ではわたくしの番でございます。

 ルーンジュエリア様はご自身の事を愛称で呼ばれております。この様な愛称の使い方はウエルス王国及び周辺諸国において一般的ではございません。ルーンジュエリア様は何故ご自身の事をあの様に呼ばれておられるのかを答えなさい」


 この問いにトビーはしばしの間目を閉じて何事かを考えます。

 しかるのちにエリスセイラへ訊ねます。


「んー。エリスセイラ様はゴーレムジュエリア様とお話しされた事がありますか?」

「ございます」

「では分かりました、お答えいたします」


 トビーの回答が始まります。

 その内容はお嬢様の言葉遣いの理由です。


「物心つかれた幼いルーンジュエリア様はまず最初に貴族らしくありたいとお考えになられました。ですがこれは子供がただちにせる事ではありません。ですからルーンジュエリア様はとりあえず形から入ろうとお考えになられました。ここは今でもお変わりになられていない持って生まれた御性格によるものと考えます。そしてそのルーンジュエリア様がお考えになられる貴族令嬢としてふさわしい姿こそがご自分の愛称呼びであり、お言葉遣いにおける語尾の『ですわ。ですの?』です。

 余談ですがこの案と競い合った貴族令嬢のふさわしい姿こそがゴーレムジュエリア様の金髪縦ロール、高笑い、語尾の『ございまする』です。ご本人様は起動したゴーレムジュエリア様をご覧になり、『ないわー』と思われました。こちらを選ばずに良かったと本心から安堵されたそうだとか」


 エリスセイラは驚きます。

 さすがにこれを知る者が自分以外にもいるとは考えてもいませんでした。

 ですが相手はお嬢様です。

 もしも誰かが訊ねたならば、迷いなく答える様が目に浮かびます。


「なるほどなるほど、ここまでは正解でございます。しかしこの程度は初歩の初歩。真のジュエリアマスターまでは道半みちなかばすら届いておりません」

「もちろんです。そう言ったお話ですと私はエリスセイラ様の中に隠された、真のジュエリアマスターの姿を拝見させて頂けるのですか?」

「当然でございます。わたくしの中にある真のジュエリアマスターを感じ、おのが未熟を悟りなさい」

「分かりました。では参ります」


 エリスセイラの後ろではリリーアンティークが二人の戦いを固唾を飲んで見守っています。

 その攻防は五分と五分。

 トビーもそうですが、「なんでセイラ様はそんな事をご存じなのですか?」とおのが主人の熱狂ぶりに驚いています。


「ルーンジュエリア様が甘南蛮ピーマンの苦みを苦手と感じられているのは知られているお話です。しかしあのお方がまことに苦手とされている食材は別の物です。その名前をお答えください」

芹菜セロリでございます。この様に簡単な問題を出すなど、トビーには勝つ気があるのでございますか?

 ルーンジュエリア様にとり甘南蛮ピーマンの苦みは我慢できるものだそうでございます。ですがミズゼリを始めとする爽やかな清々しい香りはそのお好みから外れるものであり特に芹菜セロリのお方の口をもって『勝てない……』と言わせしめた最凶の存在にてございます。

 一方でお好きなものはお野菜のみにて出汁だしを取りましたスープでございます。特に根菜類のスープをことほかお気に入られており、『スープに肉、魚肉や食べる具材は不要ですわ』はルーンジュエリア様の語られた至言にてございます」


 二人の攻防は続きます。

 その気になれば、おそらく三日三晩は余裕で語り明かせる事でしょう。

 ですがトビーは商人です。

 一時間ほどで切り良く話題を終わらせます。


「エリスセイラ様。どうやら私は学習が不足していた様です。貴女様がお持ちの教養には感服いたしました」

「いいえトビー。貴方も中々のものでございした。日々精進を続ければ人前においてもして恥ずかしくはないジュエリアマスターとなられる事ができますでございましょう」


 エリスセイラは右手を差し出します。

 トビーはこれを握り返します。


「トビー。とても楽しめる時間でございました。次に会える事を楽しみに待ちます」

「お待ちくださいエリスセイラ様。まだ肝心のお話が終わっておりません」

「はて?なんの事でございますか?」

「ベータの飼い方です。これを知っていればルーンジュエリア様とのお話が弾む事は間違いなしです」

「あらあらうふふ。左様でございました。ではもうしばらくわたくしにお付き合いなさい」

「もちろんでございます」


 エリスセイラはベータの説明をするトビーの横顔を見つめます。

 彼との会話はとても楽しいものでした。

 これからもいつまでも二人だけで、ルーンジュエリア様について話し続けたいと心の内で思います。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る