第5話:塔という名のタワーマンション

―ラグナ視点―




 ネレウス氏に任務の仔細を伺ってから一夜が明けた。


 ハルカが上層階に行っていたのは。


 疑似GPSさんの力で知っていたが。


 ……まさか、オフィリアと。

 友人関係を築いていたとは。


 この俺の眼をもってしても、微妙に読めなかった。

 彼女のコミュニケーション能力は出会いの運命も操作するのかねぇ。


 さて、俺たち勇者一行は聖女の警護と言う大任を与えられたわけだが。

 泊まる場所に関しては四階の突き当りにある客室は丁度六部屋あったし何も問題は無い。


 どうやら昨日は女子会をやっていたらしく。

 集合時間には、さらに仲良くなっていたな……女子組は。


 信頼関係を築くのは。


 実に大切な事だから。


 リクとコウタにも頑張ってもらわないと。 


 んで、現在俺たちがいるのは。

 都市から街道で繋がっている遺跡――【常しえの塔】だ。



「――うわぁ……でっかぁ……!」

「凄く大きい、ですね」

「この塔は今から六百年以上前に建築されたと言われています。塔を補強する刻印の術式は初代聖女が直々に設計したと伝えられていて、大魔術に匹敵する衝撃でも加わらない限りは決して崩落しないらしいですよ」



 春香と美緒に挟まれて。

 嬉しそうに解説を挟んでいるオフィリア。


 彼女の言う通りだが。


 この塔の歴史は古く。


 大陸において塔と言えば。

 此処とアルコンの塔が有名だが、観光名所としてはこちらに軍配が上がるだろう。


 その実、塔とは名ばかり。

 高層ビルと言えるほど巨大な構造物は、かつて国民を守る避難所シェルターとして用いられたこともある。


 リク達から見ても。

 予想を大幅に上回る大きさだろう。

 

 観光客に混じって、俺達も内部へ踏み入れていく。



「年に一度、わた……聖女がこの塔の屋上で祈りを捧げることになっているんですよ?」

「――ほえー」



 内部の広さ…高さに圧倒されているのだろう。


 話をちゃんと聞いているのか。


 少女の間抜けな声が聞こえて。


 オフィリアはお忍びという事なので、頭をすっぽり覆う外套を纏っているが。


 この国において、真紅の髪は目立つからな。

 バレたらパパラッチどころの騒ぎじゃない。


 六人で螺旋階段をのぼりつつ。

 誰かが転ばないよう気を配っていると。

 リクが辺りを見回したり、壁を触ったりしていることに気付く。



「――リク、何をしているんだい?」

「いえ。刻印の動力源とか、魔力の流れを感じられないかなって」



 ……成程な。


 確かに、この塔全体に影響を与えるような刻印を起動するには多量の魔力がいる。


 聞かれれば答えられるのだが。

 自分で答えを探したいという事なのだろう。



 なら、その考えを尊重しよう。



 というか、コウタは…?


 先に行ってしまったか。


 一応、護衛なんだが。

 先行して脅威が無いか確認している…という事にしておこう。


 五人で固まり階段を上り。


 幾つかの階層を越えると。


 やがて、吹き抜けになっている屋上へ到着。

 そこにはただ一つ彫刻製の像があり、口を開きながら見学している野生児がいるな。



「――あ、康太。居なくなったと思ったよ?」

「……………」

「康太君?」



 返事が無い、見惚れているようだ。

 

 等身大よりも大きく作られているため多少見上げることになる石像。

 それは長髪の女性で、瞼を閉じて祈るような形で彫られている。



 ―――初代聖女、フィーア・グレースの像だ。



「……すっごく綺麗な人ですね」



 コウタが反応しないのでそのまま放置し。


 像へと目を移した一同。


 本物はもっと綺麗だよ? 


 とは、流石に言えんか。

 そんなことを言った日には、更に狂人扱いされるだろうし。


 この像は元々存在していたものではなく。


 後世になってから此処に置かれたものだ。


 彼女が残した遺産や偉業への感謝と崇拝が込められたもので。

 当時の地の聖女が人生をかけて彫り上げ、他の三聖女が祈りの力を込めたある種の魔道具。


 初代聖女の死後は魔力が流れず。


 力を失った塔だったが。


 この像が、術式を再び動かす心臓部となった。

 絶えず大気中の魔素を吸収しているため、ある意味では生きているとも言えるか。


 魔導機兵…ゴーレムみたいなものだ。


 果たして、リク達は。

 それを理解することが出来るかな。



「先生。もしかして、この像が塔の動力源なんですか?」

「「え」」

「……そうなんですか?」



 ――既に魔力の流れも分かるようになってきてる…か。


 彼はまだ触れないと分からないようだが。

 外壁を巡る魔力の流れを読むことで理解したのだろう。


 嬉しいような。


 悲しいような。


 こうも早く謎を解かれてしまうと立つ瀬がないね。

 まぁ、この像にはもう一つ役目があるんだが……取り敢えずは、答え合わせを兼ねた解説だ。



「あぁ、その通り。理論自体は後でゆっくりと話すとして…この像は四聖女が協力して生み出した物。初代聖女であり、地母神の加護を受けた勇者。フィーア・グレースの石像だね」


「「初代聖女」」

「グレース――この都市の名前?」

「……勇者、だったんですか」



 感慨にふけるような表情を見せ。


 再び石像に視線を移す勇者たち。


 異界と現地という違いこそあるが。

 同じく加護を受けた者としては、親近感があるのだろう。しかも数百年前の人物だし。

 

 ……感慨深そうな顔をしているのは全員ではなかった。


 皆が石像を伺う隣では。


 オフィリアが頬を膨らませていて。 



「むぅ~~っ! 酷いですっ、おじさま。私が解説したかったのに!」

「ははは、ゴメンね」



 俺は諸々の事情もあって幾度となくクロウンス王国に足を運んでいるが。


 一時期はオフィリアの警護の依頼を受けていたこともある。


 あれは今から数年前だったが。


 ある程度長く一緒に居たので。

 

 いつの間にか、そう呼ばれるようになっていて。

 少し見ないうちに美人さんに磨きがかかっているし、人間の成長は本当に速い。


 そんなことを考えていると。

 リク達が胡乱げな視線をこちらに向けていることに気付く。



「――相変わらず、先生がおじさまって呼ばれてるの違和感あるよね」

「うん、犯罪臭がする」

「と言うか事案じゃね?」

「……そこまでですか?」



 言いたい放題言うね、君たち。 

 言わんとすることは分からなくもないが、指一本触れていないんだが。


 これでしょっ引かれるのは。


 流石に不名誉過ぎて困るな。


 ……さて、見物客も増えてきていることだし、何時までも留まっているのは邪魔だろう。


 見るものも見たから。


 取り敢えずは戻ろう。


 元々息抜きのつもりだったしな。



「――さあ、戻るよ? 今度は城下で消耗品の補充だ」



 そろそろ備蓄が切れてきたものがある。

 都市周辺だけとはいえ、手付かずの自然が多く存在する以上は油断が出来ないし、準備はいつでもしっかりと行っておけるのが生き残る冒険者だ。


 俺の言葉に皆は頷き。


 像に背を向けて歩く。



「――ふふふっ、行きましょう春香ちゃん!」

「そだね――っとぉ! 皆も早くー!」

「はーい、今行きますね」

「固まって行動しないと危ないよ」



「………え? あ、ちょっと待ってくれッ!」



 ハルカの手を引いて。

 階段を下っていくオフィリアと、それを追いかける三人。


 昨日会ったばかりで。


 本当に、仲が良いな。


 約一名は何時までも像を見ていて乗り遅れたみたいだが。



 ――にしてもオフィリアのあの様子。



 まさか…ではない。


 恐らくそのままだ。

 

 血は争えないというか…。

 パーシュースの血筋は、本当にその気が強いなぁ。



 全部セラエノとか言う初代国王が悪い。




   ◇




―陸視点―




 常しえの塔は凄かったな。


 まさかこの魔法の世界で。

 あんな高層ビルみたいな建築を見ることになるなんて。

 

 一応、この都市に来る途中でも遠目から馬車で見たんだけど。


 間近で見るとまた別で。


 内部もいい感じに階層構造になっていたし。

 人々の避難所として使われたという逸話も頷ける。



 ―――初代聖女。



 図書館で読んだ資料とか。

 伝説関係の物語や書籍で。

 その逸話は知っていたけど、地母神の加護を受けた存在だというのは知らなかったな。


 こういう勇者に関する情報は教会が管理していると先生が言っていたけど。


 六大神の名前のような感じで。


 書籍に載る事は少ないのかな。


 いくら神様の権能を受けたからと言って。

 何の努力もなく強くなれるわけがない。

 彼女の成した偉業は多く伝わっているし……本当に凄い人だったのだろう。


 本当に、一度で良いから会ってみたかったな。


 ……でも、その場合は。


 あの世に行くって事で。


 まだ、勘弁だよね。

 というより、地球と同じ死後の世界なのかなぁ? 



 クスリなどの小売店。


 簡単な雑貨類の出店。


 軽食の販売店など…。


 現在、僕たちは城下にある市場に居て。

 色々と、消耗品の購入をしている。

 この後はいつも通り戦闘訓練で、明日から都市外での調査だというけど。

 

 はしゃいでいる春香や康太はともかく。

 この国に住んでいるオフィリアさんも興味深そうに観察していて。


 やっぱり、宮殿の外とかに。


 出られる機会が少ないんだ。


 そう思うと、ネレウスさんの狙いは。

 口実を付けて彼女を連れ出してあげることだったんじゃないかな。


 あの人、見かけ通りの好々爺だし。



「――美緒? 美味しそうな物あった?」

「いえ、やっぱり嗜好品は……えっと、その……?」

「ふふっ、やっぱりそうなんだね」



 僕もこんな風に人を揶揄うようになってしまったか。


 何かを探すように。

 辺りをきょろきょろしている美緒を見て。

 もしかしたら、なんて思って声を掛けたけど。


 どうやら本当にそうだったようで。


 食べ物を探していたことがバレて恥ずかしかったのか、彼女は頬を赤らめて誤魔化そうとする。


 普段は、誰よりも冷静に振舞っているのに。

 偶にこうして見せる表情が凄く可愛らしく。


 ひとしきり様子を伺い満足したので。


 

 僕は他の人たちの方へ視線を―――



「……………」

「「あぁ、続けて続けて」」

「ふ……くくッ」

「――おじさま。あのお二人はそういう関係なんですか?」



 まだ人を揶揄うのは。


 僕には早かったかな。


 そっちに掛かりきりになっていた僕は。

 背後から近づくもう幾つもの視線に気づかなかった。 


 唯一まともなオフィリアさんも。


 変な勘違いしてしまっているし。



 後で訂正しておかなきゃ。



 僕の顔の熱が引く頃。

 ようやく囲んで揶揄うのをやめて、皆は歩き始め。


 補充も終わったから。


 後は宮殿に戻るだけ。


 この国の大通りもギメールに劣らず活気があるけど。

 皆一様に何かを祝い合っているような感じで…もしかして、何かの記念日だったのかな?



 大通りを歩く僕たち。


 その目の前に護衛らしき人達を従えた人影が二つ現れた時。


 先生とオフィリアさんの足が止まり。


 一人は値打ち物と分かる服装を着た壮年の男性。

 結構大柄な人だけど。

 恰幅がよく、禿頭だ。 


 もう一人は白い肌で。

 僕よりも少し高いくらいの背丈の……青年?

 壮年の男性に付き従うかのように歩いていた彼は間違いない、昨日大浴場で会釈を交わした推定男性さんだった。


 現在は侍従の人と同じような服を着てて。


 前よりも、男性らしさが強調されている。



「――おぉ! ナクラ殿ではないか」

「お久しぶりですね、カイン様」



 また先生の知り合いですか。


 本当に顔が広いんだよね、この人。


 友達かどうかはさて置いても。


 先生にカインと呼ばれた男性。

 彼は外套を纏ったオフィリアさんに目を向け、一礼すると先生に向き直る。



「紹介するよ。この方はカイン・フロイト……クロウンスの大臣だ」

「「……大臣さん」」

「カイン様? ご存じかもしれませんが、彼らが今代の異界の勇者達です」


「ほう……! 伝聞で聞いたのみだが、真に四人とは。しかも現在は――ふふっ。これは運命なのやもしれんな。よろしくお願いします、勇者様方」



 彼の言葉を受けて。

 僕たちもそれぞれ自己紹介をする。

 

 この人が大臣…ネレウスさんと並ぶこの国の実質的なトップなのか。

 

 でも、この人はどっちかと言うと。

 なんて言うか、野心的な風貌だな。

 若干だけど、美緒と春香に視線を移した時の瞳に違和感を感じたような気がして。



「あぁ、彼も紹介しましょう」

「――はい。私はカイン様の補佐を務めております、ミハイルです」



 僕が分析したすぐ後。


 カインさんの言葉で。


 彼に従うように立っていた青年が進み出て。


 こうして話してみると。


 彼が男性だと分かって。


 澄んだ声は聞いていると安心感を受けるし。

 整った風貌も相まって、貴公子然としたオーラを纏っている気がする。


 二人は予定があるのか。

 一通り話したのち、そのまま大通りを歩いていく。



 ……大臣さんが少数の護衛でこんな所を歩いていて大丈夫なのかな。



「いかにも大臣って感じの人だったな」

「……なんか、視線がやらしかった気がするんだけど」

「――そう、ですね」

「彼は好色で有名だから。でも、優秀な為政者であることに間違いはない」



 違和感の正体はそれか。


 二人の言葉に先生が答えを返し。


 女性陣は、微妙な顔をしている。


 やっぱり、こういう視線は。

 女性の方が敏感なのだろう。


 なんたらは色を好むって言うし、この世界は一夫多妻も珍しくないという。

 上流階級の人なら、そういう事もあるんだろうね。 



「カインさん、フィリアちゃんはどう思う?」

「ええと……ちょっと苦手ですね。優しいというか、優しすぎるというか」



 どういう事?


 彼女は歯切れ悪く答えるけど。


 その言葉に首を傾げる僕たち。


 ともあれ、再び帰り道を歩き出して。

 順調に宮殿へ向かうけど…お肉屋さんの出店に差し掛かった時、再び声が掛かる。 

 


「――やぁ、兄ちゃんたち」

「「え?」」

「良かったら、これ食えや!」

「……え? ――あ、ありがとうございます」



 挨拶もそこそこに。


 やや食い気味に差し出された肉の刺さった串を受け取る。


 店主らしき人物は僕以外の皆にもそれを渡し。


 にこにこしながら、次の串を焼いていて。


 やはり、アレだ。

 道行く人も皆テンションが高いし、何かめでたいことでもあったのだろうか。



「何か――ウマ。……祝い事でもあったんすか?」



 早速受け取った肉を頬張る康太。


 流石に遠慮が無いね。

 

 確かに、その通りで。


 いつもタダで配っているはずはない。

 商売赤字どころの話じゃないからね。


 僕たちが浮かべていた疑問の代弁に。

 店主は「知らないのか?」と疑問の表情を浮かべるけど。僕たちを観光客と見たのか、すぐに言葉を続ける。




「もう都市中に広がってるが――この国に勇者様が来てるらしいんだよ!」




「「………えっ?」」

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