第20話:女王と暗黒騎士
―ラグナ視点―
向こうは、上手く行っているかな。
まぁ、リク達ならば。
必ず成せる筈だと俺は信じているが。
当初の計画では、俺が出来る事はもうそろそろ…ウグッ。
何という重責なのだろうか。
背中にのしかかる責任とは。
まさにこの事―――
じゃねえよ。
何時まで乗ってんすかねぇ。
「愉快、実に愉快ですね」
屈辱、実に屈辱だ。
尻に敷かれるというのは、あくまで比喩の筈。
だが、事実として俺は敷かれていた。
年下の女性にと言うのは構わない。
なんせ、絶世の美女……もとい。
気の置けない間柄と言えばそうだ。
ある程度は、仕方なき事だと思う。
だが、可愛い幼少期を知っている女性にこのような仕打ちをされるのは非常に悲しく。
何かに例えるのならば…うん。
親戚の姪っ子に下克上されたいい年のオッサン。
この俺が分からせられるとは。
まさしく屈辱的と言うべきだ。
「――ふふ。どんな気持ちですか?
身体を揺らし、問いかける女王セレーネ。
およそ人の上に立つ者がやる事じゃない。
いや、今が気を抜いて良いオフだからこそ。
普段の責務を忘れて鬱憤を晴らしているのかもしれないが。
おかしいのは、その矛先が。
他国の魔人さんである事実。
虐めるのなら国民にしとけ。
革命に発展しない程度に。
こんな圧政(物理)をしておいて、この王様が支持率90%以上なのおかしいだろ。
……やばい、ギックリ腰が。
何故、こんな状況になっているのか。
説明するのは実に簡単だ。
昔からの知り合いであり、その性格を良く知っている俺は、エルシードにくる以前から警戒していた。
こちら側の存在である彼女なら。
コレを好機と利用するか? と。
案の定、俺は拉致られ。
……そして、脅された。
『素直に言う事を聞けば、あの子たちには黙っておいてあげますよ』
『流石エルフ汚いな』
細かい会話こそあったが。
圧縮すれば、この一言の会話に尽きる。
ざーこざーことか言われながら。
暗黒卿ともあろうものが、こんな無様を晒している。
……こういうのを。
二ホンでは何というんだったか。
「そう、確か――メスガk!?」
「どんな気持ちですかと聞いているのです」
この雌エルフが…老体によくも。
絶対色々分からせてやるからな。
背骨がゴリゴリいってる。
本当に最近の若いもんは。
年寄りをいたわるという気持ちがないもんかね。
こんなことをしておいて。
どんな気持ちもないだろ。
「気分といえば最悪に近いが、何時まで続けるつもりだい?」
「気が済むまでとしか」
「……気の済むまで」
「あぁ――素晴らしいです。幼少期からの憧れだった騎士の暖かさを感じながら微睡む、とても素晴らしいものですね」
言い方に悪意あり。
ぬくもりの感じ方がおかしいんだよ。
二重の意味で女王様じゃねえか。
そりゃ、再婚相手も現れませんわ。
性格が子供に受け継がれなくて本当に良かったな…マジで。
俺の背骨をゴリゴリしながら。
身体を左右に揺するセレーネ。
……どうにも納得がいかない。
「女王は、憧れを尻に敷くのがお好みか?」
「だからこそ、ですよ。極上の異性を自分だけのモノにしたい、そう思うのは雄でも雌でも同じこと」
果たして答えになってるか?
美人には違いないが。
長命種族ゆえの独特の価値観と、男の趣味がよろしくないのが問題。この女性は気に入った存在をとことん使い潰すタイプだ。
楽しそうに俺の上で鼻歌を奏で。
頭上に乗ったグラスを手に取る。
……乗せるの止めない?
「貴方なればこそ、このようなことが出来る。友好国とは言え、大国…それも、かの魔皇国軍部の最高権力者に無礼などできませんから」
「良く分析してますね。分かっているなら、どいてもらっても?」
だから、頭にワイングラスを置くな。
おかげで首の感覚がなくなってきているだろうが。
―――セレーネ・アルス・エルシード・ローレンティア
長い歴史を持つ古の国。
その流れを汲む王族で。
聡明な頭脳を持ち。
齢200にわたる半生の知識を有する女傑。
彼女は、女王として間違いなく一流。
そんな知恵者が、分かっていてやるというのが性格悪い。
俺じゃなかったら外交問題どころか、戦争まで秒読み。俺の
エルフの森は燃えやすいってな。
まぁ、しかし。
その可能性はゼロに等しい。
表向きこそ、エルシードは中立国だが。
その実、魔皇国とは超が付く友好関係。
東から西に多くの知識や物資が流れることは稀によくあるが、それで尚、人間国家が未だに魔皇国の情報を正確に捉えられないのは、このエルシードを中心とした亜人国家の妨害工作が大きい。
この国に限らず。
他の亜人国家も。
うちの国とは関係良好。
外交面であれば、西部防衛司令。
六魔将が一、亜人総括様が常に奔走しているからな。
「貴方だからこそ、安心して虐められますね」
「こら」
「……ですが。貴方だからこそ、手には出来ない。富や地位、名誉だって…酒池肉林の色仕掛けも、この身で篭絡することも可能でしたのに」
エルフ天国とかマジ最高だけど。
非常に、非常に魅力的だけど。
富にあえば人は堕落し。
地位にあえば人は腐り。
名誉は多くの犠牲に成り立つ。
俺は人間ではないが。
その考え方は、殆どの生物に該当し。
責任を持つとは、その多くを律することにある。
飼われるだけのペットですら。
与えられたモノだけを享受し続ければ堕落の一途を辿り、もう二度と野生へは還れないのだから。
―――そこ行きゃ、俺はね。
「ご存じの通り、全て足りている」
「そのようですね」
簡単に言えば、遅かった。
セレーネと俺が出会った段階で既に、俺は現在とほぼ同じ地位にいて。彼女が用意できる材料で俺を引き抜くのは不可能に近かった。
だから、コレもそう。
いつも通りの応酬だ。
今回も諦めがついたのか。
俺の背中から、ゆっくりと柔らかな重みが離れていく。
「では――いつでも彼女から乗り換えて良いのですよ?」
「ははは、千年歳を重ねてから出直してきてくれ」
ようやく軽くなった背をさすりながら立ち上がり。
俺は勝手知ったるとばかりに棚に納められたボトルを取り出す。ここまでセレーネの我が儘に付き合ったんだから、多少は良いだろう。
流石、女王の自室で。
いい銘柄があるな。
伊達に長命者の一族を纏めてはいない。
半妖精種は作物に関する栽培技術が頭一つ抜けていて。
人間国家が技術提供を乞うのも……まあ、奴隷化しようとするのも、そこの利権が絡んでいることが多い。
一粒で二度美味しいというやつだ。
粒の質も極上だし――っと。
「……呆れましたね。直近で一番出来が良い年のを」
「あ、やっぱり? だと思ったんだ」
遠慮なく奥から引きずり出したボトル。
張られたラベルは制作年を除けばほぼ同じだが、だからこそ一番良い年のを貰う。
「エリべの12年物。メッセージじみた名が、今や至上のブランドか」
「エルシード、リアノール、ベルベノーン……700年前に散り散りになった我が血族。所在は分かっていようと、もはや一つに纏まることは出来ません。せめて平和に暮らせることを祈るのみ」
何時の時代も、どの世界も。
希少種族には生きずらい世の中だな。
現代では国家間の戦争は微々たるものだが、むしろその矛先が彼女らに向けられるようになった。
奴隷狩りも、異種族狩りも。
何時だってカタログの花形。
それが、彼女ら半妖精種で。
そんな人気は誰も欲しくないだろうが。
物語のヒロインのように、善人に救われて幸せになるエルフがどれ程いる事か。
……それさえも、流れ着いただけ。
半ば植え付けられた幸せでしかないが。
「隠れ里の保護が、何時無くなるかもしれませんからね」
「問題ないさ。必要とあらば【天弓奏者】様が動く。あの子はそのために冒険者になったんだろう?」
「また達観したようなことを」
「長生きだからね、私も」
「彼女に仕えているのなら貴方も分かるでしょう? どれだけ強くなろうとも、子が危険に踏み込むのを良しとする母親はいません」
確かに、うちの王様もそうだな。
だが、子供は旅立っていくもの。
その自由を否定することは出来ない。
セレーネの瞳に映ったものを察し、俺は慰めにもならない言葉を贈る。
「あの子も、元気にやっているさ」
「……そうで無ければ困ります。彼に預けるのを私がどれだけ反対したことか。
だが、心配はいらないな。
この女性は、とても強い。
たった一人の愛娘。
その願いを叶えるためにも、こうして協力者の一人となってくれている。
「――あなた達の計画は、順調そのもの…という事で宜しいのですか?」
「そうだな、悪くない」
折角寄ったのだから、経過報告を。
賛同者であるセレーネには知る権利があるからな。
………クククッ。
人間国家も、大陸ギルドも。
まさか、全てがこちらの思い通りとは…エルシードがこちら側の味方だとは思うまい。
貴様らは、既に包囲網の内で。
王手をかけられているのだよ。
フハハハハハ!!
……とまぁ、こんな所だろうな。
……………。
……………。
「その妖しげな笑みはともかく、順調のようですね。当初の予定通り、我が国は
「ああ、勿論。知らぬ存ぜぬで結構だ。責任は私が取ろう」
自信満々に、尊大に。
問題ないと言い放つ。
それはセレーネに不安を与えないようにという意図も少なからず存在しているのは確かだが、同時に自信があるというのも間違いはない。
これで、人を見る眼は悪くない方だからな。
「……高く買っているのですね、あの子たちを」
当然、というべきだろう。
俺が信じなくてどうする。
四人は、最後の愛弟子だ。
冒険者として教えられることは全てを教えているつもりだし、その長所を伸ばしていくのに手を抜いたことなどない。
何より、そうでもしなければ―――
「まあ、それはさて置き。信じているのはそちらも同じだろう?」
問いかける俺の言葉に。
心底嬉しそうに弧を描く彼女の口元。
「因果とは、真に面白いもの。そうは思いませんか?」
「さて…ね。私は、奇跡なんてものを信じちゃいないんだ。全ては必然、なるべくしてなったにすぎない」
「……そういう所は、嫌いです」
「為政者なら、現実主義を褒めてくれ」
「嫌です。よもや、妙な事を教えてはいないでしょうね。私は、まだあの子たちを深くは知りません」
……さて?
随分逞しくなってしまったとしか。
リクも、コウタも、ハルカもミオも。
ちょっと俺に似てきたような?
感じる胡乱げな視線。
セレーネに誤魔化しを入れ、杯を呷る。
見誤るのも、分からないのも無理はないさ。
しかし、すぐに。
今にあの子たちの可能性を、実力を知ることになる。
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