第8話:トルキン三聖剣




 トルキンの保有する機械化部隊アスタロス・オーダー……?


 ……。

 確かに、敵意や害意は全くもって存在しない。

 主であろうニーアクルスさんもだ。

 ロシェロさんの緊張感が欠片もないというのも加点の評価対象―――あくびしてる。 



「では、諸々の自己紹介も済んだことです。落ち着いて話せる場所へ参りましょうか。昨晩の件、そして依頼の件。ゆっくりと話し合いましょう?」

「……えぇ。突然申し訳ありませんでした」

「「すみませんでした」」



 謝罪、大事。

 この場で先に敵意を見せたのはこちらなのだから、誠意をも見せるべきだ。

 小さいのにランナ様の雰囲気は支配者のソレだね。


 やがて、僕達を取り囲むようにして進み始める機兵ら。

 適切な距離感は、完全に護衛。

 けど、ここ最近の出来事として機兵にいい思い出があまりないせいで違和感が。


 ………。

 思えば、外には守衛のような人たちがいたけど、内部には人影が殆どない。

 大体が機兵に取って代わられてるの?

 


「―――はぁ……。マジでビビらせないでくれよ」

「怖かったですぅ……。どうしていきなりあんな雰囲気に……」



 シン君とフィリアさんが一番そんな役回りだったろうね、確かに。

 板挟みってやつだ。

 けど、後者はともかく。



「思ったんだが、シンクさんや」

「ん?」

「うん。自然な帰結なんだけどさ。昨日の件に一枚噛んでたりしない?」

「………まぁ」

「おうこるぁ!」

「仲間だと思ってたのに、残念です」



 明らかな歯切れの悪さ……、少なくとも完全に知らなかったわけではなさそうで。

 ある意味冷静過ぎたっていうのもあるかな。


 これは揉みくちゃの刑だ。



「なーんだ。友達かって聞いたときにしらばっくれちゃってさ」

「何かしら試させてもらうとは聞いてただけだ。まさか夜間襲撃なんて、俺も聞いてねぇ」

「―――あの? 襲撃……って、なんのことですか? 皆さん」

「それよ、それ」



 シン君とは反対に、恐らく何も知らないであろうフィリアさん向けに、春香が機兵の一部……胴部が大きく切り裂かれた個体、腕を飛ばされている個体などを指差して説明する。



「んで、昨日の夜に襲われたの。そっち三人が。あれ、抵抗跡」

「―――……ランナ様?」

「ふぇぇ……。ち、違うの……夫が勝手に……」

「むうッ!?」



 姉に怒られている妹にすら見えるね、実際はまるで異なるわけだけど。

 というか都合の悪い時に幼児化してないかな。



「……う、うむ。危険な手段であったと認識している。言い逃れも、否定もない。全て話した後で―――それさえも言い訳になるであろうから、なんなら先に殴ってくれても構わないが……どうだ?」

「どうって……どない?」

「「ノー」」



 首を振る。

 どう? って聞かれても、この状況で殴った時点で勇者失格じゃないかな。

 最悪牢屋行きな気もする。


 何か理由があるんだよね?


  

「けどさ……見れば見る程グロリアの残骸再編みたいだねー」

「そうだ。雛型と言える。古代の遺跡から出土した機兵を基に、幾つもの起動実験を経て生まれたのがこれらだ。だが、真なる始まりは……それも含め、後程な」



「―――時に、勇者サイオンジ」

「はい?」

「良い武器を持っているな。見せてもらっても?」

「……えぇ」



 不意にニーアクルスさんが美緒に言葉を振り。

 ほんの僅かな逡巡の後、警戒もそこそこに手渡された刀をジッと見つめ……。



「地属性最上位魔術……”壁立千仞”」

「!」

「成程、風の聖剣―――シュトゥルムか」


 

 刻印された魔術の種類が分かるの!?

 それも、一瞬で……武器の銘まで。



「シュトゥルムって……あの二輪刀か!? 俺も……!」

「ちょっ、ステイシン君。―――凄いですね、一瞬で分かっちゃうなんて」

「えぇ、ニーアクルスさまは本当に凄い方なんです! 刻印も一目で分かっちゃいますし、複数の属性の上位魔術刻印を行えるんですよ!」

「「すご!?」」



「確かに……我が夫は世界一の調律師ですよ」

「完全には否定できませんねー」



 或いは、確かにそうなのかもしれない。

 少なくとも大陸に同じ事が出来る人は……。

 


「上位魔術を刻印できる人自体、世界に何人もいないとは聞いてます。それを複数属性となると……」

「本当に聞いたこと無いね」



 それこそ、伝説上の人物レベル。

 本当に凄い刻印調律師なんだ……!


 口々に言紡がれる賞賛の言葉に、彼は得意げにくるくると銀の腕、その掌を回転させる。

 ……正直凄く良いと思う。

 僕もやってみたいけど、その為に腕を切り落とすのはノーセンキュ。


 どうしてそうなるに至ったのか気になるけど、尋ねるのもって感じで……。



「ふむ―――気になるか?」

「「……………」」



 どうやら康太も同じだったらしい。

 あとシン君も。

 流石男の子、分かってくれる。



「古代遺跡の探求が趣味でな。この国にも複数存在している。これもその時のモノだ。少し……ヘマをな。興味と機会があれば、それも話そう……。着いたぞ」



 やがて、辿り着いたのはバルコニー……まさしく空中庭園。

 広々と、しかしシンプルなそこには、大きな長卓と椅子のみがあり。

 ここまでの高度となると、雲海が周囲を取り巻いていて、青々とした空が真横へ何処までも広がり。

 世界樹の頂上部からは、都市の景色を一望できる。

 


「凄い……」

「雲張ってるじゃん……たっかぁぁ」

「座ってお話ししましょう? 荷物の類も置いてくれて構いませんよ、皆さん」

「いや置けって……うぁい!?」

「「……!」」



 あるのはテーブルと椅子だけ……何処に置く?

 ランナ様の言葉にどうするかと首を捻る中、不意に後ろからちょんちょんとうなじを触られ、思わず振り返る。

 ……殺気が感じられなかったからだろう。

 まるで反応できなかったのは良いとして、視線の先にあるのは……枝、葉っぱ。

 末端とも言える細いソレが、樹木から何メートルも伸びてきている。

 


「―――ぁ……、良いの? ……うそぉ」



 どうしてか、それらが何をしようとしていたのかが分かって荷物を差し出すと……ほか数本の枝がこちらにフニフニと近付いて来て、荷物を引き取ってくれる。

 


「えぇ、有り難うございます」

「うむ。助かる」

「どうもですー」



「マジかよ……」

「なにそれぇ……」

「メルヘンです……」



 お城に住みたい、お姫様になりたい。

 男の子が勇者やら回転する掌やらに憧れるように、女の子の憧れるファンタジーの一つ、自然とお友達。

 本当のこの目の前の状態のままでお友達……、憧れてしかるべきだ。



「驚きますよね……! 世界樹クレアールが持つ意思そのものと、情報の疎通ができるんです。ランナさまが世界樹の御子と呼ばれる所以ですよ!」



 本当に世界樹そのものに意思があるってコト。

 何処までもエルフチック―――いや、ドワーフなんだけど。


 本当に、凄い……。



「―――では。改めて先の件を謝罪させてもらおう。あれらを差し向けた事、本当にすまなかった。私自身は何ら地位がある訳でもない、只のドワーフだが。機兵を調整する技師として、詫びる」



 彼は、誠意をもって謝罪してくれているようだった。

 ランナさまもそれを止める様子はない。


 それより……今気になるのは、世界樹の枝だ。

 時折悪戯するようにフニフニ近付いて来てはちょんちょんして帰っていくし、対面のニーアクルスさんなどはずっと顎髭をさわさわされてる。


 今に編み込みすら始まる―――どういう状況なの?

 


「えっと……、謝罪は受け取りました」

「本当に申し訳なく思っているってのは伝わりましたし……嘘もないみたいですし」

「理由の方も、いいすか?」

「無論だ。……だが、こうして直接会えたことで確信した。君たちならば……っと。飲んでくれ」



 何故か顎髭が三つ編みになっている彼に勧められ「頂きます」……と。

 機兵が運んできたお茶に皆が口を付け、話が一度とまり。 



「ほぅぅ……。―――皆さんは、トルキン三聖剣というものをご存じですか?」



 一呼吸、一息。

 最初に発言したのは、地の聖女様だった。


 それは……知ってるね。

 けど、あくまで単語だけはという感じだ。

 英雄譚や探索記など、その言葉は多くの文献に名を残している。


 けれど、この世界の人々が六大神を知っていて、その上で神の名前を知っている人自体は意外なほどに多くないのと同じ……「三聖剣」を知っていても、僕達はソレが真にどういうものであるのかは知らない。


 あくまで、名の知れた伝説の一つという認識で。


 

「ミオさまの所持している刀剣―――皆さんは聖者に準え、二輪刀、と呼んでいるのかもしれませんが。シュトゥルムもまた、トルキン三聖剣が一振り」



 ……。

 少し驚きはしたけど、確かにその来歴を思い返してみれば不自然ではないね。

 折れてもすぐに直り、自由自在な長さで無限に刃を生成し続ける……美緒のそれは間違いなく一つの剣の究極……聖剣と呼ぶべき伝説の刀だ。



「そして……」



「ふへ?」



 けど、真に驚きがあったのはその後だった。

 ランナ様、ニーアクルスさん、シン君とフィリアちゃん……僕達以外の全員の視線が春香に注がれた。

 


「え? なん……です?」

「わが国で―――初代地の聖女ロンディ・ラティス・トルキンが鍛造した聖剣は、世界中に存在しますが。中でも精霊を宿したとまで呼ばれた、最上位魔術を封した三振り。それが、三聖剣」



 龍の弟子として、そして初代地の聖女として生きた女王。

 女性でありながら伝説の鍛冶師であったドワーフの打ち上げた聖剣。


 その一振り、地の聖女の最高傑作であった刀は、親友であった風の聖女へと。

 また一振りを、水の聖女のプリエールへ。


 そして、最後の一振りもまた。

 

 この国で生まれたそれらは全てが国外へ。

 結果として、現在この国に真なる聖剣と言うべき武装は存在していない。



「最後の一振り。それは、先王の偉業を讃えるという名目のもと、火の聖女のクロウンスへ。紅の刀身を持つ、大いなる竜王の現身。……焔刃イグニス」

「「……!」」



 紅の刀身。

 しかも、クロウンスへ……って。



「こ、これぇ……、あのぉ……?」



 今更ながらに震えるのは春香の手。

 鞘から引き出されたソレは、間違いなく語られた特徴と一致している。



「だって―――果物の皮剥いたりお肉調理したり……」



 ガタと椅子から転がるニーアさんと、困惑と高揚がせめぎ合うように口元を抑えるランナ様。

 シン君も呆れた表情。

 唯一フィリアさんが目を輝かせている。



「おま……伝説の聖剣を……皮むきって」

「だってぇ! 凄い切れ味良いし、綺麗だし……!」

「平和的で良いです! 流石は春香ちゃんです!」

「「さすハル」」

「さすハルなしィ! ばか!」 



 人にはさんざん言うくせに。



「うふふふ……、成程。まこと、フィリアさんが話していた通りの女の子なのですね。その短剣は、素材の全てが竜種の王。邪眼竜ローヴォイドの逆鱗と真牙から作られたものです」



 邪眼竜。

 残存する歴史上で、最も長く生きたとされる竜種だ。

 突然発生した龍種の特異個体として幾つもの国を滅ぼし、古の大戦時にクロウンス王国の軍と激突、英雄……炎王セラエノによって討伐された伝説の大妖魔。

 魔術でもあり得ない邪眼を有し、全盛期は龍にも匹敵したとされる程の存在。


 ―――そんな聖剣を果物の皮剥き。

 大物過ぎだね、確かに。

 


「ミオくん、ハルカくんも。どちらもあと少しで開花する、といった所か。そして……」



 開花……?

 意味合いの不明瞭な言葉と共に、モノクルがこちらへ向く。

 曇りガラスのように瞳が視認できないソレの奥で、何を測っているのか。



「君たちの武器も見せてくれるか。コウタくん、リクくん」



 拒否する理由もなく。

 テーブル……ニーアさんの前へ大剣を置く康太と同じく、僕も手持ちの長剣を持っていく。

 一方は普段から愛用するもの。

 もう一方は……。



「使い手に恵まれている……良い武器だな。これだけで、君たちの技量の高さがうかがえる」

「いやぁ……へへ」

「恐縮です」

「しかして……これは。……ッくく。まさか、生きているうちに真の神器にお目にかかる事が出来るとは思わなんだ」

 


 彼は手を伸ばし……しかし、刀身に触れるより早く指を止める。

  


「勇者の遺産―――光の聖剣オラシオン、か。私の眼をもってしても、この聖剣の神髄はまるで測れない。だが……もしも君がその力を十全に引き出せるようになったのであれば……」



 強い光から目を背けるように掌を目元へあてたニーアクルスさんは、改めて僕達の顔へ視線をぐるりと一巡。

 ……静かだと思ったら、シン君白目剥いてるし。

 そう言えばコレの話はしてなかったね。

 多分後で決闘を申し込まれるだろう。



「―――さて。諸君がこの国に来た理由は、武器の注文、だったな?」



「……はい。俺の剣を打ってほしくて……。形状的にはこれと同じくらいの大剣で、出来れば絶対に壊れないようなめちゃ頑丈で、あと他の三人みたいにロマンある感じの、最終装備的なサムシングが望ましく……可能ならお安くしていただけると」

「注文多いねこの客」

「ワガママですね」


 

 自身の経済力を理解しているのか甚だ疑問な依頼者。

 ワガママそのものな内容を真面目な顔で聞いてくれるニーアクルスさん。


 彼は一通りの我が儘を聞き終えると、自身のお茶を干して息をつく。


 

「聖剣にも匹敵するような、となると我でも難しいな」

「ですよねぇーー」



 バッサリ言い切ったね、当然だけど。

 浄化の力が刻印された武器も広義には聖剣や聖愴などと呼ばれるけど、それを多量に生産できるような彼等にとっては意味が異なる。

 ニーアさんが言っているのは、本当の意味での聖剣……現代のこの世界の技術では模倣が不可能だからこそ、神器は神器だし聖剣は聖剣だ。

 世界一の鍛冶師でも、それはちょっと無理が……。



「だが―――幸いだな。今ならば、三聖剣に匹敵するような武器を造る方法……あるぞ」

「「え……?」」

「です、ね。無論、この国のみで完結できます。可能なら今すぐにでも」

「ほーーぅ」



 自信満々女王夫婦。

 これにはさすがのロシェロさんも唸る。

 

 今しがた本人が難しいだろうって言ってたのに……どうやって?



「では、話を戻そうか。それこそが先の件……我が諸君らを試したという事にもつながってくるのだ」

「そういえばそんな話でしたね」

「……やっぱ俺らに一定の実力が必要ってことすか?」



 にしてもあのやり方はよく分からないけど。

 いままさに、この国に何かしら伝説級の魔物が存在していたりするとかで、実力を測ったってコト?

 


「一定……な。ふぅむ」

「それだけで良いのならば話は単純だったのかもしれません」

「うむ……諸君らも気付いているかもしれぬが、この城の中には、現在生身の人間種などの姿は殆どない。だが、それは決して機兵らに取って代わられたわけではなく、現状が特殊な条件下ゆえ、一時的な避難措置なのだ。―――亡びを留めるための、な」



 ……滅び?

 


「アスタロス・オーダー。我が開発したこれらはここ王都の主要にして最強の軍勢。総数は稼働中、調整中のもの全てを合わせて百は用意できる」



 百……!

 一体でも上位冒険者レベルの性能のある機兵を、そんなに。

 軍事力として強大なのは、流石東側の国家だ。



「が……総動員したとて、我にはそれはどだい不可能と思えた。それ程までに。およそ、最上位冒険者であろうとも。或いは―――六魔将であろうとも」

「「は?」」



 ちょっと待って?

 おっしゃる意味がちょっと。



「大陸ギルドに依頼を出すのであれば、我は間違いなくそれをSに指定するであろう。重ね、その被害を演算するのも馬鹿馬鹿しい」



 ……S級討伐。

 複数の最上位冒険者が招集される、厄災レベルの……。



「回りくどいですね、あなた」

「……む?」

「皆さん。これは、我がトルキン匠国からの一つの依頼と捉えていただいても構いません。或いは交換ではなく、前提条件とも。単刀直入に申し上げますと……」



「―――――皆さんには、最古にして最強の遺物。偽りの機神を討伐して欲しいのです」

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