002 標1話 デスバトル!G消滅作戦ですわ 2


 朝食は家に居る家族全員で行ないます。

 欠員としてはルーンジュエリアの父サンストラック伯爵ポールフリードが王都でお城勤めです。

 久しぶりの休みで帰省していたルーンジュエリアの長兄次兄は朝食前にしゅったつしていました。

 長兄は王都リーザベスの近衛騎士団勤務、次兄は副王都グレートワッツマンの第三騎士団見習いです。

 先王の代に遷都が行なわれた前王都は副王都と呼ばれています。


「お兄様達の次のお帰りはいつですの?」

「二人とも秋だって言っていたわよ。遠征でここに来る事は無いだろうから半年後だって」


 ルーンジュエリアの問いに姉ラララステーラが答えます。

 ウエルス王国の主食は羊肉です。

 主食ですから臭みを持たない、脂身の少ない赤身部分が好まれます。

 今日のソースは乾燥林檎汁で甘味を付けたザリガニです。


「ふみー、寂しいですわ。叔母様の結婚式にも無理ですか?」

「お二人とも後日、ご結婚のお祝いに行くって言われていたわ」


 などと話し込んでいると第一夫人グレースジェニアが声を掛けます。


「ジュエリア。今日はこれから害虫退治をするそうですが、探査魔法で狙った目標にヤを突き立てる事もできるのですか?」

「そう難しい話ではありませんわ。今回は動かない目標を狙う予定です」

「そうですか。それで数はどれ程だと見込んでいますか?」

「千匹以上を予定していますわ」

「待ちなさい!千匹以上を駆除すると言うのですか!」


 サンストラック邸はそれなりに大きな石造りの城です。

 一匹見つけたら三十匹はいると言われるあの害虫が相手では千匹と言う数字もそれ程多くは感じません。

 ルーンジュエリアの言葉のどこに驚く必要があるのか?

 第二夫人シルバステラはこの辺りに不思議を感じます。


「ん?グレース。この屋敷のあれを全部と言うのなら千匹居たって不思議じゃないだろ?」

「ステラ。考えて下さい。ジュエリアはヤで千匹を退治すると言っているのですよ?」

「どこかおかしいかなー?」

「おかしいです」

「何処が?」


 グレースジェニアはシルバステラの問いに答える代わりにお付きメイド長クレアティーヌに訊ねます。


「クレアティーヌ。貴女はヤを千本打てますか?」

「それは、何時間かけて良いのでしょうか?」

「ステラ。そう言う事です」

「ああ分かったよグレース。今のはあたしが悪かった。――探査魔法を使いながらだよなあ。無理だな」


 てんがいったとシルバステラがうなずきます。

 そんな彼女に第三夫人ルージュリアナが質問します。

 ルーンジュエリアの実母である彼女は魔法に付いて詳しくありません。


「ステラ。わたくしには良く分からないのですが、それは難しい事なの?」

「そうだなー。うちで出来るのはグレースだけかな?」

「私だけですね。上の子でもまだ無理でしょう。但し二時間下さい」

「ふみ!二時間でできるとはさすがジェニアお母様ですわ」

「貴女は何分掛けるのですか?」


 グレースジェニアの質問を受けたルーンジュエリアは一度下を向きました。

 そして再び顔を上げると両の手のひらで胸の前の空気を挟んで持ち上げ、それを少し左側へ移動させて置きます。

 母親たちは娘に答える気がない事を理解します。


「それでお母様達にお願いがありますわ。ヤは何処に刺さるか分かりません。何か困った物、いけない物に刺さった場合は補修魔法をお願いしますわ」

「ジュエリア。万が一にも人様にお怪我をさせる事はなりませんよ?」

「大丈夫ですわ、ジュリアナお母様。基本的には探査魔法を使った時点で精査をします。万一はありませんわ」

「バカ娘。千以上もの目標をいちいち調べるのかい?そりゃあ無理だろ?」

「違いますわ。物じゃない物を探すのですわ。やっている事は同じでも人を探すよりも遥かに楽でやすいですわ」

「自信がありそうですね。信用しますよジュエリア」

「ご期待には応えますわ」


 人間の感覚は自分に不要なものを排除することができます。

 例えば人間の耳は聞きたい音だけ聞こえます。

 耳鳴りの正体は体の中を血が流れる音です。

 体内の音は聞こえないのでは無く聞きたくないから聞いていないだけです。

 耳に貝殻を当てて潮の音を聴く。

 これは体内の音を聞く事が出来ないから、一度体外の音に変換して血の流れる音を聞いているのです。

 人間の目も同じです。

 見たくない物はぼやけて見えなくなります。

 四つ葉のクローバーを探す時には四つ葉を探すのではなく、三つ葉では無いものを探します。

 そうすると人間の目は三つ葉がぼやけて見えなくなります。

 ルーンジュエリアはこれを利用して物と人を判別するつもりなのです。


 朝食後の中庭散策を終えたルーンジュエリアは計画実行の準備をします。

 G消滅作戦です!



 ルーンジュエリアはキサラを引き連れて自室へ戻ります。

 いつもなら十時からはグレースジェニアのお付きメイドであるリナ様の座学講義が始まります。

 ですが今日に限っては害虫駆除の為に開始時間が遅れています。

 十時半になる前に全ての駆除を終わらせなければなりません。

 そんなルーンジュエリアにキサラが問い掛けます。


「ジュエリア様。害虫駆除の順番はいかがされますか?」

「ふみ?なんの順番ですか?」

「えーと、一部屋ずつ行なうのですよね?」

「面倒ですわ。一度で終わらせますわ」


 キサラが淹れた紅茶を飲みながらルーンジュエリアが答えます。


「そうなのですか?グレースジェニア奥様のお話だと、一度ではできないから何回かに分ける様に聞こえました」

「お母様は一度では無理ですわ。けれどもヤはジュエリアが作った魔法術です。裏技くらいは用意していますわ」

「裏技ですか?」

「ですわ。例えばジュエリアが作った魔法術はジュエリアには効きませんわ。これは魔法術を編み出す上での基本ですわ」


 こんな時ルーンジュエリアはキサラが本当に魔法にうといのだと実感します。

 しかしそう思いながらも考え直します。

 多くの人は与えられた魔法術を只使うだけですわ。

 その魔法術の真価などどうでも良い事ですわ。

 この考え方自体があっちの世界の常識を持っていなければたどり着けない事も知っています。


「初耳です。ジュエリア様はそんな事もお出来になるのですか?」

「キサラー。対応策が存在しない魔法術を他人に広めるとか、それはまともな人間がやる事ではありませんわ」

「あのー。それでは、ジュエリア様は対応策が無いから皆さんに教えていない魔法術もたくさんお持ちなのですか?」

「それはもちろんで、キサラー。主人の秘密を探ってはいけませんわ。殺されますわよ」


 うっかり答えそうになり、慌ててお茶を濁したお嬢様は再び澄んだお茶を楽しみます。

 茶柱が立っています。

 何か良い事が起こりそうです。


「えっ!あの!ジュエリア様はわたしの命よりも大切な魔法術をお持ちなんですか!」

「キサラの命と引き換える位なら今まで作った全ての魔法術を捨てますわ。けれどもそれはジュエリアだからです。他の方々にとっては人間の命よりも魔法術の方が大切な筈ですわ。それを忘れてはいけませんわ。

 まあ、キサラにジュエリアの事を知られてもなんとも思いませんが、キサラの精神的安定の為にはよしておいた方が良いと思う領分がありますわ」

「申し訳ございません。以後、注意致します」

「気を付けなさい。次をくれるのはジュエリアくらいですわ」


 絶対的な身分社会でも合理的な理由は必要です。

 しかしそれは命と安全が必ずしも保証される事ではありません。

 人間の自由と人格は数多くの規制で縛られていて、それは貴族であっても免れられる事であるとは限りません。

 士農工商と同時代的くらいの不自由は普通にあります。


「では行きますわ」

「はい。こちらがエルティモテさんから頂いた揃えた毛先の切れ端です」

「ふみ。アレ?」


 ルーンジュエリアは探査魔法の短縮呪文を詠唱します。

 そして狙いを付けると害虫目掛けて髪の毛の矢を飛ばします。


「ヤ‼︎」


 角盆の上に載せられた白い皿から髪の毛の切れ端が半分ほど減りました。


「終わりましたわ。アレ?」

「本当に一瞬ですね。取りこぼしは無しですか?」

「ふみー。無いとはー、思いますけどー、まあ大体は終わりですわ。二匹や三匹取りこぼした所で大きな問題はありません。アレ?」

「どうかされましたか?」

「ヤ。なんか四匹いますわ。アレ?」

「四匹くらいなら大丈夫ではありませんか?」

「ふみ。ジュエリアもー、そう思うんですがー、ヤ!刺さっている筈なんですがー、なんで動いてますの?アレ?」


 昆虫の大きさを考えると髪の毛製のコロニーで十分に行動力を奪う事が可能である。

 ルーンジュエリアはそう考えていました。

 しかしその判断は誤りだったようです。

 お嬢様の探査魔法は今も自由に動き回る四匹の存在を認識しています。


「やっぱり虫は強いですわ。コロニーが刺さっても動いている虫が居るとは思いませんでしたわ」

「確認に行きますか?」

「そーですわね。午後の鍛錬のあとにでも行きますわ」


 もうすぐ座学の時間です。

 ルーンジュエリアは害虫駆除の続きを後回しにしました。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「こちらですか?」

「ふみ。あー、最初は右側の手前の部屋ですわ」


 ルーンジュエリアは調理場の奥にある階段をくだります。

 そして地下にある作業場へと向かいます。

 地下階とは言ってもその実態は半地下です。

 高さ四メートル程の天井があり、壁の高い所には明り取りの窓が付いています。

 この為サンストラック邸の一階は高床式です。

 地下階のほか、一階二階三階は天井の高さが六メートルです。

 屋根裏である四階五階ですら天井の高さは三メートルあります。


 キサラはルーンジュエリアが出した魔法術のトーチを右手のひらに載せて先を歩きます。

 ルーンジュエリア自身は先導するキサラの左腰横にトーチを浮かべています。

 そして一つの部屋の前で立ち止まります。

 キサラが扉を開けるとそこは物置でした。

 とても食べる物があるようには見えません。


「あのー。このような所に虫が居るのですか?食べ物が無いと思うのですが?」

「虫は体が小さいから大丈夫ですわ。石壁が湿気っていれば水は飲める。カビが生えれば土ができる。苔を食べる小さな虫を大きな虫が食べる。

 キサラはいちミルメータのリンリンムシが三サンチに大きくなる事を知っていますわ。つまり石と水が在れば食物連鎖は成り立つのですわ」


 キサラはそこでようやく相手が虫である事に気が付きます。

 動物ですらないのです。

 人間から見ると土やゴミの様な物を食べても生きながらえる事ができます。


 人間が生きながらえるには食べ物の存在が重要です。

 だから食べ物が無いと生き物は生きていけない、そう考えてしまいます。

 しかしこれは温血動物の話です。

 温血動物は体温を保つ事にエネルギーの多くを使っているのです。

 この必要がない冷血動物は極めて小食で済みます。


「人や動物ではなく虫ですもんね。理解して納得できます」

「ふみ?動物も大丈夫ですわ。ねずみくらいならいるのが当たり前ですわ」

「え?そうなのですか?」

「まあいいですわ。目的である虫探しをしましょ。アレ?」

「いますか?」

「そこですわ」


 ルーンジュエリアは壁際に積まれた荷物の陰を指さします。

 トーチで照らして目をらすと石壁に羽がある大きな虫が貼り付いていました。

 あまりの大きさにルーンジュエリアは後ずさります。


「うっ。ヘビトンボ?」

「なんですか?それは」

「川岸の虫ですわ。でも似ていますがたぶん違いますわ。あれはもっとかなり小さいですわ」


 蛾と蝶の違い、トンボとイトトンボの違い。

 両者とも羽のたたみ方が違います。

 今ルーンジュエリアの目の前にいる大きな虫はヘビトンボによく似ています。

 ですが羽のたたみ方が違います。

 ヘビトンボは幼虫時代の頭部を残したトビケラと言う姿です。

 しかし目の前にいる巨大な虫は羽のたたみ方が普通のトンボにしか見えません。

 言うなれば巨大なゴキブリトンボです。

 これだからファンタジー世界は嫌いですわ。

 ルーンジュエリアは心の中で苦情をのたまいます。


「この大きさではヤが突き刺さっていても動けますわね。ジュエリアの知る史上最大の昆虫ですわ」


 確かに目を凝らすと腹部に細い棒が突き刺さっています。

 けれども、それと同時に羽の破れも確認できます。

 力技で無理やりばたいたのでしょう。

 この世界にはこれより大きな昆虫がいるのかなーとか考えます。

 たぶんいますわよねーと諦めます。

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