第6話:集いし群雄
物々しい雰囲気、なんて軽いものじゃない。
宵の闇が深くなる薄暗い街中。
各地の文化が一日単位で流入するだけあり、他のどの都市と比較しても広い幅を持つ大通り。
普段であれば多くの商人、流浪者が流入している事が伺える活気、余闇を吹き飛ばす橙の灯りも、この日は何処か弱弱しく。
中央を行進するは馬車、騎士、兵士……。
掲げられた国旗から、その一団が何処の国を代表する存在であるのかを確認できて。
「―――ラメド共和国108人議会旗下、武装元老院。セフィーロ王国近衛衆、狼獣騎兵隊。……で、プリエールの国旗か。となれば、王都直属の騎士団が来ている筈だね」
今現在の時間、ここ一帯は通行規制が掛けられているから。
家の外にいるのは、警備として配されているギルドの冒険者くらいなものじゃないかな。
つまり、僕達なんだけどさ。
「―――なんつうか……やっぱり壮観っすね。大名行列?」
「さんきんこーたいってやつ?」
「はるばる自国からここまで行進してきたと考えると、凄いです、確かに。最大で何日掛かるんでしょうか」
で、そんな警備員である僕たちの眼前を通り過ぎていくのは、大陸中から集まって来た国々の外交官、ソレを守護する独自戦力の護衛さんたち。
近衛とか王都直属という言葉から察するに、かなり位の高い人達ばかりらしい。
「凄いんですね、大陸議会って」
「そりゃあね。ここでの取引が、のち数年……或いは、百年後の世界情勢を左右すると言っても過言ではない」
……先生の言葉で再確認する。
この催しは、それだけの価値があるものかつ、彼等にとっての戦いともいうべきなのだろう。
事実、行進する彼等の実力は肌で感じられる程。
並大抵の戦力ではない事が伺え。
護衛という意味合い以上に、他国へ自国の戦力、そして国力を見せつけるという目的もあるのかな。
馬車の装飾、荷車に運ばれる品々……それぞれに多額のお金を掛けていると分かる。
「ざっと見た感じ、最低でも中位冒険者レベルって感じか?」
「凄く強い人もチラホラいるね」
「うん。対人戦に重点を置いてる分、同ランク帯の冒険者との戦闘だったらあっちの方が強いかも」
冒険者とは、あくまで魔物狩りの専門家。
逆に、騎士とかに類される各国の戦力は都市内部や軍を生かした戦いに重きを置いている筈だから。
なら。
同じ条件での戦闘で、対人に関して一日の長があるのがどちらかは明白……うん?
………。
……………。
「異常事態発生。繰り返す、異常事態発生」
「せんせ、あの国どの国」
「気になる国」
警備を交えつつも、真剣に彼等を分析していく中。
視界で行進を続けていたうち最も大きな馬車が動きを止め、続くように行進が止まる。
視線や気配からして、窓に付けられた遮光幕の向こう……馬車の内側に居る人物が、こちらへと視線を注いでいるのが認識できる。
……やがて、馬車の戸が開く。
優雅に此方へ歩いてくる。
「これは、これは……。よもや、勇者様方ではありませんか」
各国の偉い人ともなれば、僕たちの情報位は知っていて当然なのかもしれないけど。
ちらと横目に見てすぐに分かるって事は……実際に面識ある?
声を掛けてきたのは、髪などが隠れる程に深い青の祭服を纏った女性。
装飾の類はごくごく控えめで。
偉い人だと事前に分かっているからこそ、姿だけならお忍びの貴人といった風体かな。
大仰な護衛を付け、馬車で移動しながらお忍びと言い張るのは無理があるけど。
更に、彼女の背後にはお付きにしても無理がありそうな全身鎧さんが三名ほどピタリと……ッ。
この騎士さん達、強い。
上位冒険者……それもB級上位は確実なレベルの実力者だ。
で。
この人は、確か―――……うん、うん?
「おや、アリアンデルさま」
「ナクラ殿も、お久しぶりです。皆様の旅のお話は我が国まで聞こえておりましたよ。とりわけ、猊下のお喜びといったら―――」
………本当に誰だっけ。
名前らしきものを聞いても思い出せない。
先生、凄く自然に話してるけど、まるで記憶にないんだけど。
「なぁ、陸。誰だっけ?」
「誰なん? 陸」
「国の所属は分かるんですけど。どなた……でしたかね?」
いや、僕に聞かれても―――……ん。
何とか思い出そうとして首を捻る中、やっぱり女性の後方に控える人たちが目に映る。
彼等、すっごくこっち見てくるんだけど。
それはもう、穴が空く程。
どういう意味の視線なのかを知りたくても、感情も見えないし。
キマッた眼力に、直立不動という言葉があまりに似合う程の不動。
確かに、何処かでこんな人たちを……。
「あ」
「「あ?」」
あれって、確か―――聖廟の……フィネアスさん、護教騎士団?
先生に曰く、とんでもなく信心深くて、途轍もなく融通の利かない……。
じゃあ、この人は。
「―――では、私もギルドでのお話を伺わねばなりませんので」
「えぇ、また」
やがて、離れていく女性へ一礼。
再び駆動する馬車を見送りつつ、先生へ問いかける。
「教国の神官さん、ですかね。もしかして、あの時居たり?」
「あぁ、ご名答。代表として、大陸議会に参加するんだろうね。君たちが召喚された時、彼女もあの部屋に居たんだが……まぁ、覚えてる方が難しいか」
「あの時は……」
「無理っすね」
「あたしら、こんらんしてたんで? あと名前聞いてなかったんで」
それがなくとも、覚えていたかどうか怪しい所だけど。
「……自分たちが召喚した勇者と、遥か遠くの地で再会。確かに話したくもなりますか」
「フィネアスさん元気かなぁ」
「最も遠い極西部だからね。まず第一に、教皇聖下が来るわけはないし。茶目っ気枢機卿猊下が出張れる距離でもない」
「だから、外交官」
「とは言え、代表として出席するに不足もないさ。大司教位だからね、あの女性も」
大司教さん……!?
「大司教。教会で言う、第三位くらいの実力者ですね」
「ほえーー。女性でも大司教ってなれるんだ」
「そりゃ、女性がギルド長張ってたり大国の王様だったり魔王やってるくらいだからね」
「……確かにです」
そういえば、魔王も女性だったね。
数百年前の伝承では、白銀の長髪が月明かりの下で妖しく煌めいたとか何とか。
……でさ。
「今更だけど。これさ? 僕達此処に居ない方が双方に安全だったりしないかな。今みたいに偉い人は話しに来ちゃうし。その方が危ないよね?」
「はははっ、それは否定できないね」
「盗賊に襲われた貴族さまを助けるテンプレイが出来るやん」
「まず護衛の人たちだけで返り討ちですね、盗賊さん」
「てか冒険者の都市の街中でやる? アホやん」
一番否定して欲しかった人が言外に肯定してくれる嬉しくなさ。
どう見ても真面目とは程遠い仲間たちの会話。
退避するかしないかを考えている内にも、護衛対象は続々と到着する訳で。
次に現れた絢爛な装飾の施された白亜の馬車を牽引するのは、当然に馬なわけだけど―――今回のは頭から角が生えてるし、脚が六本も存在している。
あれ、普通に魔物だ。
そして、この魔物を僕達は見た事があり。
「―――先生、逃げなくて良いんす?」
「まーーた攫われますよ」
「勘弁してくれ」
そのまま通り過ぎてくれないかなーーなんて思う中。
予想に違わず、馬車は僕たちの前で止ま……。
「―――リク!」
「え……? あ、セレーネさま―――むぐぅッ!?」
歌うような、鈴の鳴るような心地よい声と共に馬車を降りてくる―――飛び出してくる女性。
目を見張るような金色の長髪に、やや切れ長な碧色の瞳。
以前会った時の純白のドレスへ、更に緑を加えたような礼服を纏う女性を収めていた筈の視界に、急に闇が広がって。
僕よりも高い、170センチを超える背丈で、身長差があるのは当然だけど。
それを加味しても何で視界が真っ暗になるの?
あと、凄く柔らかい。
「あぁ、リク……私の可愛いリク」
「……おひはひふりへふ」
「元気だった? 元気そうね。ご飯はちゃんと食べていますか? ―――まぁ。また筋肉がついたのね」
「
外見、どう見ても二十代後半から三十前半にしか見えないんだけど。
この人……秘境国家エルシード国女王セレーネ様は、血縁上だと僕の祖母に当たる人物らしい。
「陸ぅぅぅぅ!! ムグゥ―――ッッ!? むぐぐぐぅぅ!!」
「康太君ステイ」
「この流れ前にもやりませんでした?」
うん、やった。
別れの時と再会の時で全く同じ構図っていうのもどうなのかな。
「恐れながら、セレーネ様。何者が目を光らせているとも分からない状況です。そろそろ……」
「リディアも。やってみれば分かりますよ。この暖かさが」
「―――いえ、私は……」
あ、リディアさんいる?
見えないけど、いるらしい。
エルシード護衛戦団戦士長。
大陸に七人しか存在していない最上位冒険者でありながら、唯一国家に従属するエルシードの最終兵器。
それこそ、長距離ミサイルだって撃てるかもしれない、本当の意味で周辺国家への強大な抑止力な人だ。
―――で、そろそろマズい。
今の僕は、十分くらいなら余裕をもって無酸素でも平気な筈だけど、流石にこれはまずいんだ。
これ、アレだね。
アイリさん達の言ってた森の香りって、もしかしてこんな感じ……。
「許します。私は許しますよ、リディア。言っていたではないですか、感じるものがあったと」
「いえ、それは……」
「私の事は心配しなくても良いのですよ」
「セレーネ様」
お困り戦士長。
ようやく開けた視界に映る彼女の長耳がへにょりと垂れている。
「あの、セレーネ様? そろそろ、リディアさんも困ってる様子なので……」
「良いではないですか。同じ血を引く者同士、親愛はあって当然、やましい事なのではないのですよ」
「―――同じ血?」
「うん? ……あぁ。そうでした、そうでした。リク達には言っていませんでしたね」
「「?」」
「リディアの本来の名は、リディア・エルシード・ベルベーノン」
「……エルシード?」
「じゃあ、つまり……」
彼女もまた、王族の系譜?
「我が国の基盤には、三つの王家が存在します。それ即ち、宗家たるエルシード……狩猟を司る分家ベルベーノン、農耕を司るリアノール。リディアは、正統なエルシード王家の血統なのですよ」
「―――分家。では、陸君とリディアさんは……文字通り遠縁の親戚、という事ですか」
「その通りです」
まーーた知らない親戚さんが増えていく。
それも、気後れしそうな程の凄い美人さんばかりが……ん?
いつしか抱擁を解かれていたのは有り難いけど、今度は何故かひやりと悪寒を感じ。
次瞬、肩に置かれた手を辿って振り返る。
「えへ、えへへへへへへ」
「……………」
―――笑顔こっっわぁッ!?
今に血涙を流しそうなほどに目を赤く充血させているのに、何故か満面の笑みの康太。
何か、凄く怖い。
「春香、これ止めて」
「しりませーーん」
春香の彼でしょどうにかして。
「あらあら、何かの火を付けてしまったようですね。―――では、参りましょうか、リディア」
「その御言葉をお待ちしておりました」
今に乱闘になりそうな僕達そっちのけで、火種を蒔くだけ蒔いて去っていくエルフさん達。
最近のエルフは燃やす側に回っているらしい。
「ね、美緒ちゃん。義理のおばあちゃんとかお姉さんになるってコト?」
「春香ちゃん?」
「面白いだろう? 相関図。世の中、意識して見ると結構狭く感じてくるものだよ」
「えへ、えへへ」
「離して? ……うん。確かに、最近凄く狭く感じて―――……今度は何見てるんです?」
場が混乱してくる中。
格言っぽい事を言いつつ、通りのやや先の方を見ている先生。
彼の視線を辿った先には……ん?
ささ……さささっ。
人目を
フードから覗く禿頭。
その足運びは只者ではない事が伺え。
「えへへ―――……んあ? ……野生の大臣さん?」
「だね。お帰り、康太」
アレは、完全なお忍びだね。
良いのかな、一国の大臣さんがあんな自由で。
「……セキドウの地、懐かしいものだな。あの頃とちっとも変っていない」
「カインさん発見」
「む?」
「「こんばんはーー」」
そう、カインさんだった。
クロウンス王国、内政のトップたる大臣を務める男性で、国王様の弟君……聖女様の叔父。
その上で、かつて名を轟かせた元冒険者っていう大概属性盛りな人だ。
「これは―――勇者様方ではありませんか!!」
独り言の時と人前の時で雰囲気が全然違うのは、まぁ、為政者としては当然なのだろう。
頼むから怪しげな格好もどうにかして欲しい所だけど。
ここに居るって事は、クロウンスの代表が彼って事なのかな?
まぁ、それにしては随分と人目を憚る……。
「いや、はや。積もる話もありますが、実は追われていましてな? お話はまた後日……っと。時に、ナクラ殿。娼か……もとい、歓楽街の方角はどちらでしたかな」
「―――ふむ。案内しましょう」
しなくて良いんで。
急に髪を整えて襟を正しだす大人の服を、四人で一斉にむんずと掴む。
「襟引っ張らないで。ねぇ、引っ張らないで?」
「教育者として慎み持ってください」
「大臣として慎み持ってください」
「カインさん、二重の意味で分かってて誘ってますよね?」
「―――はははっ。これはしたり。確かに、私が歓楽街の場所を忘れる筈がありませんからなぁ」
あと、先生が悪乗りするのも分かってるだろうし。
清々しいこと、本当にこの上なく。
責任ある立場―――国政のトップがこんな大っぴらで、本当に大丈夫なのかな、クロウンス王国。
「くくッ。勇者様たちの青く清々しい事。私まで若さを頂けるようです。……増して、恋は知っても色は知らぬ年頃でしょうからなぁ」
「いえ、いえ。実はそれがそうでもないのですよ、カインさま」
「ふむ?」
僕と美緒、そして康太と春香を見やり。
ごにょごにょと耳打ち。
こっちを見やりながら、二人でニヤニヤと。
実の所、クロウンスって悪い大人天国だったりもするんだよね。
国王様も神官長さんも悪乗りするし……。
「それは、まっことめでたい! よもやよもや……」
「もう終わりだよあの国」
「終わりは大臣さんだけ定期」
「あと、
「現役なんだがーー?」
知りませーーん。
「―――見つけましたよ、カイン様!」
「おっと」
「「捕縛!」」
「おっと、おっと……」
で、追っ手ってやっぱり護衛さん達だったんだ。
どうせ、振り切って自由を満喫しようとか考えてたんだろうけど―――挨拶挨拶。
「「お久しぶりです」」
「ドレットさん。久しぶりっす」
「―――これは、コウタ様! おぉ、皆様も……! ちっ、すばしこい……!」
「皆様、無礼を承知で少々お待ちを」
「こちらをどうにかしてから……ッ」
彼等も覚えている。
クロウンスの王都であるグレースを守護する独自戦力、炎誓騎士団の面々。
中でも多く行動を共にした、ドレットさんが隊長を務める精鋭部隊……精鋭部隊の筈なんだけど。
その猛攻をすさまじい体裁きで躱す人、本当に為政者?
「護衛対象が多分一番強いとかいうバグ」
「な」
「おかしいよね、あれ絶対」
「創作では、そういう展開が多いとも聞きますけど」
創作の中ではね。
実際やられたら立つ瀬ないよ。
………。
……………。
「―――うん」
「どうかしましたか? 陸君」
「またどっかで偉い人脱走してる?」
「ううん、何でもない。……さ、早くあの人捕縛して馬車積み込まないと。警備の仕事だろうあい」
「それもそだな……そうなのか?」
こうして改めて振り返ってみると。
僕達、本当に……随分多くの人たちと知り合ったんだよね。
強い人も沢山、偉い人達も沢山。
勇者がやがては大陸を動かせる力を持つっていうのは、ただ強くなるってだけじゃなくて、こういう事を言うのかな……?
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