038 標7話 親友ジェントライト男爵第三令嬢エリスセイラ様ですわ 6


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 扉が開いた先、謁見室の奥に公王陛下と公王妃陛下が腰掛けられています。

 部屋の大きさは幅七メートル、奥行き九メートルと言った所でしょうか?

 その左右には補佐役と思われる男たちが居ます。

 エリスセイラは宰相とか将軍とか、その辺りだと推測します。

 そして左右の壁に六名ずつの騎士。

 身元が分からない少女と謁見するのでしょうからこの護衛の数は当然です。


 更に特筆すべきは両陛下の前に置かれた燭台のように高く小さなテーブルが二脚。

 その少し前方、護衛騎士たちと両陛下の間には横一列に同じ形の六脚のテーブル。

 その全てには赤い小さな座布団が敷かれ、陶器製の丸い球が一個ずつ乗っています。


(うふふ。知らない人には全てが本物に見えると言う訳でございますね。抗魔石が陶器の球に埋められている理由に得心とくしんが行きました)


 ちなみに入手時の真偽確認は簡単です。

 近くに置いて魔法術を起動できなければ本物です。

 抗魔石や対魔石における威力とは効果有効範囲です。

 大きくても小さくても全ての魔法に対して有効であるとされています。

 そしてルーンジュエリアから魔法の手解きを受けているエリスセイラは魔力を目視確認できます。

 不自然に魔力の見えない空間が抗魔石の有効範囲です。

 よく見ると手前六脚のテーブルの、その左端一個だけ周りの空間の魔力がいびつです。


(あらあら、ではあれが対魔石でございますね。これは幸い。ルーンジュエリア様とお話しする話題が見つかりました)


 それにしても、と考えます。


(これでは扉の外より物をシュートで撃ち込まれてお命が終わりではないでございましょうか?ご存じないのでございますね)


 ルーンジュエリアは抗魔石を二個所有しています。

 お嬢様はただ眺めているだけではありません。

 使える物は使ってこそ意味があります。

 リナ様との戦闘で感づいた疑問も全て実験確認しています。


 抗魔石は魔法の起動を妨害します。発動している魔法を終了します。

 対魔石は魔法の効果を終了します。

 ですが両方とも物理法則に置き換わった現象は停止しません。

 弾を飛ばしたのが魔法でも、慣性の法則で飛んでいる弾には効果を及ぼさないのです。


 エリスセイラの知っているルーンジュエリアはごく普通の常識を全く知りません。

 いや、それではかわいそうですね。

 常識に疎い様子が見受けられます。

 しかし魔法術に関してはその評価が変わります。

 常に裏とか抜け道を探しています。

 更なる別の使い方を模索しています。

 大人の常識と子供の常識は異なります。

 大人が知らないだけで子供は知っているのです。

 エリスセイラはそこに最も近い生活をしているのかも知れません。

 大人が知らない当たり前を数多く知っています。


 王子様に続いてエリスセイラは入室します。

 その後ろでは扉が閉じられます。

 扉の陰から現れたのは……、魔力でした。

 姿は見えませんが誰かが居ます。


「アレ?」


 男爵令嬢はうっかり探査魔法を使います。

 幸いな事に気付かれません。

 他人ひとごとながらこれは不味いのではないかと考えます。


(おそらく抗魔石の力を信頼しているのでございましょうが、御前に立つ者が魔法術を使っても気づかないとは。これでは警備や護衛の意味がございません)


 ですがここは公王陛下の御前です。

 無作法な無駄話は遠慮します。


 魔力が漏れ見えているとは言え体を隠す魔法術とは素晴らしいでございます。

 呪文を入手する事が出来たならルーンジュエリア様がさぞお喜びになる事でございましょう。

 ついつい気をそらしてしまいます。

 そんな時に前に立つ王子が跪きます。

 続いて跪くと公王陛下のお言葉がありました。


「バンセー。実に大儀である。さて現状を報告せよ」

「は。公王陛下に措かれましてはご機嫌此れ麗しく甚だ幸いであります」


 内容を耳打ちしていない訳ではありません。

 全て最初から説明する為の立ち合い人たちです。

 ここで真偽を確認して後日の証人ともなるのです。


「立つが良い」


 公王陛下の許しを賜った二人が立ち上がります。

 王子様は訴えます。


「ルゴサワールドの守護神たる太陽神ソラの花祭りなるこの良き日に我が妻とするべき素晴らしい令嬢と出会いました。陛下にはこれを報告するとともに、そのお許しを願い出るものであります」

「うむ。そなたがそれ程迄に心惹かれるものを述べ立てよ」

「は。これなるセイラ嬢は無詠唱でファイヤボールを操りデッドライオン二頭を我が前にて瞬殺、この命を守り通した魔法術の使い手でございます。我が妻として迎い入れるにそれ以上の理由は必要ないと考えます」

「無詠唱?」「馬鹿な」


 両陛下の前に立つ二人が思わず言葉を漏らします。

 無詠唱の魔法術は神の領域と呼ばれているからです。


 さて、王子様の言葉を聞いて青くなるのがエリスセイラです。

 彼女はファイアーボールを使えません。

 王子様たちが耳にした轟音はルーンジュエリアのファイアーボールでしたので説明が分かりづらくになる事を避けたのがまずかったかと反省します。

 王子様はルーンジュエリアがファイアーボールを使えるのだからと、エリスセイラの使ったファイアー+シュートをファイアーボールと勘違いしたようです。

 そして後ろから王子様の背中の裾を引っ張ります。

 違和を感じた王子様は横を向いて囁きます。


「どうなされたセイラ殿」

「申し訳ございません、殿下。殿下のご理解には間違いが含まれています」

「間違い?何処が間違いなのだ?」

「わたくしはファイアーボールを使えません。無詠唱で魔法術を使うなどもってのほかでございます」

「何を言う。現に俺の前で無詠唱のファイヤボールを放ったではないか」

「いえ、それは……」


 王子様の見た魔法術は発動が早すぎました。

 威力が大きすぎました。

 無詠唱のファイヤボールで無いと言うのならばなんだと言うのでしょうか?

 そこを公王陛下にとがめられます。


「どうしたのだバンセー。何を揉めているのだ?」

「いえ陛下、揉める等とその様な、」

「そこな娘、どうした?言うべき事があるなら言うが良い」


 エリスセイラは王子様に確認を取ります。


「殿下、よろしいのでございますか?」

「許しが出ている。直答するが良い」


 意を決して口を開きます。


「公王陛下に申し上げます。わたくしはセイラと申します」

「うむ」

「王子殿下は思い違いをされております。わたくしは無詠唱もファイアーボールも使えません。これだけは心にお止め頂きます様にお願い申し上げます」

「左様だろうな。さては王子の早とちりであろう。気を悪くしないで欲しい」

「もったいないお言葉、ありがとうございます」


 王子様には申し訳ありませんが嘘は付けません。

 エリスセイラはルーンジュエリアに常日頃から言われています。

 辻褄合わせをする事は面倒ですわ。だからジュエリアは嘘を言いませんわ。

 エリスセイラは崇拝するルーンジュエリアの真似をしているだけです。


 驚いたのは王子様です。

 自分が見たものを信じます。

 自分の目を信じます。


「お待ちください父上!」

「バンセー。認めたくない気持ちはわかるが、あまり落胆させるな」

「違います父上!セイラ殿がデッドライオン二頭を瞬殺したのは事実。無詠唱もファイヤボールも使え無いなど有り得ません!」

「殿下、申し訳ございません。あれはファイアーでございます」


 ですがエリスセイラは王子様の間違いを正します。


「ファイヤ。ファイヤとファイヤボールを見間違うなど血迷ったようだな、バンセー」

「お待ちを父上!ファイヤ一発いっぱつでデッドライオンを仕留める等、人の技でできると思われますか!」

「あのー、殿下。後ろのお三人様なら容易くできると思いますが?」

「後ろ?扉に控えている二人の騎士か?」

「いえ、その両横におられる魔力量七百四十九の方と、二百七十七の方と、三百三の方でございます」

「セイラ殿、誰の事だ?」


 少女の言葉を聞いた公王陛下から笑顔が消えました。

 戸惑う王子様を見つめます。

 一度目を瞑ると扉の脇を見て命じます。


「アルフィン、顔を出せ。隠れている意味は無い様じゃ」


 誰もいない壁の前。

 うっすらと現れた何かがやがてはっきりとした人の形を取ります。

 それは美しく線の細い女性でした。

 エルフでございますわ。ルーンジュエリア様がおられればどれ程お喜びになられたでしょう。

 少女はその美しさに目を見張ります。


「アルフィン。居たのか、……」


 王子様が声を掛けます。

 けれどもエルフは答えません。

 じっと少女を見つめます。


「何故分かった?」

「申し訳ございません。ご質問の意味を理解できません」

「何故私が隠れている事が判ったのだと聞いた」


 エルフの顔は笑っていません。

 その声も笑っていません。


「えーとー。やはり隠れていたつもりでございますか?この部屋の扉が閉じられた時から気付いておりました。

 姿を隠した所で魔力を隠されていない様では隠れている意味がございません」


 少女の言葉にエルフは耳を澄まします。

 ぴくぴくと細長い耳が動きます。


「――そうか。では次の質問だ。私の魔力量をどこで知った?」

「ご質問は意味が分かる様にお願い申し上げます」


 エリスセイラは思考の時間を求めて回答を引き延ばします。


「先程貴様は私の魔力量を言い当てた。その数値をどこで知ったのかを教えて欲しい」


 エルフは魔法術にけています。

 そのエルフを構えさせる少女の実力とはいかなるものか?

 室内の全員が二人を見つめます。


「何処で知るも何も貴女様は今わたくしの目の前にお立ちです。貴女様は今貴女様の目の前に立つわたくしを見ていながら、わたくしの魔力量が判らないとでもおっしゃりたいのでございますか?

 わたくしの魔力量は貴女様の遥かに下でございますよ?」


 エルフは目を閉じて尚その言葉を嚙み締めます。

 見た目で判断してはいけない様だ。

 これはエルフの判断であり、室内全員の判断です。


「良く分かった。

 ところで殿下のお言葉によればファイヤでデッドライオンを瞬殺したようだが、その魔法術は見せてもらえるかな?」

「構いません。受けて頂けるのなら今ここでファイアーを飛ばしましてございます」

「今?ここで?ふふ、ふふふふふ」


 これはおかしい。

 少女の言葉にエルフは笑います。

 その瞳も笑顔になります。

 彼女の笑顔はこれが初めてです。


「ふふふ。いや悪い。こちらに不都合はない。やってくれ」

「かしこまりました。それではファイアーをシュートで飛ばします。ジョ、昇る炎よ、灯れ、火よ起きよ」


 エリスセイラは抗魔石の乗った燭台の様に細く高い一本足のテーブルを背中に置いてファイアーの呪文を詠唱します。

 人目があるので短縮呪文は使用しません。

 これに焦ったのが王子様です。

 セイラ殿は抗魔石の存在に気づいておらぬ。恥をかく前に止めなければ。


「待たれよ、セイラ殿!この部屋には抗魔石が設置されている。如何なる魔法術も起動はできぬ!」

「は?対魔石と抗魔石でしたら無効化魔法を起動しましたので支障ございませんが?」


 既にエリスセイラの起動したファイアーは発動しています。

 右手の上には直径五十センチメートルの炎の塊が載っています。

 これにはエルフが叫びます。


「待て!貴様、何をした!」

「大変申し訳ございません。貴女様のご質問は複数の意味に受け取れます。一つに絞れる内容でご質問をして下さると嬉しくございます」

「――分かった。抗魔石があるにもかかわらず魔法術が発動した理由を教えて欲しい」

「この部屋に入った時から抗魔石二個と対魔石一個がある事はうかがい知れました。ですからその効果を一時的に無効化しました」


 説明の都合上、エリスセイラは無効化と言っていますがこれは正しくありません。

 正しくは抗魔石や対魔石があっても発動する魔法術です。

 ですが少女の言葉に室内の全員が震えます。

 抗魔石が無効化できると言う常識はルゴサワールドには存在しません。


「無効化はできる。その数も分かっている、と言う事か?もしや、どれが本物かも判るのか?」

「やり方を知ってさえいればさして難しい事ではございません」

「私の負けだ。ファイヤは終わらせて頂きたい」

「かしこまりました」

「陛下。お目汚しをお詫びいたします」


 エルフの顔は深刻です。

 彼女はルゴサワールド魔法騎士団筆頭上席です。

 ルゴサワールドに彼女を越える魔法術師は存在しません。


「アルフィン、気を悪くするな。お前が無様なようにはとても見えん」

「は、陛下」


 エルフを慰めた公王陛下は第一王子に向き合います。


「許せバンセー。目が曇っておったのは余の方らしい。その令嬢を余に紹介してはくれぬか?」

「は!いえ。既に紹介した以上の事はまだ存じませぬ」

「くくく、それで余の前に連れて来たのか、よほど気がせったと見える」

「お恥ずかしい限りです」


 優しい父の顔が覗きます。


「では娘、セイラだったかな?そなたはヒューマか?」

「はい、公王陛下。わたくしはヒューマです。満八歳になりました」


 家畜やけものは成獣と成り仔を産むのが大変に早い事から数え年が広く使われています。

 それに対してヒューマを初めとする人類は古くは数え年が用いられていた様ですが、現在では満年齢が広く使われています。

 ゼロの概念を持つのが満年齢です。

 数え年を使っていた時代はゼロが知られていなかったと言う事です。


「うむ。歳幼いのは違いないがバンセーの婚約者となるには支障ないな。だがそなたの出自は語ってもらわねばならぬ」

「それは、今すぐには無理でございます。ですがしかる日、しかる時にかなえたく思います」

「良かろう。今日、魔竜掌握の儀は可能か?」

「御意」


 公王陛下は前に控える者へ問い掛けます。

 しかしその内容は勅命です。

 うやうやしい答えが返ってきます。


「セイラ。バンセーの妃となるなら必要な儀式がある。それを受けよ」

「陛下、ありがとうございます!」


 王子様は安堵します。

 公式の場では父の事を陛下と呼ぶ、その余裕が戻ります。

 ですが少女には一つの疑念が湧き出します。


「魔竜掌握?バンセー殿下。それはもしやバチヘビでございますか?」

「おお、セイラ殿はご存じか、それは話が早い。いかにもバチヘビだ」

「お待ちください!わたくしは羊を持ってございません」

「ははははは!何かと思えばそのような事か。案ずるな。羊くらい、この俺が授けよう」


 魔竜掌握の儀とは早い話が度胸試しです。

 羊一匹を喰らった程度で大人しくなる魔獣の前で胆力を試すだけです。

 それはルゴサワールド伝統となる貴族が行なう成人の儀式です。

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