第4話:小さな奴隷は見た

―陸視点―




「――おはよう、皆。昨日はよく眠れたかい?」


「うっす」

「はーい!」

「昨日はしっかり休憩をとれましたからね」



 最上位冒険者…ゲオルグさんとの邂逅から二日。

 僕たちは、宿屋の玄関口に集合していた、


 あの時は凄く緊張して。

 凄く怖かったけど。

 今では、元気いっぱいだ。

 

 あぁ、それと……。



「傷の方も、殆ど塞がりました」

「それは良かった。渡した薬が効いたかな?」


 

 驚いたのが。

 ヘッジウルフにやられたケガが、既に治りかけていることだ。


 本当に回復の薬って存在するんだね。

 予備で99個くらい欲しいけど。


 そんな事をした日には、重さで潰れる。


 皆の準備は既にできていて。

 何時もの装備を持ち、予定を聞いたわけなんだけど…。



「さて。今日は、対人訓練をしようと思うんだが」

「……はれ?」

「一昨日の件はいいんですか?」



 春香が間抜けな声をあげ。


 西園寺さんも疑問に思ったのか。

 不思議そうに尋ねる。


 しかし、彼は何時もの調子で。



「あくまでも「情報を掴めたら」だからね。昨日調べた限りでは特に収穫は無かったし、面倒なことは後回しにしたい」



 ……先生の依頼は。

 あくまで、僕たちを強い勇者にすること。


 それは他のどんな任務にも優先されることなのだろう。

 多分、恐らく。


 後半部は聞かなかったことにしよう。



「――じゃあ。取り敢えず、酒場に行こうか!」

「二階の方ですよね?」

「………勿論」


「怪しいな。一杯ひっかけに行きそうだ」


「朝からのんじゃだめですよ?」



 どんなことよりも優先されるんだよね?

 弟子たちが完全に疑ってかかっているくらいには信用がないようだ。


 ……先生だし。


 宿屋を出て、覚えてきた道を通り。

 ギルドのある酒場まで到着する。

 まだ朝ということもあり、飲んだくれはあまりいない。無論、朝から飲んでいる人も見受けられるが、特に問題はないので。


 そのまま階段を上がって二階に到着した―――




「――本当なんですっ! お願いします!」




 ……なんだろ? 

 

 二階に響いた大声。

 まだ、冒険者の入りも少ない広場の受付からだ。


 そこには、二人の人物。

 粗末な服と帽子をかぶり、首輪をつけた子供と、あの感じの悪い男性職員が会話をしていた。

 男の子は必死で何かを訴えているようだけど。


 職員の人は。


 まるで取り合わない様子で。



「そうは言ってもねぇ? ギルドも暇じゃないし。何処の商館から逃げ出してきたかもわからないような奴隷の依頼なんか、受けられないんだよ。それより、いろいろ調査するからこっちに来てくれるかい?」

「――や、やめてください!」



 職員の男性はそのまま。

 受付の後ろの職員通路へと子供を連れて行こうとする。


 周りの職員も冒険者も。


 何故か、助けようとはしないようだ。

 この世界では、これが普通なの?


 いや、そうだからと言って。


 ―――僕の持つ認識が変わるわけでは無い。



「……待ってください」


「陸……?」

「おぉ! やるな、陸」

「そうですね。無理やりは良くないと思います」



「――うん。君たちは、それで良い」



 まず体が、そして声が。

 勝手に動いた腕は、職員の腕を掴む。

 このままにしてたら、僕は今の出来事を後悔していたかもしれない。それに、この子は…まだ、十歳になってもいないくらいに幼いんだ。


 くすんだ亜麻色の髪は泥で汚れ。

 服も、本当に隠すだけの意味しかないのは…あんまりではないだろうか。



「……なんのつもりかな?」


「話くらい、聞いてあげても良いんじゃないですか?」

「――ぁ」



 威圧をかけてくるように。

 僕を見据える職員。


 その眼光は鋭く、正直言ってすごく怖い。

 だけど…。この前受けたゲオルグさんの殺気に比べれば、チワワに見つめられているようなものだ。

 視線を軽く受け流し。

 そのまま、僕は男の子を後ろに庇う。


 この子だけならまだしも。


 大勢の見ている前で、乱暴を働くギルド職員はいないだろう。



「……あのねぇ? 私はギルド職員として――」


「いや、私がやらせたんです」

「…あなたは、先日の」

「覚えてくれてたんですか。お久しぶり? ですね」



 男の子を後ろにかばう僕。

 さらにその前に出る先生。

 …我ながら、コントみたいなんて思いながら、男の子の様子を眺めると。


 体の至る所に傷があり。

 足は、まるで何十キロも裸足で歩いたかのように酷いことになっている。



「困りますよ。勤務を妨害されちゃ…」

「すみません、ね。しかし、この子を見て少し気になることがありまして」


「ほう?」


「――陸。ちょっと、その子を見せてくれるかな?」

「はい。……大丈夫。この人は味方だよ」


「………はい」



 出来る限り優しく言い聞かせた僕の言葉に。

 怖がりながらも、先生の前に出る男の子。

 ……先生なら、何とかしてくれる。これまでの経験から、こういうところでは誰よりも頼りになることを理解しているんだ。


 彼は、前に来た子供を怖がらせないように注意深く観察していく。


 その目は…何かを確信しているようで。



「……成程。きみの名前は?」

「ぼ…く。コーディ……です」


「良い名前だ。コーディは――奴隷狩りから逃げてきたんだね?」


「「―――!!」」

「……なんで…それを?」



 奴隷狩り。

 それは、ゲオルグさんとの会話で出てきた単語。

 この一帯で子供たちを攫っている犯罪者たちを指す言葉だ。その痕跡を、冒険者ギルドの支部で見つけることになるなんて。



「なぜ、そんなことが?」

「この子の足は、随分と長い時間荒れた道を走ってきたということが分かる。大陸ギルドの支部が設置されるほどに栄えている都市アレフベートに、舗装されていない道路なんてそうありません。そんなところに商館が建っていることは猶更ね。ならば、都市の外…何処かにある奴隷狩りの拠点から来たと考えるほうが自然でしょう?」


「……では。猶更ギルドが預かって調査をし、守るべきでは――」

「いや。この子は私たちが預かる」


「「!」」



 ……良かった。


 やっぱり、先生は頼りになる。


 そして、この職員は信用ならない。 

 僕が疑り深いだけのか分からないけど。


 あからさまに。


 何かを隠そうとしているようにも見えるし。



「何の権利があってそんなッ!」

「実は、S級冒険者……【竜喰い】のゲオルグに頼まれていてね。証拠となるような子供がいるんだから、譲るわけにはいかないさ」


「「――S級冒険者!?」」

「……竜喰い、ですか…!?」



 ここぞとばかりに、最上位冒険者の威光を使う先生。

 昨日は全く乗り気ではなかったはずなのに…。


 今は、ノリノリで話をしている。


 話に耳を傾けていたギルド職員や冒険者たちも驚いていることから。

 やはり、その実力が大陸に轟いていることが伺え。

 

 ―――あれ? 


 ゲオルグさんって、上の階に来なかったのかな?

 連携して依頼に当たればいいのに。

 そもそも、ギルドを使うという発想がないのかもしれない。それならそれで見た目通りなのだけど。


 冒険者としてはどうなのだろうか。



「リク、その子を連れてきてくれるかい? 場所を移して話をしたい」


「――さ、こっちに」

「……はい」

「よくやってくれたな、陸」

「凄く格好良かったです」

「さっすが陸だねインテリだね!」



 ここぞとばかりに。

 康太たちが声をかけてくれる。

 後悔はしていないけど、色々な人が見ている前であんなことをしてしまったのが、少しだけ恥ずかしいな。


 ……これは、始まりなんだ。

 

 相手は、奴隷狩り。

 間違いなく、人間と戦うことが予想できた。




  ◇




「少し、落ち着いたかい?」

「……はい。ありがとう、ございます」



 ギルドを出た後。

 そのまま宿に戻ってきた僕たちは、先生の借りている部屋に押しかけた。

 

 宿屋であるため。

 簡素な家具しかないけど。

 それでも、生活感のある部屋は心を落ち着かせることができる筈だ。



「じゃあ、自己紹介を。私はナクラ、冒険者だ」

「陸だよ」

「春香だよー」

「康太だ」

「美緒です」

「僕は、コーディです。よろしくお願いします」



 うん。…もう、大丈夫だろう。

 水とパンをお腹に収め。ベッドに座ることができたコーディは、少しずつだが元気を取り戻し始めているように感じた。

 やっぱり、子供は元気なのが一番だよね。



「早速で悪いんだけど、話を聞かせて貰っても良いかな?」


「……はい。僕、この都市から離れた森の中にある所から逃げ出してきたんです。他にも捕まっている子たちがいたんですけど…。皆で脱出しようって…逃げて、逃げて、気がついたら、僕だけが森を抜けて走ってたんです」



 先生が切り出し。


 男の子…コーディが語る。

 


「森の中とは、またベタな。しかもギルドの支部が設置されている都市の近くにあるというのはどうなんだ? 嘗められたものだね」

「森なら、魔物も出たのではないですか?」


「――はい。僕は耳が良いですから、出来るだけ出会わないように隠れながら」



 無事に逃げられたのはコーディだけなのか。


 魔物が生息している森から逃げ出す。

 子供たちにとって。

 それは、とても怖いはずなのに。


 無事ならば良いけど。

 ……絶対に、早く助けてあげないと。



「場所とかは分かるの?」

「大丈夫です。記憶力には自信がありますから」

「ここから近い森だと――ウォーバンだな」

「やっぱり知ってるんですね」

「先生だしな」

「近くにそれしか森が無いということは、決定的な情報ですね。ゲオルグさんにも報告するのですか?」 


「あぁ、役に立つからね。潜入には向いていないが。陽動としてなら、これ以上に最適な人材はいないだろう」



 これで、奴隷狩りの拠点を抑えられる。

 拠点を潰して子供たちを助けることができれば、ゲオルグさんの任務も完了だろう。


 何処かに。

 何らかの組織が繋がっていたとしても。


 大きな手掛かりを得ることが出来る筈だ。



「――では。子供たちを引き取りに行くために、災害のような怖ーいおじさんに同行してもらうとしますか。道中の案内はよろしくね、コーディ」


「ハイ、任せてください」



 ゲオルグさんに連絡を取るのか。


 先生が、明後日の方向を見上げる。

 恐らく、一昨日に聞いた魔術なのだろう。


 “念話”って必要な手順があるのかな?


 ともかく。

 今の先生は本気モードみたいだし。



 真面目にやってくれて―――




「あ、もしもし? 竜喰い君のお宅ですか? ゲオルグ君居ます?」




 ………。



 ―――訂正。やっぱりこの人気分屋だ。

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