第6話:今日の夜は眠れない

―陸視点―




「ソコっ――西園寺さん!」


「はいッ! 私が――斬りますッ!」



「リクお兄さん、凄いです」

「へェ……確かに、筋が良い。黒髪の嬢ちゃんは正確に急所を狙えてるし、坊主は相手の動きをよく見てるな」

「ふふん、そうだろう? そうだろう?」

「……先生」


「――まだ来るみたいだぞ。春香ちゃん、援護頼む」



 僕と西園寺さんが襲ってくる魔物の相手をしている後ろで。

 他の皆が会話をしている。

 後ろを警戒してくれている康太はともかく。他の人たちは、まるで遠足にでも来ているかのような気軽さだ。


 コーディにお兄さんと呼ばれるのも恥ずかしいし。


 何か、気が抜けるよね。



「――こっちでで良いんだよね? コーディちゃん」

「ハイ、間違いないです」

「おい、陸お兄さん。進むぞー」


「康太…? 後ろから刺されても知らないからね?」

「おお、怖い怖い」



 まったく。

 ……でも、裏を返せば。


 魔物と戦いながらでも軽口を叩けるくらいに。

 僕たちは、強くなっているという事。 

 まだこの世界に来てから一か月ちょっとしか経っていないことを考えたら、本当に凄い速さなんだろう。


 いつかは、先生とも戦えるくらいになれるのかな? 

 そんなことを考えながら。


 皆と一緒に足場の悪い森を進んでいく。



「にしても、やっぱこの森広いわー」


「もう、三十分は歩いてますからね」

「コーディはよく森を抜けてアレフベートまで来られたね?」

「……えっと、体力には自信がありますから」


「コーディちゃん凄い」

「はい、本当に。素晴らしい体力ですね」



 ほんのりと顔を赤らめながら。

 僕の疑問に相槌を打つコーディ。


 本当に凄い子だと思う。


 こんなに小さいのに……ね。

 でも、この子はとてもはきはきとしゃべるけど。

 この世界の子供って、こんなに堪能に話せる物なのだろうか。僕たちは実際にこの世界の言葉を勉強したわけじゃ無いから、その辺のことはよくわからないけど。



「――なぁ、ナクラ。もしアレフベートに内通者がいたら、今頃ものけのカラになってる可能性もあるんじゃないか?」

「いや、まず、それはないな」


 

 もしかしたらの可能性。


 しかし。

 先生は、すぐにそれを否定する。



「何でないんです?」

「奴隷狩りにとって、子供は金のなる木だからだよ。もしアジトを捨てることになっても一斉に子供たちを移動させるのには時間がかかるものだ。辺りに魔物がウロウロしているこの森なら猶更ね。対策をとるって言っても、私たちを待ち伏せして口封じするくらいが関の山だろうし、後は内通者がうまくやるだろうね」



 ……そうか。

 確かに、大切な商売道具。

 子供たちを、簡単に捨てるわけはない。


 本当に、吐き気がするな。


 子供はモノなんかじゃないのに。


 でも、それが奴らの付け入る隙なのかもしれない。

 S級が来るかもしれないって分かったら。大半の盗賊は、我先に逃げそうだけどね。


 ―――あれ?


 考えてみればそうだ。

 何故、それが想定に無いのかな。



「ゲオルグさんがくるって知れたら、下っ端は逃げるんじゃないですか?」

「それが度し難いところでよぉ~?」

「「??」」



 ぼやいたのはゲオルグさん本人。


 しかし、答えたのは先生だ。



「S級は確かに有名だけど、絶対数が少ないからね。本当に戦いを見たことがある人間は少数なんだ」


「…まさか、数で押せば」

「もしかしたら勝てるかもって思ってるんです?」

「そういうこと。仮に討ち取りでもしたら、それはもう大きく名をあげることができるからね」


「おかげで馬鹿どもによく襲われてよぉ? 怖いったらありゃしねぇぜ」



 いえ、怖いのはあなたです。

 というか。

 ゲオルグさんは戦闘狂だと思っていたのだけど。


 話を聞いている限りだと。


 彼は、全然嬉しそうには見えない。



「ゲオルグさんって、戦闘だいすきクラブじゃないんですか?」

「………はぁ?」



 春香…さん?

 確かに皆思ったかもしれないけど。


 ちょっと、蛮勇過ぎないかな?

 康太たちの顔もひきつっているし。


 先生に至っては、漏れ出た笑いをかみ殺している。



「あのなぁ? 飯食ってるときも、酒呑んでるときも襲われたら、おちおち眠ることもできねェだろうが。それに、俺が戦いたいのは奇襲してくるような雑魚じゃなくて、本当に強えぇ奴なんだよ。――丁度、そこで笑ってる奴とか」



 強者には強者の…。

 彼なりの悩みがあるってことなのかな。


 にしても、先生。


 笑いを堪えることすらしなくなりましたね。



「ククッ……ははッ。――良し。そろそろ魔物の姿も見えなくなってきたし、大分近いんじゃないかい?」

「はい、すぐそこです」

「魔物は近寄らないんですか?」


「奴らもバカじゃねえ。よっぽど腹が空いているわけでもなきゃ、ある程度痛い目見れば近寄らなくもなるんだろう。まあ、それだけもいるってことじゃないか?」

「――その通りだ。用心棒くらいなら居るかもね」



 それは、つまり。

 腕が立つ…強い人間。


 先生やゲオルグさんが負けるとは到底思えないけど。

 それでも。

 僕たちや、コーディを守りながら戦うことになったら分からない。


 足手纏いは、絶対に御免だ。






「――ここ、です」






「へェ……良いところだな」

「大きいですね」

「こんな森の中に…よく建てたなぁ」



 そこには石造りの構造物が建っていた。

 大きさ的には塔に近い。


 出入口に当たる部分は…。

 洞窟のような場所があるけど、地下で繋がってるの?


 ―――罠の可能性もあるかも。



「まぁ、ここに来るまでに餓鬼どもの死骸の痕跡もなかったし、魔物に喰われてないなら連れ戻されたとみていいだろうな」


「――ひぅ!?」


「「……………」」

「おい、ゲオルグッ。お前はもう少し、オブラートに包むってことができないか?」

「あ? なんだそりゃ」



 そうだ、そうなんだ。

 確かに、コーディが他の皆と一緒に逃げたのなら。


 森の中に子供の死体がある可能性もあったのだ。

 無事だと良いんだけど。


 ……この世界には。

 オブラートってないのかな?


 今後の精神衛生的にも、入荷して欲しいんだけど。



「じゃあ、手はず通り。入り口からはゲオルグと皆で行ってくれ」

「分かりました」

「――ありゃ? 先生は?」


「私は、コーディを背負って――これを登る」



 別行動って言ってましたからね。

 それもそうだ。


 僕たちは入り口から。


 で、先生とコーディはこの壁を……かべ。


 ―――ん?



「「は!? 塔のぼる?」」

「……ふへ?」

「他の入り口がどの辺にあるか。探すのも面倒だ」



 登るって――この建物をですか!?


 軽く六階建て以上はある建造。

 落ちたら…うん。

 酷い目に遭うのは間違いなく。


 ちょっと見てみたい気もする。


 ヒーローな蜘蛛人間みたいな感じなのかな?



「あの……お願いします、せんせい?」

「よろしく頼むよ、コーディ」



 コーディは特に疑問が無いようで。


 ゲオルグさんも何も言わないし。

 もしかして、この世界ではそれが常識なのかな?


 ―――そんなバカな。


 なんて怖い世界なんだ。

 今更になって、再認識なんて。



「じゃあ、行くぞ餓鬼ども」

「「ハイ!」」



 ともかく、先生にコーディをお願いして。


 僕たちは、洞窟の中に足を踏み入れた。



「見張りとか、居ないんですね」

「篝火のせいで暑ーい」

「――ゲオルグさん? やはり、待ち伏せされているのでしょうか?」


「あぁ、だろうな」


「この通路狭いから、大剣上手く使えそうにねぇな」

「確かにそうだね。気を付けて?」



 入口から洞に入ると。

 すぐに、階段で下へと降りられるようになっていた。


 篝火が設置されているため。

 辺りは暗くはないけど、この狭さはどうしようもない。

 これでは大剣などの大ぶりな武器は振り回しずらいだろう。背の高いゲオルグさんなんかは、屈みながら先頭を歩いていき。


 そのまま角を曲がった彼―――!!



「……すごい、です」

「あれ、大剣の使い方か?」


「――こういうこともできる…って感じだね」



 角を曲がった途端。

 飛んできた大量の矢。

 それらを大剣の腹で流し、目にも止まらない速さで視界から消える大男。


 恐らく。


 間合いを詰めて射手を斬り裂いたのだろう。



 ―――悲鳴とも呼べないような声が聞こえた気がした




「――はやく来い、置いてくぞ」

「「…………」」



 皆でアイコンタクトを交わし。


 胸に刻む。


 あの人は怒らせないほうが良い。

 ……そう皆で決め、僕たちは彼の後を追った。



 ………。


 

 …………。




「――こりゃあ、もしかしたら。こっちが本命だったかもな」


「……ウッ……ップ」

「こんな………酷い」

「――なんてこと…してんだよッ!!」



 真二つになった奴隷狩りたちの死体を吐き気を堪えながらも。

 皆で乗り越え、通路を抜けていった先。


 待っていたのは本当の地獄だった。


 死臭の蔓延する大部屋。

 そこにはいくつもの腐乱死体。

 中には白骨化しかけているものさえあって。


 蛆のような虫が湧いた亡骸はしかも―――



 ……しかも。




 それは、だった。




「ゲオルグさん、もしかして――」

「いや…違うな。この死骸は、あの餓鬼の仲間じゃねぇ」


「ウ…プッ……そうなんですか?」


「あぁ。恐らく、この部屋は死んだ餓鬼の捨て場だろうな。一応、最近捨てられたようなモノもあるが。生きている餓鬼どもを閉じ込めている場所は、他にあるはずだ。位置的に考えてあの建物じゃなくてこっちかもな」

「「――――――――」」



 ……捨て場って、なんだよ。

 僕たちよりも圧倒的に小さい子ばかりなのに。


 こんな、こんなの……!

 

 厳しい言葉を発しながらも。


 亡骸に視線を向けるゲオルグさんの眼は……。



「行くぞお前ら。一人残らずぶち殺す」

「――はい!」

「流石に、許すわけにはいかないです」


「……試し斬り、剣の錆ってやつに出来るな」



 皆は……強いな。

 本当は吐きたいはずなのに。


 今すぐ逃げ出したいはずなのに。

 誰一人として弱音を吐くことなく、怒りの言葉で自分を奮い立たせる。


 それに僕も。


 もう、殺したくないなんて決して言うつもりはなく。



 ―――奴らの屍に謝るつもりもない。




  ◇




「くそっ! 聞いてねぇぞッ!? S級がこんな強い――」

「死ねや」


「ハァァァ!!」

「ウラァァアア!!」

「食らえ! “五月雨さみだれ”」



 次々に間合いを詰め、|悪魔共を斬り裂いていくゲオルグさん。


 避け、弾き、そして斬る。

 単純けど、それら全てが見たこともないような水準で完成されており、大剣を振っているとは思えないような神速の剣閃だ。


 それを真似るようにして。 

 次々に敵を叩き潰す康太。

 正確な斬撃を繰り出す西園寺さん。

 そして“激流”を同時にいくつも射出する魔術を繰り出す春香。



 皆に慈悲の言葉はない。



「なんで当たらねえんだよ!! ――そうだ! 降伏だ! 止めっ……」

「ふざけるなッ!」



 僕も同じだった。

 子供たちを閉じ込めている場所が隠されている可能性は限りなく低いというのがゲオルグさんの考えらしくて。

 その案内が必要ないということは。


 別に、敵を生かしておく必要は無いということ。



 僕たちは殺して、女は生け捕りとか。

 よく分からない事を言っていた奴の攻撃。


 それは、凄く薄っぺらくて。


 見切り


 分析し


 読み切った上で、首を断つ。



「――はははッ! お前ら、やればできるじゃねえか」


「夜思い出した時に吐きそう」

「……同じくッ」

「内臓ダバーだもんね」

「気持ちの良いものではないですね。止めませんけど」



 僕たちのパーティーは。

 随分と、攻撃的で血の気が多い。

 普通、勇者一行って、もっとバランスの取れているものな筈。


 聖女とか、エルフの狩人とか?

 まだ、この世界に来てから長命の種族とかに会ったことはないけど。


 先生の話では。

 東側へ近づく程に異種族の国があるらしい。


 だから、中央側であれば。


 亜人の人達も見るようになるとか。



「てんで歯ごたえがねェなッ。やっぱ、俺とナクラが行動したほうが良かったんじゃねえか?」


「それ、どういう組み分けですか?」

「明らかに一方が過剰戦力ですよね?」

「もうその二人だけで良いんじゃないか?」


「……いや。一応、僕たちの成長のためだし」



 ここを潰すだけなら、本当にそう。


 先生とゲオルグさんだけでいい。

 …というか、どちらか一人だけでいい。


 僕たちがここにいるのは、僕たち自身が人間との戦いを学ぶことと、人間を殺すことに対する恐怖を学ぶこと。


 恐怖を忘れることは。

 決して、あってはならない。


 忘れれば……僕たちは、ただの人斬りだ。



「大分進んできましたけど。あの建物に繋がっている気がしませんね」

「抜け道…見ねえよな」

「恐らく、最深部辺りで繋がっているのでは?」


「最悪、どっちかが囮建築の可能性もあるな」



 洞窟内部と建物……。

 一体、本命はどちらか。


 そして、もう一つの気がかり。


 ここまでの道のりで斬ってきた奴らは、一様に下っ端といった感じだった。組織として動くのであれば、必ず上に立つ人間がどこかにいる筈。


 そして、その護衛も。



「――先に進まないと分からないよね? じゃあ、行くしかないよ。子供たちもお腹空かせて待ってるだろうし」

「…そうですね。早く安心させてあげないと」


「そう思うんなら、行くぞお前ら」



 先導するゲオルグさんの後を追うように。

 奥へと進んでいく僕たち。


 そういえば、何時からだか。


 彼は、僕たちの事を餓鬼と呼ばなくなってきたような。



 もし認めてきてくれたんだったら。

 嬉しいことだけど……。

 あの人の場合、先生と似たような気分屋だし、どうだろうか。



「……先生とコーディちゃんは、今頃どうしてますかね」


「あの人なら問題ないでしょ」

「うん、間違いなく。多分、美味しいところを持っていけるようにスタンバイしてるんじゃないかな?」

「「あり得る」」



 でも、あの人は間違いなく一番大切なところでやって来てくれるだろうから。


 心配はないだろう。


 考えている間にも。

 野球を始めそうな勢いで敵を吹き飛ばすゲオルグさん。


 そして、ヒットを連発する康太。



 彼らの射程に入らないように。



 僕たちは、遠巻きに後をついていくことにした。

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