第29話:二人一緒なら




 ―――――おかしいな。

 僕の完璧な計算が正しければ、これは漫画でよくあるシチュエーション。


 先んじて強敵と邂逅してしまった仲間がいて。

 戦いの中、ピンチな状況になり。

 そんな窮地で、図らずもベストなタイミングで、格好良く登場した筈なのに。


 何故か、そこはかとない場違い感が。

 ……呆れられてる?

 いや、そもそも。完璧な計算って言っておきながら「正しければ」と仮置きしている時点で、それは完璧でも何でもない訳で。


 今、この状況下で確かなのは。

 マジマジと僕を伺う知らぬ男と、同じくこちらへ視線を送る美緒。

 彼女は、既に手負いになっているという事で。


 しかし両者は、何故だか疑問符すら浮かべていそうな微妙な表情を……。

 ある意味好都合か。

 


「くらまし、っと」


 

 シン……と静まり返った空間の中でそう思い。

 旅装の破れかけた胸ポケットからやや太く小さな針を取り出して、そのまま人差し指と中指で挟んで男へ撃ち出す。


 

「―――ほう……、……これは、真に巻物」



 勿論、当たる訳もなく。

 しかし、見えない何かで弾かれた針は、男の足元で唐突に煙を吐き始める。



「……針状に丸め固めた小型のスクロール。本来魔力を流しつつ破壊せねば発動しないものを、極細の糸を介して魔力を流し。着弾地点で術が起動するように細工したもの。……察するに、精密な魔力の持ち主……風属性。貴方も、聞いていた通りの勇者だ」

 


 優しげな声が耳を撫でる。

 この一瞬で僕の情報を丸裸にされてる感じするけど、頭が回る人なのかな。 


 ……良いや。

 今はそれよりと、煙に包まれた中で急ぎ美緒の元へ駆け、前に立つ。



「美緒、酷い傷だよ。すぐに回復を。ポーションある?」

「……あの」

「うん。切らしちゃった?」

「……いえ、陸君の方が酷いと思うんです」



 ……………。



 ……………。



 ―――ああ。

 それで、あの空気か。


 確かに。助けに来た側の方が傷だらけで、どうやって助けるというんだろうと。

 そう思うのも、状態的に無理はないけど。



「傷は塞がってるんだ。ちょっと身体が怠いだけだから、僕は大丈夫」



 中枢を目指しながらでも、努めて治癒は行っていた。

 アイリさんの作った上級回復薬で痛みもなく、体組織の修復と共に急速な増血も行われているだろう。

 その影響で、身体が熱く痒いくらいに。


 成長痛みたいな感じだ。

 こんな速度の自己回復なんて。

 あの甘くて美味しい薬、一般人が飲んだら意識を失うレベルの劇薬だね。



「陸君、あの男は……、導主は……」

「うん、ビックリだけど……魔族―――魔人、なのかな? ひょっとして」

「!」

「―――あ、やっぱり?」



 先んじて言葉を重ね、彼女の反応を見て確信する。

 予想していた一つだけど。

 そもそも、目の色とか耳の形が魔族だし、組織の前身は魔族を目指した団体って話も聞いていたし。

 或いは、実験の産物……なりそこないとか。


 後は、仲間としての主観が混じるけど、美緒が何のイレギュラーもなく追い込まれる筈は無いし。

 敵が、何らかのあり得ざる力を持っていると見るべきだろう。


 魔人の回復力、尽きぬ魔力があるという前提で臨むべきだ。


 ……名だけ聞いていた存在。

 美緒の言葉からも、彼が組織の長である導主で間違いないようだけど。


 煙が晴れた後に現れる男。

 特に武器の類も所持していなければ、特段動きやすい服装でもなく、戦闘に慣れている印象もなく。


 見た目とか感じる限りでは、普通に教会とかで懺悔ざんげでも聞いていそうで。

 あまり強そうには思えない。


 ……一つ、試す必要はあるね。

 美緒が休んでいる間に、ちょっと仕掛けてみよう。


 一歩、二歩……二歩か。



「―――雷銀斬」



 出し惜しみはなしと。

 剣を鞘に納めたまま導主へ肉薄した僕は、光速で抜き放たれた刀身を振り抜く。


 しかし、おかしなことに。

 一文字に振り抜かれた剣は虚空で取っ掛かりを覚えたように弾かれ。


 硬質かつ雷の様な大音響が、空間を震わせる。

 ついでに、衝撃で腕も痺れた。



「―――中々の一撃……当たっていれば、命はない。これは、厄介な事ですね。私は本来、戦闘は不得手なのですが」

「そう言って本当に弱い人見た事ないです」



 事実、渾身の必殺を防がれた。

 足を動かし二、三と別角度から攻撃して見るも、どうやらかなり長大な面積で展開されているようだ。


 これは、障壁魔術。

 見た事もない練度の高さ……そして発動までの速さ。


 一瞬で、広範囲に。

 この男は魔術型で間違いはないだろう。 


 

「―――素晴らしい。今代の異界の勇者は、全部で四人。個々の練度が既に上位の領域ですか」

「そりゃあ、B級ですからね。ところで、貴方が導主だって確認は取れたんですけど」



 取り敢えず、言いたい事として。



「管理職の人選は吟味した方が良いですよ」

「ははは」

「多分、かなり責任ある立場の人だと思うんですけど、研究しか頭にない手合いには変に力を与えないでください。迷惑です」

「……後程、言っておきましょう」



 案外ノリが良いのかな。

 僕の言葉に真面目な様子で答えた男は、話を変えるとばかりに一息溜め。



「時に……如何です、勇者様。貴方は―――」

「あ、そういうのは良いんで」

「………おや」

「多分ですけど。その手の話、もう美緒に却下されてません? じゃあ、聞く意味ないです」



 短い会話で分かった事として、僕はこの人と相容れない。

 相対しているだけで、踏み入って欲しくないパーソナルスペースへ上がり込んでくる手合いだ。


 施錠はしっかりするけど。

 それでだめなら、もう実力行使しかないだろう。



「勇者ですから。どうしてもって言うなら、形だけ聞きますけど。期待はしないでください」

「……はは、はははっ」



 先の会話とは異なる、真に呆れたような笑い声。

 間合いより外から剣先を突き付けられている彼は、大仰に肩を竦める。



「……いえ、止めておきましょう。かつて、同じように弁を遮られた事があります。「聞いちゃいない」……と」

「その人とは気が合いそうですね」



 少なくとも、この人よりはね。

 

 会話の中で結論が出される頃。

 美緒も応急処置は問題ないようで、立ち上がる。

 ……この機に攻撃してこないっていうのは大分不可解だけど、どれだけ余裕のつもりなのかな。



「美緒、動ける……?」

「……ッ。……はい。大丈夫、です」



 導主と向き合うままに、後方の彼女へ声を掛けるけど。

 やっぱり、攻める側って不利だよね。


 何があるか分からない領域。

 万全に体制を整えていながら、中枢へ辿り付くまでにかなり消耗させられた。


 対して、敵は万全の様子で。

 魔力には限りがあると思いたいんだけど、魔人の仕組みが気掛かりだな。

 どう仕掛けるべきか……。



「―――陸君。先程二方向から攻撃した時、彼の障壁は一方のみ対応していました。手の内を探る為に、陣形を……エアロックで」

「……うん、分かった」



 或いは、防御に隙があるのではないかと。

 探る必要は確かにある。


 ……仮称、エアロック。

 それは風属性と地属性を併用した、複数ある作戦のキーワードだ。 


 簡単な会話を終え、僕達は左右に分かれて駆ける。

 それぞれが敵に肉薄し、両脇から武器を横へ薙ぎ。

 

 ―――剣が弾かれる。


 側面はダメかな。

 なら、作戦の本領と行こうか。

 長剣を片手で操りつつ、僕はもう一方の手を前に、そのまま魔力を撃ち出す。



「―――“狂飆きょうひょう”」

「これは、暴風を発生させる上位魔術……指向は、私……―――っ!」



 上位だけあり、複雑な魔術だ。

 己を対象とするより、他人へ向ける方が簡単で。

 しかし、「来るか」と身構えた導主に魔術の事象は向けられず。


 異変を感じ取り彼が振り返った先に、美緒の姿はない。

 彼女は、とっくに……。



「成程……!!」



 エアロ……空中、航空。

 上昇風の補助を受け、高い天井に足を付き。


 急加速して、頭上から。

 導主を真上から両断せんと、既に刀を振り抜いていた美緒の一撃。


 それが宙で何らかの物質と拮抗し、曲線を描くように……滑り台のようにズレ、無為に虚空へ振り下ろされる。

 合わせるように繰り出した僕の斬撃や風の刃もまた、弾かれる。



「―――直角ではなく曲線。そして全面を覆う障壁です」

「……みたいだ」


 

 上から、側面から。

 側面でも上面や底面から。

 あらゆる方向から試したのに、一撃も当たらないなんて。


 なら、一辺でしか展開できないというのはブラフ。

 本当は、可能だと。



「……真に厄介なのは。あなた方の真価とは、連携でしたか」

「僕達視点からだと、貴方がかつてないレベルの術士って事実ですかね。本当に厄介なのは」



 彼は、己の周囲全面にあのような不可視の壁を展開できる……と。

 魔力消費などは不明だけど。

 水や石などの自然物質を用いない完全な障壁魔術の生成とは、上位の術師でも困難を極めると先生に聞いた。


 そして、出来ても最初は平面での展開。

 直角で折り曲げるのは更に上位。

 曲線ならば更に上位。

 己の周囲全面に、曲線の半球として発生させられるなんて……。


 冗談じゃないし、見たこともない。


 そして。

 壁に使えるという事は、当然攻撃にも使用できるだろう。


 風属性の様な、不可視の刃とか。 

 常に室内の稀薄な魔力の流れに気を配っておかないと、気付いたら首が飛んでたとかあるよ。



「―――やはり、これでは分が悪いやもしれませんね」



 未だ、余裕を見せ続ける導主。

 しかし、彼もまた攻撃をしなければ僕達を倒せはしない訳で。


 中枢への到達者がいる以上。

 後続の事を考えれば、必ず何かしらの手段は行使する……ん。



 ―――何か、来る。




「人に、心ありき。魂に、罪ありき」




「過去を忘れ、原罪へ至る魂よ。今一度、神の御許へ戻るべし。人の子よ、我が主命に従え」




「“禁呪テウルギア―――洗礼ノ秘法レナトゥス”」




 唐突に、何かを読み上げるように呟く導主。

 それに対し、相手の一挙手一投足へ脳をフル稼働して注視し、次に対応する為ライズも併用して分析する。

 けど、なにも妙な様子はなく。

 


 ……………。



 ……………。



 ……何だろ、この違和感は。

 何も仕掛けなど用意せず、ただこちらの混乱を誘うなんて。

 そんな、冒険者や小物みたいな姑息で陳腐な作戦をあの得体の知れない男が行うとも思えず。


 しかし、強力な攻撃魔術の反応もない。

 あるとすれば、最初から部屋を満たしているありふれた魔素や魔力の―――。



「……ぐ――ぁ……ッ!!?」



 鋭い背中の痛みに、横へ飛び退る。

 頭が真っ白になり。

 膝を付きかけつつも、剣を支えに何とか踏み止まる。


 未だ動かぬ男。

 攻撃魔術ですらない。


 でも、あり得ない。

 だって―――僕へ鋭い攻撃を行ってきた相手は……。



「……みお?」

 


 絶対に、それだけはあり得ない相手で。

 しかも、彼女は飛び退った僕へと、再び刀を構えて襲い来る。


 一撃を受け止め、競り合うまま。

 刀の一撃を受け止めるままに、思わず声を張り上げる。



「……どういう事です! これ……!?」

「古来より。宗教において、知的生命体の美徳は、本能に抗う忍耐とされてきました。しかし、それこそ即ち、そうあれかしと人間を形作った神の意に逆らう事。……えぇ。争いとは摂理。欲とはとどまらぬもの。綻びは、必ず生じる。やはり、罪は重なり続ける。忍耐は、毒。生物は、原初に刻まれた本能に抗う事はかないません」



「真に救済を願い、抗えぬ呪いを防ぎたいのならば―――本能その根本を書き換えれば良いのです」



 洗脳魔術……!!

 敵には、上位の魔物すら使役する強力な洗脳魔術を扱える術者がいると言われていたんだ。


 他ならぬ、彼自身が……―――ッ。



「本人の意思など些事と断じるもの。神の意一つで仲間へさえも刃を振るう使徒と化す。これが、洗礼です」

「今すぐッ、解いてください……!」

「ふふ……。さぁ、勇者同士の争いと―――」



 導主の言葉が終わるより早く、僕は競り合いを解いて飛び出す。


 魔術の併用は、上位のものである程に困難。

 今なら、障壁魔術は……!



「―――くッ……!!」



 冗談じゃない。

 精神を研ぎ澄まし、狙って雷光の一撃を突き立てども、全力で剣を振り抜けども。

 全ては壁に弾かれる。

 一度も、その壁へ罅を入れる事すら叶わない。

 そして、弾かれたその隙を狙うように、僕に襲い掛かる者がいる。



「美緒! ちょっと今は―――ぐぅぅ……!?」

「……………」



 つまり、己は圧倒的な障壁魔術で敵を近付けもせず。

 敵は洗脳魔術により自滅させる。


 こんなの……。



「……大ズルチート、じゃん……!!」



 未だかつて、ここまでズルい敵を相手にした事はない。

 最上位冒険者だって。

 リディアさんやゲオルグさんだって、技の極致であるだけの只人だ。


 こんな、意味の分からない術で。

 それこそ、神様から授かった異能力のような馬鹿げた力なんて。



「―――美緒……みおッッ!!」



 風のような斬撃を捌きながら語り掛けても、返事はなく。

 生気を感じさせない瞳。

 そのまま、刀で僕を両断しようとする攻撃の数々を捌きながら、震える声で語り掛ける。



「勇者の力かなんかで、如何にか―――ならないッッ!?」

「……………」



 頬を深く鋭く抜ける切っ先。

 流血の感覚なんかより、灼熱感なんかより。



「……ぐっ……。ね―――、ちょっと、聞いて……聞いてよ……!」

 


 返事が欲しくて、何度も語り掛ける。

 そんな中で。


 ……刀の持ち手が、カタカタと揺れる。

 その動きに希望を見出して、一瞬だけ完全に判断が遅れた。



「人とは、信じてしまいたくなるものです」

「―――……ぐッ……ぅ!?」



 それすらも罠だ。

 あの小刻みの動きすら、導主による指令によって行われた油断を誘うための動作。


 重なり続ける不規則極まる動きは。

 今迄の彼女が一度も取らなかったその動作は、僕の異能では対応が出来ず。

 彼女が相手では反撃すら出来ず。


 美緒が、素早い足さばき横へ跳ぶ。

 視界の端、死角で行われる、目で捉えるのも難しい動きの刀術が、僕の頸部へ伸び……。



「―――……!」



 しかし、防御するより早く。

 迫っていた刃が、突然に方向を転換する。

 苦し紛れの抵抗というには、あまりに正確無比なる両断の一撃が。


 見えない何かを的確に斬るような。

 そんな確かな一撃が、しかしあらぬ方向へ、的外れな方向へ振るわれる。


 今のって……―――……ッ!

 考える間もなく、再び空間を裁断するような剣閃が走る。


 今度は、紛れもなく僕目掛けて。

 ……でも、違う。

 今迄の攻撃と先の不可解な一撃、そして油断を誘うような罠では、決定的に異なる要素が存在していて。



「―――抵抗……? これは? ……くくくッ。おかしな事もあるものです」



 導主の言葉は、真か偽か。

 先程の動きは己が命じた動きなのか、本当に不測の事態なのか。

 

 それを僕に読み取らせないつもりだろう。



「いかがです。仲間に、本気で命を狙われるのは」

「美緒は、もっと強い!!」



 一撃一撃が全盛、神技の様な斬撃。

 それを可能とする異能と、あらゆる状況に対応する判断能力。

 

 それが、彼女本来の武器なのに。


 今の彼女にはそれがないのは事実なのに。

 でも、それが今は厄介なんだ。


 操り人形のような、不規則な動き。

 本来の彼女なら絶対にしないであろう動きは、紛れもなく操られた故のもので……。


 刀を逸らす筈が。

 またしても、予想だにしない動きを彼女が行う。

 防御に構えた剣の向かい先に、突然に躍り出る。



「……………!!」

「―――おや。これは、マズいですね」



 僕の剣が、彼女の腹部を抉る。


 

 ……………。



 ……………。



 頭が真っ白になる。

 視界がぼやけ、虚脱感が全身を支配し。

 それでも、今ではないと意志を込め直す中で。

 硬質な金属が床へ落ちる振動音が、僕を現実へと引き戻す。

 


「―――これは……フム、激しい肉体の負荷に身体が持ちませんでしたか」



 ……………。



 ……………。



 床に落ちた打刀が、左右に揺れて小さく鳴り続け。

 次に、より大きな音が。

 その音は……。



 ―――美緒が、血を吐いて倒れた音だった。

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