071 標13話 リア様補完計画ですわ 2
貴族である以上、来客があるのは当然です。
地方貴族であるサンストラック邸でも舞踏会くらいは開かれます。
さて、そこで問題になるのはなんでしょうか?
来客用の寝室です。
来客及び家臣メイドの全員を泊める事ができない様では招待する事さえできません。
だから王宮の宮殿には数え切れない程の部屋があるのです。
サンストラック邸といえども伯爵家の館です。
外観だけを見るなら石造りの城です。
別棟を含めますが、フレイヤデイ侯爵家御一行及び騎士団一同の宿泊くらいはどうにでもなります。
記憶転送魔法術コア・イントロダクションの安全な経過観察の為に同席しないポールフリードとルーンジュエリアを除いた侯爵家、伯爵家、男爵家の一同は、それぞれのテーブルを囲んで食事を取ります。
時は夕方、お日様はつるべ落としの季節です。
もう日が暮れていますので幾つものランプが並んでいます。
会場は催事用大広間ではなく、二つある中広間の一つを使っています。
「ほう。これも米の料理か。間違いなく美味い」
「んー。ユーコが自信を持って出してくる訳よね。今すぐにでもフレイヤデイの茶屋で提供できる料理だわ」
「ベル。素晴らしいのは味だけではありません。この、ご飯の上に載せるものや掛けるものを変えるだけで別の料理になる料理法がどれくらい素晴らしいものなのか。
私はそちらの方にこそ価値を見い出します」
フレイヤデイ侯爵とグローリアベル、そして実母である第一夫人エリーゼリアがテーブルに並べられた料理で舌鼓を打ちます。
以前お嬢様は侯爵令嬢に新規目玉料理の開発を打診されました。
都合良く侯爵令嬢とその両親が訪れる今日の夕食に、お嬢様は米料理を並べました。
貴族の公式な食事ですからそのメニューは地球世界だとフルコースと呼ばれる物です。
お嬢様はその全てをどんぶり物で揃えました。
それだけではありません。
スープ、前菜から始まって、メインディッシュ、デザートまで、全て使っている食器はそれ用の違和感がない皿ばかりです。
そして使っているご飯は全て、一切の味付けをしていない銀シャリです。
日本人としての知識を持っているお嬢様にはどうと言う事は無い献立ですが、ファンタジー世界に住むフレイヤデイ侯爵親子は米の持つ無限の可能性に驚きます。
自分たちが行なっていた数年間の苦労はなんだったのかと、ご飯と共に才能と言う言葉の意味を噛み締めます。
「ご安心くださいお母様。これら全ての材料と調理法を差し出すよう、指示は出しております」
「よくやりました、ベル。
ですがフレイヤデイだけが得をしているように思われてはなりません。その辺りのさじ加減は任せます」
「案ずるなエリーゼ。ルーンジュエリア嬢はベルより上だ。我等だけが得をする事は無い」
「お父様こそご安心ください。それは今だけの話です」
「うむ。頼んだぞ、ベル」
盛り付け方こそ上品ですが、簡単に言うと前菜はサーモンマリネ丼です。
スープもご飯に掛けたお茶漬けですし、魚料理は蒲焼丼です。
そして親子丼、成吉思汗丼、ソースキャベツ丼と続いて、
これは全てご飯が付け合わせのサラダと捉えられるからこそできる献立です。
一方で下座にいるジェントライト親子も同じ料理を楽しんでいます。
男爵夫婦は主たる伯爵家のイベント出席のため、エリスセイラは友人としての出席です。
自領は隣ですが、今回は夜通し脇に構える予定です。
「お父様、お母様。侯爵家の方々が色々と申されておられますわ」
「エリス。他家の話などは口を慎め。今は料理を楽しもう」
「何度口にしてもグランブルの料理には驚嘆しますね。先程の澄んだスープなどは彼ならではでしょう。
本当に他の子達も連れて来たかったと思います」
サンストラックの料理が美味しいのは男爵家の者なら誰でも知っています。
当然他の子供たちも伯爵家へ行きたがりましたが、今回は用件が用件ですので涙を飲みました。
「はい。ルーンジュエリア様の持つ天賦の才もグランブルの持つ神の腕あってのもの。サンストラックに依るジェントライトの幸運を喜ぶばかりでございます」
「寒冷地であるジェントライトが粘り芋を紹介された時はどうなるかと思ったが、中々に高く捌けて増産も容易。期待以上の物であったしな」
財政を支えるとなると何かを売る必要があります。
野菜は日持ちが悪いため、昔は百合根が主な農産物でした。
しかし三年ほど前にサンストラック領で粘り芋を育てた所とても作が良くできました。
そこでポールフリードはジェントライト男爵にも粘り芋の栽培を奨励し、これが大変によくできています。
味から言うと収穫は冬が一番良いのですが金銭的に言うとそんな悠長な事は言っていられません。
年間を通しての随時出荷を行なっています。
植物は凍結対策及び成長エネルギーとして体に糖分を貯めています。
そして寒さが厳しい程エネルギーの消費は抑えられて糖分が多く溜まります。
完全に休眠すると成長の必要が無い訳ですから、糖分は澱粉として保存されます。
朝取りがおいしいのは実、葉、茎の中の糖分が成長に消費されていないからです。
ですからせっかくの朝取りでも光に当てては成長に糖分が消費されるので意味がありません。
「ブルーベリー商会のタンジェリンは、ここ二年でジェントライト領に来る回数が増えましたね。百合根よりもよほど商売になるのでしょう」
「ああ。これで山塩が軌道に乗れば財政は楽になる。ルーンジュエリア様には感謝の言葉しかない」
お嬢様が提案した山塩は今のジェントライト領期待の星です。
百合根はとても美味しい芋類ですが、色付くと苦みが出ます。
そんな百合根ですから、粘り芋を作付けする前のジェントライト領財政にはかなり苦しいものがありました。
三年前、粘り芋の栽培を提案したのが当時まだ五歳だった伯爵令嬢だと言う事を男爵親子は知りません。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
みんなが夕食を食べている頃ルーンジュエリアは自室のベッドで安静にしていました。
ですが体調が悪い訳ではありません。
言うなればインフルエンザが全快して、隔離期間終了まで閉じ込められている状態です。
見張り番としてユリーシャの他にキサラが居ます。
何か異常があった時の連絡要員と成る為に母たちの気遣いです。
お嬢様にとってキサラがそばに居る事は嬉しいのですが、ベッドの上から降りられないのではつまりません。
仕方が無いからお布団の上でゴロゴロします。
「ごろごろごろごろー」
毛布や掛け布団はベッドの上から跳ね飛ばしています。
青いネグリジェ姿のままで両手を真上に伸ばした棒になって右へ左へ転がります。
枕も邪魔だから放り投げました。
「ごろごろごろごろー」
ベッドの足元側で椅子に待機していたキサラが、そんなお嬢様に話しかけます。
お嬢様は頭を持ち上げ、足元を覗くようにして答えます。
「お暇な様ですね」
「ジュエリアは退屈ですわ」
それはそうでしょうね、とキサラはお嬢様をあやす事に決めました。
反対側の足元で腰掛けている同僚に協力を仰ぎます。
「仕方がありませんね。ユリーシャ。手を貸してくれますか?」
「はい、なんでしょうか?」
「寝台のそちら側に立ってください」
「えーと。ここでいいですか?」
「はい、そこでいいです。ルーンジュエリア様がそちらへ転がったら、私の方へ返してください。
ジュエリア様、行きますよ?」
「ふみ?」
お嬢様を挟んで二人のメイドが左右に立ちました。
まずはキサラがお嬢様の背中に両手を差し込みます。
そして掬い上げる様にその体を返します。
もちろんそんな事で子供の身体が転がる訳はありません。
ですがそこはまだ八歳の子供です。
キサラの両手に力が入っただけで自分からゴロゴロと転がります。
「きゃっ!きゃっ!きゃっ!」
しかしそんな事は関係ありません。
自分が遊んでもらっていると言う事実が大切なのです。
声を上げて喜びます。
何故子供は声を上げて笑うのでしょうか?
自分の喜ぶ声を聞く為です。
自分が喜んでいる事を確認する事でその喜びが三倍、四倍へと増幅されます。
だから声を上げると楽しくなってしまうのです。
「ああ、そう言う事ですか。
ジュエリア様、行きますよ。そーれ!」
「きゃっ!きゃっ!きゃあー!」
「はい!」
「ごろごろごろごろー」
ユリーシャは笑顔でお嬢様を転がします。
「そーれー!」
「ごろごろごろごろー」
キサラも負けじと、力を込めて転がします。
「はいっ!」
「ごろごろごろごろー」
「もう一回行きますよー」
「ごろごろごろごろー」
これはジュエリアが二人と遊んであげているのですわ。
お嬢様は万感の思いを込めて力の限り転がります。
十往復もした所でお嬢様の息が上がりました。
「ふみー、ジュエリアは満足しましたわ。二人ともご苦労でした」
「お粗末様でした」
「随分楽しまれたようですね、ジュエリア様」
「これはテリナとリアナにも体験させる必要がありますわ」
お嬢様は妹たち二人がベッドの上で転がりながら喜ぶ様を想像します。
ベッドを縦ではなく横に使えば三回転くらいは転がる事ができるでしょう。
ジュエリアにはこれを見る義務がありますわ。
メイド達の言葉に新たな野望を画策します。
「それでは明日にでもお二人を招きましょう」
「ふみ?三人ですわ。お姉ちゃんもまだまだこういう無邪気な遊びに混ざりたい年齢ですわ」
「んー、確かにそうですね!私もやって見たいです!」
ユリーシャは十三歳、キサラは十六歳。
出来ればキサラに転がされたいと言うのがユリーシャの本心です。
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