010 標2話 敵は家族と家臣達ですわ 6


 犯行予告の時間です。

 ルーンジュエリアは屋敷に向かいます。

 覇気高まる主人にキサラは話しかけます。


「ジュエリア様」

「ふみ?」


 時間厳守な訳でもないので、ルーンジュエリアは立ち止まって後ろを向きます。

 笑顔のメイドも立ち止まります。


「こんな事を言ってはいけないとは思うのですが、なんとなく楽しくなってきました」

「楽しい、では詰まりませんわ。キサラをわくわくさせますわ」


 キサラの笑顔は珍しいですわ。

 彼女はいつもすまし顔でたまに微笑む程度です。

 明らかな笑顔なんて滅多に見られるものではありません。

 ルーンジュエリアも自分が笑顔である事に気が付きます。

 自分の力を試すチャンス到来に心から喜んでいる事を悟ります。


「わくわくですか?」

「ですわ。おら、ではキサラに相応しくありませんわ。うち、わくわくししてきたっちゃ。そうキサラに言わせますわ」

「うち、わくわくししてきたっちゃ。そう言わせて頂けます様に期待します」

「ふみ。大船に行ったつもりでうちにまかせるっちゃ」

「成る程。勉強になります」


 もしも誰かが二人の会話を耳にしたなら、どの辺りが勉強になるのか不思議に思う事でしょう。

 主人の趣味や好みを把握する。

 これは家臣、特にメイドにとっては大切な事です。

 ある意味最重要項目です。

 だからこそキサラにとっては勉強になるのです。

 キサラの頭の中では主人であるルーンジュエリアを理解できない事は自分の無能を意味します。


「ところでホークスで最強だとやはりお館様になるのでしょうか?」

「そうとも限りませんわ。うちの騎士団長もかなりできますわ」

「本気で手合わせされたらどちらでしょうね?」

「ふみー。ホークスで武術大会を開くのもいいかもしれませんわ」

「武術大会ですか?」

「誰が一番強いかと言う大会ですわ」

「それは見てみたいですね」

「ふみ!居ましたわ」


 キサラが前を向くと二階へ続く階段の下にエルティモテ・オーランリーバが立っていました。

 第二夫人シルバステラのお付きメイドの二十六歳。

 サンストラック騎士団へ出かけては護身術の鍛錬を続ける武闘派のメイドです。


「一人目はエルティですか?キサラ。十メータ位下がりなさい」

「はい、ジュエリア様。ご武運を」

「ジュエリアは頑張りますわ」


 ルーンジュエリアは前へ進まなければなりません。

 ですが家臣たちを納得させたうえでなければ進む事は叶いません。

 それに対して家臣たちの目的は足止めです。

 通せんぼできればそれで用は足ります。

 ルーンジュエリアの前は操紐術師エルティモテです。

 自分の前へ回り込んだキサラから木剣を受け取ります。


「エルティ。胸をお借りしますわ」

「はい、お嬢様。お貸しするのは構いませんが差し上げるほどはありません。必ずお返しください」

「嫌ですわ。返さなくても支障ないように思えますわ」

「それでは胸をお貸しできません」

「ではどうします?」

「全力で行かせて頂きます!」


 エルティモテは走り寄りながら赤い紐を打って来ました。

 ふみ!これではむちですわ。

 ルーンジュエリアはあせります。

 エルティモテの紐にはおもりがありません。

 ではなぜ打てるのか?ルーンジュエリアは考えます。

 答えは一つ、紐自体が重さを持っている筈です。

 ですがその重さは微少な筈、全力で振り回したら自分の腕がおかしくなります。

 操紐術。これを舐めたら卓球を舐める無知と同レベルですわ。

 きわめて軽い物を扱うからこそ卓越した制御技術を身に付けている。

 ルーンジュエリアはその事を知っています。


 紐を木剣に巻かれる訳にはいきません。

 見かけは子供ですが、大人と力比べで勝てると思うほど子供ではありません。

 紐の先を見定めては木剣で振り払います。


 ルーンジュエリアの剣裁きには大きな特徴があります。

 いかに腕を振り回そうとも剣先の位置が動きません。

 たとえ知識で優ろうとも力技では年長や大人には敵いません。

 それを知り、だからこその一撃狙い。

 剣術において速度が力を抑え込む、突き技の姿勢を崩しません。


 対してエルティモテの紐は自重で乱れ飛びます。

 つまり八方からしか攻撃できません。

 九方目を使えぬ苛立ちがエルティモテの狙いを狂わせます。


「話には聞いていますがやりますね、お嬢様」

「ジュエリアもエルティが手を抜いてくれるようで助かりますわ」

「別に手は抜いていないんですけど、ね!」

「会話の発音で動きを察せられるようではまだまだですわ」

「私がそこまでの達人に見えますか?」

「見えますわ」


 と、ルーンジュエリアは頭を腰下までしゃがみます。

 その頭上をエルティモテの青い紐が横切ります。

 左手に赤い紐、右手には青い紐。

 色分けしているのは自分が紐を見失わないためでしょう。

 恥も外聞もなく最善最良を尽くす姿にルーンジュエリアはわらいます。

 これですわ。こう言う敵を待っていましたわ。


「ちっ!エルバトルが嫌がる筈ですね。何故その歳でそこまで読めるんですか!」

「その理由を見せますわ」


 ルーンジュエリアはエルティモテに背を向けて走り出します。

 驚くキサラの直前、廊下を向かって左から右へ走った速度で壁を斜めに駆け上がります。

 そして天井に足を掛けた瞬間、振り向きざまに逆走します。

 逆さまに走るルーンジュエリアは木剣を振りかぶって打ち下ろします。

 エルティモテはとっさに両手で張った紐で顔面をかばいます。

 反動で床に落ちたルーンジュエリアはエルティモテの足を薙ぎます。

 メイドはこれを飛び込み前転でかわすついでに距離を取ります。


「えっ?その技は奥義南十字星!お嬢様は操紐術も極めていらっしゃるのですか!」

「甘いですわ、エルティ!」


 仁王立ちのルーンジュエリアは剣先に左手を添えて突き技の構えを取ります。

 これで間合いが確保できますわ。

 せっかく距離を確保できたのですからこれを失う訳にはいきません。


「人の考える事は皆同じ。あれ以外の方法で天井を走れると言うのならやって見るがいいですわ」

「では、思いもつかない技で対応いたします」


 お嬢様は魔法を使う気が無いのですね?

 そう判断したエルティモテは引き戻した紐先をそれぞれ両手に持ってスカート両横のポケットへ忍ばせます。

 ルーンジュエリアは知らない事ですが、このポケットは穴が開いていて、内股に手が届きます。

 エルティモテはポケットから手を引き抜くいち動作でルーンジュエリアへ何かを投げます。


「ふみ!投剣ですわ!」


 とっさに剣の腹で二本の短剣を払いますがすぐにそれは引き戻されます。

 短剣の頭に紐が繋がっています。


「まさか、この技を本気で使える時が来るとは考えてもいませんでした、よ!っと」


 エルティモテは再び八方から攻撃します。

 更に今度はおもりとなる短剣が付いています。

 エルティモテの攻撃は九方から展開します。

 エルティモテの紐は見える全てをカバーしています。


「鎖鎌みたいな物ですわ。エルティ。質問してもいいですか?」

「答えたくなるような質問をお嬢様から頂ければ答えます」


 ピンチの中にもチャンスあり。

 ルーンジュエリアはなんとなく気になる事をエルティモテに尋ねます。

 教えてもらえたなら幸いです。


「ふみ。では質問ですわ。紐のよじれで狙いがずれる。その対策は手合わせ中でも行なっていられるものですか?」

「ちっ!」


 どうやらルーンジュエリアの質問はエルティモテを答える気にはしなかったようです。


「なぜそこまでご存じなのです?それは実際にやらなければ分からない筈です」

「ジュエリアは子供ですわ。紐を振り回すとか、やらない訳がありませんわ」

「分かりました。ではこれで決めます、よ!っと」


 エルティモテは短剣を引き寄せて両手に構えます。

 そして宣言しました。


「お嬢様。確かにお嬢様がご指摘されたように紐はよじれが生じます。ですからこうしましょう。もしもお嬢様が私のミスではなくご自分の力だけで私を抜ける事が出来たなら、お嬢様の勝ちです。私はお嬢様を通しましょう。

 いかがいたしますか?お嬢様」


 ルーンジュエリアは目を閉じます。

 それからしばしの瞑想の後で再び目を開けます。


「その勝負、受けますわ!」

「さすがはお嬢様ですねぇ。良いお覚悟です。では、行きます。あーーーあっ、」


 ルーンジュエリアはエルティモテを見つめます。

 奇声を上げて呼吸を整えると矢継ぎ早に短剣を投げつけて来ました。


「たたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたた、」


 投げては引き戻しまた投げつける。

 無数の刃です。

 とても二本だけとは思えません。

 それを見たルーンジュエリアは思います。


(かっこいいですわ。ジュエリアもこの技を身に付けたいですわ)


「たたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたた、」


 しかしルーンジュエリアはこの技を知っていました。

 頭の中に甦る、かつてスピナーだった記憶の中に同じような技があります。

 逆握りでダブルループを上から投げる。

 その変形だろうと推測します。

 ですがこの速度は異常です。

 尋常ならない修練の結果だろうと推測します。


「エルティ、質問ですわ」

「なんでしょうか、お嬢様」


 エルティモテはゆっくりとしたダブルループへ技を変えます。


「その、たたたたたた、と言うのは言わないといけないのですか?」

「言わなくてもできますが、言った方が呼吸が楽になってさばきが早くなりますね」

「ふみ、分かりましたわ」

「では行きますよ。あーーーあっ、」


 一度短剣を両手に握って呼吸を整えると、再び短剣を投げつけて来ました。

 確かに本人の言う通りゆっくりした動きはゆっくりした息遣い、早い動きは早い息遣いが楽の様です。


「たたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたた、」


 さて、この剣幕をどう対処するのか、対策は簡単ですわ。

 単純に短剣を木剣で突き返せば終わりですわ。

 ルーンジュエリアは考えます。

 でもそれは二本同時でなければ意味は無いですわ。

 ただ振り払っただけではすぐに引き戻して投げ付けて来ますわ。

 エルティはそれだけの腕を持っていますわ。

 そう確信します。


 ルーンジュエリアは二段突きで二本の剣先を狙います。

 しかしそう簡単に当たるものではありません。

 先をかすめ、腹を弾いた剣はすぐに引き戻されて飛んできます。

 エルティモテを通り越すだけの時間を稼ぐ為にはやはり突き飛ばす必要があると考えます。


「たたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたた、」

「エルティ、もう一度質問ですわ」

「はい、なんでしょう」

「やはり普通に話をしていても剣を投げ続ける事ができますわ」

「いえ、ちゃんと遅くなっていますよ。お嬢様の目なら見えますよね?」


 ルーンジュエリアは矢継ぎ早に繰り返される短剣のループを見つめます。

 確かに言葉の通りループの速さは遅くなっています。


「お嬢様はこの技の弱点をご存じなんですね。どこで知りました?」

「知っている事とできるかどうかは別の話ですわ」

「ま、そりゃそうですよね。そうでないと私の立場がありません」

「エルティ。五回目を行きますわ」

「はい、分かりました。あーーーあっ!たたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたた、」


 六回目、七回目、ルーンジュエリアの二段突きは芯を外れ続けます。


「たたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたた、」


 八回目、九回目、最初の一撃だけは投げつけられる短剣を突き飛ばせるようになりました。


「やりますね、お嬢様。普通はできないんですけど、ね!たたたたたたたたたたたたたたたたたたたた、」


 次ですわ。次でダッシュですわ。

 一撃必殺は一撃です。二回目はありません。

 その覚悟で剣を撃ちます。


「ちっ!」


 エルティモテの舌打ち直前にルーンジュエリアは駆けだしました。

 剣を引き寄せるエルティモテの気配を背中で感じますが、それを確認している暇など有りません。

 ちょうど真横をすれ違った時に相手の両手が何かをキャッチする気配を感じます。

 ですが追撃はありません。


「負けました、お嬢様」

「ふみ。今回はジュエリアの勝ちですわ」


 ルーンジュエリアは肩で息をします。

 対するメイドは涼しい顔です。

 精神的に疲れましたわ。

 勝者は気が抜けた瞬間に全ての疲れを感じ始めました。


「エルティ。短剣を引き寄せる紐の長さがおかしいですわ。伸びたり縮んだりしましたわ」

「あああれですか。お嬢様には、あれ?分かるでしょうか?ボビンと言う部品を使ってます」

「ふみ!糸巻きですの?」


 ルーンジュエリアは秘密の武器に夢中です。


「糸巻き……、まぁ、そんな感じです」

「剣は?剣は回っていませんですわ!」

「ああ、ボビンに芯棒を通しています」

「摩擦は?摩擦がありますわ!」

「ボビンの内輪に滑る金属を使っています」

「ふみ!銅と鉄ですの?それとも別のですの?」

「ああ、はいはい、剣を見ますか?」


 ルーンジュエリアの食いつきはすごいの一言です。

 エルティモテはたまらず自分の短剣をかざします。


「見ますわ見ますわ見たいですわ」

「えーとまず、ボビンに紐を引っ掛けてこれを巻き取ります」


 エルティモテはボビンに紐を引っ掛けられた短剣を軽く放り投げます。

 そして手首のスナップだけでボビンに紐を巻きつけます。

 紐が巻き付いた短剣はエルティモテの手へ飛び込みます。


「ふみ!紐が巻き付きますわ。もう一度見たいですわ!」

「え?これですか?普通の事ですよ?」

「ジュエリアはやった事が有るから知っていますわ。紐を伸ばした状態から手首だけで巻き取るのはとても難しいですわ!」

「あのー。それができないと操紐術師は名乗れませんよ?」

あとで教えて欲しいですわ!」

「はあ、まあ、隠す事でもないですからいいですよ」

「約束ですわよ、絶対ですわよ、嘘ついたら針千本ですわ!」

「はい、それでは明日にでも」


 二人は小指をからめた腕を振ります。

 そんなルーンジュエリアの頭上から小さな拍手が届きます。

 見上げると踊り場にルティアナが立っていました。


 ルティアナ・グリーンオリーブは家事回りのメイドです。二十二歳。

 住み込みではなく通いの家臣やメイドが少なくないのも大家族が標準であるウエルス王国の生活形式が影響しています。

 結婚前は住み込み、結婚後は通い勤めになります。

 通いの家臣も宿直当番が回る事はよくありますので、相部屋が割り当てられています。

 お付きメイドと異なり家事メイドは定時出勤、定時退勤が比較的容易です。

 どちらを選ぶかは個人の都合も考慮してもらえる場合は数多くあります。


「さすがですね、ルーンジュエリアお嬢様。エルティモテさんが負けるとは思いませんでした」

「勝つ気がないなら負けても不思議はないですわ」


 ルティアナは一つ頷くと踊り場の先から三歩ほど後ろに下がります。

 やはり身分的な立場上、主筋を見下ろす形はよろしくありません。


「ルーンジュエリアお嬢様。お訊ねしてもよろしいでしょうか?」

「ふみ?構わないですわ」

「抗魔石を手に入れてどうされるおつもりでしょうか?」

「お母様達がジュエリアの事を心配してせっかく手に入れた石ですわ。記念にジュエリアの部屋に飾っておきますわ」

「ルーンジュエリアお嬢様のお部屋に飾られるのですか?」

「ですわ」

「それがルーンジュエリアお嬢様のご意思ですか?」

「ですわ」


 ルティアナはそこで一呼吸置きました。

 けれどもその視線はルーンジュエリアを捉えたままです。


「良く分かりました。ですが私も任された仕事ですのでご容赦をお願いいたします」

「ふみ」


 ルーンジュエリア対格闘家ルティアナ。

 ルティアナは左手と左足を身体の前に出して右手と右足は逆に身体で隠しました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る