052 標9話 メイドに魔法を習いますわ 6


「放しなさい!こいつ、放しなさい‼︎」

(くかかかか。テレポート・エーション)


 一回目の転移アウトの際に、グローリアベルは空中で暴れました。

 お姫様はまだ自分を転移する事ができません。

 ですが空中がどう言うものかをよく理解していません。

 だから落下の意味など気にしません。

 どちらにしろ、オディールの力の前には逃げ出す事など不可能です。


(くかかか)

「ふみ?」


 ユニバース上空三百メートル。

 二回目の転移アウトでオディールはお嬢様と接近遭遇しました。

 共に後ろを振り返って、次に体ごと振り返ります。

 魔法に慣れたオディールは自由落下の空中なんか何するぞ、です。

 抱えた三人諸共もろともに体の向きを変えてきます。

 ですがお嬢様はそう上手くはできません。

 じたばたと三回の回転のあとで諦めて転移をします。


「ワープ」(テレポート・エーション)


 そして五人はトーテモヤリキレナイの中腹にある草地に降り立ちました。

 オディールは素直に三人を解放します。


(くかかかか。逃げ出したはいいものの、仲間が心配で戻ろうとしたか?)

「そうですわ!オディールが怖いのがいけないのですわ!」


 お嬢様は胸を張って白光聖女を指さします。

 この会話に驚いたユリーシャが口を開きました。


「おばあさんの名前はオディールなんですか?死んだ私のお祖母ちゃんもオディールって言うんですよ?」

(かかか。それはまた寄寓だね)


 誤魔化そうとするオディールの心に気付かず、空気を読まないお姫様は叫びます。

 KYとは誰だ!

 落書きに直線文字が多いのは書き易いからだそうです。


「ユリーシャ!そいつがオディールよ!」

「はい。このおばあさんはオディールさんです」


 叫ぶグローリアベルに続いてキサラが後輩に語り掛けます。


「ユリーシャ。そちらのお婆さんは貴女の祖母です」

「え?キサラさん?私のお祖母ちゃんはそっちで眠ってますよ?」


 後輩メイドは遠くにある墓石を指さしました。

 ここは彼女の地元です。

 迷う事など有りません。


 そんな後輩メイドを囲む三人は困った顔です。

 残りの一人はフードの中の顔が見えません。


「え??」


 三人の顔を一人ずつ確認しますが、どう見ても困っています。

 後輩メイドにもその事が判りました。


「お祖母ちゃん……、化けて出たの?」

(くかかかか。すまないね)


 ユリーシャはグレアリムスの奇跡の秘密を知りません。

 相手はどこからどう見ても普通のお婆さんです。

 ですがー、ウエルスで転移を使えたのは自分の祖母だけだったとか言っていた気がします。

 お姫様は親友に突っ込みたくなってしようがありません。


「違います。私のお祖母ちゃんは化けて出るような根性なしじゃあないです」

(くかかかか。相変わらずユリーシヤはわしに厳しいよな)

「え?」


 自分の名前を呼ばれたメイドの態度が変わりました。


「お祖母ちゃん、なの?」

(くかかかか)


 不審に思ったお嬢様がお姫様に近寄ります。


「どうしたんですの?」

「ん!そう言えばオディールはユリーシャの名前を呼ぶ時、ユリーシヤと言う癖があったわ」

「ふみー、馬鹿らしいですわ」

「あの……お祖母ちゃん、なの?」

(かかか。元気そうだねユリーシヤ。もう一度話ができるとは思ってもいなかったよ)

「お祖母ちゃん、お祖母ちゃん……」

(あんたはこっち来るんじゃないよ。まんだまんだ先でいいさ)

「はいっ、はいっ」


 感動の再会はまだ続きそうです。

 グレアリムスのユリーシヤ。

 どっかで聞いたような響きですわ、とか考えたお嬢様は息を飲みました。

 聞いた事がある筈です。それはスクリーン訛りです。

 オーロラ・グレアリムスはハンタストンの農家生まれです。

 けれどもユリーシヤはスクリーン訛りの呼び方です。

 救世英雄譚に出て来る勇者一行にはスクリーン地方出身者はいません。

 ですが勇者一行以外にならスクリーン地方出身者がいました。

 ルーンジュエリアは考えます。

 あの男なら、あの男なら勇者様が亡くなったかどうかもご存知ですわ。


 白光聖女が勇者の死を知り得ない理由。

 それは超巨大魔獣がどこでどうなったか分からないからです。

 それを知っている存在なら、勇者の最期も知っている筈です。

 だからお嬢様の顔から血の気が引きます。


「――ファイナル……」


 その小さな呟きを聞き止めたキサラはお嬢様の顔を覗き込みます。

 必然的にその背中がオディールへと向きます。


「……カウントダウン」


 お嬢様は力なく尻もちを突きました。

 キサラは青い顔で何もできなくなりました。

 怖くて怖くて振り返る事ができません。

 お姫様は不思議そうにお嬢様へと目を流します。


 ファイナルカウントダウン。

 六百五十年前。

 死後、大勇者の称号を受けた勇者が討伐したはずの大魔王の名前です。


(くかかかかかか。くかかかかかかかかかか!くかかかかかかかかかかかかかか‼︎)


 お嬢様とキサラへ目を向けたオディールが何故笑うのか?

 その理由はお姫様とユリーシャに思い付く訳など有りませんでした。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




(何、格好かっこうつけちゃってるんだい、とか思ってるんじゃないかい?)

「思ってますわ」

(てか、あんたは気付いていそうだからユリーシヤにはそれとなく言っといてくれよ)

「ですが、本人の前ですわ」

(この子はそれでも判らんよ。なんせ分かりたくないだろうから、しょうがないな)


 密談の時間です。

 残りの三人も横にいますが、話の内容について来れないだろうと確信します。

 ですがキサラだけは例外なのではないでしょうか?

 ふとオディールが呪文の詠唱を始めました。


(……我はここにある)

「ふみ?」

(汝欲するか、我がここにある。すだれの向こう、とばりの裏、我こそがここに有る。大いなるヤハーの前に先ずれば後ずれば、我ともに在り共に在らんとす。さればしかる、汝受け入れよ。我が前に我は立つ。されどしかし汝受け入れた我が前は我に非ず、我こそがヤハー也)

「畏れ多いにもほどがありますわ」


 呆れた様にお嬢様は肩をすくめます。

 ヒューマの常識で言うと大魔王が絶対神ヤハーの名を讃えるなど有り得ません。

 しかし魔族にとっても創造神は唯一神なのです。

 そしてお嬢様には知らない魔法術を解読できる深い知識があります。


「ふみ。お手をどうぞ」

「ジュエリア様!」「ユーコ!」

(くかか。テレポート・エーション)


 ルーンジュエリアの手に自分の手を重ねた後でオディールは上空へと転移します。


「ユーコ!大丈夫!」

「ジュエリア様!ご無事ですか!」


 お嬢様はオディールの姿を追って空を見上げます。


「なんともありませんわ」

「でも……」「けどねー!」

「ジュエリアは、」


 頭の中が混乱していて、言葉を上手く紡げません。


「ユリーシャをお世話する駄賃に魔法術を教えてもらっただけですわ」


 そう。

 ただの魔法術です。

 自分の記憶や知識を他人に与える、他人の記憶や知識を自分が受け取る、グレアリムスの奇跡とオディールの全て!

 ルーンジュエリアはそれを手に入れました。

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