第30話:必ず出来ると分かっている
……………。
……………。
「―――さて。これで、ひとまずは一対一……と言ったところでしょうか」
静寂、ただ静寂……当初からまるで変わらない導主の声色に対し、無言を貫く。
決して、呆けていたわけじゃない。
この状況を呑み込もうとしていただけだ。
美緒は、意識を失っている。
倒れている彼女の状態は、完全な無防備そのものであり、早急に治療が必要。
しかし、この状況下では。
移動させる事こそが、最も愚策だろう。
……完全な希望的観測になるけど。
導主が諦めていないなら。
彼がまだその気なら、今はまだ殺そうとはしない筈。
「さあ、勇者様。今なら、間に合うでしょう。手遅れにならぬうちに、私を倒すか―――誓いをたて、降るか。判断は聡明な貴方に委ねます」
事実として、彼はまだ勧誘を諦めていないらしく。
非常に有難い事ではあるんだけど。
……否だ。
答えは、絶対に変わらない。
「……貴方を倒して、一緒に帰る。選択肢に入れたんだから、文句ないですよね?」
「―――……ふむ」
予想外みたいな顔するね。
取られたくない選択肢なら、端から度外視すればよかったのに。
「これは、異な事を。実に、おかしい。私の目が確かならば。彼女は、貴方の大切な女性ではないのですか?」
「―――世界で一番」
「……はは。では、何故」
「倒さなくちゃいけないって、分かるから。貴方を倒せると、分かっているから。あと……」
男へ剣を向け、呟く。
「僕の相棒を、なめないでください」
……………。
……………。
沈黙は、ほんの一瞬。
言葉を終えた後すぐさま地を蹴り、敵へと駆ける。
「では、もう暫し話しますか」
「……………ッ……!!」
「―――貴方が、私の理想に納得してくださるまで」
しかし、攻撃へ移行するより早く。
頭に激痛が走り、思考が曖昧に溶けていく。
これ……がッッッ。
「……ぐぅ……ぅ……ッ!? ぐくっ……!!」
僕の意思など関係なく。
腕が勝手に動き、剣が己の腹部を穿つ。
焼け付くような痛みも、不快感も。
まるで自分の痛みでは無いかのように、俯瞰して見下ろしている気持ちになる。
「己が行動を未知に縛られる感覚。この、不快感」
「………ッ」
「自らの意思で行っていると思っていて、その実全ての行動はあらかじめ神に定められているのかもしれない。勝ち取った、失ったと思い込まされているのかもしれない。神とは、あまりに得体が知れない……」
「―――気持ちが悪いとは、思いませんか?」
指を、ゆっくりと動かす……動かせる。
術が解かれたんだ。
つまり、これは……うん。
導主は、何処までも僕たちを引き入れようとしているみたいだ。
本当に、神様を倒そうとでも考えてるのかな。
彼の思考は、ある種このアウァロン世界だからこその苦悩なのかもしれない。
―――今は、断じて関係ない。
「神様が、近過ぎる、苦悩……ですか、ね……ソレ。個人的に、僕は、あまり……っ、神様の悪口は言わないように、しているんです……」
天罰怖いし。
……やっと息が整ってきたと。
まだ、動ける、戦えると。
絶え絶えになった呼吸を整えた僕は、しっかりと相手に聞こえるように宣言する。
「その点も。見解の相違っていうか―――うん。僕、貴方嫌いですね」
どんな時も、相手を信頼する所から始める。
色々な人と知り合う中で、いつしかそう考えるようになり。
時に裏切られつつも。
自分から相手を嫌う事は、極力避けていたけど。
「凄く、嫌いなタイプです。神様の悪口は言いませんけど、貴方のなら延々出てきますね。ギルドに一度負けておいて、潔く敗北を認めない、その上でまだ大物ぶって、全てを掌だと勘違いしている、神様気取りの
「………ふ。ははっ」
これだけ言ったんだし。
如何に温厚を気取っている彼でも、流石に怒らせちゃったのだろう。
男の手がこちらへ向き。
「―――大切な仲間を……同族を。共に生きた存在を、自ら処断する。その痛みに、貴方は耐えられますか」
次に。倒れた美緒へ、ちらりと男の視線が向く。
あの攻撃をどのように使うかは明白だろう。
……ふざけるな。
憤りたいのは同じ。
こちらだって、とっくの昔に怒髪天だ。
痛い……痛い……。
頭が、割れそうだ。
「―――――絶対に……やら、ない……ッッ!!」
「なっ……」
「―――砕け、雷銀斬ッ!!」
驚愕、咄嗟に放たれる風と刃の嵐……初めて見る魔術。
その全てを分析し、全力で横へ避け。
頭に襲い来る痛みを感じながら、導主へ斜めから肉薄し、武器を振る。
―――また、ダメだ。
弾かれた剣の振動、腕の痺れを感じながら、僅かに剣の間合いの外から切っ先を向ける。
これは、戦いだと。
お前の相手は僕だと認識させる。
彼にとって今迄の競り合いは、完全な戯れ。
僕達は、敵として土俵にすら上がっていなかったのだろう。
だから、この男へ教えないといけない。
「これは―――洗礼が通じていない……?」
「
「……よもや―――“神断風”」
「それは、さっき見ましたね」
「………!」
今度は横へ避けず、台風の中心を縫うように抜けて、もう一度導主へ刃を振るう。
……また、失敗。
かみたつかぜ……名前も覚えた。
僕にも出来る技か、今度聞いてみよう。
これだけ壁に叩きつけているんだ。
刃が
重くなる腕と共にどっしりとした金属の重みを感じつつ、再び武器を構える。
「リサ・オノデラの異能は、瞬間予知。クウタ・キサラギの異能は、完全記憶……。察する所、貴方の異能はキサラギの戦闘派生と言ったところでしょうか」
「……ライズ。僕たちはそう呼んでます」
魔術型だからという訳じゃないけど。
言ったわけでもないのに、この短時間でそれを分析して理解できるのって、やっぱり凄く頭良いねこの人。
となると。
僕のトリックの絡繰りも。
「……脳に多大な負荷をかける異能だ。能力の連続展開によって、外部からの信号を完全に遮断しましたか」
「えぇ。効果てきめん、効力無限みたいですね」
「……僕の脳が焼き切れるまで、ですけど」
洗脳魔術の原理は、彼が話した通り。
恐らく、直接脳の信号に介入し、主導権そのものを奪い取り。
己が肉体のように操れるというもの。
―――あまりにチート。
普通であれば、抵抗すら出来ないだろう。
……外からデータを加えたくないなら、介入できない程脳を指令という
僕のライズなら、それが出来る。
相手の全動作を、常に全力で分析し続けることで、他の事など考えている隙間はない。
他の命令など受けている暇はない。
彼の魔術は、僕には効果がない。
もう、決して僕の事を操れない。
「―――話しかけないでくださいね。まともな回答できないので……貴方と話したくないので」
「……………」
これで、ようやくスタートライン。
ようやく、この男と戦える権利を取得した。
……どうする?
何度でも挑戦するのは当然として……或いは、一度回復行動をとるべきか……。
「ならば、―――破砕動”」
再び、知らない魔術が空間を震わせる。
空間のみならず、耳奥も。
超音波でも受けているようで。
また、脳に介入?
否……何かが砕ける音が、僕の身体から聞こえる。
……これは―――
僕の持っていたポーションの瓶が、全て砕けたんだ。
そう、持っていた分全部……。
……………。
……………。
あぁ、全部。
「……そういうの、ズルじゃないですか?」
「仰る通り。ですが、共に敵同士。取るに足らない言葉です」
「認めてくれるんですね、敵だって」
「―――えぇ。コレも貴方の執念に敬意を表する、という事。真なる戦いに卑怯などあるものではありません。死んだ後に話せることなど、何もないのですから」
あ、殺す気なんだ……、初めて意見が合った。
当然、死体からは何も聞けないもんね。
……勇者は、片方居れば良いと。
なら、安心だ。
「じゃあ、貴方を連れて行っても、ギルドで情報を吐いてもらうのは無理そうですね」
「……ふふ。面白い方だ」
「―――紅蓮の釜、フタマ……沈黙の釜、ミクヴェ。堕落せし魂魄の罪を推し量りたまえ」
彼の詠唱を受け。それぞれ、炎と水で形作られた長大な双蛇が具現する。
蛇は、体長三メートル以上、胴回りだけで大木程もあり。
それらが、同時に僕へ
「………ッ!!」
それぞれが生物のように襲い来る対の大蛇。
現象を生物のように操れる精密動作……春香の技に似てるな。
まず、本体に近付けないのは厄介。
その上、蛇たちの動作すらも記憶していかなければいけない故に脳の過熱が更に進行する。
それを狙ってるのか……!
「はっ―――はぁッッ……っ」
「持久戦に持ち込んでしまえば、貴方に勝ち目はありますまい。現実は、英雄譚の様には行かぬのですよ」
僕は飛び回るように空間を駆け。
男は、それを追うようにして術を追尾させる。
水蛇の口から銃弾の様な水が飛ぶ。
避ければ、石の壁に穴が穿たれる。
大蛇の移動によって調度品が吹き飛ぶ。
炎蛇の通り道となった絨毯が燃え盛り、突進により一瞬盾にしたテーブルが貫かれる。
「―――こちらに勝ち目はない……このままなら此処で死ぬ……! 一人なら、そうかもしれません!」
時間制限付きの爆弾を頭に抱え。
命懸けの鬼ごっこを繰り広げながら、僕は声を張り上げる。
彼は、紛れもない大陰謀の黒幕。
大陸ギルドと争ってきた存在。
ゲームなどで言うなら、最後に戦うべきラスボスポジションだろう。
……そう。倒れるべき、敵。
勇者の覚醒に敗れ、敗北と共に散る存在。
しかし残念な事に、現実でそんな都合の良い覚醒なんて存在はしない。
一人で出来る事など、高が知れ。
勇者は、いきなり強くなどなれない。
異能にも、十分助けてもらってきた。
「異能も、己の力も、過信するつもりはありません」
……勘違いしないで欲しい。
異界から呼び出された勇者は、僕一人では決してない。
「覚醒なんて、出来ませんけど。気合で立ち上がるくらいは出来ます。……それに。僕には一人の覚醒なんかより、ずっと確実で頼れるものがあります」
「ほう、それは……?」
「もう一度、言いますよ……―――僕の相棒を、なめないでください」
大きな転換。
確信と共に放たれた言葉を受け、彼の表情に変化が訪れる。
「………! ……コレ、は……!?」
―――導主の腹部から突き出す刀。
曰く、一度は攻撃が通った。
一度は、彼の頬に刃の傷が穿たれはしたと。
ならば、防壁は常に展開されているわけではなく、危機がないと判断している間は存在していない。
全てをひっくり返す起点。
必要なのは、虚を突く事で。
それを為したのは……勿論。
「はぁ……、はぁ……ッッ。戦闘中に……油断は、良くないですね」
美緒が。彼女が、背後から導主を貫いていた。
あちらは、もう立ち上がれないと判断していたんだろうけど。
僕の考えは、全く逆だ。
本当に意見が合わないんだね、僕達。
……術者の思考が大きく乱れた事で、魔術によって機動していた双蛇は形を失い。
そのまま、完全に消え去る。
「これは……はははっ。何故、動けるのでしょう、勇者様。貴女の身体は既に限界を……」
「―――かつて、異能とは何処に宿るのかという対話をある方としました」
「……………」
「先代勇者の保有していた異界の言語能力が血縁へ遺伝したように。異能もそう。世界を渡っても残る力。魂に紐つけられた力……ですッ!」
「―――ぐうっ!?」
貫かれつつも機を伺っていた男は、斬り裂かれる寸での所で飛び退る。
しかし、身体の芯に近過ぎた故、動きは大きく鈍っており。
余裕は遥かに少ない。
そして、僕も。
身体は限界に近く、美緒がどうして動けるのか……なんて。
本当に、まるで分からない。
「―――――よもや……よもや……ッ」
分からないけど、しかし。
……それでも、信じる事だけは出来た。
僕も、彼女も、敵も……全員が手負いの状況の中。
味方で最も動けるのは、僕。
「――――……ッ」
美緒は限界だ。
本来ならば、あれだけの重傷で行動など出来ない。
端から、連携前提の行動……後を託した最後の一刺し。
……信頼の瞳。
絶対にやってくれるだろうという確信の視線を受け。
最後の力を振り絞り、僕達の敵へ突き進む。
「―――この力……! まさにっ!!」
「見事です……!! 流石は異界の勇者だ! これ程の傷を負ったのは、アベールでの―――」
「聞いてません」
未だ存在する余裕は、己が魔人である故の自負だろう。
彼は、何度でも再生する。
そして、浄化の力も万能じゃない。
例え身体を刺し貫けはしても、心臓を潰したり首を断つなどでもしなければ、いずれは再生する。
……だから、どうした。
それをやらなければ倒せないというなら、いまこの瞬間に成せば良いだけの話。
発動するは、何度目かとなる雷嵐の一撃。
一歩……二歩……。
爆発の衝撃と共に間合いを詰め、肉薄する。
「くくく―――ッ、乱心しましたか! その技は既に何度も―――、―――――ッッ!!」
「―――やる、出来る……今度こそ、ぜったい!!」
勇者としての覚醒は出来ないけど。
極限状態の今だからこそ、全神経が一つに纏まっている。
失敗したら、今度こそ僕たちは終わりだ。
なら―――絶対に、出来る。
『良いかい、リク。岩壁、水壁、城塞……どんな強固な防御も、必ず穴は存在する』
『はい……ッ!!』
『技術としては説明した通り……だが。真に大切なのは、決して目を逸らさぬ事と、極限まで技に集中する事。例え放つ途中で腕が、足が、五体が貫かれても、どうでも良いと考える程の極限。仲間の命に比べれば些事と断じる意志力』
『良いかい? 極限の集中だよ』
……………。
……………。
『――名前?』
『奥義の一つ……剣技なんですよね? 型名とか、技名とか……』
『あぁ……私の主義は知ってるだろう? 必要なら、修得出来たあかつきに、リクが自分で名付ければ良いさ』
『……僕が』
『とは言え、私が編み出して修得するのに、どれ程かかった事か……ははは。今から考えるのなんて、それこそ取らぬ狸の―――』
『……よし、決めました』
『はやっ』
「……ッ!!!」
今迄と変わらない筈の攻撃に、導主は何を感じたか。
彼は何かに気付いたかのような驚愕と共に、初めて恐れを顔に張り付ける。
僕を近付けまいと放たれる風の刃、燃え盛る炎蛇。
合わさり、吹き荒ぶ紅蓮の嵐。
繰り出される技を、身体が勝手に避ける、避け続ける。
攻撃が身体を掠めていく。
その幾つかは最短動作の為に必要などないと判断したゆえ、避けず……血潮を受け入れ。
遂に、間合いに入る。
届いた。
なら、後は斬るだけだ。
「雷銀斬―――――」
「―――――
かつて、一人の冒険者が編み出した無名の剣技。
魔術でなく。
異能でなく。
それは、単純なる「技術」による一撃。
先生が最も得意とする技術の一つ。
障壁魔術の完全破壊。
脆弱な箇所に剣を差し込み、点を破壊し、砕かれた不可視の城塞を超えて、本体を……。
「ぐ―――ぁぁぁぁ……ッッ!!?」
左胸を貫き―――
訓練でも、実戦でも。
かつて一度として成功していなかった技は、まるで布でも裂くかのように、いともあっけなく不可視にして鉄壁の魔術を破り。
心臓を貫き、右肩へと切り上がった剣が肉を抜ける。
―――――そして……。
……………。
……………。
「……は、はは……は。不覚……、ですね。私があのような……二度も、壁を破られると……は―――」
倒れ、動かなくなる導主。
例え男が魔人であろうとも、それは間違いなく致命傷の一撃だった。
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