SCRAP

ウタ

 SCRAP 1-1

 鳥の声の代わりに、銃声で迎えるような朝ではあるけれど、目が覚めないよりはよっぽどいい。


 遠くの悲鳴に耳を澄ませる。見えない悲劇に目を凝らす。


 ぼくは生きているのだと実感できるから。


 冷たい銃器が心地よく、いつからかその引き金を引くことに躊躇いを覚えなくなった。生きたままの感染者は撃ちにくいというぼくの唯一の悩みもとうに消え去った。戦場では悩んでいる暇なんてないのだから消えて当然だ。みんな同じ壁を乗り越えて大人になっていく。そうして生き残った人たちがぼくらのような少年に生きる術を教えこむ。


 そう、たとえば、足を鳴らす方法。





「その靴どうするの?」


「履くんだよ。きみは靴を被るの?」


 ぼくがそう答えると、問いかけてきた少女は首を横に振った。


「他人の靴を履いたりもしないけど」


「大丈夫。この感染者はもう死んでいる。完全に生命活動が停止していればウイルスは体外には出ない。常識だろ?」


 したがって、彼の靴に危険はない。ぼくはそう言って、見知らぬ少女からの視線を避けるように、背を向けてその靴を履いた。紐はないけれどまあまあな履き心地だ。表面についた真っ白な砂を手で払う。穴のあいた自分の靴はそのままそこに捨てていくことにした。


 支給品は限られている。満足のいくものがいつも与えられるわけではない。踵の潰れた靴、穴のあいた靴、そんなものではいざという時に走れない。そう語るぼくに、少女は「足はあるじゃない」と呆れた視線を投げかけてくる。そんな少女の足元は裸足だった。そして、手には一羽の小鳥。水をすくうかのように小鳥をその手の中に横たわらせている。


 やけに乾いた風が、ぼくたちの足元を駆け抜ける。砂が宙に舞う。ざらざらとした手触りの舗道に、ひび割れた壁の建物。地上の景色は全体的に白い。それから、高すぎる空。この空さえもくすんだ青色で、町に色を落としてくれない。向かい合うぼくらの間には、敵である感染者の死体。無意味な電柱から垂れ落ちる無数の電線がその死体の肩にかかっている。なにもかもが死にかけているようなこの場所で、裸足の少女だけが妙に生々しく見えた。


 この町を陥とした時、上官から停戦命令が出たことが伝えられた。しかし、まだ帰還命令が出ていない為、ぼくらはこのだだっぴろいゴーストタウンに逗留している。そのあいだ、誰も見なかった。敵以外は。


「きみ、今までどこにいたの?」


 少女が体を揺らす。くるりと辺りを見回すようにして、それから西の方を向いてぴたりと止まった。


「あっち」


 少女が指し示す先には、この世界に似つかわしくない森が広がっていた。町はこんなにも乾いているのに、常に湿った土が放つ匂いが嫌いで、ぼくはあまり近寄らない。それに。


「あっちは地雷原だ」


 森に仕掛けられたいくつもの地雷。すでに何人かが吹き飛ばされたと聞いている。


「地雷? あの森に?」


 少女が笑う。さっきよりもよほど呆れた様子で。


「そうだよ」


「そんなものないよ」


「ある。指揮官がそう言っていた」


「だからこんな場所に留まっている?」


 少女の視線がこちらに流される。まるで馬鹿な子供を見るかのようだ。


「違う。停戦命令が出たから」


「それも指揮官が?」


「言っていた」


 長い髪が少女の顔を撫でる。今度の風は湿っている。森の方から吹いてきたからだ。


「誰と戦争していたの?」


「感染者たちだよ。決まっているだろ?」


 ぼくは、裸足になった感染者に目をやる。さっきまでぼくの足にはまっていた靴が、その傍らに添えられていた。彼と同じく、体の中心にぽっかりと穴をあけて。


「その感染者たちを、きみたちはどうやって見分けているの?」


「一目瞭然だろ? 顔を見れば分かる。『ぼくら』とはまったく違うのに」


 『ぼくら』にはこの少女も含まれている。瞳の大きさも、鼻の形も、そして、砂埃で汚れてはいるが、その肌の色こそが感染者ではないことを表している。

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