第11話:再会の調停者

―陸視点―




「――ざっけんなよッ!?」

「こっちの台詞だよッ!」

「「……はぁ」」

「疲れないほうがズルいでしょ!」

「動きが全部読まれる方がやってらんねえよ!」



 呆れたような視線が痛いけど。

 

 こうして打ち合っていると。

 凄く安心できるんだよね。


 採取依頼の達成から数日。

 日帰りで簡単な依頼を受けつつ、こうして毎日のように対人訓練をしているけど、互いに動きや戦いの癖を知り尽くしているので、一向に決着はつかず。


 互いに軽口を交わしつつ。


 僕と康太は、攻撃を叩き込む。


 女性陣の呆れは恐らく、何時までやっているのかという意味だろう。

 確かに、かれこれ数十分はこうしている。でも、疲れないんだからしょうがないよね。



 でも、もう少しで……ッ!



「「―――ッ!?」」



 埒外だった背後から、突然。

 膨大な殺気を浴びせられ。

 一触即発で向かい合っていた僕たちは、瞬時に思考を切り替えて横に並ぶ。つい数瞬前まで対峙していたとは思えない程の連携だ。

 


「やぁ。随分元気が有り余っているね、二人は」



 やって来た乱入者は、自然体。

 手には木剣を持っていて。

 既に、準備完了といった風体だ。



「さぁ、次は私が相手しよう」

「……マジすか」

「久しぶり、ですよね?」



 最初は、ヴアヴ教国で。

 その後も、沢山…沢山。

 現在に至るまで、何十何百と打ち込んで来たが。


 ――未だ、その身体に。


 ――剣を当てたことは無かった。


 でも、今の僕たちであるなら。

 上位とも渡り合った今ならば。

 或いは可能かも知れず。

 親友とアイコンタクトを交わし、景気よく襲い掛かる。


 康太が己の姿を誇示して。


 僕が死角から横薙ぎを放つ――けど。



「――うーん、良い動きだ。戦闘センスが段違いだね」

「そう思うんならッ」

「大人しく受けてください!」


「そう簡単に超えられるのは癪だからね。不意打ちでもなんでも――おっと」

「――あだッ!」



 彼の言葉の最中に。

 背後から迫る奇襲。

 飛来した硬貨は、首をもたげることで避け。

 距離を詰める間もなく、態勢を整える表情は余裕そのもの。


 ……康太は、どう見ても。


 わざと額で受けたよね。


 先生の背後なのだから。

 僕たちの視線の先で。

 投げる瞬間を見ていたにも拘わらず、避けなかった彼は、額に当たって落ちたそれを大事そうに銭袋へ納める。


 ――でも、流石先生だね。


 殺気も存在しなかったし。

 魔力も込めておらず。

 僕たちも、視線を向けずに誤魔化したのに。

 

 放たれた渾身の投擲を。

 

 容易とばかりに回避した。



「……今のは当たるでしょ、普通」

「硬貨だからね。空気抵抗もあり、風を切る音で感知されてしまう。その辺りを整えて次に生かすと良い。……で、二人も来るかい?」

「勿論、行くよね?」

「――はい。私達も参加しますね」



 立ち上がった美緒と。

 銭袋をしまった春香も武器を構え。


 これで、僕たち全員だ。


 あぁ、今日こそは。

 彼に一泡吹かせよう。





 そう、あの勝ち誇った表情を阻止―――





「――さぁ、どんな気持ちだい?」

「「最悪です」」

「動けねっス。誰か助けて」



 ……出来ませんでした。

 

 ニヤニヤ笑いながら。

 問いかけてくる先生。

 その声を聴くだけで襲い掛かりたくなるけど、身体が動かない。それは疲労からくるものだけど、中には本当に身動きが取れない親友もいて。



「コウタは、もう少し仲間を信じてみると良い。タンクは重要な役割だが、全ての攻撃を請け負うの傲慢だ」

「…うっす。分かったんで、解いていただけます?」

「凄く堅結びだね、この縄」

「いっそのこと、切ってしまいますか」



 グルグル巻きの親友はともかく。

 何が足りないというのだろう。


 まだ、まだ届かない。

 

 …というか、化け物?


 強大な魔物のような、大規模破壊の壮絶さもなく。見せつけるような煌びやかさもない。

 しかし、何処までも高く。

 全く底の見えない強さ。

 彼が魔王だと言われても信じてしまう程に、強い。



「――俺! 復活ッ!」

「遅いよ、勇者さん」

「遅れて来過ぎだし、普通に負けてるしね」


「やっぱり、ランク詐欺だったんだね…ぎょうあんだし」

「暁闇ですからね」

「君たち? それ、蔑称じゃないんだけど」



 ぎょうあん、恐るべし。

 流石は勇者の導き手だ。

 S級に匹敵する実力を持ちながらも、まともな感性をも持っている彼は、ギルドからの信頼も厚く。


 何時だって頼れる大人。


 ……偶に悪い大人だけど。

 こうして、一緒に居てくれるし。


 あぁ、そう言えば。

 さっきまでは一緒じゃなかったかな。



「先生は、今まで何処に行ってたんですか?」



 僕たちがここに来る前。

 彼は、出掛けていて。

 暇つぶしではないけど、対人訓練をしていた所に乱入してきた。

 

 

「打ち合わせというか、今後の予定をね」

「決まったんです?」

「あぁ。その辺は…コホン。そこの、お偉いさん相談してみよう」


「「え?」」



 ……そこの、お偉いさん?

 人の気配なんてないけど。

 その言葉の意味を考えながら僕たちは振り向き、理解する。


 それは、仕方ない事。


 気配を感じぬは当然。


 先生もそうだけど。

 彼女もまた、レベルの違う存在。


 だが、その可能性はあったんだ。

 だって、此処は大陸ギルドの総本部で、彼女はその頂点。


 決して清らかさを失わぬ容貌。

 紺色の長髪に、碧色の瞳。

 微笑みながら立っている人物に、僕たちは顔を綻ばせる。



「――お久しぶりですね、皆さん。御活躍はセキドウまで届いていましたよ?」

「「リザさんッ!!」」



 彼女こそ、大陸ギルド総長

 リザンテラ・ユスターウァ

 人類の守護者たるS級冒険者の中で最強格の実力を持ちながらも、最も常識を知る人物と先生が評した最初にして最後の良心。


 聖女兼任、属性盛りの化身だ。


 クロウンスの滞在は長かったけど。

 考えようによっては、そこまで久しくも無いんだよね。


 彼女の手には、大量の書類。

 相変わらず、忙しそうで。

 先生も、気の毒そうにそれを見ていて…見ているだけ。



「いやはや、忙しそうですね? 総長」

「嫌みたっぷりですね、ナクラさん。クロウンスでの始末書を書きますか? 感謝状に、色々と泣き言を差し込まれているのですが」

「はははッ……遠慮しておきまーす」



 こちらも、仲が良くて。

 旧知の間柄だからか、遠慮もない。


 信頼し合っているのだろう。

 互いに幾つか言葉を交わし。

 やがて、リザさんはこちらへと視線を向け、ワクワクした様子で口を開く。



「皆さんさえ宜しければ、クロウンス王国での土産話を伺いたいのですが…お時間はありますか?」



 それは願ってもないことだった。


 座りながら話も出来るだろうし。


 仕事に追われる人にさせるのは酷だけど。

 彼女の入れてくれるお茶の美味しさを知っている身としては、断る理由もなく、話に花を咲かせるのも疲れが取れることだろう。

 僕たちは、顔を見合わせて頷く。



「「勿論です!」」

「是非、お話させてください」

「ふふっ。では――」

「……………」

「逃げないでください、ナクラさん。始末書が待ってます」


「いや、ちょっと所用が……」

「丁度、良い縄があるんですけど。先生も如何っすか?」



 何を感じたか、一名逃げようとしていたので。

 皆で先生を引き摺って修練所を抜け。


 本部の広大な廊下の中。


 幾層もの階段を上って。

 

 僕たちは、入ったことのない奥間へと案内されることになった。




  ◇




 そこは、彼女の執務室らしく。

 整理の行き届いた空間だった。


 日の当たりが良い位置の窓。

 傍らには控えめな観葉植物。

 幾つもの棚には、年代ごとに書類が収められていて、頻繁に取り出した跡がある。


 そんな部屋の中で。


 ソファーに座って向かい合う。 



「……そうでしたか。リアさんと再会できたのですね。ロウェナの家へと行った足で…え? お祭り? そのままトルシア草の採取へ?」

「はい! 疲れました!」

「やっぱり、リザさんから見ても異常なんですね」

 


 ギルド総長ともなると。

 その仕事量は異常だと言われる。


 その彼女からして。


 僕たちの冒険はおかしいようで。

 


「先生、もっとスケジュール調整頑張ってくださいよ」

「……おかしいな。私が悪いみたいだ」


「でも…やっぱり、リアさん」

「愛称、凄く似てるね」

「リザさんだったんですね。コーディがギルドで働けるようにしてくれたのは」



 話題に出たのはコーディだったけど。


 僕たちの知る限りでは。

 両者に面識はない筈で。

 だけど、コーディがギルドで働いていたことから考えて質問すれば、奴隷狩りから解放した孤児たちへの援助の過程で協力したとか。


 今では友人関係らしい。



「彼女から、相談を受けたので」

「凄い人気でしたよね」

「えぇ。本当に良い子で。……もしも、皆さんがやって来た時、すぐに分かるように…と。ギルドとしても、かの商会と強固な繋がりが出来るのは、喜ばしい事でした」


「合理的な考えですね」

「実際、どちらも特しかないし」



 利があるのなら迷わず使う。

 それは、当然の事だし。

 傍には子供のような大人しかいないので、そういう話は非常に興味深く。僕たちがしがらみと大人の世界に聞き入っていると。

 ノックと共に扉が開き、女性職員がやって来る。



「あ、カレンさん。やほー」

「ハルカちゃん? お姉さんは、お仕事中なんですよ」

「カレン?」

「ほいほい。やほーです、総長」



 忙しそうに入室してきたのは、カレンさん。

 以前僕たちが刃を交えたギルドの受付さんだ。


 雰囲気が似ているからか。

 どうにも春香と息が合う様子の彼女は、さも当然のようにリザさんの前に書類を置き、思い出したかのように報告する。

 


「――あ、総長? 例の件、やっぱり門前払いでした」

「…そうですか」

「ふふッ…ちら、ちら」

「「?」」

「可愛い子には旅をさせよ…なんちて」



 会話の途中で、僕たちを見るカレンさん。

 でも、意味不明も不明で。


 まるで、春香の行動原理。


 ……門前払いって。

 どういう事だろうね。



「あのあの、カレン姉さんや?」

「何です、ハルカちゃんや」


「イマ、トテモタイヘン?」 

「まぁ、そういう事でーす。じゃあ、私はこれで」



 やはり、何か通じるところがあるのか。

 春香とよく話すよね。


 書類をリザさんに渡して。

 去って行くカレンさん。

 明るい言動ながら、うん。受付嬢も、とても暇そうには見えない仕事量だ。



「――やっぱり、忙しいんですね」

「はい。最近は、特に」

「門前払いと聞きましたけど。何か、あったんですか?」



 話の間も続く書類への押印。

 みるみる減っていく紙の山。

 慣れた手つきで行っていた署名が終わり。


 彼女は居住まいを正して頷く。

 その仕草は、よく聞いてくれましたと言った感じだ。



「皆さんは、既にギルドが慌ただしくなっているのはご存じだと思いますが…」

「「……?」」

「――あら? もしかして」



 はい、知らないです。


 何も聞いていないし。


 何処か話が伝わっていないことに気付いたのか。

 彼女は、先生に攻めるような視線を送る。



「――ナクラさん?」

「いや、その話はまだ。機会がなかったので」

「そうでしたか…えぇ」


「何があるんですか?」

「気になりますね」

「はい。では、改めて。実は、近くに【大陸議会】というものがございまして」



 曰く、数年に一度開かれる政治の場。


 国家間の取り決めを行う場だという。


 大陸中の国家が、何の取り決めなく。

 一堂に会するともなれば、やはり。

 当然、諍いや不和も起きるだろうけど、アトラ大陸中に根を張るギルドが調停として場を作るのなら、話は変わる。


 この試みは、既に百年近く行われ。

 二百年前の勇者…初代ギルド総長の悲願でもあったと言われている。


 だから、リザさんも。


 失敗は出来ないというのだ。



「思ったよりも大規模だったね」 

「はい…では、先の話は?」

「恥ずかしい話ですが、使者として送り出した職員が追い返され。……ええ、「勇者でも連れてこい」…などと言われてしまいまして。ほとほと困っていたのです」


「「…………」」



 また、ピンポイントな宣言で。


 これが、普通の国家なら。

 何か裏を読むべきだろう。

 勇者という存在を悪用せんとする勢力は、国単位でも数多く存在するだろうから。


 でも、何と言うべきか。


 彼女の様子だと、そういった風ではなく。



「中立国としての非常に貴重な意見、そして知識を賜りたいというのもあります。ですが、何時からか空席が多くなってしまい」


「中立国家?」

「……あ、もしかして」



 彼女の言葉で、あたりが付いた。

 

 人間側か、魔族側か。

 大陸の東にある国家は特に中立の立場が多いけど。

 裏表なく…表立って「勇者を連れてこい」なんて言ってもギルド側に許容されるような国。


 それは、やっぱり。

 人間の国家ではなく。

 

 答えに辿り着いたことを悟ったように。



 彼女は、ゆっくりと頷く。



「―――はい。半妖精種の国なのです」

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