第2話:狼狩りと人類の守護者
―陸視点―
「グラァァァァァ――!!」
「桐島くん、お願いします!」
「おうよッ! ――うらぁ!!」
「春香!」
「OK!食らいなさい、“激流”」
アレフベートの都市を出て。
離れた位置にある平原。
僕たちは数匹の狼…ヘッジウルフを相手にして戦っていた。
弾丸のように向かってくる狼の群れ。
彼等の動きは本当に速くて。
思い切り横に飛び退って、ようやく回避できるくらいの攻撃範囲もある。
近づいてきた一匹を康太が防ぎ。
もう一匹を僕が引き付け。
攻撃が外れた狼を、春香の魔術が襲う。
教国で訓練していた時よりも明らかに威力が高いそれは、寸分違わず狼の横腹に激突し、思い切り吹き飛ばす。
「カァ!? …ァ……ァ」
「……ヵ!? ――グラァァァ!!」
「今だ! 西園寺さん!」
「――シッ!」
多数の太針が砕け。
口から血を吐き出して倒れる狼。
そして、仲間がやられたことで動揺した狼の意識が一瞬康太から外れ――それを見切った彼が叫び。
西園寺さんが。
狼の首を一刀のもとに切り落とす。
本当に、彼女は凄い。
剣の冴えは見習わないと。
それに、康太は盾を持つ両腕に幾本もの狼の太い体毛が刺さりながらも、まるで動じることもなく次の行動に移ろうとしているし。
忍耐力も吸収したい。
……確認しながらも。
僕は、まだ残っている敵の姿から目を離さず――マズイッ!
「――春香! 危ないッ!」
「……へ? ――キャッ!」
油断していた!
目を離さなかったものの。
最後の一匹だからと牽制を怠っていたのがいけなかった。
仲間をすべて失い。
もはや怒るということすら忘れたヘッジウルフは、捨て身の一撃を一番無防備な人間―――春香へと入れようとしていた。
地を蹴り、蹴り抜き。
筋肉が千切れそうな程に跳ね。
「――まだぁッ!!」
「――ヶ!? ……ウゥゥ…ゥ」
春香を、突き飛ばす。
そして、全力の“練気”を発動し、
その顔から背中にかけてを全力で。
一文字に切り裂く。
……もしも。
体当たりを受けた痛みで倒れていたら。
僕は、間違いなくそのまま全身串刺しだっただろう。
「――陸ッ!」
「如月君! 大丈夫ですか!? 先生ッ!」
「あ…あ……ゴメン、りくッ!」
「……これなら、大丈夫だ。リク、少し…いや。かなり痛むからな?」
「――はい。ゥ…ァァア!?」
各所に刺さった鋭い針が。
抜ける、感覚。
日本にいた頃は経験したことがない痛み。
全身が痙攣し、焼け付く激痛と、命が流れ出るように冷たく、凍えるような痛みが僕を支配する。
だけど、それでも。
……守れた。良かった。
先生が傷口に消毒液――酒場で買っていたお酒をかけ。
その後に、
「……そのお酒。飲む用じゃなかったんですか?」
「ははは、勿論それもあったんだけどね?」
「本当に大丈夫なんですか!?」
「あぁ。問題は無い。このくらいの傷なら、すぐに血は止まるから。――リク、これも飲んでおいてくれ」
回復薬は塗ったけど。
また別種の薬瓶を出し出す先生。
「……これは?」
「伝染病で死にたくはないだろう?」
(!? ――コクコクコクコク)
あぁ、やっぱり。
あるのか伝染病。
少し教えるのが遅くないですかね……?
急いで薬を干す頃。
既に、痛みは我慢できるくらいになっていて。
「うん…。もう、大丈夫」
「陸、無理はするなよ?」
「……本当に、ゴメンね? 陸」
「いや。注意をするのは僕の役目だったから…自業自得だよ」
「でも――!」
「はーい、そこまでだ。今回はみんな注意不足だったってことで、次に生かそうぜ?」
「――そういう事らしいよ?」
「……うん、ありがと。陸、康太君」
サンキュー親友。
本当に、こういう時は頼りになる。
帰り道を歩いてれば。
傷も、完全に回復するだろう、…多分。
ここからアレフベートまで、半日も掛かるんだから。
確かに、耕作地に住んでいる人々からすれば。
すぐ近い平野に、狼の群れが住んでいるなんてお断りだろうし。都市から多少遠い場所なのは無理もないだろう。
「――康太君の叫び声って。さっきの狼たちに似てたよね?」
「え、マジ?」
「確かに少し似てましたね」
「まあ、コウタは野生児だしね」
「――先生まで!?」
全く、その通りだ。
体当たりも強くて荒々しいし。
その腕に、さっきの狼たちの体毛が刺さっているから猶更……あれ?
康太の腕も。
僕と同じように。
ヘッジウルフの棘が幾本も刺さっていて。
「――先生!? 康太も伝染病の薬を!」
「え? …あっ! やばッ! 先生!?」
「早く薬を!」
「先生ッ!」
「あぁ、大丈夫。コウタは大丈夫だよ」
「「へ?」」
「……どういうことなんですか?」
僕もに気になるな。
意地悪じゃないよね。
なら、康太は野生児だから大丈夫だとか?
「伝染病って聞くと凄く怖いものに感じるけど、実はこの世界…特に冒険者の間では、そこまで深刻なものじゃないんだ。
「じゃあ、康太君も……?」
「うん。コウタの体なら、問題はないだろうね。他の三人はまだ心配だから飲ませるけど」
そういう事なら、良かった。
康太が病気で倒れてしまったらどうしようかと…伝染病って、どんな感じの物だろうか。
狂犬病とかかな?
少なくとも。
頭から耳が生えてくるとかじゃないことは確かだ。
「よし。もう私の助けを借りなくても複数のD級の魔物は倒せるみたいだね。成長が早くて嬉しいけど、悲しいな」
「「ありがとうございます」」
「技術は粗削りだけど、地力では勝っているからね。経験が伴ってくれば、すぐに追い越せるさ」
「よし! 一丁やりますか!」
「皆で、頑張りましょう」
「うん、良い気合だ。……じゃあ、今日は安全そうなところで野営して、帰るのは明日にしようか。丁度話したいこともあったし」
「野営かー」
「いい感じの場所を探そっか」
先生は野営をしているときの夜に冒険者の心得のようなものを説明することが多い。
さて、今夜はどのような話を聞くことができるのだろうか。
あまり暗い話じゃないと良いんだけど。
………。
…………。
「ふぅ、やっと腰おろせた。――みな、松明の準備はできたね?」
「「……はい」」
「松明必要でした?」
「怪談でもするんすかね?」
僕たちは安全そうな場所を見つけてテントを張り。
松明に火をつけて焚火を囲んでいた。
本当に、怪談話でも始めそうな雰囲気なんですけど…‥先生?
「じゃあ、これから戦闘に関しての新しい説明をするよ」
「あの……松明の意味は?」
「良い感じの松明の付け方の練習のためにね?」
本当に?
コレ、何時もの……。
「絶対、いつもの
「まあ、そうともいうね」
本当に、この人気分屋だよね。
前にフィネアスさんが言っていたことの意味。
それが、今ならよく理解できる。
でも。こういうノリをしてくれることが、頼れるお兄さんみたいに感じる要因の一つなんだろうね。
「で……? 新しい説明っていうのは?」
「あぁ。これまでの依頼で何度も魔物と戦ってきて、戦うための基本的な技術は身についてきたと思う。体の大きい魔物には攻撃を当てることよりも行動を理解し、避けることを前提に考えるっていうのは最初に説明したことだね」
「「はい」」
この世界に来て。
最初に行った戦闘訓練。
皆が、その言葉を胸に刻んでいた。
あれから一か月以上も経っていることを考えると、時間が経過するのは本当に早いと思う。
「で、なんだけど。冒険者っていう職業は、ただ採取任務を行ったり魔物を討伐したりするだけの仕事じゃない。時には山賊や冒険者、護衛任務で暗殺者と戦うことだってあるかもしれない」
「人間、ですか」
「……まあ、そうだよな」
「人間を殺す……ということですよね?」
「平たく言うとね」
何時かは、そういう話が。
彼から出る事もあるだろうと思っていた。
「勿論、何も命まで奪う必要はない。鉄槌を下すのは、国家の仕事でもあるからね。――しかし、いざという時に躊躇って。逆に、大切なものを失うなんてのは絶対にあってはならないことだ」
最早、先生以外発言しない。
焚火の赤を見ながら。
俯きたくなりながらも、彼の顔を見る。
「そして、本題なんだが。これからは、魔物だけじゃなくて、人間と戦うことも想定した特訓を行う。いつも私がやっている訓練は、魔物戦を想定しているからね。人間と魔物では、まるで勝手が違うから、それを胸に刻んでほしいんだ。…良いね?」
「分かり…ました」
「やるしか、ないんだよな」
「うん。やるしかないから」
「これからもお願いします、先生」
RPG…ゲームの世界では。
ただ画面を見ながら操作するだけでよかった。
痛みも、苦しみもなかった。
でも、この世界はゲームじゃない。
冒険者も勇者も同じ。いざという時に助けてくれる人なんていないし、そんなイベントが起きようはずもない。
だから、もしそんなことになった時は。
絶対に、躊躇わない。
躊躇ってはいけない。
それを理解したのは、他のみんなも同じようだった。
◇
「――ようやく、戻ってきましたね」
「やっとお風呂入れるねー!」
「早く入りたいなぁ」
「まずは、ギルドに報告だね?」
「そう、その通りだ。報告は出来るだけ早い方がいいからね」
日が明け始めてから。
すぐに移動を始めたこともあり。
昼過ぎ頃には、僕たちはアレフベートへ帰ってくることができた。
まだ少し傷が痛むから。
お湯に浸かることは出来ないだろうけど、それでも傷が塞がってきているのは、流石ファンタジー世界の
……昔に、一度だけ。
父さんが飲んでいた栄養ドリンクを混ぜ合わせてごっこ遊びをやったことがあったけど。
今では黒歴史の一つだ。
「早く二階に上がろ?」
「あぁ……。――なんか、騒がしくないか?」
「そう、だね」
「――あれは、少しマズイな」
「……先生? どうかましたか?」
ギルドが二階に設置されている酒場に戻ってきた僕たちだったが。
一階の酒場がどこか騒がしくて。
ワイワイとヤジが飛び。
昼間なのに数人の冒険者たちが酒を一気に呷っているところを見ると、何かの大会でもやっているのかと思ったけど。
明らかに場が硬くて。
緊張感が漂っている。
あと、もう一つは。
先生が、その冒険者たちの一人を見て眉を――!?
「――なんだ、これ」
「あの人……ぁ。身体が、動かない?」
先生が見ていた冒険者が。
ゆっくりと。
こちらに、視線を向け。
―――僕たちと目が合った。
その瞬間。
まるで、心臓を握られているかのような寒気を覚える。
それは、他の三人も同じようで。
身動きすら出来ない程の息苦しさを覚える。
「――ップァァア! オイオイ、ナクラじゃねえか。西側に来てるなんて、こりゃあ運が良いじゃねえか! オイ!」
「……ゲオルグ。酔ってるからって殺気を漏らすな。連れが委縮する」
「へッ! この程度でへばるような奴が悪いんだぜ? ちょっくら競ってた連中も、すーぐ酔い潰れちまったしよ?」
親しげに先生に声をかけながら。
歩いてくる冒険者。
その身体は、まるで遺跡で戦ったオーガを彷彿とさせるような筋肉の塊で。
何時もより声が低い先生が。
僕たちの前に立つようにして、男の視線を遮る。
「……いや、どうだか。酔い潰れたってよりは、酔って駄々洩れになったお前の殺気に当てられて気絶しているように見えるんだが」
「おぉ、なるほどな。その発想はなかったぜ」
えぇ……。
それは反則じゃないですかね?
というか、殺気で気絶させるって。
凄すぎて意味が分からないんだけど。
―――この人、何者なんですか?
「なぁ、勿体ぶらずに教えてくれよ。その後ろの餓鬼どもは誰だ?」
「新人の冒険者だ。ただ案内してきただけだよ」
「……へぇ? じゃあ、ここからは俺が案内したっていいわけだな?」
「「……………」」
いえ、全力でお断りします。
何かされるのが目に見えている。
それこそ、二度と笑えないような身体にされそうだ。
他の皆も怯えてるし。
絶対にイヤです。
……というかこの人、勘付いてるんじゃないかな。
「――座りながら話すか」
「待ってたぜ? その言葉を。酒はどうしやす? お客さん」
「……お前と話してると、頭が痛くなってくるんだよ。皆、殺気はもう引っ込めてもらったから、こっちに。個室で話そう」
「断りを入れなくていいんですか?」
「あちらさんも、こいつを退かしてくれるんなら喜んで貸すだろうね。――あ、シャモロックお願いします。この子たちにはジュースを」
「しょ…しょしょ承知しマシた! すぐにお持ちしますッ!」
結局呑むんですか。
……視線を向けられた酒場の店員さんは。
青い顔をしながら。
首とシェイカーを激しく縦に振る。
一流のバーテンダーでもあんなに激しくは振らないだろう。
よくわからないけど。
「まぁ、大方の予想は出来てるが――そいつらは?」
「だから睨むなと……。教国に召喚された勇者だ。俺が導き手に選ばれた」
案内されることもなく。
個室にやって来た僕たちは、男と対面合わせで座る。
僕たち一人一人に視線を向けながら。
こちらを睨みつける大男。
その視線は、まださっきのような身体が竦まるようなものではなかったため、どうにか耐えられる。
勿論、凄く怖いんだけどね。
先生の本当の第一人称は俺なのかな?
偶に言っているのを聞くし。
……で、だ。
現実逃避も良いんだけど。
―――挨拶、しなきゃね。
「初めまして、陸です」
「………! ――康太ッす」
「美緒です」
「は、はるかです」
「……へェ、なるほどな。確か、にこいつらは度胸がある」
「そうだろう。召喚されてまだ一か月ほどだが、もうそれぞれが私の助けを借りないでヘッジウルフを討伐できる」
それ、ちょっと盛ってませんか? 先生。
あれと一人で戦えと言われたら、まだ怖いんですけど。
「……へぇ? ――なあ、ナクラ」
「ダメだ、絶対に」
「堅いこと言うなよ。ちょっと遊ぶだけだ」
「竜の遊びに付き合わされる小動物が無事で済むと思うか?」
「ケッ、過保護が」
竜と小動物って。
そんな人物と対等に話す先生も、ね。
……やっぱり。
まだ、暫く彼は一緒にいてくれそうで。とても心強い。
「――皆? こいつを紹介するよ」
「コイツだ?」
「文句があるのか? ――
「「!」」
そうなんじゃないかと思ってはいたけど。
本当に、S級冒険者。
これが人類の守護者にして、狂人の集まりと言われるうちの一人か。
「お初に、勇者諸君。【竜喰い】のゲオルグと呼ばれてる。よろしくな?」
「「……………」」
芝居がかった仕草で。
自己紹介をする冒険者。
この瞬間。
僕たち四人の意見は、完全に一つだっただろう。
―――スミマセン、よろしくしたくないです。
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