第4話:飛竜に乗って何処までも




 蒼空を駆ける一並びの巨影。

 比翼……とは、二羽の鳥が翼を並べる事、ひいては仲の良さを示す言葉として例えられる事もあるけれど。


 隊で行動し、常に背中を預け合う私達にとって、結束は無くてはならない当然の要素。

 二羽より四羽、四羽より八羽。

 一糸乱れる事の無い動きで、ピタリと横一文字に旋回を続ける中型の飛竜。


 ……訓練は万全の様子だと。

 確認を交えつつ歩いていく中で。

 空の一団を地上から見守る、巌の如き騎士が声を掛けてくる。



「―――おぉ、副団長。お疲れ様です」

「ご苦労様です。……飛行訓練は順調の様ですね。上の者でも、未だ入団から数年と聞きましたが」

「ハハハッ。我々に言わせれば、まだまだ。若い者達へ、ビシバシ指導していく所存。覚えさせる事は多いです」


 

 任務の指令が下されたのは、つい今しがたでも。 

 今回の件は、古くからの因縁。

 手を抜くわけにはいかず。

 閣下も余程気合いが入っているのか、全部隊を招集して訓練を行わせよとの命令で。


 

「―――して、副団長。本日はこちらで会議でしたか? 先程、クロード君の姿も見かけましたが」

「えぇ。年末の聞き取りなども行っておこうかと」

「では、そろそろ降りてくる頃合いなので……あぁ、丁度良い」 



 休憩ではなく、地上戦への移行訓練だろう。

 マニュアル通り、迅速に降りてくる飛竜たち。


 ……確かに、いい機会だと。 

 聞き取りの一環として降りてきた一人へと近付き、声を掛ける。



「もし、暫しよろしいですか」

「―――あ、はい。お疲れ様で―――ふ、副団長……!?」



 一年目……まだ遠征に出た事が無いであろう若い騎士が、私の姿を認め。

 切り傷の残る顔を強張らせる。


 苦手意識……ではなく。

 上の者に対する緊張だろうか。

 しかし、顔の傷は―――恐らく、飛竜の爪で引っ掻かれでもしたか、乾いた血が残っている。



「聞き取り調査を……する筈でしたが。ベリアス、生傷は早めに処置をしておいた方が良いですよ。貴方が勲章として残しておきたいというのなら別ですが」

「え?」

「その顔の傷は何処の戦場かと尋ねられた時、不名誉にも訓練で出来たものだと答えたいですか?」

「……あ!?」



 生来の狂暴性が弱まっているとはいえ。

 魔物の王と評される竜種は、内包された狂気も恐るべきもの。


 一年目から、生後数年の竜を与えられ。

 共に歩むと言えば、絵物語に語られる冒険譚、騎士の物語のように思えるが。


 その実態は、これが通常。

 相手方の不安定な機嫌を損ねようものなら、生傷は絶えず。

 ……これすらまだマシな方で、飛竜が原因で早々に引退してしまう者も決して僅かではない。



「またやられてましたか……。この……!」

「グルルル……」



 自身では気付いていなかったらしく。

 自らの頬に指をなぞらせ、未だ乾ききっていない朱を確認し。

 ほんの一瞬、地上で丸まる自らの騎竜と睨み合いを見せた騎士は、私に向き直りバツの悪そうな表情を見せる。


 ……顔の傷は、消えにくいものだ。



「鋭く切れているので痛みは薄いでしょうが、傷自体はやや深いですね。薬学は得手ですか?」

「……ぁ、そちらはからっきしで……えぇ、と。訓練中で申し訳ありません、応急処置だけ―――」

「いえ」



 失態とでも感じたか。

 きびすを返そうとする彼を呼び止める。



「大事ありません。私が簡単に処置をしましょう」

「え? あ、はい。ではお願いし―――ェェ!?」

「上長には、団員の命を預かる責任があります。座ってください」

「……い、いえ。その―――」

「そこに直りなさい」

「ハイ!」



 軍属としての悲しき性か、即座に座り込んだ男。

 身長差の関係は、これで。

 


「貴方は背が高いですからね。そのままの体勢では、処置が……。痛みませんか?」

「―――――」

「こちらは、大丈夫ですか?」

「はい、綺麗なご尊顔が―――……、ッ」



 魔素に適応した強靭な肉体の影響で、病原体に侵される事はなくても。

 治癒能力が発達していても。

 深い傷は、そう簡単に元の様にはならない。


 それを如何にかするには、傷の最奥まで薬を浸透させ、回復魔術との相乗で奥の奥から塞いであげる事。

 その為には荒療治も必要ゆえ、少し痛むのはやむなし。

 むしろ、流石によく耐える。



「これで、問題ありません」

「ほーー……」

「さぁ、何を呆けているのですか。早く持ち場に戻ってください。調査事項は後程書類で配布します」

「え? ……あ!?」



「―――有り難うございましたぁ!」



 ……………。



 ……………。



 数時間続く航空訓練の最中。

 怪我の治療に充てた僅か数分の間に、あそこ迄の余裕が復活するとは……中々体力がある。

 流石に、若手でも黒曜騎士か。


 ……何故やら、地上で待っていた仲間たちから非常に手荒な迎えを受け、訓練へ戻る男の姿は。

 その姿は……若い。

 青春、というものだろう。


 かつては、己もあちら側だった筈だ。

 私も、同期や数年しか齢の変わらぬ仲間たちと……。


 もう、数十年と前の話だと。

 感じ入る間もなく、近づく気配に眉をひそめ。

 懐へ薬瓶をしまうついでに、軍服の内隠しから鎖で繋がった懐中時計を取り出し。 

 


「ククク……、良いものを見せていただきましたよ、副長」



 ……確認して見れば、時刻は約束よりやや遅く。

 ようやく、来たらしい。



「遅刻ですよ、二人共。随分と重役出勤のようですね」

「あ。私、隊長ですので。偉いので」

「同じく」

「私は、そのあなた達に指令を下せる立場の筈ですが」

「まことに申し訳ありません。実は、向かってくる途中に少し……えぇ、少し」

「彼は優雅にも老婦人のエスコート。私は普通に遅刻です」


「以後、気を付けてください。……では」



 ヴァイスは、その生来の性質ゆえ。

 キースは私以上の激務ゆえ。


 ……言ったところで、彼等自身にも容易に変えられるものでないと理解しているので、小言もそこそこ。

 編隊を組んで飛ぶ竜を見やりながら。

 私達は、簡易的な会議を始める。



 ……………。



 ……………。



「ふーーむ。随分高く飛行していますね。耐久訓練なのでしょうか? 最近の飛竜は、遺伝子的に高高度の環境にも適応できると伺いましたが……素晴らしいですな」

「我々、ここ暫くは騎乗ってないですからね。夜のヴァイス君はともかく」

「―――どういう意味です?」

「それは、もう」

「そのような話は二人の時だけでお願いします。時に、クロードの所在をご存じですか?」

「あぁ、竜舎の管理です」

「逃げられた怠け者が居ないとも限りませんからね」



 なるほど。


 騎竜は国の財産。

 数か月おきに登録された個体が然るべき場所にいるかどうかを確認する義務があり。


 決算が近付く今は、特に念入りに調査が行われる。

 隙間時間で、己に割り当てられた責任者業務を行う彼は、実に要領が良いと言えるだろう。

 


「であれば、問題はありませんか。……育ちの違い、ですね。流石です」

「反論のしようもありません。飛竜は、野生に還られるとコトですからね」



 竜を厳重に管理するのは、様々な要因が存在するが。

 軍に属するそれ等は専用に改良された遺伝子を持っている故、野生に還られれば大問題。

 大繁殖、生態系の破壊、数十年後への影響。


 問題を数えればキリがなく。

 


「数百年生きた竜種というのは、天災にも等しき存在ですからね。そんなイフが起きてしまえば、我々といえでも、単独の討伐は不可能と言っていい」

「副長を除けば、ですがね。ともかく、クロード君は本当に働き者で……」



「―――お待たせしました……!」



 話の最中に、息を切らせた声が耳を撫で。

  

 私達が振り向けば。

 視線の先には、金髪赤目の騎士が姿勢も正しく直立している。



「おや、丁度良い所に」

「ちょうど……? 何の話をしていたんです?」

「年末管理の話を。備品として計上するのもおかしな話ですが……問題はありませんでしたか?」

「はい、いつも通りです。現在訓練や任務に参加している個体を除けば、開かずの檻だけ」



 開かずの檻……。

 多くの団員が、一度として鍵を開ける瞬間を見た事がないという。

 騎士団創設時より存在する、最古の檻。



「僕、一度もあの檻が使われているのを見た事ないんですけど……。本当に帰って来ることなんてあるんですかね。何なら、姿さえ数える程しか」

「閣下の騎竜は、我々より年長ですからねェ」

「長く生きた竜は知恵も付き、それこそ龍の精神性に近付くことも有るとされています。アレも、そういう手合いやも」



 黒竜アポリオン。

 我々にとっては力の象徴。

 そして、敵にとっては終末を告げる厄災そのもの。


 かの竜は。

 私が生まれた頃、丁度閣下と出会ったと聞かされている。

 齢にして、百数十は行っている筈だ。


 ―――さて。


 

「では、竜舎管理は異常なしと。……二人は、期間内作業の進捗は」

「進捗ダメです」

「手も付けてません」



 何故これ程自信たっぷりに、いけしゃあしゃあと。

 ヴァイスのソレは冗談だとして。

 この男が「手も付けていない」というなら、それはそのままの意味だ。



「―――キース。どれ程かかる見積もりですか」

「そうですねェ……。四日ほども頂ければ」

「半日でお願いします」

「……ご命令とあらば」

「……ははは。頑張ってください、キースさん」



 問題は無いだろう。

 キースがその気になれば、造作もないこと。


 上に立つ者とは……副団長とは、かくあるべき。

 特に、この二人のような手合いに加減など不要。


 しかし。

 今のやり取りに何を感じたか、ヴァイスがくつくつと笑い始める。


 

「ふふふ……。流石は鬼の副長。正体を現しましたね」

「これで若い騎士達からは大人気ですからね。男心とは、複雑なモノです」



 ……………。



「…………あの。お二人共」

「はは、無理なき事だと思われますよ? 先の件といい……。厳しい事には厳しいが、決して無理な事はさせない。平時業務の場合は、何も言わずに作業を支援してくれる」

「労いも忘れませんしぃ?」

「ついでに大貴族ですし?」

「客観的に美人……と来れば?」



「「そりゃあ、モテますよねェ?」」



 ……この二人は、本当に。

 

 士官学校の生徒でしょうか。

 遠征合宿気分ですね。

 矢継ぎ早に、次々と畳みかける彼等は、両者共にイレギュラーな来歴を持つ。


 第二席であるキースも。

 第四席のヴァイスも。

 彼等は、士官学校へは通っていない。


 閣下の弟子として育てられ。

 ある程度の知識と実力が付いてからは、全て騎士団の実戦の中で腕を磨いてきた。


 年齢こそ私が上でも。

 或いは……経験という点では、彼等が上という可能性もあり……。



「ヴァイス君、この写真などは如何で?」

「――ほぅ? これは中々……おや? ……よもや、君がそこまで身を落とすとは……成程、なるほど。しかし、これは……ほぅ?」



 やはり、認められませんね。

 これらよりも経験が劣っているというのは。



「……キースさん、ヴァイスさん。副団長がお怒りのようなので」

 


 常日頃から先達へ苦言を呈さねばならない彼の気持ちも、察するに余りある。

 やはり、ここは一つガツンと行くべきか。



「クロード君。君も如何ですか? 良いモノですよ」

「……何見てるんです?」



 クロードの言葉にキースがチラリと紙の表面をこちらへ向けると、鮮明な風景を切り取ったような像が伺え。

 そこに映っているのは……女性。

 微笑みを浮かべる黒髪の女性だろう。

 

 ……しかし。

 それ自体は、完璧な写真である筈なのに……女性は何処か人物像がぼやけているような。

 体型のバランスがあっていない印象を受ける。



「……あの、キースさん。―――これって……」

「ふふ。ふふ……ふはっ」

「―――ヴァイスさん」

「えぇ、お察しの通り。出来自体は素晴らしいのですが、やはり無理やり男性を女性の姿に加工するのは、どうにも違和感が出てしまっていますね」



 写真の違和感の正体はそれだろう。

 この変態は即刻クビにすべきだ。



「閣下が指輪を付けてくれないので、少々加工させて頂いたのですよ。別人にはなり得ません」

「……キース君。副長の眉が下がり始めて―――」

「あ、複製もありますが」

「一枚頂きましょう」

「ちょっ!? ヴァイスさん!」

「そろそろ、怒りますよ」

「なら、副長もご一緒に。勿論加工前のもありますよ?」

「―――なるほど、それは良い。副長? 硬派を貫くのも良いものですが、何時までもそれでは疲れてしまいます。それに、イザ同衾という所になって、緊張で何も話せなくなれば―――」

 


「うるさいですねッ!」



 余計なお世話です、ヴァイス。


 彼なりの助言でしょうが。

 凄く、すごく余計なお世話です。

 私は言葉と共に腰に差した宝剣を抜き放ち、部下へと向ける。



「―――三人、そこに直ってください。私が性根を叩き直してあげます」


「おっと、これはいけない」

「副長には逆らえませんね」

「……え? ボクも? ――副団長ッ!?」



 クロードには申し訳ないですが。

 訓練の一環としましょうか。

 我々が武器を交える予兆を悟ったか、隊員たちが訓練を中断して集ってくる。

 ……本来、叱咤しったすべき。

 

 しかし、止められない。

 私が入団する以前から、隊長格や閣下が戦闘訓練を行っている際はそれを見物しても良いという暗黙の了解が存在している影響だ。


 

「ふーむ。どうします? お二人共」

「どうって―――あぁ、クロード君。今のうちに、こちらを」

「えっ? え!?」



 私の繰り出した水弾攻撃を紙一重で躱し。

 空中へ飛び上がったキースは、両の手を地に着けて再び空中へ一回転。

 器用にローリングで魔術攻撃を避けながら、クロードへ何かを渡す。



「あ……のッ! これ、わぁっ―――!?」

「我々は既に持ってますので―――ッとぉ!」

「それをどうするかは君次第―――ですっ」



 躱す、躱す。

 網の目のように繰り出される激流の雨を、躱し続ける三人。


 流石に、隊長格。

 ……しかし。

 彼等自身、不利な位置へ追い込まれつつあることには気付いているだろう。

 「直れ」と命を受けている以上、躱す他の選択肢もなく。

 

 

「さぁ、動く事を許可します。―――武器を抜いて、戦いなさい」



 騎士団に……魔皇国軍部において、陛下と上官の命令は絶対。

 それを無視する事は―――



「「聞こえませーーん」」



 キースとヴァイスは。

 二人は、脇目もふらず逃げていく。


 ……そんな筈は。

 私の言葉が聞こえていないはずなど……―――!



 ……………。



 ……………。



「―――クロード? よもや」

「……………スミマセン! 副団長!!」



 生来の高潔さゆえに【至誠】とまで呼ばれた騎士は。

 先程渡されたであろうソレを耳に詰め込み、背を向けて駆け出す。

 ………貴方まで。


 否、いい機会だと。

 悪しき部下、その先輩に毒された若き隊長格……それらを同時に矯正できる機会だと。


 遠くなる背中に剣を向け、私は声を張る。

 


「総員―――あの脱走兵、三名を捕縛してください。功をあげた者には特別賞与ボーナスを与えます」

「「!」」



 指令を下した己も己だけれど。

 一斉に、雄叫びと共に武器を抜いて走り始める者達の姿は、とても騎士とは思えず。

 あげく、中には飛竜まで動員して空から追い始める者達もおり……。

 


「比翼。結束自体は、問題ありませんか……」



 ―――成程。

 閣下……、もうダメかもしれません、この騎士団。

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