第6話:勇者は現地調達?
―陸視点―
―――勇者が、この国に来てる?
それって、僕たちの事だよね…?
でも、それはある種の国家機密。
クロウンス王国なら教国かギルド経由の情報だろうけど。
政府でも一部の人間しか聞かされていない情報で、一般の人たちが知っている筈はない。
それに、ネレウスさんたちが情報を漏らすとも思えないし。
まさか、例の話の内容。
内部にいる黒幕が……?
「海嵐神様の加護を授かった方らしくてな? 何年ぶりの勇者様だって話題になってんだよ」
でも、僕の想像は。
即座に否定されて。
彼の言う勇者はどうやら、僕たちではなくこの世界の人らしい。
海嵐神…バアルキアス様だっけ。
六大神の一柱で海を支配する神。
その加護を受けた者は、人々を統率する力を与えられるとか。
リザさんに教えて貰った話で。
まず、間違いのない事だろう。
「――いやぁ、それは凄いですね。現在はどちらに居られるとか、ご存じで?」
「んん~~? 来たって話が広がってるだけだからなぁ。だが、ここに向かってるって聞いたぜ?」
それでお祭り騒ぎしているんだ。
もしもデマだったらどうするつもりなのかな。
自然体で尋ねる先生と店主の話に耳を傾けつつ。
僕たちは、顔を見合わせる。
どうやらオフィリアさんも知らなかったようで、首を横に振っているけど。
「こりゃ、旨いモンですなぁ」
「脂が良いねぇ」
「………? ~~~~っ!」
しばらく春香や美緒の様子を伺っていたオフィリアさん。
彼女はどのようにすれば良いのかを見ていたらしく、肉串を食べて目を輝かせる。
これ、結構ジャンキーだからね。
彼女のような王族の口に入ることはまず無いのだろう。自分の住んでいる国でも、新鮮な体験ばかりのようだ。
二人の話が終わると、僕たちは。
店主にお礼を言って歩き始める。
この世界で生まれた勇者の存在。
確かに気にはなるけど。
何処にいるのかは分からないらしいし…この都市に向かっているという話が本当なら、そのうち会えるかな?
うん、やっぱり―――
あのお肉美味しかったなぁ。
リピートしたくなってきた。
これこそ、あちらの狙いだったのかもしれないね。
◇
息抜きの観光が終われば、次は訓練の時間だ。
現在僕たちがいるのは。
騎士団所有の修練場で。
空間の一角を借りて対人戦の特訓を行っている。
これから戦う事になるのは魔物であるオーク種だけど、彼らは二足歩行であり武器も使うため、こういった訓練が無駄になることは無い。
魔物とは言われているけど。
亜人としても含まれる特殊な存在だからね。
「ちょ……待ってくれ! タイム――ッ!」
「ちょこまか動くなー!」
オフィリアさんに応援され。
やる気満々と言える春香は。
次々に
あくまで水の塊なので当たっても痣が出来る程度だろうけど、速度が速度なのでかなり怖くて。
実戦では変形させて殺傷力を高めるのだろう。
でも、何だかんだで全部避けたり。
往なしたりしてる康太も流石だね。
盾役としてはこれ以上ない人材だろう。
「あちらは、とても楽しそうですね」
そう……なのかな?
最初のうちは、もっと真面目にやってたはずなんだけどなぁ。
僕は美緒と訓練――ではなく、騎士さん達との戦闘訓練だ。
一度の休憩が終わると。
再び僕たちは剣を持って打ち込み合う。
そして、僕は先生の言っていた言葉の意味を理解した。
正規軍の騎士さんと戦うのはこれが初めてだけど、彼らは強い。
単体の戦闘力もさることながら、複数人で戦う場合の連携は見事と言うほかないほどだ。
……練度が高い。
と言うべきかな。
よくよく考えれば、突然思い立って始められるような冒険者よりも、幼少期からそれを想定して訓練を積んできた騎士が対人戦の経験に勝るのは当然だ。
最初は一騎打ちのような感じで戦っていたけど、現在は四対二。
僕と美緒は鎧を纏った騎士さんを同時に相手取って木剣で打ち合う。
彼等はどれだけ多くのサインを持っているのか。
互いの動きを完全に理解して。
一つの生物のように動き続け。
それは、【ライズ】でも対応しきれない程の目まぐるしさ。
そんな中でも。
僕は連携の主軸となっている騎士に向かって攻撃する。
彼は大盾を持っているけど。
何とか、その防御を―――
「―――ッ……そこだ――っ!」
「………ム……ッ。流石です、リク様。ですが――」
渾身の一撃を受けた騎士は。
大きくひるみ、硬直するも。
決して、体幹は崩さない。
強靭な意志力によって踏みとどまった彼は剣と盾を構えて賛辞の言葉を紡ぐ……次瞬。
その背後から、突然に。
三本目の腕が伸びて…!
盾役の彼が僕の視界を塞ぎ、別の騎士が攻撃を入れてきたんだ。
何とかバックステップで回避すると。
今度は背後から攻撃が。
足の動きは急には変えられず、革鎧のある脇腹を強かに打たれた僕は。
遂に地面へ転がり。
立ち上がろうとした瞬間。
喉元に突き付けられる剣。
「……ぁ……参りました」
悔しいけど、それ以上に。
凄いという言葉が浮かぶ。
彼等の連携は、本当に緻密なんだ。
全身鎧に身を包んでいるとは思えない程の軽快な動き。
動き回ることで翻弄しようとしたけど、代わる代わるピッタリと張り付かれ、ジリジリと追い込まれていく。
これも初めての経験だった。
「――陸君、ゴメンなさい。……大丈夫ですか?」
初めのうちは、二人ずつの相手という構図で戦っていた筈だ。
でも、劣勢に陥っていた僕を援護しようとしていた美緒は四人目の騎士さんに隙を突かれ、回り込まれてしまって。
だから、背後から攻撃が来たんだ。
僕も後ろは問題ないだろうと油断していたし。
「大丈夫。訓練だから、むしろ有難いよ。自分の弱点が浮き出るし」
確かに負けたのは悔しい。
でも、生きているのならまだまだチャンスはあるから、経験は次に生かすことにしよう。
今度の僕は、もっと上手く。
上手にやってくれるはずだ。
二人で話していると。
僕たちのもとへ、四人の騎士さんたちが近づいてくる。
「流石は勇者様。対人の経験も十分に積んで来られたようだ」
「……まあ、負けちゃいましたけどね」
彼等は勝ち誇るでもなく。
むしろこちらを賞賛するように言葉を紡ぐ。
それでも、やっぱり悔しかったのだろう。僕の口を出た言葉にリーダー格の騎士さんは苦笑した。
「これでも部隊を預かる身ですからね。全滅させられてしまったら、それこそ国民に顔向けが出来ません。……勇者様たちはまだこういう戦闘に慣れていないというのもあるでしょう。何度ヒヤリとさせられたことか」
「隊長、焦ってましたね」
「リク様の攻撃が重すぎて…くくッ。ドレットさん、もう少しで倒れるところだったんですよ?」
冗談なのかもしれないけど。
彼等にそう言って貰えると。
こちらも落ち込まずに済む。
後ろから聞こえる騎士さんたちの声に、隊長――ドレットさんが「ゴホン」と咳払いをしたけど、顔も鎧で覆われているのでシュールだ。
僕は美緒と顔を見合わせて頷く。
「連携の取れた相手との複数戦闘、学ぶことが多そうですね」
「うん、頑張ろっか」
学ぶべきことは多そうだね。
少し視線をずらしてみると。
向こうでの訓練もひと段落しているようだし、康太たちに合流しようか。
「――あ、お二人とも。こちらをどうぞ!」
オフィリアさんがタオルと革の水筒を持って迎えてくれる。
何か、運動系の部活にでも入った感じだ。
彼女がマネージャーをやってくれるなら、きっと大人気の部活になるだろう。
部活名は何にしよう。
勇者部? 冒険部?
或いは、聖女親衛た―――
「お疲れ様です。リクさん、ミオさん」
「……うん、ありがと」
「有り難うございます、オフィリアさん」
彼女からは出来るだけ自然体で話してほしいとお願いされたので、ため口を使うことにしている。
王族の人に対してちょっと馴れ馴れしいような……。
美緒は元々誰に対しても敬語だし。
そんな心配はしてないだろうけど。
康太は大の字に寝そべって荒い呼吸をしているし。
春香も青い顔で壁に寄りかかりながら、オフィリアさんに甲斐甲斐しく世話をされている。
……昨日から思っていたけど。
何であんなに仲が良いのかな。
いや、それが不思議にならないのが春香なんだけどさ。
「いやぁ、マジでこの人たち強いわぁ」
「ホント、あたしじゃ攻撃通らないし」
二人も二人で、騎士さんたちと戦っていたようで。
彼等との戦闘で魔術を使用禁止にされた春香は、飛び回るように攻撃を避けて隙を狙っていたようだけど、大盾と鎧、連携による幾層もの防壁は突破することさえ至難だ。
康太は守りを重点的に磨くという事で。
囲まれて攻防を繰り広げていたようだし。
二人があれほど疲れているのも納得だろう。
「――うんうん。実に良い感じじゃないか」
「「……………」」
「春香は短所を補うために独自の戦いを見出しているようだし、康太は防御に徹していたとはいえ、一人で多数の騎士を抑えられるほどになっている。素晴らしい成長で……やっぱり、師匠の教えが良いんだろうねぇ」
師匠の教え云々はともかく。
確かに、二人の成長は凄い。
この世界に来た頃は近接戦闘の才が無いと思われた春香は。
身軽さと武器の携行性を生かしたスタイルを自身で見つけ。
康太は異能の影響もあって、恐ろしいほどの防御力と戦闘継続力を有するに至った。
それは、努力による賜物で。
僕も負けていられないよね。
「――という訳だから。この国を出る頃には、騎士団そのモノと戦ってもらうことにしよう。そう、全面戦争だ!」
「「………へ?」」
「騎士団の方たち、皆さんとですか……っ!?」
「その通り。一軍との相手は、なかなか出来る事じゃないからね」
―――冗談じゃないんだ。
彼は、僕たちに何を望んでいるのだろう。
国を相手にして戦う訓練なんて、やったところで本番は来ないはずだ。
「さぁ、皆疲れただろう? 今日はここまでにしておこうか」
先生が疲れさせた張本人ですけどね。
予定を組んでいるのは全部彼なんだ。
それは全て僕たちの事を考えてくれているからなのだろうけど。
恨みの視線が向けられるのはどうしようもない。
「――今日も皆で部屋占領してやろうぜ!」
「お菓子も持ってこう!」
「わぁ! 楽しみです!」
「……ええと、明日は実際に都市外へ行くんですよね?」
このままだと、何時ものムードだ。
完全に空気が変わってしまう前に。
美緒が明日の予定を尋ねる。
「あぁ。軽い偵察程度だけどね。オークに挨拶をしてこようか」
「陽気に返してくれるとは思えないんすけど」
「……フィリアちゃんも一緒に連れて行くんですか?」
都市内であればまだ安全だ。
でも、都市の外。
それも魔物が闊歩する森林では、決して油断はできない。
連れていくかを問うのは。
仕方が無い事だろうから。
先生は、オフィリアさんを一瞥する。
「決めるのはオフィリア自身だけど、詳しい話は夜にでもするとしよう。どちらにせよ、護衛としてはこれ以上ないほどに緊張感がある任務だ」
「……皆さん、宜しくお願いします」
僕たちに視線を向けるオフィリアさんは静かに言葉を紡ぐ。
本当は怖い筈なのに、都市で待っているとは言わなかった。
その朱い瞳はまっすぐで。
とても、一緒に観光を楽しんでいた少女と同じには見えなくて。
彼女もまた、僕たちと同様に。
成長しようとしているのかな。
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