初陣

 次から次へと事件が起きるなあ。太宰くんとお仕事出来ないし。事件の度、絶対に太宰くんは森先生から、指揮を執って、って云われる。そして私はお留守番。

「母様、大佐も行くの?」

「マフィアの総力を以て潰しに掛かるそうじゃ」

 お出掛けのお仕度をする母様の横で、私も背広に着替えた。母様の夜叉が、短刀を持ってきてくれて、洋袴の腰元に差した。

「夜叉、飴ちゃんも頂戴?」

「要らぬ。一つ口に入れておれば善い」

 怖いけど、わんちゃんは連れてけないでしょ?だから飴ちゃんなの。ころころ舐めてれば、甘くて、怖いのも忘れちゃうから。

「今回は異能を遣いやれ。その小さな刃では勝てぬ」

「じゃあ、大きいの使う」母様と夜叉と同じ刀なら勝てるかな。

「自分の異能を恐れるな。その力も卯羅自身じゃ。そなたは闇の花の権化。憩う場所を見間違うては、咲くものも咲かぬ」

 飴ちゃんは林檎味。

 車に乗って、目的地。線路沿いの大きな空き地。その周囲の林に母様は陣を張った。

「母様、こんな所で善いの?」

「格好の場所じゃ。私らは身を隠し、相手を狙う事ができる。そなたの異能も紛れるであろう?」

「そうだ。戦いは地の利を得た物が勝つ」母様の少し後ろには大佐が居た。「新首領殿の丁稚は初陣か?」

「です!」

 これから戦いが始まるんだ。そう思ったら、急に身体が固くなってきて、嫌だな。もしかしたらもう太宰くんに会えないのかな。

 この作戦が始まる少し前。太宰くんにしては珍しく、時間がないからって慌てて、母様と稽古をしている私の所に来た。

「どうしたの?怪我したの?」何も答えてはくれなくて、ただ、抱き締められた。

 そんな事初めてだし───私が太宰くんに抱き付いて嫌がられる事はあるけど───どうして善いか解らなくて、彼の頭を撫でた。

「生きて戻ってきて」

「私は太宰くんが居る処に居るよ?」

 だから卯羅なんだね。そう云って、唇に指を添えて───

「太宰、それ以上は貴様の馘首を跳ねるようじゃ」

「姐さん、卯羅を宜しく。この子、甘えん坊の怖がりだから。あとはそうだな……妙な切換器スイッチが入ると、止まらなくなるから気を付けてくださいね」

 それだけの御別れ。

 思い返していたら、母様が震える私の手を握ってくれた。

「初めのうちだけじゃ。慣れればどうと云うことは無い」

 列車の音が聞こえる。

 それから銃声と、物体が崩壊する音。

「始まったか」

「卯羅、先ずは下がっておれ。大佐殿、娘に生き延び方を指南しておくんなまし」

 母様はそういうと、夜叉に今しがた目の前で引き抜かれた樹を、刻むように命じた。「うちの坊主を勝手に引き抜くとは勝ってな兄上じゃ」

 その敵は、なんとなく中也さんに似ていて、中也さんに似ていなかった。

「卯の字、この辺りに花を咲かせてみよ」

「能力名『道化の花』!」咲いたのは大飛燕草。その地面を大佐が異能で投げ飛ばすように、地面ごと揺り動かす。

 もっと咲かせなきゃ。

 どうやるんだっけ。

 あの時のお花。

「卯羅や、そなたは何を護りたいのじゃ?」

母様が問うた。反射的に思い出したのは

『だから卯羅なんだね』

 太宰くん。

 一番最初に浮かんだのは彼だった。

 この異能が無ければ彼と出逢えなかった。だからこの力で彼を護る。

 帰ってこられる様に。

 もじゃもじゃの花が咲いて、周りの空気が割れた。桃みたいに綺麗な色。

「夾竹桃かのう。優美な色合いよ」

 罠引屋のお兄ちゃんが近くに穴を開けてくれて、そこに周りに浮かぶ花を注ぐ。それは中也さんのお兄さんに敵意を示す。

 次々に咲かせ、母様と大佐を援護する。

「卯羅、樹木は出来るか?」

「やってみる!」

 色んな種類の花木を。夢中で咲かせて。戦闘はマフィアの一方的な攻勢で終わるかと思った。

 突如出現した黒い衝撃波に襲われる迄は。

「伏せろ!」

「母様!」

 間に合うかな。母様の前に紅弁慶の垣根。大佐にグッと頭を押され、上手く咲かせられなかった。大佐も地を動かして壁を作ってくれた。

「よくやった」

「だって、皆で居たいもん……」

 また独りは嫌だから。

 なんか、太宰くんの声が聞こえる気がする。

 中也さんと云い争って、広津さんも居て……無事だ。無事だね。善かった。

 急に安心したら、眠くなってきた。まだ戦いの最中なのに。でも茨に囲まれた眠り姫は王子様が迎えに来てくれた。

 だから……

「戦闘中に寝る奴があるか」

「母様、眠いの。私ね、先生の処に居た時みたいに眠いの」

 母様がぺちぺちと頬を叩いてくれる。それでも眠くて、どうにもならない。

「……こんな時に何じゃ小僧」

 耳に填めた無線機を母様が私に付けた。『やあ眠り姫。残念だけど、起こしには行けそうに無い』

「太宰くん?居るの?」声が聞けたのが嬉しくて、重怠い身体を少しだけ起こした。

『君が居るところから随分と離れた所だけど。あともう一踏ん張り出来るかい?』

「んー……」試しに地面を触ってみた。黄色い薔薇が咲いた。「出来る」

『よく云った。姐さんや大佐には頼らず、自分の異能を頼るんだ。他の構成員達が、目の前の黒い物体に砲撃をしているのが見えるかい?』

「見える」閃光と銃声と悲鳴と。それから禍々しい西洋龍の様な、黒い何か。「あれを倒すの?」

『注意を引き付けるんだ。そして姐さんと大佐は撤退するように伝えて』

「私、独り?」

 冷や汗が背中を伝った。

 独りでこの場に残り、戦う。

『僕が居る』凄く優しい声で太宰くんが云った。『僕が居るから』

「母様、大佐、撤退の準備をして。私は太宰くんの部下として残る」

「あい解った」

 母様はぎゅっと強く抱き締めてくれた。

 出来るかな。

 出来なきゃ駄目ね。

「能力名『道化の花』」もう一度異能を呼び出す。「『饗応夫人』」

 先生がくれたお名前。私の花はもてなしの花だから。目の前の貴方への手向けの花。

 季節外れの桜吹雪。銃撃に混ざって降り注ぐ。地を這う蔓日々草で足を繋ぎ止められるかな。

 ただ周囲を見回しながら手当たり次第に攻撃してくるそれ。此方に顔を向けたと思ったら、反対側へ。後ろを見たと思ったら、此方に。避けて攻撃して、何とか防いで。

 もう一つ、ぐにゃぐにゃした塊が現れた。

『卯羅、もう善い。安全な場所に居てくれ』

「よう踏ん張ったな!」太宰くんの所在を訊こうとしたら、地面が滑り台みたいに、するん。私はころころ転がって、大佐の丸太の様な腕に抱えられた。急いで車に乗り込んで、本部に戻る。外からは大きな衝撃音と昼間と見間違うような光線。

 自分が何に属したのか、漸く理解した気がした。

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