第6話:ヤクと斬首にご注意を
「へい、若大将ぉ! 元気かぁ!」
「勇者様元気だってよぉ」
「今日は調子良さそうだな、坊主」
「一緒にゴブリン狩りに行く? 準備は念入りに済ませたし、アフターケアもバッチリよ」
……………。
……………。
最近、やたら絡まれるよね。
一体どうしてこんなことに?
日も高い時間。僕がギルドのエントランスへ入るなり。
男女問わず大勢の冒険者に囲まれて。
手荒な挨拶を受けたり、いつの間に果物の袋を持たされたり、髪の毛
暫くして、ようやく嵐が過ぎ去る頃には。
「……うぅ……クシャクシャ」
多少は整えたのに。
これで、先生みたいにハゲないか気を使ってるのに。
あの人たち、本当に問答無用で撫でまわすよね。
「というか、どういう扱いなの?」
別に、勇者扱いして欲しいわけじゃないけど。
尊敬されているような、されていないような。
馬鹿にされてすらいるような?
テレビのドッキリみたく、入室したらエキストラに囲まれて弄ばれて、気が付いたら解散って。
もう、そんな感じだよ。
果たして、彼等は僕に何を期待しているんだろう。
「あの……皆、取り敢えず……仲良くなりたいって感じに、見えます」
「俺たちから見たら、な」
……そうかなぁ。
あれ、関わり方が分からないっていうよりは。
完全に、遊びに来ているような……。
「―――フーリくん?」
「おう、リクさん」
「「こんにちは」」
「なんて言うか。その……リクさん……見かける時、いつももみくちゃにされてませんか?」
声に振り返れば、そこに居たのはフーリ君。
そして、彼の仲間達。
動きやすい革製の軽装に身を包んでいる彼等は、やっぱり。
話す時にちょっぴりだけど緊張が伴っているようで。
「何でこんな扱いなのかは、
「えぇ、無事に」
「何とか討伐もこなしてます」
「今日は、C級の人の付き添いで……そういえば。今日は、センセイさん達は一緒じゃないんですか?」
「僕達の方は、休暇中だからね」
あの依頼ラッシュがあったから。
暫くは、戦闘の訓練も休み休み。
その分、魔術訓練や座学に割り当てられる時間が増えているけど、殆ど休みの様なモノ。
で、今日も午前中はゆっくりしていたから。
「午後に現地集合って事になってて―――あぁ。ホラ、あそこ」
酒場というよりは、カフェテリア。
流石はギルド総本部の内装なのか。
清潔感に溢れたそこには。
清潔感が欠片もない……そんなモノは置いてきたと言わんばかりに豪遊する冒険者。
……昼間から飲む彼等の一角に。
オアシスはここに有りと、優雅なティータイムと洒落込んでいる皆がいた。
―――あと、カレンさん?
何か、こっち手振ってるし。
まるで仲間の一員みたいに一緒に居るのは何なんだろうね。
「………受付さん……手振って……うへへっ」
「おい、レイ?」
そして、それを呆けた様子で見ている少年は。
都会のお姉さんに憧れるような感じかな。
でも……カレンさんは止めた方が良いよ。
あの人、春香の同類だし。
しかも、一番
「お呼びが掛かったから。じゃあ、また。冒険、頑張ってね?」
「「はい……!」」
「程々に頑張ります」
「取り敢えずは……D級に昇格できるように……コツコツやっていく予定、です」
軽く話した後、冒険と純情の安全を祈りつつ。
元気にエントランスを後にする五人を見送り。
僕もまた、カフェにいる皆に合流。
とは言え、今は春香と康太しかいないみたいで。
「―――よ、よぅ、陸。グラナド食べるか? プチプチだぞ……ははっ」
「よよ、陸。ピュータいる?」
グラナド……ザクロそのまんま。
ピュータ……
中には大きな種。
形で言うとアボカドに似た、しかしオレンジの様な味の甘味。
どっさり果物。
健康的で良いけど、また無駄遣いしたね。
一昨日も二人に借金せびられたし。
……あと、何だろ。
極めて冷静を装っていると思い込んでいるだろう康太だけど、誰が見ても明らかに様子が変だ。
「僕は、さっきそこで果物貰ったし――カレンさん、今日は非番なんですね?」
「違いますけど?」
「……戻ってどうぞ」
「いや、いや。コレも仕事ですよ~~?」
春香たちと談笑していた受付嬢。
明らか、サボりに見えるんけど。
しかも、彼女がいるせいで。
この席、周囲から凄く見られているらしく。
気を逸らすために、それとなく尋ねる。
「……何の話してたの?」
「んん~~? チョコとか、アイスとか、コークとか」
食べ物の話……?
にしては、チョイスがバラバラというか、同列にないというか。
というか、コークって。
コーラなんてこの世界には存在しないし。
本当に、何の話だろう。
ある種、人生をエンジョイし続けるこの三人には似合っている混沌空間だけど……。
「エスとか、ハッパとか、スピードとか」
「いや、隠語じゃん!」
ようやく合点がいった。
今の全部、学校で習った麻薬の隠語じゃん。
そして、そんな話。
何の前触れもなく話題に上るとは、とても考えられなくて。
「もしかして、闇取引みたいな話ですか?」
「―――へへへッ……御名答。ヤクの取引ですぜェ。ま、暇潰しに、過去のガサ入れ事例をちこっと……ね?」
この受付嬢、ノリノリである。
カレンさんも、元冒険者だし。
こういうので血が騒ぐとかあるのかもしれないね。
取り敢えず、立ち話もなんだから、空いた席に腰かけ。
僕も加わる事にするけど。
広くスペースの取れる、細長で四角いテーブル。
女性二人の対面として、康太の隣に腰を下ろした僕の目が。
沢山の視線と交差して。
座ってから、ようやく理解する。
この視座、この状況で心配に思うのは、カレンさんが同席していて、先生が居ないという事。
「「……………」」
「康太」
「―――けけけ……。分かってくれたか、陸ぅ……?」
「………僕、ちょっと飲み物……」
「オマエ、ナカーマ。オレ、オマエ、ニガサナイ」
逃げ……立とうとした途端、腕を掴まれる。
恐ろしく強い力だ。
まだ若く、女性経験が浅い新人の男の子たちが見惚れるのも当然な、自称がなくても美人な受付カレンさんと。
幼馴染の
そんな二人と対面に同席して。
唯一の男児であった康太が受けていた妬みの視線は凄まじい物であったようで―――その半分が僕にも分け前として
康太は知性を失い。
僕達は、改めて一蓮托生となった。
「――――ふふふふふふっ」
「へっへっへっへっ……!」
しかも、対面の二人。
性格が悪い事に、それを全て理解していて、ずっと康太の反応を見て楽しんでたんだ。
何という小悪魔だろう。
―――クイクイ。
これは、脳をフル回転して。
今すぐ親友を囮に逃げおおせる作戦を考えないと……。
―――クイクイ。
……いや、向きたくない。
絶対に向きたくないんだけど、後ろからクイクイと裾を引っ張られる感覚。
やっぱり、遂に我慢できなくなって?
大人気らしいカレンさん。
彼女と僕達が卓を囲んでいるのが気に入らず。
徒党を組んだ冒険者たちが、とうとう自ら足を引っ張りに……。
「―――コーディ?」
「はい! こんにちは、リクお兄さん!」
もう一人、大人気さん来ちゃった。
彼女は、コーディリア・ロウェナ・アシュトン。
共通の愛称は、コーディ。
この世界における巨大企業……ロウェナ商会を運営する一族の令嬢でありながら、決して気取らず。
ギルドの非正規職員として一生懸命に働くみんなのアイドル。
ギルド職員においては。
カレンさんと人気を二分する存在だ。
「はい、コーディちゃん。椅子これね?」
「有り難うございます、ハルカお姉さん」
「ふふふ……っ。良いって事。私はお姉ちゃんですからねぇ……!」
ナチュラルに僕の正面へ椅子置くね、春香。
あと、遂に康太が白目剥いてる。
シャイな彼の脳は、これ以上嫉妬に満ちた視線を集める事を許容できなかったらしい。
「最近は皆さんに余り会えなくて、寂しかったです」
「「――――――」」
「……………ぁ、うん」
「さっきまで図書館でご一緒していたんですけど……ミオお姉さんも、もうすぐ来れるって―――どうかしました?」
「いや、何でもないよ」
ファンクラブ。
顔がうるさい。
視線の先で騒いでいる訳でもなく。
只、怒り顔でこちらを向き。
一斉に首元で親指をスライドさせている彼等は、とにかく絵面がうるさい。
そして、気配や視線を察知できる上位冒険者の小悪魔二人はともかく。
それが出来ないコーディが。
自身の後方で起きている暴動を知る
「えぇと……それで。リクお兄さん? 良かったら、なんですけど。この後―――あの……やっぱり、どうかしましたか?」
「いや、何でも」
「後ろ……?」
「何でもないよ、本当に」
不審極まりない僕の様子。
それに疑問を覚えた彼女が後ろを向いた時だけ、屈強な男たちにまるで似合わぬ優雅なお茶会が開かれ。
彼女がこっちに視線を戻せば、再び修羅の審問会が開廷。
もう、ほぼ妬みとか関係なく。
絶対楽しんでるよね? 彼等。
あと、軍団に混じって親指をスライドさせているA級冒険者も、絶対楽しんで……。
―――え、なんかいる。
「リクお兄さん。視線がちょっと上というか……何かを、凄く気にしてませんか?」
「そーおーでーすーねーー?」
「なんだろねーー? もぐ……もぐ……ピュータうまー」
このっ……!
本当なら、もう離席したいんたけど。
死に体の康太を置いては行けないし。
折角耳をピンと立てて喜んでくれてるコーディにも、変な気は使わせたくないし……そうだ。
「上の耳がピコピコして可愛いから、ちょっと……ね?」
「え………!」
そう、先祖返りの猫耳。
実際可愛いし、そういう事にしようね。
コレで、変に不審がられる事なく……。
「じゃあ……さ、触り……ますか?」
「………へ?」
墓穴ぅぅぅぅぅぅ……!!
話を逸らす事に意識を割き過ぎて、そうなる可能性を全く考えてなかった。
そういえば、コーディ。
耳を触られるの、結構好きみたいだったんだ。
「……僕、リクお兄さんなら……いつでも良いです……よ?」
……………。
……………。
「……じゃあ。後で」
今のは、完全に自分の所為だから。
触りたいし。
もう、これに関しては――触りたい――諦めるしかない――触りたい――けど。
「人目に付かない所でぇぇ?」
「たっぷり撫で回すんですねぇーー?」
「え!? 撫でまわ……たっぷり……あわわっ。そう、なんですか……?」
姉妹みたいに息ピッタリで、この状況を一番面白がっている二人の笑顔は。
顔を真っ赤にしているコーディは。
向こうからは、どう見えてるのか。
僕は、恐る恐る、彼女らの更に先へ視線を向けるけど。
ヤバい、ヤバいよ。
首元でスライドしてた親指が、ねっとり動く手刀に変わってるよ。
というか、人数増えてるし。
さっきより、明らかにカフェスペース賑やかになってきている。
あと、焚き付けてる悪い大人がいる。
「……はははっ」
やがては、僕も万策尽き。
お隣と同じ運命を辿るのかと考え始めて。
そんな地獄のような現状の中。
また一人、新たにカフェスペースへ足を踏み入れてきた少女がいた。
彼女は目を細め、状況を確認し。
臆せず、凄いスピードで群衆に割り込み、彼等へハッパをかけていた中心人物へと声を掛け。
「「……………」」
瓦解、解散、解放。
斬首のサインをしておきながら、実際に首を取られたのは彼等の側で。
大将を失った審問会は自然消滅。
いそいそと各々の目的へと戻り。
焚き付けていた男は。
黒髪の少女に小言を言われつつ、ペコペコしながら歩いて来る。
「康太君は小市民なんですから、あまり虐めないであげてください。あと、焚き付け過ぎです。職員さんに怒られますよ?」
「すみません、すいません、すいやせん」
「……本当に聞いてますか?」
「勿論、もちろん」
「断酒も念頭にいれます」
「勘弁してくれないかな。この依頼の後に飲み歩く予定なんだ……っと」
「皆。楽しんで――もとい、揃ってるみたいだね」
「こんにちは、センセイ」
「やぁ、コーディ。元気そうで何より」
「……お待たせしました、皆さん。何の話をしていたんですか?」
美緒、本当に救いの女神様。
唯一の、貴重過ぎる常識人。
先生と美緒も合流して。
これで、ようやく全員集合……美少女追加。
あっちで敗残兵がスタンバイしてるけど、大丈夫かな。
軍が再編されなきゃいいけど。
……………。
……………。
「では。冒険者さん達と依頼人さんも問題ない事ですし、始めましょうか!」
「ほーーい」
「お願いします」
「……依頼……カレンさん行きの依頼っすかぁ」
ようやく話が進み、ようやく回復した康太が早速話を折りにかかって。
それ、僕も思ったけど。
敢えて言わないようにしたのになぁ……。
というか、依頼人?
依頼人も問題ないって……ぁ。
「燃え尽きコウタさん。何か問題でも?」
「いや、だって。カレンさんに回される依頼って、大体全部性格悪――」
「なんですか?」
「……高難度の依頼ばっかっすよね」
カレンさんの言葉の意味を理解した後、僕の耳に入ってくる会話。
確かに、受付嬢はかなり難しいお仕事だと聞く。
当然、激務なのもそうだけど。
最初は冒険者のように見習いから始まり。
徐々に高ランクの依頼
そして、ベテランで腕の良い者……冒険者の適性を見極め、適切な依頼を斡旋出来る職員程、より複雑な依頼が割り当てられる。
そんな受付嬢の中で。
彼女は超一流だから。
舞い込んでくる物は、殆どが高難度かつ複雑な上級依頼らしくて。
今回も、一筋縄ではない筈……なんだけど。
「難しい依頼……ね。あの、カレンさんに依頼を持って行ったのって、コーディなんですよね?」
「………そなの?」
「えぇ、そういうことでーす。ちょっとばかし複雑ですから、同席して貰ってるわけですね。取り敢えず、お話聞きます?」
カレンさんの言葉に。
皆の視線は、僕の対面に座る令嬢に移り。
彼女は、緊張したように話す。
「あの……皆さんは、以前お父様が言葉を零していた事……覚えてますか?」
ロウェナさんが……あぁ。
それって、確か。
「皆で家にお呼ばれした時の?」
「あん時の、依頼……的な? 調査中の困った事って言ってたけど」
「はい! そのお話です!」
本当に忘れっぽい性格なのに。
こういう、お助けに必要な情報だけはしっかり覚える元気っ子たちは。
本当に、正義の味方気質で。
すぐ思い出した康太と春香の言葉に。
コーディは凄く嬉しそうに頷き、続きを話し始めた。
「お父様の運営する部門……交通網関係の依頼なんです。実は、回復薬の醸造に必要な医療素材の流通が滞っている場所がありまして―――」
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