第5話:いざ! 奴隷狩りのハウスへ
―陸視点―
「じゃあ、こっちの剣の方が良いんすかね?」
「あぁ、これなら手に馴染むのも早いだろうな。少々武骨だから勇者様には似合わないだろうが、長く使えるに越したことはない」
自然に会話をしながら。
どの武器を買うか選んでいる康太。
意見を求めている相手は、同じ大剣使いらしいゲオルグさんだ。
友達を遊びに誘うかのような気軽さで呼びつけられたS級冒険者は、今だ奴隷狩りに関する情報を入手できていなかったらしく。
飛ぶような速さでやって来た。
まぁ、コーディを休ませるために一晩休息をとったので。その間は、先生と一緒に酒を呑んでいたみたいだけど。
本当にアル中だね、この人……たち。
「――んじゃ、これにします。先生、大丈夫ですか?」
「問題ない。私はあまり大剣を使うことはないが、ゲオルグがそう言うなら間違いはないだろう」
「これから派手にぶち壊しに行こうってんだ。半端な武器じゃあ困るだろう?」
「……説得力がありますね」
「派手にぶち壊す、の部分だけどね」
春香と西園寺さんが話している通り。
彼の言葉には、確かな説得力があった。
その立ち振る舞いは勇ましく。
味方であるという凄い安心感があって。
長い間冒険者をやっていたことで培われたものなのだろう。いま、初めて尊敬の念が湧いている気すらして。
「……やっぱ、この餓鬼どもは大物になるな」
「だろう?」
「親バカか?」
「――さて。コーディも待ってるから、みんなそろそろ行くよ」
「あ、ありがとうございます」
お会計を済ませた先生は、ゲオルグさんの言葉に反応することなくコーディと店を出ていく。
大剣の一括払いって。
一体、どれだけの値段なんだろう?
武器には値札とかがついていないから、直接店員さんに聞くしかないらしいし。
知識が無いと足元を見られそう。
……とにかく、先生の後を追って僕たちも武器屋を出ていき。
店の奥にいた康太は、重そうな大剣を鞘に入れ。
軽々と背中に下げ、僕たちについてきた。
「――ねぇ、康太君。その剣って重くないの?」
「うーん。やっぱり体が適応してるからか、あんまり重く感じねぇな」
「こんなに大きいのに……?」
戦いの中で
だから、僕たちはどんどん強くなると先生は言っていた。
僕だって、身体能力が地球にいた頃の何倍にもなっていることを依頼や訓練の時に感じるのだ。
……でも。
それが本当に良いことなのかは分からない。
勿論、強くなることに憧れはあるけど。
まるで、自分が人間ではなくなっていくようにすら感じるから。
S級の人たちは狂人だと先生は言っていた。
でも、もしかしたら。
そういう葛藤をしているうちに、普通の感覚ではいられなくなってしまったのかもしれない。
まあ、もしもそうなのだとしたら……。
まともでいる
―――うん、考え過ぎだ。
「……で、作戦は?」
「行って叩き潰す」
「「…………は?」」
大通りへと出ると。
先生とゲオルグさんがおバカな話をしていた。
やっぱり、この人たちおかしいよ。
他の皆も、突っ込む気すらないようで。
「あの、先生。本当に何もないんですか?」
「一番良いのでお願いします」
「一応、考えているプランとしては、私とコーディが別動隊で、ゲオルグとリクたちが一緒に行動だ。勿論、奴隷狩りの拠点までは一緒だけどね」
「「――え!?」」
「は?」
先生が一緒なんじゃないんですか!?
思わず驚愕の声が漏れ出る。
なんて事を言い出すんだろう、この人。
彼が居なくなったとたん、ゲオルグさんに何かされそうな感じなんだけど。……本当に、その作戦で良いのだろうか。
「――先生! あたしたちを見捨てるんですか!?」
「信じてたのに……!」
「最悪の裏切りだな」
「なんで俺がこの餓鬼どもをッ……」
「うん、そうなることは分かってたよ。…でも、これが一番良い作戦だ。ゲオルグは戦えない子供を守れるような繊細な性格ではないし、何より潜入に向いていない。だから私がコーディを守りながら子供たちの場所まで案内してもらい、救出している間にリクたちには大暴れしてもらいたいんだ」
「あ……お願いします、せんせい?」
なるほど、そういう事か。
言われてみたら、すんなり理解できた。
「――合理的、ですね」
「ヒュー!」
「流石先生だぜッ」
「……見事な手のひら返し、どうも」
僕たちの目的は大暴れだけではない。
子供たちを救出してこそ勇者だ。
ゲオルグさんはどうかは知らないけど、依頼である以上真面目にやってくれる…と思いたい。
「捕まっている餓鬼どもがどこかに移されていた場合は?」
「その時はその時で、上手くやるさ」
「ゲオルグさん、お願いします」
「頼みますぜ? 兄貴」
「よろしくお願いしますね」
「よろしくお願いしたくないますね?」
「……わあった。あんまり弱いなら置いていくからな?」
「「はい!」」
これで、大丈夫なんだろう。
そもそも。奴隷狩りの拠点がどのような構造になっているかまでは、逃げてきたコーディでも正確には分からない。
簡単な作戦を決めておいて。
重要なことは、後から決めていくのが正しい対処なのだろう。
勉強、勉強だ。
「では、行きま……」
「――すみませーん、ナクラ様ー!」
「……あれって?」
「あの時の、ギルドの職員さんですね」
向かおうとした僕たちのもとに走ってきたのは。
ヘッジウルフの討伐依頼を斡旋してくれたギルド職員さんだった。
先生と楽しそうに話してたし。
多分、良い人。
―――そいうえば。
ギルドでゴタゴタがあった時居なかったな。
もしあの人がいてくれたら、コーディの件ももう少し話しやすかっただろうに。
「――あなたは」
「ハァ…ハァ……。良かった、街にいましたか」
「どうかしたんですか?」
「いえ。今日ギルドに顔を出したら、昨日からゴタゴタしていたようで……」
「あの職員、辞めさせたらどうです?」
「えぇ…まあ。こちらも事情がありまして」
春香の率直な物言いに。
歯切れ悪そうに答えた職員さん。
彼曰く、あの不良職員は、この都市のお偉いさんの一人が推薦してきたらしいので、無理に辞めさせることもできないという。
だからあの時。
他の職員は助けようとしなかったのか。
「なるほど。もし怒りを買えば、この街での風当たりが強くなる」
「ええ、皆それが怖いんです」
「それで、何しに来たんだ?」
「……はは、本当にゲオルグ様がいるとは。――奴隷狩りの話、本部からの通達で伺いました。この一件、私の一存で正式な依頼とさせていただくことにします」
「「え!?」」
「…ほう、そう来たか」
「そんなことして、大丈夫なんですか?」
さっき、逆らわないほうがいいという話をしたばかりだ。
もし、職員を通じて偉い人の怒りを買えば。
この人は、ただでは済まない筈なんだけど…。
「大丈夫…とは、言えないですね。まあ、もし危ない目に会ったら実家にでも帰りますので……できれば、早く帰ってきていただけると有難いです」
「早く向かう理由が増えましたね」
「…みたいだな」
「あの、ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ。これを機に、支部がもう少しマシになってくれると良いのですが……」
「じゃあ、改めて。――行こうか」
僕たちの元気な返事。
ゲオルグさんの間の抜けた返事。
歩き出す足音。
依頼を受けてこんなに緊張したのは。
それこそ、遺跡調査以来だ。
無事に、皆で帰ってこられると良いんだけど。
◇
―ラグナ視点―
「……何で、俺が御者なんか」
「
「………クソがッ」
俺は、早めにゲオルグへの貸しを清算するために。
馬車の運転を任せていた。
その膝の上では、コーディが借りてきた猫のようになりながら案内をしていて。
リクたち勇者組は。
馬車の中で、戦術を組み立てたり精神を安定させたりしている。
何分、これから。
彼等は人間と戦いに…殺しに行くのだ。
緊張してしまうのは当然で、無理もない事だろう。
当然俺とゲオルグにそんな物はなく。奴は、文句たらたらに手綱を握っているが。
「――なんで、餓鬼を膝の上に?」
「ひぅ…ゴメンなさい」
「問題が?」
「……いや、やっぱ問題ねェわ」
謝るコーディを安心させるように。
静かに返すゲオルグ。
君、案外面倒見いいね。
……ウォーバン森林に行くための道はゲオルグも知っている筈なので、本来なら案内は良いのだが、今のうちにコーディを怖いおじさんたちに慣らしておくことで、潜入後の行動をより円滑に運ばせようという俺の奇策だ。
コイツの強面に慣れれば。
普通の盗賊など、ただの雑草だし。
「おい、変なこと考えてねえか?」
「――いや? そんなことはない。それよりも、前見て運転しろ。そろそろ見えてくる頃だろう?」
「はい、もうすぐですね」
「……おう。あぶねえから乗り出すなよ」
森林は、都市から近い場所にある。
ギルド支部の傍ってことだ。
このあたりで奴隷狩りをやってるってことは、
聡い者ならすぐに分かるし。
リク達も、薄々気がついていることだろう。
あの職員はあからさまだしな。
とは言え、人間。
怖いものは見ないようにしたい物。
勘付いてはいても、実行には移せない。
だから、俺達が居るんだがな。
事後処理はゲオルグに頼んで本部の方に回してもらうとして……どうだ?
リクたちは。
果たして、人間を相手に戦うことは出来るだろうか。
勿論、実力は申し分ない。
四人全員でかかれば。相性次第では、もしかしたら上位冒険者…B級の下位くらいなら渡り合えるかもしれない。
流石に勝てるかどうかは微妙だが。
それ程までに成長著しい。
―――だが、問題は精神面だ。
皆は、現代日本で育ってきた。
一般的な高校生である彼らは、まだこの世界の残酷さを半分も知れていない。
真の勇気を持った少年少女でも。
躊躇う時は、誰だって躊躇う。
まぁ、そのためにゲオルグを付けたのだが。
コイツは、その辺をどう思っているのだろうか。
「――なぁ、ゲオルグ」
「あ?」
「あの子たちは、人間を殺せると思うか?」
「………勇者ってのは。殺人も殆どねえような、甘ったるい世界から来たんだろ? だが、それがあそこまで覚悟の決まった顔をするくらいに成長してる。本当にお前があの餓鬼どもを信用してんなら、大丈夫だろうよ。――多少なら助けてやる」
「……すまない」
「はぁ…やっぱ、お前親バカだわ」
親バカ、か。
魔王に仕える俺が。
勇者たちを育て、一人前の冒険者にしようとしている。
それは、笑い話にもならないおかしな構図で。
滑稽にすら映る。
現在知っている者はこちら側の連中だけだが。
いずれは、彼らも知ることになる。
……出来るだけ情は無い方がいいんだろうが。彼らを見ていると、どうしても全力で助けたくなってしまうのだ。
本当に。
お前が生きていれば楽だったのにな……ソロモン。
「――おい、見えてきたぞ。餓鬼どもを呼ばないのか?」
「あぁ、少し考え事をな。皆、そろそろ着くから顔出してごらん?」
「はー……いィィ!?」
「あれは」
「不気味な森だなぁ」
「………黒いね。スッゴク」
最初に見た時は、俺も驚いた。
アレフベートの南に位置するウォーバン森林。
それは、森林地帯なのだが。
広さもさることながら、何より光も殆ど差し込まないような漆黒の木々が生態系の中心に位置しているため。
ここに入ろうとする人間は、冒険者にも少なく。
別名は【悪魔の隠れ家】と言われている。
どれだけ怪しくても。
立ち入る者がいないので。
アジトを作るには、もってこいの場所という訳だ。
本当に、コーディは良くこんな場所から逃げ出せたと思う。
魔物だって、沢山生息しているし。
「――さあ、着いたぜ。ここがウォバーン森林だ。突然魔物が出てくるかもしれないから気を付けろよ?」
「「ハイ!」」
「……先生。ゲオルグさんって、もしかして面倒見がいいんですか?」
あ、気付いた?
実は案外ね。
子供には結構甘い所あるんだよ。
……とはいえ。
今は緊張感を抜かせないほうが良い、か?
俺は、尋ねてきたミオの言葉をはぐらかしに掛かる。
「――さて、どうだろうね。一応ミオたちの事はお願いしているから、イザという時は存分に頼ってみるのもいいんじゃないかな?」
「……分かりました」
「じゃあ、気を引き締めていこう。ここから先は敵の領域だ。いつ見つかるかもわからないからね」
「はい。いつも通り、斬ります」
「俺には新武器ブーストがかかってるからな。今なら無敵のはずだ」
「そういう人がかませになってる展開ってたまにあるよね」
……皆、緊張を覚えていながらも。
覚悟の決まった顔をしていて。
この子たちなら、大丈夫だろう。
今回はゲオルグもいるし。
ある種の山賊討伐だと考えれば、過剰戦力でもある。
……ま、加減なんかしないが。
覚悟しろよ? 纏めてぶっ潰してやる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます