046 標8話 許されざる命ですわ 6


 ルーンジュエリアが呼ばれたシルバステラお母様の用事とは自分の姉、即ちお嬢様の伯母に会って欲しいと言うものでした。

 王都にある別邸に落ち着いて腰を下ろした二人はレディエリアに祝辞を述べました。

 そして翌朝フレーザローズ公爵家へと赴きます。

 母娘は馬車の中で話します。


「バカ娘。フレーザローズ公爵ダンディーリオン閣下もご在宅の筈だ。くれぐれも粗相の無い様にな」

「ふみ?お兄ちゃんの騎士団就任の時にお祝いに来て下さった伯父様ですの?」

「ああ、それを覚えているのか。じゃあ、アバディーナ姉様も覚えているか?」

「確か、もう一回お会いしている筈ですわ。んー、なんの時だったかは覚えていませんわ」

「王都別邸で舞踏会を開いた時の話だな。ポールとの打ち合わせで昼過ぎから二人で来られていた事があった」

「ああ、あの時の優しい伯母様ですか。姉妹でも年が離れると違うものだと感心しましたわ」

「ほー。ではあたしはどうだと言いたいんだ?」

「語るに落ちるから遠慮しますわ」


 ウエルス王国では領地に爵位が付いています。

 だから領主はその領地の爵位を名乗るのですが、領主が変わるとその領地の名前を新しい領主の共通家名へと変更します。

 また領有貴族本人が陞爵した場合は新しい爵位に合わせた領地を新たに賜るほか、所有領地の附属爵位が上がる場合もあります。

 没落貴族から剝奪された領地が新領主へ下賜される場合や爵位の降格があった時には領地の附属爵位が下がる場合もあります。

 領地よりも共通家名の方が格上扱いされています。

 ですので爵位の複数持ちや上位貴族による下位貴族の新設が可能です。

 ジェントライト男爵の場合は多大な功績があった家臣にサンストラック伯爵の複数持つ爵位の一つを永代貸付しています。

 レンタル料金は納税の形で支払っていますが、例え借りものでも爵位があれば陞爵の可能性があります。

 新領地を下賜されれば名実共に立派なお貴族様です。


 領地持ちの貴族は王都に別邸を持つのが普通です。

 持っていない一部の貴族はまだ持っていないだけです。

 グレートワッツマンからリーザベスへ遷都されて四十年しか経っていません。

 四十キロメートル程度しか離れていないのでそのまま副王都にある旧王都別邸を使っている貴族がおもに下位貴族たちに残っています。


 フレーザローズ王都別邸を見たお嬢様は考えます。

 見かけはサンストラック本邸と同じ白い石の三階建て豪邸です。

 その屋上にはも同じ様に四階と五階を備えた屋根裏があるのでしょう。

 玄関上へ丸く飛び出た三階屋根を支える巨大な数本の柱が大きな特徴となり、二階三階にベランダを作っています。

 一階部分は高さ六メートルの玄関フードですが、やはり侯爵邸だからでしょうか?

 フードの壁は金属製の格子であり、木窓やガラス窓がはめ込めるようになっています。

 最大の驚きはフード壁の上下にレールがあり、スライドさせて解放可能になっています。

 玄関フード滑り戸と表現した場合に本来のそれと区別が付かなくなる為フード壁と表現しますが全面が滑り戸であり、本来の玄関フード滑り戸がくぐり戸扱いとなる大きさです。

 サンストラック邸は本邸も王都別邸も庇の飛び出た三角屋根ですがフレーザローズ王都別邸は屋上を歩ける様に感じられます。

 おそらくは監視の為でしょうが、雪下ろしが大変だろうと考えてしまいます。

 ちなみにサンストラック邸は両邸ともに見晴らし監視台用の丸い小さな六階が設置されています。


「ようこそシルバステラ殿。お元気そうで何よりだ」

「閣下こそご壮健で何よりです。ポールフリードも喜んでおります」

「ステラ。よく来てくれたわ。お持て成しはできないけれどもくつろいでね」

「姉様、お久しぶりです。手紙に有った依頼の通りルーンジュエリアを連れて来たけどどうするの?」

「ああ、ありがとう。本当に手紙に書いた通りよ。死ぬ前に最後に息子の気持ちを訊ねて欲しいだけなのよ」


 アバディーナはそう言うと目を閉じ、うつむき、そして涙を流し始めました。

 ダンディーリオンはそんな妻の真横に座り直すとその体を抱きしめます。

 姉の頼みは手紙を読んでいますので知っています。

 王家に対する大罪を行なった奇行あふれる息子の本心を知りたい。

 同じように奇行あふれるルーンジュエリアならばその心を解かせるのではないかと最後の期待を抱いています。

 息子の処刑はレディエリアの婚礼一週間後ですが、実の親であり公爵でもあるダンディーリオンのごり押しでも本日午後が最後の面会です。

 二人は、いえアバディーナは今日の面会にいちの望みを抱いていました。

 もはや息子の命を助ける事はできません。

 ですが、ならば、だからこそ愛する子供の遺言を手に入れたいと考えています。

 その使いとして白羽の矢が刺さったのがルーンジュエリアでした。


 数十年に一度くらい不定期で現れる人々の味方がいます。

 その名はラストヒーロー。

 数千年前からその登場は語られていますので同一人物ではありません。

 ラストヒーローと言う英雄に憧れたその時々の誰かが同じ名前を襲名していると考えられています。


 今回のラストヒーローは王家の薬草園から薬草を盗み、二年前に王都で流行した死病から多くの貧しい人々を救いました。

 ここで問題となるのは薬草園が王家の所有物だと言う事です。

 その善行ぜんこうから言うと情状酌量で無罪としたいところですが、王家に対する反逆です。

 これを見過ごす事はできません。

 だからと言ってその時に王宮へ陳情があったとしても、誰も知らない未知の死病に対する治療法などを誰が信じる事など有り得ましょう?

 現ラストヒーローは自分の死を覚悟して多くの人々を救ったのでした。



 アバディーナとルーンジュエリアの二人は王都処刑場に隣接する収容所へ出向きました。

 公爵の立場を最大限に活用した面会は立ち会う兵士すらいない作りが良い一室で行なわれます。

 逃げ出すならそれも善し、自害するならそれも善しと言った配慮です。


「エンデュミオン。元気?」

「ふはははは、これはこれは母上。この様なむさ苦しい所へお越し下さるなぞ恐悦至極!ささ、どうぞこちらの椅子でおくつろぎ下さい」


 左目に眼帯、右前腕に包帯を巻いた青年が演技過剰な口ぶりで話しかけます。

 さすがのルーンジュエリアもこれには苦笑いしそうになります。


「それで母上。こちらの見知らぬご令嬢はどなたでしょうか?お連れ下さったからには何かの理由があるものと推察るものの解せませぬ。ご説明頂ければ幸いに存じます」

「そうですね。貴方は初めて会うのですね。

 こちらのご令嬢はルーンジュエリアです。私の妹シルバステラの娘であり、貴方の従妹です」

「ルーンジュエリア・オブ・ハッピーレイ=サンストラックですわ。よろしくお願いいたしますわ」

「ふはははは、良い良い。もはや次に会う事など無いだろう。自由に話すがいい」

「うっ!……」


 エンデュミオンの何気ない言葉にアバディーナは息を詰まらせました。

 ごめんなさいと言って退室します。

 残された二人は互いに打ち解けていません。

 探る目つきでにらみ合います。


「今のお言葉は感心しませんわ。もう少し家族の気持ちを考えるべきですわ」

「家族か……。迷惑を掛けているとは思っている。だが俺は死ななければならぬ故、成し得る事など無いのだ」

「ジュエリアはそんな事など言っていませんわ!」


 出来る出来ないの話ではないですわ。

 人の心を持てと言っているのですわ。

 しかしその言葉は相手の心に届きません。

 エンデュミオンは窓辺に立って外を眺めます

 ルーンジュエリアは部屋の中を見渡します。

 部屋の中央にあるソファーに挟まれた低いテーブルの上にメモ書き用の薄経木があります。

 そこに何かの走り書きがありました。

 絵かと思って眺めて見るとそれは崩れていますが字の様です。

 そしてそれはお嬢様には見覚えがあるものでした。

 具体的にはロックンツアー’78の歌詞カードに書かれていました。


「――ジュリー?」


 つい声に出して呟きます。

 その薄経木の束以外には目ぼしい物がありません。

 ルーンジュエリアも釣られるように窓の外を見ようとして自分を見つめる従兄と目が合います。

 はてと首を傾げて天井を見ますが、次の瞬間泡を食ってテーブルの上の薄経木を見つめます。

 さっきジュエリアはなんて言いました!

 そこにははっきりとした漢字で、沢田研二のサインが真似られていました。

 たとえその文字を知っており、それを読む事が出来たとしても読み上げる名前は別の言葉です。

 絶対にジュリーなどとは言いません。

 これは誤魔化し様がありません。


 エンデュミオンは黙ってソファーに腰掛けます。

 手で促されてルーンジュエリアもその向かいに座ります。

 暫くの間は沈黙が流れます。

 共に語るべき言葉が見つかりません。

 口火を切ったのはエンデュミオンでした。


「ふふふ、従妹か。長らく追い求め、捜す事さえ諦めた存在がこんな近くに居ようとはな」

「エンデュミオンはジュエリアが初めてですの?」

「キョウコだ」

「キョウコ?」

「そうだ。渋谷でショップの店長をしていた。未亡人ではないぞ」

「貴方が管理人さんでは惣一郎さんが可哀想ですわ」

「ふはは。互いに意味は理解できる様だな」


 今度は安心感からか沈黙が流れます。

 秘密を共有する仲間意識です。

 何故か二人共に心が安らぐ事を感じます。


「それでお前の本名はなんだ?」

「ふみ?ジュエリアはルーンジュエリアですわ?」

「違う。俺はキョウコだと言った筈だ」

「貴方はキョウコさんですの?」

「そうだ」


 そこでルーンジュエリアは気付きました。

 メインとなる自意識の立場が異なるようです。


「ジュエリアは前世の記憶を持つジュエリアですわ。

 キョウコさんはキョウコさんの生まれ変わりと言う事でいいですわよね?」


 その説明でエンデュミオンも理解できたようです。


「そうか。そういう違いか。まあ、あってもおかしくないな」

「キョウコさんはいつ亡くなられましたの?」

「世界が核の炎に包まれる前だな」

「ふみ?ではグランドクロスは?」

「惑星直列は経験したぞ」


 千九百九十エックス年になる前に向こうの世界を出て行ったようです。


「ちなみに好きな男性キャラは?」

「アニメか?一輝様だ」


 ルーンジュエリアは首にかけたペンダントを外すと鎖を持って右手で振ります。


「来い!」

「ふははははは、俺はウラエヌスだ!」


 エンデュミオンは高笑うだけで動こうとはしません。

 うああー、マニアックですわ。

 けれども、だからこそ二人が同じ世界で生きたと言う証拠になるのではないかと考えます。

 ルーンジュエリアは前世を思い返します。

 大いなる七の月、恐怖の大王が舞い降りる。

 その時マーズは幸福の名の下に世界を支配するだろう。

 もしも男に生まれていたら自分は六神合体をしたのだろうかと考えます。

 ですがお嬢様はやんちゃだけど女の子です。

 覇王にも救世主にもなる気はありません。

 願うのは世界ではなく家族の幸福です。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 エンデュミオンの処刑が終わってからアバディーナは毎日墓参を続けているとの事です。

 シルバステラを初めとするお母様達から様子を見て来るように頼まれたルーンジュエリアは転移魔法で王都脇にある霊園へと向かいました。

 上空から見下ろすと高貴なご婦人の姿が見当たります。

 大地に降り立ち近寄って見ると果たして当の本人でした。


「伯母様」

「ルーンジュエリアちゃん」


 声を掛けると話しかけられます。

 最初はなんともありませんでしたが、少し話し込んで一人で来た事に話題が及ぶとひどく驚かれます。

 転移魔法だと説明すると納得してもらえました。

 アバディーナも魔法術のスケールの違いに理解が及ばないようです。

 取り合えず無闇に話さぬようお願いしておきます。


「伯母様。エンデュミオン様はここにおられませんわ」

「そうね、ここにはいないのよね。分かってはいるのよ。分かってはいるんだけれど、やっぱりね」


 墓の石を見つめながらアバディーナは答えます。


「伯母様、そう言う意味ではありませんわ」

「え?」

「ジュエリアはエンデュミオン様との約束を果たしに参りましたわ」


 ルーンジュエリアは奇想天外な言葉を紡ぎ始めました。


「エンデュミオン様はとある呪いを掛けられていました」

「呪い、なの?」

「はい。そしてそれは誰も解く事ができない強力なものですわ。その呪い故にエンデュミオン様は十五歳までしか生きる事が許されていませんでしたわ」


 アバディーナは驚きます。

 何故ならルーンジュエリアの言葉によればエンデュミオンは処刑によって死んだのではなくて死ぬために処刑された事になるからです。


「そんな……。そんなそんな、そんな恐ろしい呪いを誰が掛けたと言うのです!」

「エンデュミオン様ははっきりとは告げられませんでしたわ。ですがジュエリアの想像だけで語るのなら呪いをかけた相手はヤハーですわ」

「――ヤハー……」


 絶対唯一なる創造神ヤハー。

 その神に呪いを掛けられていた。

 もしも本人の口から聞いていたなら間違いなく信じる事は無いでしょう。

 だからこそエンデュミオン自身も語る気は無かった内容です。


「あの子は、あの子は何故そんな恐ろしい罰を受けなければならなかったのです!ジュエリアちゃん、教えて。あなたはあの子から聞いているのよね?」

「罰を受けているのはエンデュミオン様ではありませんわ。蛇竜王ですわ」

「蛇竜王――」

「エンデュミオン様の体は蛇竜王の為の牢獄ですわ。

 あの方の身体が十六歳になった時、蛇竜王はその牢獄から解放されます。だからエンデュミオン様は十五歳で死ななければなりません。その褒美としてエンデュミオン様は死してもすぐに生まれ変わりますわ。尤もジュエリアにはそれは褒美ではなくて罰としか思えませんわ。愛する家族とたった十五年で別れなければなりません。

 だからエンデュミオン様はここにはおられませんわ。処刑されたその直後にどこかの誰か達の子として生を受けている筈ですわ。」


 蛇竜王はヤハーが最初に作った神々の一柱です。

 獣神たちの祖である祖獣神の一柱です。

 そして絶対神ヤハーの最初の敵として認定されています。

 ルーンジュエリアは、貴方の息子さんは神話の登場人物です、と言っているのです。

 

「その言葉が残された私たちへ送る為に作られた世迷い事ではないと言う証拠はあるの?」

「その判断ができるからこそシルバステラお母様はジュエリアが伯母様の為に尽力するよう言い付けられたのですわ」

「では、あの子は今頃新しい生を受けて幸せに生きているのね?」

「その通りですわ。そして伯母様の様に子に先立たれる悲しみをもたらされる被害者が増え続けるのですわ」


 ルーンジュエリアはこう考えています。

 親や兄弟を泣かせる事は最大の悪ですわ。そして親を先立つ以上の親不孝は存在しませんわ。


「エンデュミオン様は言われましたわ。俺は死ぬ事は無い、だから誰も救わない恵まれぬ人々を救うのだと」


 それは若死にを宿命づけられたキョウコの最良の決断なのでしょう。

 ですがそのキョウコの救う相手にはその体をさずけた両親が含まれてはいませんでした。


 この世界に転生したキョウコは幼少時に食料も文明も無い貧村の中で死にかけていました。

 そんな時に頭の中で誰かに問われました。

 その体内に蛇竜王を封印したなら死してもすぐに転生できる。

 転生の条件として死ぬ年齢は十五歳まで。

 十六歳になれば蛇竜王は解放され転生はできなくなる。

 キョウコはその提案を受け入れて不死の寿命を手に入れました。


「だからジュエリアは聞きましたわ。あなたに死なれ、愛する子に先立たれた親の心は誰かが救ってくれたのでしょうかと。エンデュミオン様は自分の親だった方々のそのを誰一人としてご存じありませんでしたわ」


 ルーンジュエリアは自分の言葉を聞き悩み始めるエンデュミオンを愚かとしか思えませんでした。

 だからこそお嬢様はキョウコを嫌いになりました。

 お嬢様とて虫の居所があるただの人間なのです。


「だからジュエリアは絶対にあんな奴を許す事ができませんわ」


 そこでお嬢様は気付きます。

 あんな奴とは伯母様の愛息です。


「申し訳ございません、伯母様。伯母様のお心も考慮せずに失礼な事を言ってしまいましたわ」

「いいえ、いいのよ。あなたは私の身になって考えてくれたのでしょう?」


 アバディーナは優しい顔で笑っています。


「でもね、ジュエリアちゃん。親は自分の子が元気ならそれだけでいいのよ。それ以外は何も要らないわ」


 そう。あの子は生きているんだ。幸せに生きているんだ。

 仮初めの姿かもしれません。

 しかしそれは息子が大逆の罪で捕まったあと、数か月ぶりに母が流した喜びの涙でした。

 そんなアバディーナにルーンジュエリアは訊ねます。


「伯母様?ジュエリアにもエンデュミオン様のお墓をお参りさせてください」

「ん。ええ、お願いするわ。あの子も喜んでくれるでしょう」


 墓石前の場所を開けてアバディーナは横に控えます。

 たった今まで伯母が立っていた場所へ移動したお嬢様は冷たそうな白い石を見下ろします。

 やまいに苦しんでいた人々を救ったエンデュミオンの善行ぜんこうは確かに立派な行ないでしょう。

 しかしそれでお母様を泣かせてしまっては何も意味はありませんわ。

 ルーンジュエリアは冷めた目で墓石を見下ろします。

 不意に両腕を上げて胸の先に構えた姪の姿にアバディーナは驚きます。

 そのまま墓石前に立った姪の行動を見続けます。


「ヒョー、ショー、ジョー!」


 お嬢様は大きな声で墓石に語り掛けます。


「あんーーーーたは、えらい!……サンストラック伯爵家第二女ルーンジュエリア・オブ・ハッピーレイ……」


 尻つぼみに小さな声で自分の名前を名乗ったお嬢様はまるで何かを持っているかの如く、見えない何かの上下じょうげを返します。

 そしてそれを墓石に差し出すと体の前で重ねた両手を下ろします。


「……けれどジュエリアは、貴方を絶対に許しませんわ」


 おそらく自分の代わりに息子を叱ってくれているのですね。

 アバディーナはお嬢様の後ろ姿にスカートをつまんで膝を折りました。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 数年の時が流れました。

 サンストラック王都別邸に一人の少女が訪れました。

 グローリアベルと二人で冒険者として武者修行を続けるルーンジュエリアの手紙を持っています。

 その手紙は早馬で本邸のシルバステラに届きました。


「姉様、久し振り。滅多に会いに来れなくてごめんね」

「いいのよ。たまに手紙を書いてくれるだけで嬉しいわ」

「それでこの子が手紙に書いた子供なんだけど、ルーンジュエリアが是非とも姉様の侍女見習いとして雇って欲しいと頼んで来たわ。

 あのバカ娘の事だから何かの意味があるんだろうけど、預かってくれる?」

「いいわよ。

 お嬢ちゃん、私がアバディーナ・オブ・バラレーンスター=フレーザローズよ。お名前を教えてちょうだい?」

「はじめまして奥さま。わたしはセリア・パーク、五歳です。よろしくおねがいいたします」


 年相応よりも随分と賢そうに見えます。

 シルバステラの目には幼少時のルーンジュエリアと比べて勝るとも劣らぬ様にさえ感じます。


「見た目よりしっかりしているわね。その眼帯と右手に巻いてる包帯はなーに?」

「これはルーンジュエリアさまが必ずつけるようにと言われたものです」

「そうなんだ。ステラ。有り難く与かるとルーンジュエリアちゃんに伝えておいてね」

「うん、姉様」


 この少女に与えられたメイド見習いとは仮採用の意味ではありません。

 準メイドの意味です。

 年齢や体の大きさから言ってメイドと同じ仕事はできないだろうと言う意味です。


 アバディーナにはルーンジュエリアの言葉が引っ掛かっていました。

 息子が死んでから五年。

 メイド見習いの少女が生まれ変わりだとしたら年齢的にも一致します。

 何よりも意味なくルーンジュエリアが見ず知らずの少女を自分に紹介する理由が思いつきません。

 左目の眼帯と右手の包帯は死んだ息子を思い出させます。

 彼女にはルーンジュエリアが意味も無くこれをやらせるようには思えません。

 必死になってその意味を考えます。

 執事やメイドたちにも含みおいて少女の様子を見張らせますが特に気になる点はありませんでした。


 ある日アバディーナは秘密の花園に向かいました。

 そこは死んだ息子が自分の野菊好きを知って野原から選別した花が大きく、色合いが綺麗で、花弁数の多い株たちが植えられていました。

 手入れはさすがに庭師であるヤードが行なっています。

 その道を自分に先立って少女が歩いています。

 アバディーナは見つからないように後ろをつけます。


「ふはは、ヤードかな?ちゃんと手入れをしているようだ。ここに居ると心が和むな」


 ウエルス王国には多くの種類の野菊があります。

 ですがその代表と言えば三種類でしょう。

 まずマーガレットと呼ばれる仏蘭西菊です。

 白い大きな花の夏菊です。

 何故、仏蘭西菊なのにマーガレットと呼ばれるのでしょうか?

 理由は簡単です。似たような物は同じ物なのです。


「うむ。札を見る限りでは野菊の選別も手を抜いていない様だ」


 白、赤、青、紫、藤と多彩な色が美しいのは友禅菊です。

 本当の意味で言う赤と青はありませんが、そこそこ大きな花で花弁数もにぎわいます。

 友禅菊はウエルス王国で一番美しい野菊です。


「お好きだったからなー。心安らいでいただけているならそれに越した事は無いのだがな」


 ふと後ろの気配にセリアが気づきました。

 振り返るとアバディーナが立っていました。


「っ!奥さま!」


 セリアは目をそらして言い訳を始めます。


「もうしわけございません、奥さま。道に迷い、きれいな花畑を見つけたので鑑賞しておりました」

「エンデですね?」


 ですがアバディーナはそんな言葉なんかを聞いてはいません。

 母の勘は正解を引き当てています。


「あなたはエンデですね?」

「わたしは……セリアです。それがこの体の母に付けて頂いた名前です」

「この体の母……今のお母さんなの?。それじゃあ以前の体のお母さんに付けて頂いたお名前はなーに?」

「それは……、」


 セリアはうつむいて言葉を詰まらせます。

 アバディーナの涙は止まりません。


「おかえりなさい。そう言ってもいいのよね?ねえ、エンデュミオンよね?」


 この時になってセリアは心を決めました。

 女主人の潤んだ瞳を真正面から見つめます。


「もう五年前になりますか。俺はルーンジュエリアに言われました。子を失った母の心は誰が救うのかと」


 目を閉じて八歳の少女の姿とその成長した姿を交互に思い返します。


「ただいま母上」


 目の前で両膝を突き、小さな体の自分の顔を覗き込むアバディーナの手を握ります。


「悪かった……悪かった母上。今迄の俺は本当に親不孝だった」


 そしてその体を引き寄せるとその肩を両腕で抱き締めました。

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