第3話:二つ名貰うのいつですか




「では、ティア・ドロップ」

「また……っ! ……プリエール!!」

「ループ」

「ぷぅぅ!? ぷ……ぷ……プッチンプり……」



「ぷ、ぷ……ぷぅぅぅぅ―――んがぁぁぁぁぁぁぁ!! 美緒ちゃん、何でばっかりィィィィ!!」

「常套手段ですから」



 先生が運転する馬車の中。

 死屍累々と横になっていた僕の耳に、やる気のないしりとりが聞こえて来て。


 武器を万全の状態にしてからの初任務。

 依頼は、それぞれが曲者くせものだったけど。


 僕たちは、何とか一度に複数の依頼をこなした後、この体たらくで帰還していた。



「―――ねぇ、康太?」

「……………」



 ……皆、凄く疲れてるんだろう。


 普段はしりとりなんかしないし。

 特に康太なんかは、声さえ出さないくらい静かに眠りこけていて。


 でも、それも当然だ。


 堅牢な鱗を持つミュルメクス種。


 自然発生したハグレのオーガ種。

 

 大量発生した蛇、アングィス種。


 単体で強力なもの、群体で襲い来るもの。

 どれも、討伐難易度が以前の比ではない程に高く。


 ギルド本部に常駐しているC級冒険者たちも、命懸けの任務だけど。

 B級に至った僕達でも、休みなしの連戦は堪えて。


 オーガの頸部を美緒が刈り。


 襲い来る毒蛇を康太が灼き。


 群体の蜂から、悲鳴を上げるままに春香が逃げる。



 ……………。



 ……………。



 まぁ、色々あったけど。

 中でも、特に危険だったのは。


 ミュルメクス・センチネル。

 ミュルメクス種は大きな蟻の様な姿をとった魔物で、その多くは働きアリ――単体では、E級にさえ分類されるような、とても弱い魔物だ。 


 でも、エイプ・リールみたく。

 

 群体だと危険度が跳ね上がり。


 時には、群れで上位の魔物だって狩る。

 そして、彼等の統率個体であり、鈍色の鎧を持つ個体はセンチネルと呼ばれ。


 近衛などと呼称される事もあるその魔物は、全長一メートルを優に超え。

 強靭な顎、鋭い針を持ち、単体でもB級の危険度を持っている。

 


「センチネル、硬かったよねぇ」


「うん……あれ、しりとりは?」

「今しがた終わりました。康太君の攻撃も有効でしたけど、陸君の風刃……精密操作が大活躍でしたね?」

「―――はは、ありがと」



 美緒の言葉に、もうちょっと気の利いた返しがしたかったけど、無理。


 センチネルの弱点は鎧の継ぎ目で。

 そんな部位を狙えるのが、僕の得意な風属性の利点だけど。


 その分、集中力の消費が凄まじくて。


 【ライズ】との併用もしたから。


 今は、難しい事が考えられない。


 それくらい、脳の疲労が凄い。

 本当に、ミュルメクスと相対したのが最後の依頼で良かったな。



 こちらに被害が出ないのならば。


 奥地に居るなら、討伐はしない。


 それは、ギルドの基本方針で。

 しかし、今回の魔物たちは。

 どれも生存競争によって流れてきたらしく、凶暴で、人間にも被害が頻発していたから。


 不確定要素も大きくて。

 ミュルメクス種と戦った後、更に他の魔物と戦ってたら、途中で倒れてたかもしれない。



「―――ねぇ……二人共」

「ん?」

「何ですか?」



「あたしも二つ名欲しいィィィィィィっっ!!」

「「え?」」



 依頼の過酷さを思い出しつつ、それが過ぎた事を安心していると。

 突然、春香が叫んで。



「―――なにごとぉッ!?」

「あ、起きた」



 馬車は、そろそろセキドウに帰ってきたらしく。


 内部の揺れが安定してきたけど。

 そんな、ようやく一息ついたという所での大声に。


 爆睡していた康太も。


 流石に起きたようで。



「……………ぇ? マジでなにごと?」

「春香が、二つ名欲しいんだって」  



 凄く唐突だったけど。


 安全地帯まで帰ってこれたんだ。

 寝起きの康太も交えて、そこからの話題はそれ一色になって。


 確かに興味深い話だね。


 冒険者の二つ名。

 それは、多くの若者の憧れであり、二つ名を持つ冒険者はギルド全体のごく一部だから。



「僕達も、もう上位冒険者だし。そろそろ貰えるのかな」

「そんな気配ねえけどな」

「催促はしたくないけど、欲しい。けど、催促は……欲しい」


「春香ちゃん。欲望が、凄いのよ」

「だってーー!」

「……そもそも、既に勇者の名で呼ばれている以上、必要ないと判断されたのでは?」



「「……………」」



 あり得るんだよね、ソレも。



「もういっそ、自分で名乗っちまうか?」

「地雷さんみたいだね」

「……………?」

「それ、何の話?」



 そう言えば、そうだった。

 思わず、ノリで返しちゃったけど、そうだよ。

  

 僕しか知らない事か。

 以前、C級なのに自称で【轟雷】って名乗ってる人がいたんだけどね。



「でも、春香に二つ名が付けられるとしたら、どんな感じだろ。……カラメルソース掛けたアレとか?」

「カラメルソース掛けたアレだろうな」

「プリンちゃんですかね」



 先生なんかは。

 嘘か真か、髪色で二つ名を付けられたとか言うし。


 春香の方も、可能性がなくはない。


 そろそろ、頭頂部。

 茶髪が途切れ、黒の地毛が戻ってきているから、染め直しが必要らしくて。


 ……染色って言うと。

 ゲームの羊さんを思い出すなぁ。



「―――あ。なら、シープさんとかもアリじゃない?」

「めぇめぇか?」

「もふもふですか」

「やーーーだぁぁぁぁぁ!! もっと格好良いの!」



 駄々を捏ねる春香。

 昔から、欲しいものは本当に力尽くなんだよね。


 こうなると聞かないし。



「陸だって! 今に、もやしって―――」

「やぁ、何だい? ようやく帰ってこれたのに、随分とご機嫌斜めじゃないか。眠いのかな」



 凄く嫌なこと言われそうな予感がしたけど。


 そんな時、丁度良く馬車が止まり。

 荷台の入口へ顔だけを入れてきた先生は、愉快なモノを見る目をしていて。


 そう、さながら。


 まるで、客寄せのパンダを見る目だ。



「先生。もしかして、全部聞いてました?」

「一応は」

「じゃあ、何か言ってやってくださいよ」


「………ふむ」



 この分だと、本当に暫く駄々を捏ね続けるだろうし。

 ここは、頼れる大人の出番で。


 頼られた側も。

 それに気を良くして、自信満々と話しかける。



「……あのね、ハルカちゃんや。二つ名なんてモノは―――」

「ぎょうあんは黙っててくださーい」



 が、しかし。


 哀れ、ぎょうあん。


 相手にもされない。


 終いには、顔も引っ込んじゃったし。


 

「―――でもよ? S級の人たちの名前は授業で知ってるけど、他の人達ってどうなんだ」

「うーん。あんまり聞かないよね」

「カレンさんも、元上位冒険者ですよね。二つ名を持っているんじゃないですか?」


「あ、確かに」



 そう言えば、そうだね。


 意識すると気になって。



「あの、先生。その辺って、実際……」



 見えなくなった顔を追って。

 僕は、目的地に到着して停止していた馬車の遮光幕を開くけど。



「私だって、好きでぎょうあんしてるわけじゃないのに。よよよ……」



 ……………。



 ……………。



 本人、馬車に寄りかかって体育座りしてるし。

 馬に髪の毛まれてる。



「まだダメージ受けます」

「本当に嫌なんだな。てか、ハゲそう」



 先生曰く。

 二つ名である【暁闇】は好きじゃないとの事で。

 実際二つ名って、自由意思で決められるわけじゃないらしいんだよね。



「じゃあ、着いたみたいだしさ? 話は一端きり上げて……」

「はい、報告に行きましょうか。気になる事もありますし」



 ……ソレもあるけど。

 このままだと、何時までも馬車中で話しちゃいそうだしね。



「美緒ちゃん? 気になるって、何の話だっけ?」

「ほら、今回の依頼の」

「……只の大量発生ならともかく。オーガやミュルメクス、強力な魔物が自然の少ない此方側までやって来ていましたから。不自然なのではないでしょうか、と」



「ん、確かに。大人って、聞かんと答えんしな。カレンさん辺りに聞いてみるか?」



 美緒と連携して、上手く春香の思考を誘導し。


 二つ名談義を中止。

 僕達は、狩った魔物の素材といった大荷物と共に荷台を出る。



「あ。先生は、いつも通りですか?」

「……あぁ。では、ちょっとこの子たちを厩舎にご案内して来るよ」

「はーい」



 ついでとばかりに、座り込んでいる大人に声を掛けると。

 話し掛けられた先生は、力なく立ち上がり。


 慣れた手つきで馬たちの手綱を引く。



「ブルルルルッ」

「……おぉ、よしよし。私の味方は君たちだけ―――」



 ウマに慰められてるよ、あの人。




   ◇

 



 先生が借り受けているという普段の停留所を出て。

 僕らは、わき道から大通りへ合流。


 見知った通りを行くけど。


 相変わらず、壮観の景色。


 道は同じなのに。

 出店は、毎日全く違うものなんだよね。

 毎日毎日……百面相と変わる露店は、本当に見てて飽きず、購買意欲がそそられて。


 流石は冒険者の街。


 物流も、通常の都市の比じゃないね。



「……お買い物したいなーー」

「なーー」

「はいはい。先にギルド、ね」

「後顧の憂いを無くしてからにしましょう」



 興味のあるモノは多けれど。

 やはり、すべき事優先という事で、誘惑を祓い歩き続けるけど。



「―――おや、おや。これは、勇者様方」



 ギルドへ向かう道半ばで。

 見知った顔に呼び止められてしまう。



「「トルネルクさん」」



 呼び止めたのは、初老の男性。

 僕達が初めてセキドウへやって来た日に先生と談笑していた人で、今では顔見知りのひとりだ。


 彼は、腕利きの商人さんで。


 確か、【ザンティア商会】っていう、最大手の所属。

 過去には、二大商会の片割れであり、コーディの家が運営する【ロウェナ商会】にスカウトされた事もあるとか。


 所謂、大企業から引っ張りだこな人だけど。


 ともかく、名うてという事で。

 これは、油断ならない相手だ。


 ギルドへ行かなきゃなのに……。



「トルネルクさん! 今日のお買い得品は?」

「ふくくくッ……ハルカ様は、いつもお元気ですね。では、本日はコチラ。南部の国から買い付けてきました、アンマンの乾燥果実」

「「あんまん?」」

「えぇ、アンマンです。―――御一つ、ご試食どうぞ?」



 完全に目的を忘れた春香を筆頭に。


 皆、たちまち絡めとられ。


 彼の言葉に興味を引かれ。


 全員に渡されたのは、やや赤みの強い果実。

 漂う芳香は非常に甘く、産毛などもない、つるつるとした薄皮があって……。



「うーーん? ……薄皮アンマン?」

「おれ、粒餡派なんだが」

「こしあん派です」


「いや、パンでもマンでもないよね?」



 思わずツッコむけど。

 僕自身、任務帰りの疲れた頭に、甘い香りなど我慢が出来ず。


 食べ始めた皆に倣って。


 試しに、アンマンを齧ってみるけど。


 すぐに感じるのは、とても強い甘味。



 マンゴーのような味だ。



「―――ドライフルーツ、ねっとりと濃厚……!」

「ドライフルーツだから……ですかね。旨味が凝縮されてるみたいです……美味しい」

「アマ、い。ウマ、い」

「この味……何処かで……?」



 確かに、食べた事がある。


 それも、この世界で……。



「そう、大陸南部原産の果実類は、濃厚な旨味が特徴。中でもアンマンは貴族の御馳走と称され、古くはジルドーラド帝国やクロウンス王国への献上品としても珍重されてきたのです」


「……あ。クロウンス」

「デザートで出てきたんですかね」



 だから、覚えがあったんだ。

 宮殿の食事、本当に美味しかったからなぁ。


 豆知識を終えたトルネルクさんは。

 そのまま、場は整ったとばかりに、大袋の中から複数のアンマンを取り出す。



「ところで……なのですが。この美味しいアンマンが、今なら何と二割引価格」


「「――買いで―――ッ!!」」 

「ふくく……毎度有り難うございます……!」



 こうして大サービスしてくれるし。

 うんちくだとか、国の豆知識を教えてくれたりもするから。


 春香とか康太は、結構懐いちゃってるんだよね。 


 二人共観察眼凄いし。

 春香に至っては【テクト】があるけど。

 やっぱり、一度懐に入れてしまうと、とことん信頼してしまうのが元気っ子たちの欠点で。


 また、してやられた。



「―――陸君。やはり、私たちが」

「うん。警戒するしかないよね」



 彼は、確かに良い人だ。


 でも、初対面の時の事を思い出せば。

 彼が放ったやり手の眼光は、とても油断ならないモノで。


 僕達が、二人を護る。


 そして、勿論のこと。


 警戒するためには。

 彼の持つ情報を、より多く収集しておく必要があるわけで……。

 


「トルネルクさん。僕も一袋お願いします」

「私は、二袋お願いします」



 ―――味もみておかないと。



 ……………。



 ……………。



「トルネルクさんカミーー」

「そーれーなー」



 早速、アンマンを齧りつつ。

 僕達はその足で依頼の達成報告を行いに、ギルドへと向かう。


 長大な塔……【アルコン】の麓。


 セキドウの中心に位置する施設。

 大陸中に存在する一大組織の総本部は、白塗りの壁を持つ、堅牢な造りで。


 エントランスへ踏み入れば。

 涼やかで、心地よい風と空気が吹き抜けて。


 趣味よく配された観葉植物が、目にも優しい。



「あぁ~~涼しいぃ……」

「エアコンないのに、何か風来るよなぁーー」


「恐らく、建物の構造なんでしょうね」

「だろうね。一階と二階が吹き抜けになってるから……」



 先程の件もあり。


 何気ない嬉しさに、気分はうなぎのぼりと。

 僕達四人は、機嫌よく涼し気な広間へと入って行ったわけなんだけど……。




「どうしてだよ―――ッ! 何で駄目なんだよ!!」




 ……………。



 ……………。



 なんか、アレだ。

 エントランスホール、取り込み中だったらしいね。

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