第2話:合格発表!




「「……………」」



 およそ、平和な都市内部の建物とは思えないような大轟音。

 如何にここが訓練場だとしても、これは……。

 


「……モルトさん」

「魔術師としての認定は、また別枠だからな。無理もないだろう」



 それは確かに聞いてたけど……。


 白兵戦か、魔術戦か……A級冒険者の試験には二種類あって、それは挑戦者が選べる。

 魔術を実戦レベルで使える人間というのは希少で、才能に左右されるんだ。

 だから、魔術を行使できなければ上位冒険者に成れない―――或いは、魔術師でも高レベルの白兵戦が可能でなければ上位に至れない、なんてことになってしまえば、無理な訓練を積んで。


 本当に重要な部分。

 白兵戦闘や魔術戦闘の才能といった長所を潰してしまう事にもなりかねないから。


 故に、どちらかをだけ伸ばすのもアリ。


 魔術師は、白兵が不得手でも良いんだ。


 A級冒険者の中には。

 白兵の腕は壊滅的でも、魔術は一騎当千という人も存在する。

 より質の良い人材を確保するためには、より多様化した判断基準が求められるんだ。



「うん―――無理もない、と言いたいが。あちらは魔術戦を想定して、この部屋以上に強固かつ防音設備の整った場の筈なんだが……。凄まじいな、あの子は」

「ですね……」  

「ま、良い。後始末は私の役割ではないしな。取り敢えず、こちらは終わりだが。君は、仲間の戦いを見学でもしているかい?」

「あ、はい。じゃあ……、春香以外で」

「あぁ、それも良い―――それが良いかもしれんな。私も、少し休むとしよう」



 魔術戦のみの試験も存在はするけど……けど、春香は白兵もこなせるし。

 当然、魔術は僕たちの中でピカイチ。


 きっと、大丈夫だろうから。

 別の見学に行こうかな。

 ……これは決して、下手に覗いて巻き込まれたくないって不純な理由じゃないんだ。


 さて、どっちに行こうかな。

 どちらにせよ、きっと見ごたえのある戦いだ。

 

 思えば、本気かつ単身で戦う仲間っていうのも、案外お目に掛かる機会少ないし。

 何か、ワクワクしてきた。

 様々な考えを胸に、モルトさんに一礼して部屋を出ると―――……あれ?



「お疲れ様です、陸君」

「美緒。もう終わってたんだ」


 

 堅牢な扉の外には、普段は下ろしている黒の長髪を戦闘用に一本で束ねた少女が待っていた。 

 僕同様、動きやすい旅装で。

 腰には、花柄のあしらわれた柄の打刀を差しており。


 柔和な微笑を湛え、微塵も疲れを感じさせないその姿は……。



「……観てた?」

「少し前から。とても格好良かったです」



 …………流石。

 これでも早いつもりだったのに。

 というか、当然?

 彼女が不合格の未来なんて、まるで想像も出来ない。



「変な所見られてないなら良かったけど……。こっちは、もう見るモノないからね。でさ? 康太の方を見に行かない?」

「そうですね。春香ちゃんは―――ちょっと危なそうなので」



 やっぱり共通認識なんだよね、コレ。


 簡単なやり取りでソレを解し、並んで歩く。

 幾つかの空き部屋を通り過ぎ、ナンカスゴイ轟音の聞こえてくる部屋の前を通り過ぎ。

 

 未だ剣の交じり合う音が響く扉の前で停止。

 金属の音という事は、恐らく真剣での立ち合い……音の大きさからして、武器は大剣と長剣かな。

 どうやら、まだやってるみたいだ。



「―――やりますね、コウタ様―――水影刃」

「おぉッ!? ……はははッ」



 身の丈ほどもある大剣を軽々と振り回し、一撃一撃が必殺となる連打を繰り出す康太。

 対する相手は、冒険者的な旅装備ではなく、私服という様子でもなく。

 制服、侍従服とでも言うような風体。

 茶色の髪をオールバックに、鈍色の直剣を操る紳士は……。


 ―――そう、スミスさん。

 西方国家であるギメール通商連邦を束ねる12氏族家……その中でも最も力を持つモルガン家に仕える傭兵。

 元A級冒険者なんだ。

 康太の立ち合い相手、初めは別の人の予定だったけど。


 都合が付かなくなったらしく。

 代行として、快く受けてくれたんだよね。

 ……勿論、彼がセキドウに居るのは理由があって、近々行われる【大陸議会】に通商連邦の代表として出席するのがモルガンさんらしく、下見とばかりに来ているとの事。


 冒険者時代の二つ名は、【廻流かいりゅう

 予備動作、技の硬直などが極限までそぎ落とされた、流れるような白兵戦闘術からくる名だ。


 両者は、一歩も譲らず剣を交え続ける。



「美緒」

「……ですね」


 

 熾烈な攻防―――その中に存在する違和感、普段とは違う感じ。

 その正体は、すぐに分かった。

 

 康太の戦い方に違和感があるんだ。

 武器を片手に、敵を中心に跳ねまわるような戦法は、どちらかと言えば美緒や春香のような動きで……僕達の知る普段の彼とは、立ち回りが全然違う。

 超攻撃型の……そう、まるでゲオルグさんみたいな。



「……タンクとして、後方を守らなくて良いのですか?」

「仲間を信じろって教わったんで」

「………ほう?」

「攻撃全てを捌けるほど、俺は万能じゃないんで。出来る事とできない事を見極める力を付ける方が大事っす。相手がスミスさんみたいな人なら……対一ってんなら、こっちの方が良い」



 そうだ。

 タンクだから、盾担当だから……と。

 今更、僕達の中で彼の攻撃能力を見誤る者は一人としていない。


 むしろ、単純な膂力、近接戦闘の能力なら彼はパーティー随一だろう。

 そんな彼が、護る事を考える必要もなく戦えるとなれば―――それは、敵にとってこの上ない災難。


 しかも、そっちに頭の容量を割かない分、更に厄介。

 だって、彼の戦闘における咄嗟のひらめきもまた、仲間内随一、先生が舌を巻く程なんだから。



「―――戦闘中の思考能力なら、私も康太君には敵いませんからね」

「あくまで個として動く範囲なら、だけど」



 ……やっぱりさ。

 異能の件もあるし、康太って一人で戦わせた方が圧倒的に強いんじゃない?

 一分一秒に全てを出し切っても、すぐに回復するし。


 彼程無双系の主人公に向いているタイプなんて、中々……。



「……以前の貴方とは、比べようもない程強くなっている。私でも、簡単な相手ではない。単身で庇うものがない分、ポテンシャルを最大に発揮して―――」

「あ、違います、違います」

「……ふむ?」


 

 打ち合う中で放たれたスミスさんの呟きに重なる彼の声。

 


「俺、ダメなんすよ、一人って。今は訓練だから良いけど、実戦なら絶対ムリ。それに―――庇うじゃなくて、護り合ってるんす。皆と一緒なら、サイキョーーっすから、俺たち」



 ………。

 今度は、僕達も会話はなく。


 まるで、毒気が抜かれたように。

 暫し、剣を下ろして立ち尽くしていたスミスさん。



「―――合格です」



 それは、あまりに唐突だった。



「え?」

「元より、攻めあぐねていましたからね。先の発言も、貴方を惑わせ隙を狙うつもりだったのです」

「え」

「ですが、貴方はそれを跳ね除けた。……このまま続いていれば、コウタ様の継続戦闘力について行けず、隙を晒していた事でしょう」



「己の弱みを十全に解し、それさえ受け入れて進み続ける。それこそ、A級の持つべき果ての観念。パーティーの要たる盾として、時に強力な剣として。その考えを忘れないでくださいね」

「……うっす!」

「では。詳細は後日、という事で―――貴方も、A級冒険者だ」


「よっしゃ! これで多分一番乗り―――」

「やほー。終わった? 康太」

「お疲れ様です」



 ……………。



 ……………。



「チッキショォォォォーーッ!」



 ……まるで不合格にでもなったみたいな反応だね。

 これには、スミスさんも困惑だ。



「ふふっ。良かったですね、一抜けじゃなくて」

「へ?」

「だね。一人だと駄目らしいし? 泣いちゃうかも」

「や、やめろォォォォォお!!」


 

 よし、暫くこのネタを擦ろう。

 本当に良いもの見れた。



「ははは。そちらも、首尾よく終わった様子ですね」

「お疲れ様です」

「康太を有り難うございました、スミスさん」

「いえ、いえ。私としても良い機会でした」



 試験も終わり、こちらも流れ解散と。

 本当の侍従のように慇懃に一礼し、悠々と歩いていくスミスさん。

 これで、残るは……。



「―――――終わったよぉぉぉぉぉぉ」

「「あ」」



 と、丁度良いタイミングで対魔術設備の整った第七訓練室から飛び出してきた春香。


 ……その後ろに覗く室内は……あぁ。


 どこもかしこも、ずぶぬれひび割れあめあられ……凄惨の一言に尽きて。

 掃除する人が可哀想。

 やっぱり、彼女は片付けが出来ないタイプなんだよなぁ。



「お疲れ様です、春香ちゃん」

「……アレ?」

「どうかした?」

「何か付いてるか?」

「―――何で皆終わってんのさ!」



 で、当の本人は既に僕たち三人が待機していたことに納得いかないような顔で……否、頬を膨らませ全力で不満を表現しているけど。

 春香の扱いなんて、お手の物。

 今回はとっておきの餌があるから、宥める労力なんてかかりはしない。



「確かに一位美緒、二位僕、三位康太でビリ春香だけどさ? 良いじゃん、順番なんて」

「滅茶苦茶煽るじゃん」

「―――事実だし。それよりさ? 全員昇級内定って事で」

「おう」

「打ち上げ……!」

「はい、行きましょうか」



 ベストなコンディションの為に、皆しっかりと節制していたから。


 今日は羽目を外して、好きな事を好きなだけやるんだ。

 端から、誰一人試験を落ちるつもりなかったのは本当に凄いと思うけど、ね。



 ……………。



 ……………。



「騙し討ち、据え置きトラップ、相手に有利な地形……はぁ」

「流石、冒険者の試験だよな」


 

 頼んだ注文の量が量だけに、出来上がるまで時間がかかるのは仕方ないけど。

 腹ペコというのは、不機嫌を加速させる大きな要素。

 それが美味しそうな香りの充満する洒落たレストランの中央ともなれば、よだれだけでなく試験の内容に対する愚痴が出るのも仕方なく。


 ―――A級冒険者への昇級。


 それは、今までの流れ昇級とは訳が違う。

 A級冒険者―――大陸ギルド有する戦力の最高峰であり、人間種が辿り着く天辺。

 単身で大組織を殲滅し、竜さえも狩る超人たち。


 先生曰く、A級になる為にはそういった目に分かる大偉業を成し遂げたうえで、彼等A級冒険者兼指南役との立ち合いを全うする必要がある。

 それも―――相手方に有利な戦場で、だ。


 僕もそうだったけど。


 皆も同じだったんだ。



「でも、何でか全部看破できたんだよねぇ。経験も、実力も。本当に、何時の間にか身についてたって感じ?」

「自然って感じだな」

「試験官さん、驚いてましたね。可哀想になってくるくらい」

「……美緒ちゃん、もしかして試験官さんボコした?」



 そう思うと、本当に。

 今更ながら、僕たちの師匠が実はすごく教え上手だったという嫌な事実が浮上して。



「弟子何人そだてたのかねぇ、あの人」

「一人二人ってレベルじゃねえんだろうな。一クラス分くらい? お爺ちゃんじゃん」

「そのくらい居れば、先生を分からせる事も出来るかな」

「どうなんでしょうね」



 一応、これでも僕たちは全員A級冒険者―――つまり、あの人と対等になるわけで。 

 そしていつもなら、この場にも会話へ絶妙に腹の立つ合いの手を打ってくれる人がいる筈で……。



「―――やっぱ、先生が居ないってアレだな」

「静かだよねぇ」

「……そうかな。大体は、二人が騒いであの人が便乗する感じだし」

「でも、確かに。盛り上がりは欠けますね」



 彼は、師匠キャラらしく冒険の最中に僕達を庇って―――というワケではなく、現在冒険者としての任務中。

 プロビデンスの壊滅以降。

 一人前と判断された僕たちが独自に依頼を行うのに並行して、彼自身も色々と溜まっていた仕事を片付けているとの事だった。



「でも、先日会った時は」

「うん。昇級式までには帰って来るって言ってたし」



 保護者として参加するーとか、そんな事を言っていたし。

 必ず来てくれるのは間違いない。

 まだ、一週間以上あるし。

 気長に待つとして―――それ迄の期間は、どうしようかな。



「色々と考える時期、だよな」

「「……………」」

「……うん。一応、旅の終わりって事になるから。僕たちがどうするかは、僕たち自身に委ねられてる」



 実の所、僕たちは既に召喚、送還に必要な容量とされる分に足る魔核石を保有しているから。

 この世界に残って生きるか。

 生まれ育った世界へ帰るか。


 今は、その選択を迫られている最中だった。

 A級への挑戦も、ある意味ではその先延ばしの一環で。



「僕としては―――次は、S級かと思ってたんだけど?」

「……ははッ」

「流石に、ちょっと」

「あの領域には、まだまだ掛かりそうです。意外ですね、陸君がそういう事を言うのは」

「だって、そのくらいならないと」



 ―――彼には勝てないから。



 僕達の、共通認識。

 A級に手が届くというところまで近付いて分かる、今までの先生の滅茶苦茶、ランク詐欺。


 A級は人類の最高峰ではあるんだけど、それでもまるで届いてはいないんだ。

 S級とA級を隔てる差は、それ程に圧倒的過ぎて。

 


「A級詐欺って本当だったんだよなぁ―――あ、どうも」

「こちらに失礼しますね」

「―――わはーー!」

「どれも美味しそうで……凄い量ですね」



 と、話している間に料理が続々と到着。

 どれもこれも手間暇の掛かった事が伺える洒落た料理……で、ある筈なんだけど。

 スープなら寸胴鍋、焼き物なら大皿山盛り……その大容量が丁寧な盛り付を許さない。



「うん。ブルーな話をしてる場合じゃない、ね。折角の祝いの席だし、すぐ討伐に掛からないと」

「だな。んじゃ、乾杯の音頭を……頼んだ、親分」



 いつの間に親分なの?

 続々と並べられる料理は、質も量もマシマシ。

 右手にナイフ、左手にフォークを……その柄をテーブルにトントンし、早く出動させろと逸る仲間。

 手に木製の大ジョッキを持つ三人と、掲げたソレを重ねる。



「じゃあ、料理も来たって事で。昇格内定おめでとう、これからも末永くよろしく」



「「頂きます!!」」



 ……そうだ、ゆっくりと考えようか。

 きっと、時間は沢山あるんだからさ。

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