037 標7話 親友ジェントライト男爵第三令嬢エリスセイラ様ですわ 5


 それでは森の脱出です。

 転移魔法で往復すればすぐに終わる話ですが、今はその連れが問題です。

 お嬢様は魔法を使わず、ご親友を立てるつもりです。


「お足元は大丈夫ですか?」

「はい。藪が無くて助かりました。これでしたらどうにかなります」

「土が砂地と言うのが嫌でございますね。こればかりは初めてですので不得手でございます」


 コガンの声にお嬢様と男爵令嬢が答えます。

 二人がまとうのはワンピースのドレスです。

 これは道を歩く衣装で、山や森を歩く服装ではありません。

 ましてや、獣道を歩くには大変な難儀すると思われます。


 ですがお嬢様たちには程い道です。

 時折軽く裾を持ち上げるだけで木々の間を抜けて行きます。

 二人とも生まれた時からの山育ちです。

 平らな森なら何が障害になるでしょう?

 慣れと言うものは恐ろしいものなのです。


「しかし安心しましたな」

「うむ。ファイヤボールを使ったと言うなら、確かにその様な音であった」

「気付く事が遅れ申し訳ございません」

「灯台持ちの足下暗しですわ」

「良い良い。無事此れ名馬だ」


 お嬢様たちは森を出るに当たってテーブルセットの処分を行ないました。

 簡単に説明するとエリスセイラが高威力のファイアー+シュートで吹き飛ばしました。

 王子様達はこの時の爆音で自分たちが聞いた轟音の正体に思い当たったのです。


 やがて森が終わります。

 四人は馬に跨りました。

 お嬢様はコガンの後ろ、エリスセイラは王子様の後ろです。

 程無く巨大な通りに差し掛かります。

 時期は初夏。咲き乱れるルゴサの樹を横目に花見客が行き交います。


「これがブロッサムロードの花見でございますか……」

「えーとー、山椒薔薇?」


 サンショウバラは世界最大の高さを誇るバラの樹です。

 その高さは五メートルを越えます。

 ルーンジュエリアにはルゴサの樹がハマナスではなくてサンショウバラに見えます。

 それ程の大きさです。


 今ルーンジュエリアが見ているバラは高さ七、八メートル、二階建て住宅と同じ高さです。

 そして株立ちではなく、一本立ちで横枝を出した丸い樹形が立ち並んでいます。

 百メートル幅で二列に植えられていますから左右と中央に幅三十メートルの道がある訳ですが、その三十メートルの中央には屋台が並んでいます。

 一体何千軒が並んでいるのでしょうか?

 花見の場所が広すぎて観光客はまばらですが、普通に考えて少なく見ても何万人のレベルです。


 王子様達の馬は中央の車道を王都目指して走ります。

 南門から数キロメートルの所に王宮がありました。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 王子様達に連れられたエリスセイラとルーンジュエリアは一組の扉の前に立ちました。

 この奥は小さいながらも公式な謁見室になっています。

 花見催事の合間に居合わせた公王陛下と公王妃陛下がお待ちだそうです。

 二人のお嬢様に緊張が走ります。

 そんな時コガンがルーンジュエリアに告げました。


「申し訳ございません、ジュエリア殿はここでお待ちください」

「え?ジュエリア様はご一緒ではないのですか?」

「これより先は公王陛下の謁見となります。ジュエリア殿にはその理由がございません」


 尤もな話です。

 本来一国の王子が妻に欲しいと言われれば問答無用でさらわれて、親元へは事後承諾があれば親切な対応であると言うのがこの世界の貴族制度です。

 ですから王子様がまず親を紹介したいと言い出すのは他国の姫か公爵侯爵の姫と同列の扱いなのです。

 故にこの言葉には男爵令嬢がおじけづきます。


「申し訳ございません。それではわたくしも陛下へのお目通りはなりません」

「大丈夫ですわセイラ。セイラならできますわ」

「ジュエリア様……」


 しかしそんなエリスセイラをルーンジュエリアが励まします。


「セイラはいつも言っていましたわ、ジュエリア様ならできる。

 大丈夫ですわ。セイラならきっとできますわ」

「ありがとうございます、ジュエリア様」

「そうだ、セイラ、これを貸しますわ」


 ルーンジュエリアは頭の後ろに両手を回すと首に下げたペンダントを外しました。

 そしてそれをエリスセイラの首に回します。


「わたくし如きに……、よろしいのでございますか?」

「セイラだから貸し与えますわ」

「ありがとうございます。わたくしは頑張ります!」

「良縁が叶う事を期待していますわ」


 そしてお嬢様はご親友を抱きしめます。


「セイラ、今一度念を押しますわ」


 そう言ってお嬢様はエリスセイラの前で人差し指を立てます。


「貴族の女子にとって他家に嫁ぎ、子を生し、実家を盛り立てるが幸せの全てですわ。どうせ独り身で遊び呆けようとした所で自分が持つ常識と良識に邪魔されて何もできませんわ。する為のあれこれも存在しませんわ」


 皆がそう言っているのだからそれが正しいのだろう。

 ウエルス王国周辺の貴族子女はほぼ全員が同じ常識を持っています。

 あえて言うと家族が増える事は一番楽しいゲームなのです。

 だから女子が子を産み育てる事は本人にとって人生最大の楽しみなのです。


 誰かに言われたからではありません。

 他にする事が見つからないのです。

 異世界の記憶を持つルーンジュエリアですら他にする事が無いから、子供を育てる事が最もやりがいのある楽しみだと考えています。

 やりがいのある事はいくつもありますが、文明文化レベルが低い為日常的に楽しめる事と言えば子育ての他は思い付きません。


「それならば建て前を我が意とするのも賢い選択だと信じますわ」

「お心のままに」


 男爵息女は伯爵令嬢へと膝を折ります。

 もう心は決まりました。

 信愛するお嬢様のご期待に沿えるようにとエリスセイラは意気込みます。

 そんな彼女へさわやかでたくましい声が掛けられました。


「セイラ殿、俺が横に居る。安心して任せられよ。」


 王子様も必死です。

 初めて自分の目にかなった御令嬢です。

 必ずや両親を説得すべしと兜の緒を締めます。

 実際には何も被っていません。


「ご存じだろうとは思うが、父上、公王陛下のお言葉があるまでは口を開いてはならぬ。

 もし何かがあるのならば俺に囁き掛けよ。俺の無礼ならばある程度は許される」

「ありがとうございます。ご期待に沿えるように努めます」


 扉番の騎士が中へ声を掛けます。


「バンセー・オブ・ネオクラウン=ルゴサワールド殿下が参られました」

「うむ」「ご入室下さい」


 オープン・セサミ。

 誰も知らない魔法の呪文が唱えられました。



 部屋の中へ消えて行くエリスセイラを眺めながら、微笑み佇むルーンジュエリアにコガンが話し掛けます。

 内容は暇つぶしの方法です。


「ジュエリア殿。廊下で待つのも寂しかろう。部屋を用意する。如何かな?」

「温かいお心遣いを頂き嬉しく思います。せっかくのお申し出ですから受けようと思います。出来ましたらここより近い部屋をお世話頂けますようにお願いいたします」

「ははは、心得た。さあこちらへ」

「はい」


 先に立って歩き始めたコガンの後ろをお嬢様は歩きます。

 セイラなら大丈夫ですわ。戦力的に問題はありませんわ。

 せっかく仲良くなったお友達ですがお嬢様は淋しくなるとか思いません。

 お嬢様は会いたくなればいつでも会いに来れる手段を持っています。


 宮中女官に案内をされたのは客間の一つです。

 あとに続いて扉をはいったお嬢様は右横の壁に掛かった大きな油絵を目に留めます。

 促されたソファーには目もくれずにその絵に近づきます。


「リンダを持つ聖女」


 お嬢様は絵の横に表示されたタイトルを読み上げます。

 それは右手につまんだ赤い花を正面に立つ誰か、今の場合はルーンジュエリアに対して差し出しています。

 その聖女の左右後ろには二人ずつ女性が控え、腰を下げ顔を伏せています。

 屋内の壁に飾られる絵は風景画、肖像画、宗教画の三種類が主に使われています。

 特に宗教画はあがめる神を象徴する何かがえがかれている事で分かりやすくなっていて人気があります。

 リンダと呼ばれる一重の赤い大きな花は太陽神ソラの象徴です。

 ならば聖女の後ろに控えるのは日輪正教の巫女である日巫女ひみこたちに違いありません。

 その絵を鑑賞するお嬢様に宮中女官が解説を始めます。


「その絵の方は我が国ルゴサワールド建国の盾と謳われた初代聖女バオラ一世・ジューンブライド様です」

「初代聖女様ですか。美しい方ですね」

「ご存じの通りバオラ一世様はこの国を建国された初代公王陛下の妹君です。聖女という立場とは裏腹に剣と盾を持ち前線で戦われたとか。ご自分で編み出された数々の魔法術で敵をはふり、それを見た多くの者が日輪正教へ改宗したと伝えられております」

「空の上を今日もソラが輝き行くのは日輪正教の行なう祭祀さいしあってこそ。感謝を忘れた事はありません」

「素晴らしいお心です。わたくしもそれに近づきたいと考えます」


 この世界において太陽は太陽神ソラと同じソラの名前で呼ばれています。

 そして太陽は太陽神ソラであると同時に、太陽神ソラの駆る戦馬車をも意味します。

 その戦馬車が今日も安全に走るのは日輪正教の祭祀さいしで捧げられる生け贄があってこそと考えられています。


わたくしは新たなる神の誕生を願い待つばかりです」

「神の誕生、ですか?」

「うふ。お嬢様はこの辺りのかたではないのですね。日輪正教において主神ソラ様は太陽とお呼びします。ですからこの国で神と言えば普通は聖女様の事になります」


 お嬢様の言葉を耳にした女官は優しく微笑みます。

 そして、何かに気づいたように頭を下げます。

 彼女はコガンからお嬢様についての詮索はしないように言い使っていたのです。


「申し訳ございません、出過ぎた事を申しました」

「いいえ、かまいません。ところで、新たなる神の誕生を待つとはいかなる事ですか?」

「はい。当代の聖女様は数多の恵みを人々に譲り渡しました。ゆえに代替わりの時期を迎えております」


 どうやら現在の聖女は年を重ね、その大任を務める事に支障が出てきたのでしょう。

 お嬢様はそう理解します。


 ウエルス王国は絶対神ヤハーをあがめるだいせいきょうを国教としています。

 貴族であるルーンジュエリアはその信徒の一人です。

 聖女とはいえ人間を神と呼ぶ事をお嬢様は理解、納得できません。

 ですが国が変われば言葉も変わる。その一端であろうと思いを巡らします。


「分かり易い解説をありがとう存じました」

「いえ。それではごゆっくりとおくつろぎください」


 扉の横に控えた女官を背中に感じながら、お嬢様は絵画の鑑賞を続けます。

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