第5話:冒険者とかいう暗黒職(下)
見事に静まり返ったエントランスホール。
感じる恨みがましい視線。
それをどこ吹く風と流し。
俺は改めて、新人冒険者たちへと、彼が何者であるかを説明する。
……………。
……………。
「―――勇者……ッ!? 君が……?」
「……うそ」
「だって、私たちと同じくらいの……」
「……………っ」
「――――――――」
ある者は、衝撃に固まり。
ある者は、完全に放心。
そんな、当然の混乱。
五者五様の驚愕を隠さぬ彼等へ向かい。
するりと俺の脇を通り抜け、長剣を携えた一人の青年が近付いていく。
かつては、彼等と同様に。
同じく、震えていた子だ。
「勇者、です。半年前に教国で召喚されました」
わぉ、社交的。
成長したね、リク。お兄さん嬉しいよ。
―――曰く、勇者には、超常の力あり。
以前、宵も深き酒の席でリディアに尋ねられ、答えたことがあるが。
【異能】とは、また別口。
象徴する神の加護。
個体差によってもまちまちだが。
かつてクロウンスで、海嵐神の勇者シンクが正規軍を
恐怖を忘れさせ。
安心感を与える。
そのような不思議な力を、勇者は常に纏っている。
―――が、それは。
このような状況でなければ……という
ささやかな、雀の涙の力で。
「なん、で。アンタ……が……。―――そんなっ、不公平じゃないかよっ!!」
端から反感しか覚えていない相手には、その様なモノ意味もなく。
やがて、彼等のうちの一人が。
放心していたリーダ格の少年が、感情を爆発させる。
「どうしてなんだよ! なんで……おかしいだろっ!」
「なんで、アンタみたいな何も殺せないような顔のが勇者で、俺が……くそッ!!」
溜まりにたまった、行き場のない感情だ。
大人連中に好き放題言われ。
怒気を放つ彼はしかし、それが完全に不条理なものだと理解している。
その怒りは、あまりに理不尽。
矛先を根本的に間違えている。
しかし、しかしだ。
納得がいかないのも、理解できる。
こんな世界の生まれだ。
誰だって、一度はそんな英雄譚を夢見るから。
強く、賢く、優しく……。
誰からも賞賛され、誰からも誇られるような、そんな存在になりたい。戦場を単騎で駆け、剣一本で敵を蹂躙したい。
当然の感情であり、当たり前に存在する若き根源の欲求。
それに対し。
問われた青年は、優しく答える。
「うん。理不尽だよね」
「……………ッ」
「本当は、ね? 僕も、怖いんだ」
「―――ぇ……?」
その瞬間、少年の怒りの感情が、忘却の彼方へ引っ込む。
情報を処理しきれていないのだろう。
この世界で、勇者は特別な存在ゆえ。
物語に多く語られ。
伝説となる存在だ。
多くの国と地域で信仰される彼らは、そこいらの苦難なぞ吹き飛ばすような存在だと、人々は幼少期に聞かされる。
だからこそ、混乱する。
好きなアイドルや俳優と実際に会って、その眼で見てみると。
案外、想像と違って失望するというのは有名な話。
よく言われる例え。
―――だが。
その子は、そんなタマじゃない。
「全部、ぜんぶ……怖かった。最初に受けた依頼。最初に倒したのは、ゴブリンでね」
「僕だけ、沢山吐いたんだ」
「「……………」」
「一回だけじゃないよ? 何度も、何度も。もうお腹の中に何も残っていないってくらい吐いても、今度は胃液だけで出てくるんだ」
あぁ、うん。
嫌な、思い出だったね。
アレは、かなりクるものだった。
……そう、初依頼。
実は、アレ自体が
リクたち四人は、知る由もないだろう。
本来、最下級の冒険者が。
駆け出しの者たちが受けるべきなのは、採取……次点で、小型の魔物討伐。
これは、ギルドの鉄則だ。
何故ならば、潰れるから。
殺し合いなど知らぬ、平穏な生活。
培った健康的な身体、健全な精神。
それらが宿った大多数の新人は、より自らに近い存在を殺めた恐怖と後悔に、その時点で脱落するから。
「―――断面なんか見たら、もうダメ。まだ色々とピクピク動いてる上に、誰のかも分からない、溶けかけの指とかが出てくるんだ」
そして、反応を見るに。
五人は……村落ではなく、狩りを知らぬ都市の出か。
未だ、そういった討伐経験がないのかもな。
あの青い顔に。
勇者達の体験は、ちとやり過ぎる可能性もあるなぁ。
「えっと。キミ、名前は?」
「……ぁ。……フーリ、だ」
「フーリ君……良い名前だね。フーリ君は、ヘッジ・ウルフって知ってる?」
「………いや」
「身体全身に棘がある狼なんだけど。それが、凄く長くて……鋭くて。刺さると、頭がおかしくなるくらいに痛いんだ。でも、間違っても痛くて倒れたら、その時点で終わりで」
そう、身体中がハリネズミ。
複数の重要器官を槍が抜ければ、回復薬など無用の長物に等しく。
……そこで、即死。
抗議、やり直しの余地はなく。
ギルドの始末書と、簡素な墓が一つ増えるだけ。
「しかも。治らないからって、無理矢理に棘を引き抜くんだよ? 酷いよね」
……いや、悪かったって。
アレも、計画通り。
痛みを経験するなら、早い方が良いと考えての事。
アレがあったから。
その後の適応も、随分と早かったもので。
「後は……人里離れた、禁域指定の森林って行ったことある? そういう場所に付き物の盗賊のアジトでも、ゴブリンやオークのコロニーでも」
「……………」
「どうなって、いるんですか?」
勇者の体験談を中心として。
聞き入る今の彼等に、冷静な思考力などがある筈もなく。
今度は、少女が。
青ざめながらも、尋ねる。
勇者の物語、華々しさとはかけ離れたその足跡を。
「……人間が、当然に死んでるんだ。僕たちより、ずっと小さな子供。引き千切れた身体に虫が湧いたまま半分溶けてたり、所々齧られたまま、苗床にされたり……」
「正直、すぐにでも逃げたかった」
「しかも、ある時は誰が誰かも分からないくらいグチャグチャで、ね? あぁ、人の尊厳とか無いんだな……って」
……………。
……………。
クロウンス―――遺跡探査か。
むしろ、それは。
人としての尊厳を守るための行いだったのかもな。
「外、本当に危ないよね? だから、街中では、ホッとして。色々な人が声を掛けてくれて。良く、一緒に来ないかって勧誘されたんだ。嬉しいよね」
「「……………!」」
この時点で、とっくに。
彼等新人の顔から、喜と楽の感情など失せていて。
しかし、唯一まともな話に。
再び血色が戻りかけた、が。
気にするな。
これも、ただの追い打ちみたいなもんだ。
「街中で、仲間が殺されかけて、攫われて。脅されて」
「―――ぇ………」
「それ……ぇ?」
「自分だけじゃ何もできなくて。死に掛けた親友が血だらけのまま治療されてるのを、見てるしかできないんだ。時々血が噴き出して、小さく叫んで……さ。でも、目を離したらいけないような気がして」
話していたリクの瞳が、壁際のコウタへ向く。
飛び火来たな。
残っていた三人は。
いそいそと俺の傍へやって来て。
「……先生。俺、そんな酷かったすか?」
「ギメールの時は、かなりね。腕と
「「もういいです」」
聞いて気分の良いものじゃないよな。
俺も、あの時などは、本当に焦った。
己の不甲斐なさを。
軽率さを再確認した。
順風満帆に気を良くしていた己を、
それは、勇者達も同様だった筈で。
「――本当に、運が良かったんだ」
全ての経験が、彼等を構成している。
一つ、二つと。
国を踏破し、敵を
しかし、それでも。
彼等の根っこは、決して変わらぬ不変で。
「僕は、誰も失いたくない。絶対に、仲間を死なせたくない。でも、助けを求めてる
子供のような夢想を、我が儘を、己の信念として頑と言い放ち。
再び、此方へ向く視線。
それに対応するように。
ジロリとあちらへ向く視線。
勇者三人分のソレを受け、彼は思い直したように言葉を続ける。
「勿論、一人じゃなくて。皆と一緒に、ね? ……じゃないと、怒られちゃうから」
神の呼びかけに召喚され。
青ざめながら自らを鼓舞していた少年は、もういない。
そこに居るのは。
誰に名付けられたわけでもない、不条理な現実を見据えたうえで、何処までも歩み続ける、まことの
もう、既に。
精神は冒険者の完成系だな。
これ以上行くと、ちょっと頭のおかしい連中に仲間入りしちゃうから。
ここら辺が、最も成熟した状態だと言って良い。
「恐怖も、逃走も。数えきれなかった。何も、悪い事じゃないんだ。ね?」
「「……………」」
「ゆっくり、行こ。大丈夫、だいじょうぶだから」
「―――あの……俺」
「うん。ゆっくりで良いし、逃げても良い。というか、危なくなったらすぐ逃げよ? 腕とかくらいなら、無くしても大丈夫だよ。……多分、きっと。大切なものがまだそこにあるなら、何度だって立ち上がれる……立ち上がれたんだから」
優しく言い聞かせるような言葉。
相手を
―――そんな彼の話を、持論を。
聞いていた者たち。
それは当然、若き新米冒険者たちだけではなくて。
「………正直、勇者甘く見てましたね」
いつの間にやら、カウンターを出て隣へ立っていた受付嬢。
カレンさんは、感嘆の言葉を漏らす。
実力面を買ってはいても。
観察眼が優れていようと、他者の精神や人間性はそうそう見えないから。
自慢の弟子を褒められ。
俺自身、鼻が高くなる。
「凄い、だろう?」
「ええ。本当に―――ドッッ畜生じゃないですか、ナクラさん。鬼教官でも、もうちょっと加減しますよ? そりゃ、短期間であれだけ成長もしますね。というか、潰れなかったのが奇跡?」
………だろう?
本当に、奇跡だよ。
心の強靭さこそが、ヒトの本当の武器。
魔物にはない、絶対の要素。
人間種を短期で成長たらしめるのは、この精神力の強さ。それらは、達観した長命種が持ちえない最強の武器であるから。
まぁ、つまり。
諦めの悪い奴ら程、厄介なものはないって事だ。
こりゃあ、ちょっと楽しくなってきたな。
「―――――では、今一度聞きましょう」
「「……………!」」
「貴方達五人は、どうしたいですか?」
リクの話が終わったことを確認し。
ようやく仕事を再開する事にした受付嬢は、至極真面目な表情で語り掛ける。
ここばかりは。
おふざけなど、存在しない様子で。
「今の話を聞いて。あなた達は、それでも冒険者を続けますか?」
彼女の話を真摯に受け止める彼等。
そこに、先の怒りはない。
恐怖は、あるだろう。
だが、先達は皆それを乗り越えてきた事を知っている今の彼等は。
「……なる。――なります……!」
「ほえ……? なる、とは?」
「……だよな?」
「「……………」」
彼等もまた、仲間が居るゆえ。
一緒なら、何処までも行けると本気で信じていた故。
会話がなくとも通じ合い。
こうして、仲間同士で頷き合う。
「俺達……冒険者に、なります。続けるではなく―――今度こそ。いま、これから……!」
「おおぅ、ナルホド。そう来ましたか」
「では……」
「冒険者ギルドは、あなた達を歓迎しますよ。現実を知ってなお覚悟を持てるような人材は、とっっても貴重な原石さんですからね」
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