第7話:偵察、オークの森
―陸視点―
「――あれがオークさん、ですか……?」
「はい、あれがオークさんです」
声を潜めて話すフィリアさんと。
冗談めかして返す春香の温度差。
戦闘訓練から一夜が明けて。
今日は都市外での調査日だ。
比較的魔力消費の少ない“消臭”の魔術を掛けてから。
目撃情報の有った森へと乗り込んだ僕たち。
フィリアさんはオークも見たことが無いらしく、不思議そうな目で遠くに見える巨体を観察する。
オーク…彼らは意思疎通が出来るものの。
基本的に、その気性は非常に荒い。
しかも人間は食糧になり得るし。
繁殖に必要な存在にもなれると。
万能でお得だから、見つければ勇んで襲ってくる。
一応メスも生まれるらしいけど、確率が極端に低いのでやっぱり人間が攫われる。
冒険者は、事故による死亡がとても多い職だ。
だが、死亡にだけ限らず。
凄惨な光景を目の当たりにしたことによってトラウマになり、やめてしまうことも多いのだとか。
その多くは近しい人間の死や、人間が物として魔物などに扱われている場合に起こる。
そして、完全に折れた心は。
二度と元に戻ることは無い。
……オークによって廃人に追い込まれてしまった人々。
彼女等は教会などに入って一生を終える場合が殆どで。
最早、日常生活も儘ならず。
僕たちは、そういった人々を実際に目にしたこともある。
―――もしも、フィリアさんが。
その光景を目にしてしまったら。
僕達は皆でそれを話し合った。
彼女は耐えられるのだろうか……と。
「――フィリアさん。大丈夫ですか?」
「……はい、大丈夫です。私は人々を救うために生まれてきましたから。目を逸らすつもりはありません」
彼女は気丈に頷く。
夜に皆で話し合った時に出した結論がそれだ。
僕達がそうであるように。
彼女だって、覚悟がある。
いずれはこの国を背負って立つ
ならば、僕たちは彼女を守るだけで。
夜の話し合いの後からだけど。
僕たちは、彼女の事を愛称で呼ぶようになっていた。
それも、新たな進歩だ。
「じゃあ、行こうか。オフィリアは私が“消臭”をかけてるから、出来るだけ離れないようにね?」
「はい。絶対に足を引っ張らないように歩きます」
意外だけど、オフィリアさんは。
魔術が余り得意では無いらしい。
聖女の持つ魔術適性の影響もあり、使える属性が偏ってしまっているのだとか。
自分に魔術をかけられないため。
彼女の分は先生が負担している。
だから、彼から離れ過ぎると効果が無くなってしまうんだ。
しばらくオークの挙動を観察していた僕たち。
先生は何を思い立ったか、突然僕の方を向いて話しかけてくる。
「リク。ちょっと、彼と話をして来てくれないか?」
「……何をですか?」
交渉でもさせる気なのかな。
「もしかしたら、穏便に進ませてくれるかもしれないし」
「気を付けてください」
「頑張れよー」
……既に行くことになってる。
擁護してくれる味方もいないので。
一つ、溜め息をついた僕は。
隠れていた草むらから這い出ると、無抵抗を示すように両手を挙げてオークに近づいていく。
匂いこそ消えてるけど。
ここは、普通の森林だ。
踏めば音が出るものはいくらでも存在しており、枝の折れる音と共に、巨体がこちらに向いた。
「……えっと、こんにちは?」
「―――ッ! ………!??」
振り返った巨体が。
ビクリと反応して。
この距離で気付かなかったことに困惑したのだろう。
逡巡するように首を捻ったオーク。
「ウオォ!! ウアァァ―――ッ!!」
「うん、だよね」
でも、次の瞬間には。
雄たけびをあげながら。
こちらへ疾駆してきて。
……彼は武器になりそうなものを持っておらず、無手だ。
僕は武器の刻印に魔力を流して。
すれ違うように右前へ跳躍する。
オークからすれば。
突然、目の前の人間が消えたようにも見えただろう。
―――大事なのは足さばき。
地面が抉れるほどに大きく踏み込んだ僕は。
すれ違った後頭部を硬化した剣の腹で打つ。
いかに種族的特徴で怪力であろうとも、この一撃は耐えきれないから。
オークは身体をぐらつかせ。
前のめりにズシンと倒れる。
一体一体なら問題にはならないな。
オークの単体戦力はDランク……教国で戦った弱体化オーガよりも弱い。
これが集団になると。
途端に厄介になるのがゴブリンやオークの特徴なのだけど、ここには本当に一体しか居ないようだし。
先の大きな雄叫びにも。
反応した気配は無しと。
「カッコ良いじゃねえか! えぇ? 大将さん」
「……康太。次はそっちに交渉してもらうからね?」
「よっ、
「素晴らしい踏み込みでしたよ」
草むらから次々に出てくる仲間たち。
信頼ととっても良いのだろうが、どうにも押し付けられた感じが否めない。
「――これが冒険者――っ!!」
「どう? カッコ良いでしょ。あたしの仲間は皆強いからね」
「はい! 凄く格好良いです!」
春香とフィリアさんが話しているけど。
聞こえるところで褒められると凄く気恥ずかしいな。
やがて、僕たちは。
倒れているオークを皆で囲む。
後頭部を打ちはしたものの、強靭な肉体を持っているので気絶しているだけだ。
漂うのは野生的な匂いで。
お世辞にも良い香りとは。
芳香とは言えなくて。
身体も洗っていないから、当然なんだよね。
フィリアさんは顔をしかめるけど。
僕たちは獣臭さはもう慣れっこだ。
先生が気絶しているオークに近寄って座り込むと、その肌をペタペタと触り始める。
歴戦の冒険者はこうして検分することで、周辺の情報や生まれてからの期間を分析することもできるのだとか。
「目立った外傷は無し。仲間と争って追い出された訳でもなさそうだな。自然発生にしても、コイツの肌は環境に適応してかなり経っている。……何かから逃げてきたか?」
それは決して当てずっぽうではないのだろう。
幾つかの情報を得た彼は立ち上がり、辺りを見回す。
やや薄暗い森には相変わらず魔物の気配は少なく、新手はこなそうだけど。
「――あの。オークさんに……その……」
そんな中、フィリアさんが。
震えながらも言葉を紡いで。
とどめは刺さないのか…と聞きたいのだろう。
確かに、いつもの僕たちならそれを躊躇う事は無い。
でも、いまそれをするつもりはない。
別に、フィリアさんに見せたくないからという訳ではなく。
いま殺してしまうと、血の匂いに反応した魔物が寄ってくる可能性が高いからだ。
におい消しは僕達自身にしかかかっていないし。
護衛任務の最中であることを考慮すればそのまま去るのが一番だろう。
このオークも、多分。
しばらくは起きない。
脳を大きく傷つけているのなら、本当に起きないかも。
「――てな感じで。無理にそうする必要はないのよ」
「……そうなのですか」
春香から説明を受けて。
納得するフィリアさん。
その表情は、何処か安堵しているようで。
「それじゃあ、改めて先に進もうか」
「「はい!」」
……………。
……………。
「――フム、この区画も特に異常はなさそうだね。いるのはハグレの魔物ばかりだし、根城がありそうな気配もない」
「候補を一つ潰せたわけですね」
今回、僕たちが調査しているのは。
広い森林の一区画に当たる部分で。
広大な森を当てもなく彷徨う訳にもいかないし、候補を幾つかに分けることで騎士さんたちと協力し、地道に探索を続けている。
最終地点まで来た感じだと。
特にコレといって異常無し。
さっきのオークを除いても、生態系を壊さない程度の魔物が居るのみだ。
「フィリアちゃんって、結構体力あるよね」
「有り難うございます!」
特に異常が無い事で。
多少、緊張が緩んで。
春香の質問は、ある種僕たち皆が気になっていたことだ。
フィリアさんはあまり運動を好むタイプには見えないし。
途中で体力の限界が来てしまうならやむなしと思っていた。
しかし、休憩を挟みながらも。
彼女は最後まで不安定な道のりを歩き続けた。
体力は勿論の事、気力もしっかりと持ち合わせている証拠だ。
「実は、一晩中祈りを捧げることもあるので、ある程度の体力を付けるようにしているのです。だから、心配しなくても大丈夫ですよ?」
「おー、スゲェ」
「ほぇー。マジっすかい」
成程……一晩中か。
それは凄いことだ。
僕たちでも野営で夜の番をしているときに、ウトウトしてしまうことはある。
もしかしたら、精神力は彼女の方が上かもしれない。
いかにもな聖女らしい話題に。
皆が興味深そうに彼女を伺う。
「……では、戻ろうか。知りたい事が出来たみたいだし、ゆっくり休みながら聞くことにしよう」
「「はーい!」」
「お勤め終了で」
「少し、ゆっくりしましょう」
先生の言葉に声を返し。
もと来た道を引き返す。
後援の隊が森林の外で待っている筈だから。
騎士さんたちと合流して、記録を照らし合わせることにしよう。
◇
「――では。此方側も問題はなさそうですね」
テーブルの上に広げられた地図に印を入れていくドレットさん。
暫く、調査の時は彼等と行動を共にすることになるだろう。
彼の隊は後援要因ではなくて。
他の区画を調査していた筈だ。
皆無事に帰ってきたところを見ると、やっぱり異常はなかったのかな。
「ドレットさんたちの調査地はどうだったんですか?」
「見た感じは、大丈夫そうですけど」
「えぇ、小規模なコロニーはありましたが、自然発生のものでしょうね。行方不明者の情報も無さそうでした」
じゃあ、収穫はなし…か。
彼等が所属しているのは。
グレースを守護する【
騎士団は現在、都市防衛と調査の二つに分割して活動中。
僕たちが協力しているのは当然調査の方だけど。
二分された騎士団を更に四人構成の各隊に分けて、区画ごとの査察を行っているわけで。
地道だけど、確実に。
候補は減ってきてて。
少なくとも、数週間以内には全てを調べきることが出来るらしい。
「皆様、お疲れ様でした。本日の調査はこれまでとしましょう。日が落ちてしまっては、調査も難しいですから」
「続きは明日ですか?」
「そうですね……他の部隊とも情報を擦り合わせるので――二日後でしょうか」
「となると、明日の調査は無しですね」
全員の視線が僕たちの予定を決めている人に向く。
「先生、明日は何をしますか?」
「暇です? 休みです? 休みが良いです」
「「……………」」
「自由にしよう。戦闘訓練をするでもいいし、今のうちに周辺の地理を学んでおくといいよ。オフィリア…も、詳しくはないだろうから一緒に」
「――うぅ……スミマセン」
彼女もそうなんだ。
まあ、王族である前に聖女だからね。
机上で習ったことはあるだろうけど。
自由に外出が出来なかった以上は、立地などを学ぶことが出来ないのは当然かもしれない。
得心した僕たちは頷き合う。
「では、それで……先生はどうするんですか?」
「私はギルドの方へ行ってみるよ。周辺や目撃の情報について調査してくる。――めぼしいものがあればいいんだがね」
彼には、何か考えがあるようで。
先生の事だし。
重要な情報を、いつの間にか手に入れている可能性もあるね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます