011 標2話 敵は家族と家臣達ですわ 7
一撃目。
ルティアナは床をすべるように左の拳を繰り出します。
それはまるで体がスライドしている様に見えました。
ルティアは達人級ですの?
ルーンジュエリアはまるで自分より強い全てが達人なのかと問われそうな判断を下します。
ですが本人はいくら子供とは言え、自分の目でとらえきれない速さはおかしいと考えます。
右を軸足で飛び込んできたルティアナは、次に左を軸足として身体ごと右の拳を打ち込んで来ます。
腕の長さに木剣の長さを足した間合いでようやく威嚇するルーンジュエリアですが、ルティアナはその剣腹に指を掛けるとそのまま頭上を飛び越えます。
「ふみ?」
ルーンジュエリアはそれに違和感を感じます。
(ルティアの重さを感じませんわ?何を主体とした格闘術なのか分かりませんわ?)
自分が持っている木剣に指を付いて飛び越えた相手の体重を感じなかった。
その事実に戸惑います。
木剣を突いては振り、突いては薙ぎるルーンジュエリアをあざ笑うかのようにルティアナは回転跳躍で躱し続けます。
ルーンジュエリアの持つ木剣のみならず、その腕、肩、頭、そして壁。
触れた物全てを支点にした飛翔はルーンジュエリアを
そして少女の両腕を狙います。
(拙いですわ。腕を絡め上げられたら力の差でジュエリアの負けですわ)
ルティアナの動きはルーンジュエリアと同じく速度重視です。
そして最短距離を取る為には背を見せる事さえためらわない。
これもルーンジュエリアとまったく同じ戦法です。
経験と手足の長さでルーンジュエリアは押されます。
ですがその戦法には疑問も感じます。
(無駄な回転が多すぎますわ。これではジュエリアと同じですわ)
ルーンジュエリアはいつもキサラを初めとする観客に魅せる目的で派手なパフォーマンスを行ないます。
しかしこれは実際の戦闘ではあまり役に立ちません。
逆に相手にすきを見せて自分の不利を招きます。
ルーンジュエリアはこれを理解した上で無駄に大きな動きを足し加えています。
相手も同じ理由かどうかが全てです。
しかしそれ以外には考え付きません。
「ルティアは軽業師ですわ!」
格闘家と言う推測が間違いだと判断します。
「ルーンジュエリアお嬢様はそう思われますか?」
「ですわ」
ルティアナは左の構えを解き、右の構えに切り替えます。
そしてふと考えると構えを解き、キサラを手招きます。
「キサラ。こっち来て」
「はい?わたしですか?」
「ええ、そうよ」
「ちょっとルーンジュエリアお嬢様の方を向いて立っててね」
「ルティアナさん、痛くしないで下さいね」
「その辺りは信じなさい」
ルティアナは右手をキサラの頭の上、左手を左肩に置くと床を蹴って倒立しました。
手を付けたまま反対側に着地するとその反動で再び倒立します。
そのままキサラの頭上でコマのように回ります。
五周ほど回って腕の力だけで飛び上がると二回転を空中で決めて着地します。
これにはルーンジュエリアもキサラも拍手を惜しみません。
「昔取った杵柄で格闘術に転向したのですが何がおかしかったでしょうか?」
杵は脱穀時に使われる大型の木槌です。
臼と呼ばれる大型の器に殻の付いた穀物を入れてこれを杵で突いて殻をはがします。
「大有りですわ。ルティアは勘違いしていますが格闘術は
「ふうむ。キサラはどう思いましたか?」
「ルティアナさんはとても
「それではあたくしとルーンジュエリアお嬢様が闘った場合、どちらが勝つと思います?」
「魔法術抜きならルティアナさんです」
「てーことは魔法術有りならルーンジュエリアお嬢様ですかー」
右手親指はあごの下、左腕は胸の下に置いてルティアナは考えます。
「では、こうしましょう。エルティモテさんの真似をして勝負をお願いいたします、ルーンジュエリアお嬢様」
「ふみ、何をします?」
「普通にやってはつまりません。兎の物真似ではいかがでしょうか?」
「ふみ?主旨が分かりませんわ?」
「特に意味はありませんがエリザリアーナお嬢様が兎をお好きなものですから」
ルティアナの言葉にルーンジュエリアは虚空を見上げます。
「あー、リアナは兎さんが好きですわ」
一つ呟きます。
そして笑顔と共にルティアナの提案を了承します。
深くは考えていません。完全に流れの乗りです。
「いいですわ。そう言うものの方がしこりが残らないと思いますわ」
「ではルーンジュエリアお嬢様。あたくしが先でいいでしょうか?」
「ふみ。お手並み拝見しますわ」
勝負が始まった時に勝敗は決しています。
貴族である主人の家族に対して家臣が勝負事で勝つ訳には行きません。
この勝負で注目すべきははルーンジュエリアが如何に実力で勝つか、この一点です。
ルティアナは片立ち膝にうずくまると、ほとんど足首から下だけの力で飛び上がります。
くるくると回っては最も高い位置で一度ポーズを決めます。
そしてまたくるくると回って下りしゃがみます。
鍛えれば全身がばねになる、そんな言葉が思い出されます。
初め、黙って見ていたルーンジュエリアとキサラはルティアナのポーズが決まる度に拍手を送り始めました。
階段下からはエルティモテ、二階からはエルバトルとガルガントが同じく手をはたきます。
あー、こりゃ駄目だ。
今のルーンジュエリアにとってこの勝負はもはや他人事です。
ジュエリアはルティアの主筋ですわ。無様な真似はできませんわ。
そう思いながらももう一つの本心が右往左往します。
ジュエリアは物語の主人公ではありませんわ。できないものはできませんわ。
ついさっきの自分を罵倒しながら半日程度問い詰めたいとか思います。
演技が終わったルティアナは額の汗をぬぐいながら息を整えます。
まばらながらも拍手は続いています。
ルーンジュエリアもその一人です。
「凄いですわ。あれは誰が見ても兎さんですわ」
「ありがとうございます。ルーンジュエリアお嬢様」
「次はジュエリアの番ですわ。どうしていいのか全く分かりませんわ」
「拝見させていただきます」
「ふみ。踊り場を空けなさい」
ルーンジュエリアは踊り場の中央に立ちました。
上下の階段が観客席です。
家臣の四人が自分を見ています。
ルーンジュエリアは覚悟が決まりません。
こう言う時はあれですわ。誰か一人の為に演技する。ならキサラですわ。
お願い見ててと目で訴えると気の緩んだ表情で微笑んでいたメイドが一瞬で真剣なまなざしになって見つめ返しました。
ジュエリアは兎さんですわ。
メイドの主人は大きく横へ飛びました。
ルティアナの軽業の
ルティアが縦の動きなら、ジュエリアは横の動きですわ。
ルーンジュエリアは中央から右、戻って左、また戻って右へと超高速な反復横跳びを始めます。
やがて中央をすっ飛ばして、踊り場一杯に右へ左へと飛び回り始めました。
一言で踊り場一杯と表現していますが、階段の幅は三メートル、踊り場の幅は六メートルです。
舞踏会などではご婦人たちのスカート幅が広いので廊下も階段も十分な広さを持っています。
兎さんは小さいですわ。
何時もキサラに見せるような大きいパフォーマンスは行ないません。
小さいけれども超高速で飛び回ります。
兎さんは空中殺法を使いませんわ。
あくまでも床の上で左右を行きかいます。
ただしスピード感で魅せる空中アクションは取り入れます。
キサラは飛び回る自分の主人を見続けます。
ルーンジュエリアは楽しそうに右と左を行ったり来たり。
と。それは突然訪れました。
踊り場中央で立ち止まったルーンジュエリアは一度後ろを振り返り、必死の姿で飛び続けます。
アクションにも力が入ります。
飛び回りながらも何故か後ろを気にします。
振り向くたびに加速します。
何かに追われているんですね?
キサラはそれに気が付きます。
横にしか飛んでいないのに前へ向かっている気がする。ああ、着地の度に二、三歩後ろへ後ずさっているんだ。ルーンジュエリアお嬢様も芸が細かいね。
ルティアナも気づきます。
ふと踊り場中央で足を取られたルーンジュエリアが転び掛けます。
「危ない!」
両手にこぶしを握ったキサラが叫びました。
しかしキサラの主人は既に飛び始めています。
けれども、そのすぐ背後まで、何かが迫っています。
一度前へ駆け出したルーンジュエリアは流れる景色から振り落とされるように後転しながら滑ります。
そして全力疾走で走り続けて大ジャンプ。
窮地は免れました。
演技が終わったルーンジュエリアは先程のルティアナ同様に額の汗をぬぐいながら息を整えます。
「キサラ、今のジュエリアはどうでしたか?」
「凄かったです。山門芝居で手に汗を握ったのは初めてです」
キサラは拍手を惜しみません。
「ああ、あれは山門芝居だったのですか。台詞がなくても意外と判るものですね」
ルティアナも手をたたきます。
山門芝居は祭りの出し物などとして演じられる芝居の総称です。
いづれの国でも同じですが人々と煙は高い所に集まります。
唯一なる創造神ヤハーを崇める大聖教会を筆頭にその手の建物も全て山の上であり、山門付近で祭りや市が開かれます。
芝居の質は玉石混合、ピンからキリまであります。
言葉の使い回しとしては三文芝居と同じものと考えて支障ありません。
「ふう。ルティアはジュエリアを通してくれますか?」
「あああ、そう言えばそういう話でしたね。結構面白かったのでルーンジュエリアお嬢様の実力勝利でしょうね」
「けれどかっこ良かったのはルティアですわ。リアナならルティアを選びますわ」
「だそうです、ルティアナさん」
「そこはいいっしょ。あたくしも新しいやり方を覚えたから損は無いし」
ルーンジュエリアは踊り場から階段を上がって二階に足を踏み入れます。
そして立ち並ぶ侍従二名と対峙します。
「では次はエルバトルとガルガントですわ」
「ああ、エルバトルさん、ガルガントさん、ルーンジュエリアお嬢様をシルバステラ奥様のお部屋へお通ししてください」
「ん?いいんですか?」
階下からの声にエルバトルが声を返します。
問われたルティアナはそれに答えます。
「ええ。ルーンジュエリアお嬢様は抗魔石をご自分のお部屋に飾るそうです」
「あー。そう言う事ならどうでもいいですよね」
「みんな。感謝しますわ」
侍従二名の先導で扉の前に到着します。
キサラが部屋の中へと声を掛けます。
「もし。ルーンジュエリアお嬢様です」
「どうぞ、お入りください」
室内ではシルバステラがルーンジュエリアたちを待ち構えていました。
ソファーに腰かけくつろいだ姿のままで入室者に声を投げかけます。
「よ!バカ娘、待っていたよ」
「シルバお母様。抗魔石を頂戴に伺いましたわ」
「いいよ。ただしその前に三つ四つ質問に答えて欲しいね」
「伺いますわ」
ルーンジュエリアはシルバステラが手で勧めるままにソファーへと座りました。
「あたし達は自室での魔法術鍛錬を禁止した。その言いつけを守らなかった理由が知りたい」
「自室だからこそ魔法術の鍛錬をしましたわ。貴族の令嬢が所かまわず倒れ込んでいるのは好ましくないと思っていますわ」
「そもそも、子供が力尽きてぶっ倒れるまで鍛錬をする事が親としては許せないね」
「その辺りは平行線ですから否定も反論もしませんわ」
確信犯は自分の行ないが犯罪であることを確信している訳ではありません。
自分の行ないは罪にならないと確信している人です。
「親としては、子供に説得されたい気持ちもあるんだけどね。ジュエリアならできるんじゃないか?何故しない?」
「お母様達の意見が間違っていないと思うからですわ」
「んー。聡い子を持つと難しいね。親としては子供に甘えて欲しいんだけどね」
「子供に甘えられても、親としての一線は越えられないと思いますわ」
「そりゃそうだ。いいよ。持って行きな」
「感謝いたしますわ」
無罪とは罪にならない事、無実とはそもそもやっていない事です。
もしやっていたとしても。
自分がやってもいないのに、何故やっている前提で話をするのか?
日本人以外だと理解に苦しむようです。
ルーンジュエリアは正しい意味での確信犯です。
抗魔石を探し始めたルーンジュエリアはちょっと悩みます。
目の前のテーブルが位置的に怪しいのですがそれらしいものが見当たりません。
「ふみ?」
ソファーを立ってテーブルの下も覗き込みます。
「キサラ。この部屋の中央はこの机ですわ」
「わたしもそう思います」
「怪しいのはあの陶器ですわ」
「なぜあのような球になっているのでしょうか?」
テーブルの中央には設えた座布団の上に陶器の球が乗っていました。
抗魔石は管理の都合上、陶器の球に組み入れて焼き上げられています。
見た事がない人はほとんど知らない事実です。
シルバステラ達も今回初めて見るまでは全く知りませんでした。
「お母様。この玉の中に抗魔石があると思いますわ。割って中を確認してもよろしいですか?」
「ああいいよ。誰か金槌を持って来て」
「それには及びませんわ」
「ジュエリア様?」
かつての記憶の中に潰せない物を握りつぶす方法がありました。
直径十センチメートル程の丸い陶器の球。
これはもしかしたらあの方法で割れるかも知れませんわ。
ルーンジュエリアの好奇心は膨らみます。
緊張をほぐす為にお嬢様は明るい歌を歌います。
ボールを打つのが野球選手の仕事である。
だったらあの子の恋心にヒットできないのは何故だろうか?
そんな内容の歌詞です。
「ひゅー。やるねえ。まさか素手で握り割るとは思わなかったよ」
立ち
それを見たシルバステラが拍手します。
「お母様は抗魔石をご覧になった事はあります?」
「ん?ないね。初めて見たけど結構きれいな石じゃないかい」
「ジュエリアもそう思いますわ。ではこれは頂いて行きますわ」
濃いピンクの透明な平石。
それが手にした抗魔石の姿です。
縦横五センチメートル、厚さ一センチメートル程。
下に絵でも敷いたらきれいに浮かび上がりそうです。
「ジュエリア。それはどうするんだい?」
「部屋に飾るつもりでしたが、何かもったいないですわ。もう一個と合わせて装飾品を考えてみますわ」
「装飾品?それをかい?」
「ですわ」
きれいな石だからこそただ飾るだけではもったいないとお嬢様は考えます。
何かしらのコーデを目論むルーンジュエリアにシルバステラは呆れます。
「ははははは。あげたんだから好きに使っていいよ。できたら見せてくれよ」
「もちろんですわ。それでは失礼しますわ、お母様」
さて、次の相手はリナ様ですわ。
ルーンジュエリアは一度自室へ戻ります。
戦利品を置いてすぐに新たなる戦場へと向かいます。
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