第12話:伝承と到着

―陸視点―




『半妖精種って…エルフ?』

『そうとも呼ばれますね。地域によっては長耳とも、狩人の系譜とも言います。幾つかの氏族が存在していますが、その中で最も大きな一族が拓いた国家です』


『遂に、エルフさんと…』

『期待して良いんだよな? コレは』

 


 にわかに興味を示す仲間たち。


 それも、仕方の無い事だろう。

 だってエルフだし。


 彼らが「勇者を出せ」なんて。

 そういう台詞も言うんだね。

 イメージが沸かないというか…ちょっと面白い。



『でも、何故そんな声明を?』

『あの国は、歴代勇者との関連が非常に深い国家と言われています。通常の人間種には思う所があるのでしょうが、勇者というのであれば……』


『――成程、つまり』

『譲歩してくれる、という事ですね』



 僕たちは、この世界で。


 殆どエルフに会った事が無い。

 

 稀に、街中でチラリと見かけたり。

 遠目に見るような事があっても。

 実際に話した事は一度も無くて。

 曰く、のほんの一部に居たり、冒険者になっていたりすることもあるというけど。


 前者に関しては、全く縁がないしね。


 簡単な意見を貰うため。

 先生へ視線を向けるが。 



『どうする? 皆に任せるよ』



 彼はいつも通りで。

 右へ左へ流す感じ。

 ……そんな風に言われてしまえば。


 僕たちの答えなんて。


 既に決まったようなもの。



『――どうするか…って言われてもなぁ』

『そんなの、僕たち』

『行くっきゃないよね?』

『彼らの作った国……是非、見てみたいです』



 凄く、興味惹かれる種族であり。

 同時に、国家でもあるから。


 答えに迷いなどなく。


 行く意思を全員が示す。


 リザさんはそれを見ている訳で。

 彼女が『では』…と切り出して。



『では、依頼という事にしましょう』

『総長直々の…ね』

『ナクラさん。……どのような条件を提示されるかは不明ですが、私共に可能な事であれば、何なりとご連絡ください。サポートは惜しみませんので』

『『はいッ!』』



『――まぁ、そうなるよな。ははっ…行くか』




   ◇




 リザさんのお願いというのもあり。


 興味が爆発したというのもあり。


 僕たちは、二つ返事で旅立って。

 街道を超え…山を沿って歩き。


 ―――既に、国家が存在すると言われる地点まで来ていた。

 順路としてはロンディ山脈を沿うように行き。辿り着いたのは、以前トルシア草を採取した場所のさらに先……。


 とは言え、そう離れた場所でもなく。

 セキドウからは、ほど近い大森林だ。


 ある種、国というよりも。


 一地域と言える距離感で。


 何処までも深い森の深部。

 御馴染みな鳥類のさえずりも。

 魔物の足音さえも聞こえない。

 特徴も目印も存在せず、ただ当てもなく歩いているようにしか感じないけど、先生の案内ならきっと大丈夫…な筈。



「あの、先生。ちょっと、聞いても良いです?」

「………どうかしたかい?」

「もしかして、迷っ――」

「彼らが、何故半妖精種と呼ばれているかは知っているかな」



 ……逸らした…のかな。


 或いは、暇つぶしかも。



「皆、知ってるんじゃないですかね」

「「うん」」

「興味ありましたから」



 それは本で読んだものだ。

 こと、これに関しては。

 一番詳しいのは美緒だろうけど、確か…。



「大地の精霊と武戦神の恋物語、ですね?」

「あぁ、その通り」


「俺、一冊しか読んでないけど」

「同じ内容じゃない?」

「はい。どの翻訳も、大体は同じ内容でしたが――」



 …………。



 ……………。



 ――それは、漂白以前から伝わる。

 決してせる事のない物語。


 神の怒りに触れた世界が。


 漂白されるより遥か以前。


 人類の文明のみならず。

 言語を解する存在が生まれる前の…神代の記録。


 天星神アヴァロンの主命を受け。

 地上に降り立った大神ペンドラゴンは、各地を放浪していた。



 災厄の巨龍を討伐する為だ。



 当時、神々は選択を迫られていた。

 黒き龍の化身たる淵冥神に付くか、その対極たる白き龍に付くか。


 双璧であるどちらの力も。

 神々にとって必要不可欠であるのにも拘らず、二柱はいがみ合い。


 決して、相容れることは無く。


 長い…長い議論が続いた後に。

 彼等は、結論を出すに至った。

 死者を導くという大任を持つ、淵冥神に付くことに決められた。


 故に、ペンドラゴンは勇ましく歩み。

 大陸を拓き、武器を振るい。

 白き龍の差し向ける魔獣を滅ぼしながら、目的である龍の行方を探し続けた。


 戦いの神である彼には。


 容易い任である……筈だった。



 事実として。

 ペンドラゴンの戦闘力は六大神随一だった。

 


 しかし、そこは敵の懐である地上。

 神の権能は大きく制限され。

 延々と繰り出される刺客。

 戦い、戦い、戦い、闘い……その末に。



 終ぞ、彼は膝を折った。



 だが、ペンドラゴンが。

 彼が力尽きるその刹那。

 大神の命は、救われることになった。


 何処までも透き通るような美しさを持つ女性。

 大地の精霊アルビナに。

 彼女は、自身の娘たちである妖精種らと共に、ひっそりと暮らしていた。


 彼は、彼女の娘たち。 


 妖精種に傷を癒され。


 精霊自身の暖かな献身によって。

 完全に力を取り戻す事が出来た。

 

 ……幾つもの季節が巡り。

 楽園で日常を過ごす日々。

 目的も忘れて地上へと留まっていた彼だったが。


 ある時、それを目にしてしまった。



 心優しき彼女が。 



 禍々しき巨獣へと。



 その姿を変える瞬間を。 



 ―――アルビナこそ、白き龍の化身。

 彼女は、天に座す大神たちを引き摺り下ろさんと、同じ大神である武戦神を懐柔かいじゅうしようとしていた。


 六大神最強の彼を使えば。

 愚かな兄を選んだ神々を跪かせることが出来ると。



 ……そして、拍子抜けな事に。

 計画は、面白い程上手く行き。


 戦い以外知らぬ筈の武戦神は。


 底深くアルビナを愛していた。 


 だが、絆されていたのはペンドラゴンだけでなく。

 愚かで、真っ直ぐな芯に。

 麗しく、輝かんその貌に。

 何より、優しきその心に。

 アルビナもまた、ペンドラゴンを心より愛してしまっていた。


 目的を見失った魔龍に。


 英雄の神は揺れ動き。

 


 天と地の板挟みの中。



 とうとう、愚直な武戦神は。

 アルビナの命を断った。

 悲しみの雨を流し、愛する者をその手に掛ける姿は、正しく悲劇に語られる英雄の原型。その構図は、人間の持つ英雄観に多大な影響を与えた。


 しかし、役目を終えて尚。


 彼は天上へと戻るのを拒み続ける。


 なぜなら、大切な物が出来たから。


 それは、二柱の間に生まれた種族。

 半分は精霊の娘たる妖精種。

 半分は戦いの神が血族。

 生まれた娘たちに狩りの力を与えた武戦神は、以降弓術の才を失った。


 大地に愛され、狩りを愛す一族。

 新たに生まれたその一族が立派に育ち。彼女らの元を去る前に、ペンドラゴンは確かに彼女たちを愛しているという証拠を与えた。


 それは、最愛の妻。


 彼女と同じ、「白」という意味を持つ名前。



 半妖精種―――エルフと。





「――悲恋だけど、ロマンチックだったよね」



 確かに、そう感じるけど。

 ムム……何というか。

 春香から、そんな言葉が出てくるなんて。



「やっぱり、女の子ってこういうのが好きなのかね」

「憧れは、ありますね」

「だよねっ!」

「はい。――あれは物語としても、とても良いものでした」

 


 でも、やはりというべきか。


 女性陣の評価は高いね。

 美緒が認める位だし。 


 僕も、読んだ事はあるけど。

 その物語を初めて読んだ時の僕と康太は…うん。


 戦いの神様とか。


 大いなる龍とか。


 単語ばかりに興味が行っていた。

 男の子だし、しょうがないよね。 



「「……………」」

「だって、戦いの神様と龍の子供だよ!?」

「ハイブリット過ぎだよなぁ! もっと清らかなイメージだったんだが、戦闘民族じゃん!」


「ほんっとに、男の子って」

「先生も、そう思います?」

「……勿論、あくまで言い伝えさ。仮に本当だとしても、大昔も大昔、長命種が何百世代と命を重ねているだろうし、流石に血も薄くなっている。……始祖のエルフは、千年以上生きたって言い伝えもあるけど」



 初耳で、衝撃的な言い伝えに。


 思わず、衝撃を隠しきれない。


 数百年でも凄いのに。

 千年以上生きるって。


 ―――流石に、暇じゃないだろうか。


 

「君たち、変なこと考えてないよね?」

「「…………」」

「よもや、全員か。師匠の顔が見てみたいね」



 先生は呆れたように顔を覆う。

 どうやら、見られないように隠したらしい。


 話題が煮詰まってくると。

 自然と、先の疑問が蘇り。

 同時に、心配がどっと押し寄せてくる。



「そう言えば……質問しようとしてたけど」

「ここ、森の中だよね」

「とても、拓けた国家がある雰囲気ではないですね。やはり、集落のような…樹上生活のような感じですか?」

「もうすぐ到着するさ。安心して良い」



 だって、建物は愚か。

 人工物の影すらなく。


 ありのままの自然しかない。



「……迷ってないですよね?」

「ははは、まさか」



 だって、何もない所で立ち止まるし。

 首を傾げて、指を回すし。

 胡乱げな視線を送る僕たちとは対照的に、先生はゆっくりと辺りを見回して、確認するかのように木々をノックする。

 傍から見れば不審者だ。



「さて。大丈夫だとは思うんだけど……」



 彼は、一本の樹木へと手をかざし。

 上から下へ、ゆっくりと滑らせる。

 

 その不審者的様子は。

 まるで……生体認証?


 いや、そんなバカな。


 そのような技術、この世界では一度も見ていない。

 儀式魔術の延長線にあるものなんだろうけど、想像もできない理論――。



 ――――ッ。



 ――――ッ!



「「―――わぁッ!!」」

「やはり、驚くかい?」

「だって、国……おわぁ……!」

「一般にはその所在すらも知らされていない、秘境中の秘境。大陸でも特殊な立ち位置である永世中立国家。その実像は…まぁ、見ての通りだ」



 イメージ像は幾つかあった。


 ツリーハウスの連なる集落とか。

 木製の住居が積み重なっているとか。 


 だが、その予想は外れて。

 広がった光景は白と水色。

 それこそ、教国やクロウンスの首都にも引けを取らない大都市。



 ―――というより。



 今まで巡った都市の中でも、トップクラスに進んだ文明なんじゃないだろうか。

 印象としては…水の都?

 そこかしこに水路が通っており、舗装された石造りの街路は非常に歩きやすそうで。行き交う馬車などは、質の良さそうな物ばかり。



「……ほんと、キレー」

「――すごい…ですね」



 僕も康太も、美的センスは壊滅的だけど。


 その景色は女性陣のお眼鏡にも適ったようで。

 先生はドッキリ成功と言わんばかりの満足気な表情で進み始める。



「さあ、入国だ。半妖精の国―――エルシードへようこそ」

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